2.第一日目 昼
一通り掃除機をかけ終わると、私はコーヒーメーカーのスイッチを入れ、お気に入りのキリマンジャロを作り、残っていたクロワッサンと一緒にした簡単なブランチを食べた。
さて、今日の予定はというと、午後の一時過ぎから友人と映画を見に行くことになっていた。友人と言っても16歳も年下の女の子である。絵理奈とは、とある縁がきっかけで、3年前に知り合った。それ以来のつきあいだが、妻はそれを知らない。別に知られてまずい関係にまでまだ至ってないので自分としては問題はないのだが、やはり少々気が引けるのも確かである。まああまり硬いことは考えず、たまには若い女の子とデートするのも、若さを保つには必要なことである。彼女からも久々に会いたいと言われていたので、今日がいいチャンスだと思い、前もって約束していたのだ。
まあこれも私にとっては貴重な時間の使い方のひとつであった。
時計を見るともう十二時前であった。少し早めに家を出て、懺悔半分の妻からの用事をすませてからいかなければならない。そうこうしているともう待ち合わせの時間に間に合わなくなってしまうと思い、準備を急いだ。
黒のズボンに白いセーター、その上にちょっと若向きな紺のジャケットを羽織ってみた。自分なりにお洒落を決め込んでみたつもりだったが・・・。鏡で見るとたいしたことはない。「まあ元々素材が悪いのだから、こんなものか。」と思いつつ、家を出た。
待ち合わせの場所はこの町の中心のY駅前広場であった。ここから十五分くらいの距離であったが、何せ市の中心部で渋滞もするし駐車場も少ない。そのためいつもやたらに時間がかかる。ここに車を入れなければならないことを考慮しなければならなかった。そのため早く出る必要があったのだ。
幸いなことに、先日スキーに行ったときに履き替えたスタッドレスタイヤがそのままだった。一般道は多少除雪されていたこともあり、この程度の雪であれば走るのには問題がなかった。車に飛び乗ると急いでエンジンをスタートさせた。
しかし、本当に寒い。汚い表現だが鼻水が流れてつららになってしまいそうな感じがした。車が温まるまでガチガチと震えながらひたすら長い時間を待った。しゃがれた喉から「早くしてくれよ・・・!」と今にも泣きそうな声が出そうである。やっと車が動けるようになるやいなや、私は出口へと滑り出した。
一般道に出ると、この雪のせいか交通量はかなり少なく感じられた。いつもほどスピードは出せなかったが、渋滞が全くなかったこともあり、目的地までは予想していたほど送れずにたどり着くことができた。外に出る人の数も少なかったのであろう。駐車場にもスムーズに入れた。万事予定通りとなった。
さて、妻からの野暮用をさっさと済ませると、少し時間があったのでコーヒーでも飲んで彼女を待つことにした。
喉の不快感はまだ取れなかった。いや、さっきの寒さのせいで少し悪くなったような気がする。
最近建物の中の暖房は過剰というくらいに効き過ぎている。その為湿気が全く無い。乾燥状態なのだ。そしてその影響がじわじわと私の喉に現れる。ちょっと辛い。のど飴でももってくればよかったと後悔した。
やがて時間になり、彼女との待ち合わせの場所へと向かった。茶色のコートに少し派手目の赤のミニスカートに黒のブーツとは、まるで私の格好を合わせる気がないようないでたちであった。まあどうしようもないくらいの年齢の開きがあるのだから仕方がないことではあったが・・・。確かに傍から見るとちょっと細めでかなり美人の部類に入るだろう。これで彼女がもう少し若かったら、兄弟というよりもむしろ親子の関係と人から見られたかもしれない。私もそれなりの格好をしていたので、ぎりぎりその線までには行かなかったと内心ほっとした。この関係、もうずっと微妙なままであり、今後どう進むのかはよくわからない。私には妻もいるし、彼女とは歳もずっと離れている。ただ彼女か私に好意を抱いているのもまた事実であった。3年前のあの事件がなければきっと同じ時間を並行的に進んだ関係であり、決して交わらなかったであろう。今後のことはどうかわからないが、今はお互いが会いたいときに時間を作って映画を見たり、食事をしたりして時間が共有できれば私は満足であった。
この日は彼女が見たいというラブロマンスの映画を見てから、港近くの北欧料理店で食事をした。ちょっとムードのある店であったが、そんな雰囲気になるどころか、むしろ会話は日ごろのお互いの世間話に終始した。「最近の授業はつまらない。」と彼女が言えば、私も「仕事がいそがしくてなぁ・・・。」というため息話が出てくる。まるで単なるストレスの発散場所でしかなかった。
「ところで、祐一? 最近は例の教授の話は調べているの?」と彼女が聞いてきた。
元々彼女は出会った当初、「さん」付けで呼んでいたが、どうも自分でもしっくりこないことから、彼女には歳関係なく、タメ口で行こうと話しをした。まあこれも若さを維持するための秘訣だと自分でも思っている。まあオヤジくさいかもしれないが・・・。
彼女が言った例の教授というのは3年前の事件に深く関わった人物で、たいへん興味深い「隠された史実」の研究をしていた。不幸にして彼は多くを語らずに他界してしまったが、その時以来、私と友人連中でその「隠された史実」を調べているのではあったが、なかなか思うような事実は出てこなかったのである。
「私のほうはさっぱりだよ。でも来週今泉さんと一緒に食事をすることにしているんだ。その時にでも何かあれば君に伝えるよ。」
今泉というのはそれを調べている私の友人の一人であった。もちろん彼女も知っている人物である。
「そうなんだ・・・。じゃあ何か分かったら教えてね。二人だけの隠し事はダメよ!」 と彼女はにっこり笑いながらも、「絶対よ!」とせまる感じで私に念を押した。
食事を終えてもまだ少し時間があったので、「歩こうか?」ということになった。妻とも最近したことのないデート気分を今私は絵理奈と楽しんでいた。このころには雪はもう止んでいたのだが、それでも寒さは厳しいままだった。それでは観覧車に乗ろうということになった。この街のシンボルともいえる観覧車できれいな夜景をみるのもなかなかおつなものだった。僅か十二分くらいのランデブーだが、ちょっと肩を寄り添いながらの空中散歩を二人は楽しんだ。
私的にはもう少し彼女と一緒にいたかったのだが、体の変調は少しずつ進んでいた。先ほどから強い寒気がするようになった。とりあえず家まで送って行く事にした。別れ際に彼女は優しいキスを求めてきた。私は唇ではなく、首筋に軽くそれをするとすぐに車に乗り込んだ。
自宅に戻ったのは九時すぎくらいであった。