5.第二日目 昼
インターホンの音がさっきから何度もなっている。気がついてはいるのだが、ベッドから出たくはなかった。誰だかはわからないが無粋な奴だ、こんなときくらいそっとしておいて欲しいものだと思った。
やがてそのせきたてるような音もあきらめたように消えた。漸く安心したのも束の間、今度は家の電話がなりだした。「仕方ない・・・。」と思い、私はそれに出ることにした。
「もしもし?」としわがれた声で見えない相手に話しかけた。
「あ!あなた?」
妻の声であった。彼女の声はいつになく生き生きとしていた。それもそうであろう、普段は仕事と主婦の二役をこなし、忙殺された毎日を過ごしているのである。彼女にしてみても久しぶりの休日を実家で過ごしているわけで、これがうれしくないわけがない。
「昨日、大雪が降ったみたいだけど大丈夫? 特に変わったことは無いかしら?」
単なる状況確認の電話であった。私は風邪にやられた枯れ声で問題はないよ、と答えた。鼻がむずむずし、気になったので慌ててティッシュを手にした。
「どうしたの、その声? 風邪でもひいたの?」と気がついた彼女。
「うん、ちょっとね。でも心配ないよ。いつもと同じで喉を少しやられた程度だから・・・。」
「早く帰ったほうがいいかしら?」
そんな気は無いくせに、彼女はさらっと言った。まあ私が調子を悪くするときはかならずといっていいくらい喉を先にやられるのを知っていたので、それほど心配はしていなかったのであろう。それは話している声からもわかった。
「いいや、大丈夫だよ。いつものことだから。それよりそっちはどう? 楽しんでる?」
「うん、久々のお休みだからゆっくりさせてもらっているわ。あゆこもお父さんとお母さんにべったりで、遊んでもらっているわ・・・。向こうも久しぶりに孫に会えたのでうれしかったみたいよ・・・。」
「そうか、それはよかったね。こっちは大丈夫だから十分骨休みをしてくればいいよ。久々に家事とかしなくていいんだろうし・・・。」
「そうね、でも本当に平気なの?」 彼女は念を押すように言った。
「なぁに、少しおとなしくしていれば平気だよ。心配しなくていいから。こっちに戻ってくるのは火曜日だったよね?」
自分でも少し無理をしているのはわかっていたが、悟られないように元気感をアピールした。早く帰ってこられたら妻も娘も不満足だろうし、向こうのご両親もがっかりさせる。それにいくら風邪を引いているとはいえ、あと2日半もある束縛されない日々を楽しめなくなる。たとえ今は風邪をひいていても、すぐに治してやるぞ、と思いながら・・・。
「そう? 本当に平気・・・? うん、まあわかったわ。あまり無理しないでよ! そうそう棚のところにかりん酒があるから、それを飲んで暖かくしていなさいよ。変な気だして、外に飲みになんかいかないように・・・。それでなくてもいつも飲んだくれているんだから・・・。」
彼女はいつもそうだが、最後は自分が年上女房だということで、人を弟のように扱う、たしなめるような言い方をする。まあ、面倒を見てもらうのも悪い気はしないので、いつもそれに従ったふりをしているのだが・・・。
「気をつけてよ。あっ、あゆこが呼んでるわ、それじゃあね。」と言って、彼女は電話を切った。
受話器を戻すと、私の疲れは一気に倍増した。十分な睡眠をとっているはずであるが、朝から比べても事態の改善には至っていない。むしろ悪くなっているような気さえした。額の暑さはさらにヒートアップする一方で、これならお湯が沸くかもしれない、なんて寒い冗談も考えてみた。でも喉の痛みが私を現実に引き戻した。
私はもう一度ベットに入って眠ることにした。