襲撃
一つの咆哮が聞こえた。最初の咆哮のあと、おびただしい数の咆哮が私の耳を襲った。しばらくして、咆哮は聞こえなくなったが、耳鳴りが消えない。
「隊長、今のは……」
分隊の中で、一番若い隊員が言いかけた時、「それ」は目の前に現れた。
「隊長!」
「撃て、撃て! 殺せ!」
急な出来事にしたも頭も回らず、私の口から出た言葉は単純で凶暴なものだった。
しかし、命令するのが遅かったのだ。いや、端から無意味だったともいえようか。
つい、二、三時間まで他愛もないことを語り合っていた仲間たちの悲鳴が聞こえる。私も絶叫しながら、「それ」らに対して銃口を向けた。引き金を力いっぱい引き、目の前にいる「それ」を抹殺しようとした。
あの若い隊員が、「それ」に腹を引き裂かれているのが見えた。
気づけば、言葉も出さずに彼に嚙み付く「それ」に向けて発砲していた。銃弾を体中に受けた「それ」は私に跳びかかった。そして、私の構えている銃(支給された自動小銃)に嚙み付いた。それからの私の行動は実に迅速だった。
私は銃を投げ捨て、胸元に装備しているナイフを引き抜き、「それ」の胸に突き刺した。
色の悪い鮮血が上半身にまとわりつく。
「それ」が死んだのを確信して、負傷者に駆け寄った。
「た、隊長、俺、死ぬんですか」
言葉が出なかった。まだ、頭が混乱している。しかし、まだ、敵は全滅しても、退却してもない。かけれる言葉は少なかった。
「安心しろ、助けてやる」
私は周囲を見回した。地獄だった。
よく共に酒を飲んだ隊員は右足を噛みちぎられている。よく、分隊に妹の写真を見せていた隊員は顔を引き裂かれていた。
「退却、退却しろ!」
出た言葉はそれだけだった。我ながら馬鹿馬鹿しかった。退却などできるはずもない。
後頭部に衝撃を受けた。焼けるような痛みも付随した。体は力なく倒れる。
駄目だ。力尽きてはいけない。
薄れる意識の中、あの若い隊員の絶望した顔が見えた。
意識が消えた。