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ヨアケマエ外伝・柊華香の挑戦  作者: うにシルフ
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第二章 華香、命名してみる

「お嬢ーっ、やっぱり無理ですって」

 昼食後、1人設計部の自室に籠り、華香に指示された通りの船ができるか計算を始めた篠野(ささの)設計部長。がかなり早い段階で指定されたサイズではおかしな数値が導き出され、少しでも言われた通りの大きさ=総トンに近付くようその他の値をいじってみたが中々思うような結果が得られず、夕方近くになってようやく匙を投げるのだった。

「あのサイズのままでは9万トン超のバケモンにしかなりませんっ」

「なんで?『クイーン・メリー』より10mも短いのだから6万トンは苦しいとしても、同じくらいの大きさにならない?」

 華香(はなか)は篠野部長の言っている事がすぐには理解できなかった。全長を短くまとめたのだから総トン数だって小さくなるはず、そう信じ切っていたからだ。しかし篠野部長の説明により、ようやく得心できたのであるが。

「お嬢は多分幅の事を忘れてますよ。確かに『あの船』は『クイーン・メリー』より10m短いですが、4mも幅があるんです。310mからみれば300mは大した差ではありませんが、36mからみた40mは1割以上大きい数字です。よって総トンが小さくなる訳ないんですよ」

「おおっ、そいつは盲点だった」

 華香は驚いてはいるものの、どこか他人事のような感じだった。まだピンときてないだけだろう。しかし篠野からしてみたらとぼけているようにも見えて、思わず詰め寄ってしまう。

「まさかお嬢。確信犯じゃないでしょうね?」

「篠野さん、顔が怖いよ。それに『確信犯』の意味違ってるよ」

「お嬢っ、ふざけないでくださいっ! (はな)っからそこまで大きくなる事を知ってながら誤魔化してたんなら、あの時いた全員を騙したんですよ。一丸となってデカい仕事をしようって時に嘘つかれたんじゃあ、まっとうな仕事なんてできゃあしませんてっ」

 篠野の声と表情からは怒気を含んだ真剣さが見て取れた。それくらい仕事に熱心なのであり、また華香の態度がいい加減なものに感じられたため腹が立ったのだ。

 華香はそこで自分が弛んでいた事に気付く。午前中彼を含む社員(それも管理職クラス)を焚き付けておきながら、昼食後には大きなプロジェクトが始動できた事で気が緩んでいた姿を晒してしまったのである。計画の提案者であり社長でもある自分がこんなざまでは、部長が怒ったとしても仕方がない。華香は素直に反省し、今までの経緯を話したのだ。

「ごめんなさい、篠野設計部長。丸3日以上あの計画を実行すべきかどうか考えていたために、いざ決めてしまったら気が抜けてしまったみたい。そして……これから話す事には一切嘘も隠し事もないから、それ以上怒らないでね」

「内容次第になるでしょうがね」

 1つの会社としてもそれなりの規模を誇り、かつ財閥の一部門でもある会社の社長が下手に出て、親類縁者でもない一部長がそれを真っ向から受け止める姿は、決して他の大企業や財閥では見られない光景だろう。それがこの柊造船では日常、とまではいかないが、割と普通の事だったりする。他社では信じられないかも知れないが、それくらい信頼関係が成り立っている証でもあった。そして篠野はああ言ってながらも華香の話を聞く姿勢はできている。それが分かったから華香は話を続けたのだった。

「あの船の事なんだけどね、正直に言うとスペックに関しては佐倉子爵から聞いたまんまをみんなに伝えただけで、私自身計算してないのよ。こう言うと責任逃れしているみたいだけどそうではなく、子爵がデタラメなデータを出してくるとは考えてなかったから確かめてみなかっただけ。だからこれは明らかに私の怠慢。後でみんなにも謝らないとね。でも子爵のミスとはしたくないから、私が計算違いしてた事にしておいて。お願い」

 真摯な態度で事実を語り、かわいい仕草で謝られたら許すしかない篠野部長。一本気な性格故に華香が間違ってないと分かれば、腹を立てたのは自分の勇み足だと反省していた。

「お嬢が嘘を言ってない事は分かります。お嬢は根が素直ですからねぇ。嘘をつけばすぐに分かります。最初にあの船の話をした時から今まで、お嬢は嘘をついている時の素振りを一切見せてなかった。思い出してみればすぐに気付いた事なのに、腹立てちまってぇ、ホント申し訳なくて仕方ありやせんっ」

「いやいや、私の判断ミスが招いた事なんだから、そんなに謝らないでよぅ」

 一時でも華香を疑ってしまった事を恥ずかしく思い、苦悶の表情で悔しがる篠野部長。その姿は任侠映画に出てくる役者のそれにしか見えなかった。それくらい彼にとっては恥ずべき事だったのだろうが、華香も同様に感じていたのだ。隠蔽しようというつもりはなかったが、子爵が関わった事を全て話さなかった事で、かえって皆に混乱を与えてしまった事を。だから篠野部長にはそんなに謝って欲しくないのだ。

「この事はみんなにも話した方がいいね。何度も集まってもらって悪いけど。…それと部長。あの9万トン超になるって話、そのまま進めていいから。もう一度子爵に会って確認してはみるけど、船に関しては私達の方が詳しいんだし。でも構造上無理があるようなら自由に変更しちゃっていいわ。部長の方が私より船に詳しいのだから」

 華香はそう言うと自席にあるインターホンの受話器を手にとり、隣室の秘書に豪華客船の話をしたメンバーを集めるよう指示を出す。

「いや、ちょっと。そこまで急ぐ必要はないのでは?」

 事の発端が自分であったため、他の者の仕事を中断させてまで話す事もないのでは、と躊躇する篠野。が同時に華香の決断力行動力の高さには感心していた。それも自分の非を認めるために動いているのだから。上に立つ者とは全てこのような人格者でないと、そう思った篠野だったが、自分だって設計部門という狭い枠組の中では長である。果たして自分はそこまでできているだろうか。改めて自分を顧みてしまうのであった。


 30分後、先程のメンバーが全員揃ったところで、華香は深々と頭を下げ、豪華客船についての情報に間違っていた内容があった事を謝罪した。もちろん総トンの事である。篠野にも言ったように自分が計算ミスをしていたと。それを篠野が指摘してくれたので、誤った情報のまま皆が話を進めてしまってはいけないから、訂正するために集まってもらったと言い切ったのだ。

 篠野はそれが完全な真実ではない事を知っている。だが華香の覚悟も分かっているので必死に沈黙を貫いた。自分が聞いた範囲の事を言ってしまったら、華香がかえって気まずい思いをすると思ったから。おかげで皆は華香が思った通りに誘導される事になった。

「それにしても社長がそんな凡ミスをするとは珍しいですねぇ。根を詰めすぎたのではないですか? 体調管理も仕事の内ですよ。社長がいなくなったら我々は船長のいない船の船乗りです。なのでもう少しご自愛していただかないと困ります」

「ハハハ、そうだね。今度から気を付ける」

 完全に呆れ顔で華香を責める久保井(くぼい)専務。華香はそれに申し訳なさそうな笑顔でかえした。

 とはいえ専務だって本気で華香の事を責めている訳ではない。彼女の事を気遣うが故の言葉である。それが分かるからこそ華香は殊勝に反省し、専務にしても分かってもらえていると確信しているからこそ責める事ができるのだ。がそれも一言でおしまい。次いで専務の口から出たのは実務的な内容だった。

「で、あの豪華客船はどうするのです? そのまま9万トンで進めますか。それとも6万トン程度に小さくしますか。はたまた子爵に確認されてから決めますか」

 確かにこれは華香をいじめるより重要な事柄だ。想定より大きいのであれば用意する鋼材の量が増えるし、小さくするのであれば再設計が必要となる。また株主でこの企画の提案者である子爵に確認をとるのであれば、今日の作業は無駄になるかも知れない。そのために華香には今すぐ決断してもらう必要があったのだ。

「それはさっき篠野部長には言ったのだけど、とりあえず9万トンで1回設計してもらおうと思うの。それで無駄が多いとかトップヘビーになりそうだと分かったら、上部構造2層分をまるっと削って一回り小さくすればいいんだと思う。もちろんそれはみんなと相談した上で決めるけど、それまでは9万トンのまま検討してみて。無駄になってしまうかも知れないけど」

「社長の判断ですから従いますが、9万トンですか……」

 華香の言葉に意気消沈していく専務。いや彼だけではない。華香と篠野を除く一同は皆似たような表情をしていた。まあ無理もない。6万トンの船が1.5倍の9万トンに化けたのだから。最初6万トンと聞いた時も難しいと感じたが、華香と話していく内に「やってやろうじゃないか」と発奮できた。だが9万トン、いや印象的には10万トンに迫ると聞いて再び絶望感にとらわれたのである。

「篠野部長、排水量つまり必要な鋼材の量はどうなんだね。やはり1隻で9~10万トン必要なのか…」

 専務が弱々しく篠野に尋ねる。総トンと排水量が近い値になる船は意外と多い。この船もそうだとしたら単純な原材料費もそれだけ増えるという事だ。戦艦2隻分の鉄が必要な1隻の客船に、果たして海軍が金を半額なりとも出してくれるのだろうか? もちろん海軍が発注したものなら、いくら高くても払ってくれるだろうが、勝手に作った船に助成してもらおうなんて考えが甘すぎる。それくらいなら多少性能が劣っていても戦艦を作った方がマシ、と言われてしまう可能性だって高いだろう。そうなったらいくら人を運んでも費用は回収できない。専務をはじめとする集まった者達の心配はそこにあった。それに対する篠野の答えは、

「そんなには必要ありません。大型豪華客船という事でいつも以上に安全第一を心掛けて船体部の外板を大型重量物運搬船並に厚くし、肋材縦通材共に極太のものを使用するとして計算してみた結果、粗い計算ではありますが、おおよそ7万トン以下に収まります。ただし二重底の内側や上部客室の外板はその半分の厚さとしてますので、そこを強化するならもう少し重くなりますがね」

「いや、いいっ。7万トンなら想定内だ。お客様の安全をないがしろにするつもりはないが、費用を料金に上乗せしてお客様の負担をいたずらに重くするのも何だからな」

 篠野の試算に安堵した専務。7万トンと言ったら、午前中に聞いた新型戦艦より重いのだが、10万トンを覚悟した後の7万トンはとても軽く思える。経営面もしっかり考えないといけない立場の専務としては、抑えられるコストはできるだけ抑えたかったのだ。そうすれば内装等客船として充実させなければならないものにコストを回せる訳だから。が、

「しかしこの重さでは10mの喫水にはなりません。後1万トンくらい重くすれば、丁度喫水10mになりそうですが」

 という篠野の追加情報に、一旦明るくなった専務の表情がまたも曇りだす。まだ1万トンの増加で済むのであれば良いが、条約型重巡洋艦1隻分の鋼材は決して安い買い物ではない。普通の貨物船を作るために確保してある分から融通して、多少でもコストを抑えるべきだろうかと本気で考え始めた時、華香から皆が失念していた事を聞かされた。

「1万トンくらいなら燃料や飲料水なんかで補えない? アジアとヨーロッパを結ぶのだったら結構な燃料が必要だと思うし、千人以上の人間…いえお客様が何十日も船に乗っているのだから、飲料水だけじゃなく、食材や生活用水だってかなり積んでおく必要があるでしょ。もちろん途中で補給するとしても、ある程度は積んでおかないとね。その重さを考えれば下手すれば鋼材の方を減らす事になるかも知れないわよ」

「!」

 そういえばそうだった。どうしてこんな基本的な事を忘れていたのであろう。専務達社員一同はあまりのビッグプロジェクトに(いれもの)の事しか頭になく、肝心な乗客その他(なかみ)の事をすっかり忘れてしまっていたのだ。造船会社のスタッフとして資質を問われかねない失態である。

 反面華香は冷静だった。少なくとも社員達はそう感じている。おかげで華香の株はまた上がったのだ。もっとも華香としては船の規模を誤って伝えるという失態から挽回しようと必死だっただけなのだが。

 華香の一言により一瞬で気が引き締まったスタッフ達。柊造船の幹部達は実に優秀で、落ち着きさえすれば華香以上に様々なアイディアが出てくるのだった。

「篠野部長、あの排水量の中には機関の重量も含まれているのかね」

「もちろんです。客船としてもそれなりの速度が必要だと言われてましたので、思い切って特型駆逐艦の機関2組を搭載した重量で計算しています。4軸4基8缶で10万馬力を発揮するから速いですよ。もちろん空母改造時には機関を換装して、倍の出力が得られるよう検討しています。それまでに日本製の機関が開発されているといいのですが…」

 篠野は質問に答えるついでに今後の展望及び危惧を語った。確かに海外からの技術導入は進んでいるが、船舶用機関の分野では外燃機関にしろ内燃機関にしろまだ一歩遅れをとっていた。この船がいつ海軍の目にとまり、空母への改造指示が出るかは分からないが、その時までにハイパワーな機関が完成してないと非常に困った事になる。

 篠野の心配を受け、専務は自問自答するかのような口調で艦艇に詳しい第一秘書の奈良岡(ならおか)に尋ねる。するとすぐに答えがかえってきた。

「4基4軸で20万馬力か…現在海軍が採用した機関の中で最強のものは……」

「『最上』型『蒼龍』型で採用されている152,000馬力のものです。そして1軸4万馬力のものが開発中なはずですが」

「にしても合計16万馬力だ。その機関しかなかったら5軸にするしかないか、海外から1軸5万馬力以上の機関を輸入するしかないな。我が社でも外燃機関部門を起ち上げておけば、独自開発も可能だったかも知れないが」

「これ以上いたずらに会社の規模を拡大しないで下さい。人材の確保が難しいだけでなく、今まで築いた他社との関係が悪くなりますから」

「冗談に決まっているだろう。単に1軸5万馬力の機関ができないくらいなら、という話だ。身の丈に合わない規模に事業を拡張して自滅していった企業を見てきているからな。たとえ社長が気まぐれに言ったとしても、私が全力で止めてみせるさ」

 奈良岡の回答に冗談には聞こえない感じで嘆く専務。それを間に受けてしまった北森(きたもり)営業部長が本気でツッコんだ。が専務はそれに冷静に対応し、北森の顔を赤く染めさせたのである。

「まあ確かに5軸推進はないわね。折角篠野さんが4軸になるよう設計してくれたのに、わざわざ調整が必要な奇数軸推進にする事はないもの。私なんか2基のタービンを1軸に結合して2軸推進でもいいかなって思ってたのに、先を見越して4軸で考えてくれてたのはありがたいわ。後々改造しなくて済むものね」

 篠野の仕事をべた褒めする華香。まあ半分は子爵の事を黙っていてくれたお礼みたいなものだが、残りの半分は本気でその仕事ぶりを褒めていたのだ。自分のミスを気付かせてくれ、皆に謝る機会を与えてくれたのだから。

 もっとも篠野にとってはこそばゆい事で、皆の面前で褒めてくれるぐらいなら、酒の一杯もゴチになれれば充分だったのだ(まあ褒めてもらえるのも嬉しいのだけど)。

「それでは念のため海外のタービンやボイラーについても調べておきます。ライセンス生産できるようなら海軍に売り込む事もできるでしょうから」

「それには私も協力しますよ。駆逐艦用の小型大出力機関は是非とも入手しておきたいので」

 北森の提案に奈良岡が乗っかる。彼の仕事とは直接関係ないが、海外の駆逐艦の中には日本のものよりはるかに高速なものも存在する(計画含め)。それと同等な駆逐艦が欲しい、その一心で協力を申し出たのだ。北森にとっても軍艦に詳しい奈良岡が手伝ってくれるのはありがたい。彼は軍艦にあまり関心がなかったため、知識が足りない事は自覚していたのだ。故に奈良岡と手を組めればWinWinの関係になれるのである。

 協力して事にあたる事は良い事だが、暴走しなければいいけど。ちょっと心配になった華香なのであった。

「あのう、ディーゼルって選択はないのでしょうか? 確かウチで作った船の中には『内連(ないれん)』製のディーゼルを積んだものもありましたよね」

 おずおずと第二秘書である桜庭(さくらば)睦子(ちかこ)が尋ねてきた。『内連』こと『日本内燃機関連合』には柊造船も少し関わっていて、比較的良い性能を発揮していると聞いた事があった。故にそれを使えば良いのではと思ったのだ。しかし、

「桜庭さん、それは駄目だ。我が社の船で成功したと言われているのは、1万トン程度の船に3~4000馬力のエンジンを2基搭載して18kt巡航を低燃費で実現できたからなんだ。だけどこれから作ろうとしている船は10万馬力が必要で、4軸推進だから1軸あたり25,000馬力。4000馬力のエンジンを6つ組み合わせても少し足りない。それが4組必要なんだから、船内容積がいくらあっても足りないよ」

「まあ1万馬力のエンジンなら3基あれば事足りるが、まだ技術的に難しい。後10年あれば完成するかも知れないし、故障ばかりしててもいいなら3年くらいで作れるかも知れん。でも現時点では影も形もないがね」

「そうだったのですか。思い付きで的外れな事を言ってしまい申し訳ありません」

 睦子のアイディアは奈良岡と篠野により一蹴される。まあ船のサイズ的には搭載できない事もない。だが6基のエンジンをまとめるギアボックスの方が面倒だろう。それくらいならシリンダ数を強引に増やすかシリンダそのものを大型化して馬力を稼いだ方が賢明だろう。ただしこの方法でも特注品となるので不具合続出が予想されるのだけど。

 その他の解決策として一応実績のある複動式ないし技術的挑戦にもなる対向式エンジンとするというのもある。

 複動式ならピストンヘッドの上下で爆発=エネルギーの回収ができるので、単純に出力を倍にする事が可能。また対向式なら1つのシリンダ内の両端にピストンヘッドを有するので、1回の爆発で2回分の効果が得られる。どちらも構造は複雑になるが、コンパクトに出力を向上させられるメリットは大きい。

 が、折角『内連』が世界に先駆け開発したユニフロー式エンジンの系列からははずれてしまうので、いずれにせよ規格外で替えがきかないものとなってしまう。安全で信頼性の高い事が求められる商船、それも豪華客船では中々採用しにくいものである。

 それでも経済性まで気が回った事は評価したい。そう思った華香なのであった。

「だったら『ターボ・エレクトリック』はどう? 確か『神威(かもい)』とかいう輸送艦で採用されている」

 華香は少し悄気(しょげ)ている睦子だけに恥をかかせたくないと、思い切った提案をする。もちろん否定されるのは承知の上だ。案の定篠野から即ツッコミが入る。

「それも無理です、お嬢。『ターボ・エレクトリック』は速度の調節は得意ですが、余分な発電機とモーターが必要です。これは動力源がディーゼルであっても同じです。発電機の方は如何様(いかよう)にもなりますが、同出力のモーターがない以上、複数のモーターを1セットにギアで繋げるのは純ディーゼルと同じです。むしろ純ディーゼルの方が構造的には簡単でいいですよ」

「そっかあ。モーター式なら余った出力で電気も作れるからいいと思ったのだけど」

 そういう華香の顔は本当に悔しそうだった。しかし社員達は見逃してない。華香が嘘をつく時の特徴を。だがここでそれを指摘する程皆野暮じゃない。一同それをスルーして、現実的な話を続ける。

「お嬢、無理にも程があります。機関とは別にターボ式ディーゼル式発電機を複数系統用意しておかなければ、こんな大型客船全体に電気を供給できませんて。その他に淡水プラントも必要でしょうから、やはり機関は小型で強力な駆逐艦用のものを使わせてもらうしかありませんっ」

「なるほど分かった。その辺は篠野さんの方が詳しいから任せるわ。でも他のみんなも面白いアイディアが浮かんだら、専門でなくてもどんどん言ってきてね。もしかしたら素人故の斬新なアイディアが出てくるかも知れないから」

 華香は篠野部長の的確な指摘に冷静に対応すると、今集まってもらった事に対するシメの言葉のようなものを発してまとめた。専務をはじめとする社員達もそれぞれの持ち場に帰ろうと動き出した。関連しそうな事柄を持つ者同士話し合いながら。が、

「あっ、そうだ。これから作る船の名前決めたからね。その方がみんなも話しやすいだろうから。まだ株主さん達とも話してないから『候補』だけどね」

 という言葉を投げかけられ、動きを止め振り返る一同。専務などはドアノブに手をかけてしまっていたから、その体勢は少し苦しそうだった。手を放せば楽になるのに。

「で、何と決めたのです?勿体つけないで早く教えてください」

 ようやく手を放し完全に華香の方に向き直った専務。他の者達も華香に視線を集中させている。

 皆の視線を一身に浴び、少し緊張してしまう華香。まあこの場合は舞い上がってしまったと言った方が合っているかも知れない。ので血液が頭、というか顔に集まってくるのが分かる。おかげで彼女の顔は熱くて赤くなっていた。そんな赤い顔の事を誤魔化すように、華香は力強く言い切った。

「『舞姫』よっ! 『舞姫』型豪華客船っ。それぞれ『舞姫』と『乙姫』、それがあの船達の名前っ! 柊造船初の豪華客船にこれ以上相応しい名前はないわっ!」

「おおっ!」

 声高らかに宣言した華香と新造船の名に感動してどよめく一同。それにしても『舞姫』かあ。『舞姫』に『乙姫』、良い名だ……とここで一気に感動から覚める程のとても重要な事に皆気が付いた。

「社長っ! 『舞姫』と『乙姫』っていう事は2隻作るのですか? あのバケモノみたいに巨大な客船をっ!」

 皆を代表して専務が華香に噛みついた。華香以上に顔を真っ赤にして。血管か何かがこめかみあたりで十字状に浮き上がっている。健康上、極めて危ない兆候かも知れないが、それくらい本気で怒鳴りつけたいと思っているのは間違いなかった。

 その剣幕に怯みかけた華香。専務に叱られるのは毎度の事だが、今日のそれはいつにも増して強烈だったから。しかし華香も引き下がらず、深呼吸したかと思うと自らを奮い立たせて反論に転じる。

「そうよ。つい言い忘れていたのは謝る。最初から2隻作るなんて言うと否定されると思って、わざと黙っていた訳ではないわ。名前を考えていたら2隻作らなきゃいけない事を思い出して焦ったわよ。また事後報告だと怒られると思ってね」

「そこまで分かっているなら何故皆を召集した時におっしゃらないんです? その時に言われていたら、私もここまで大騒ぎはしてません」

 華香の言葉に正論を返す専務。正論過ぎて何の言い訳も思いつかない。もっとも華香も言い訳するつもりはなく、ただ素直に謝るだけだった。

「確かに今になって思うと、あの時言っておけば良かったと心底感じているわ。だからこの件については謝る事しかできない。ただ1つだけ言わせてもらえるなら、あの時はサイズ間違いの事で頭が一杯だったの。本当にごめんなさい」

「そんなに社長に頭を下げられても、我々としては困ってしまいます。場合によっては表面上だけだろうと軽く受けとらえてしまいますし。それより何で2隻も作るのです? 1隻だけだとしても費用もバカにならないし採算が取れるか不透明なのに、2隻も作るなんて……何か理由でもあるのですか?」

 少し態度が軟化した専務。頭が冷えてきたのと華香の反省の態度に許す気持ちが出てきてしまったのだ。我ながら甘いと思う専務である。まあ他の者達も自分が真っ向切りつけていったから、華香に対する一時的な感情の昂ぶりも落ち着いてきている。ならばこれ以上今は華香を痛めつける必要はない。やっぱり甘々な専務なのであった。そんな専務の問いに華香は正直に答えた。

「なんで、と聞かれても、私自身よく分かってないのが実情。子爵に言われたからと答えるしかないわね。なんでも軍艦は2ないし4隻単位で作られるのが基本だからと言われてね。まあ手間もお金もかかるけど、子爵に言われたら断れないじゃない」

 華香はそこで話を一旦区切った。専務達の反応を見たかったからだ。すると案の定専務は良く言えばどこにも発散できない苛立ちを全面に表した、悪く言えば忌々し気(いまいましげ)な顔をしていた。

「また佐倉子爵ですか。本当にあのお方は無理難題を押し付けるのがお好きなようで」

 専務の佐倉子爵に対する感情はこの数時間で急速に悪くなった。何もウチの社長を焚き付けなくたって、子爵の立場ならその話をどこに持っていっても聞き入れてもらえるだろうに……ウチの社長は子爵の事を全面的に信頼しているから、何か言われたら信じるし、多少の無理も推し進めてしまう。全く厄介なご仁だ、そう心の中で嘆く専務なのであった。

 予想していた事とはいえ、専務の想いを悲しく思う華香。専務も子爵も我が社、そして私の事を考えてくれている事が分かるのでいたたまれない。もっとも専務は我が社の事を、子爵は日本という国の事をより重視して考えているため、このようなすれ違いが起こるのだろうが。もう少し目指す所が近ければ、両者は親友にも成りえたかも、と残念がりながら話を続ける華香であった。

「そんな風に言わないでよ。子爵にはお世話になる事も多いのだから。それによく考えれば、1隻だけだと故障したら直るまでその航路は一切動かなくなるけど、2隻あればなんとか運航は可能よね。そう前向きに考えましょ。それにこれはまた子爵の言葉で悪いのだけど、軍艦の中には3隻1組で建造して、内1隻はメンテナンスのために予備艦とする場合もあるらしいの。流石にそこまでしろとは言われなかったけどね」

「当たり前です。3隻作れなんて言われても、そんな予算はうちにはございません。それでも強要されたのなら、私は命を賭してでも止めて頂けるようお願いに上がりましたよ」

 専務は大袈裟な口調で言い切ったが、彼の中では大袈裟でもなんでもない。それが柊造船の実情だったから。もちろん100%平和な時代、空母への改造なんて必要なかったら、3隻保有して子爵の言うような運用も悪くないと思う。が大陸では戦争のに繋がりかねない状態が続いており、欧州もまた似たような状況である。さすれば空母への改造はほぼほぼマストであり、空母化されたら元には戻せないだけでなく、沈められて永遠に帰って来ないかも知れないのだ。最初から軍艦ならば話は別だが、商船として生まれた船にはその人生? を全うして欲しい。造船に関わる者なら自然な考え方であった。

「……2隻でいいんですね? そしてもう言い忘れている事はありませんね?」

 数瞬の沈黙の後、ふと何かを諦めた表情となり、最後には色々に覚悟を決めた顔で専務は尋ねた。華香は意図して情報を小出しにしている訳ではない。少なくとも専務はそう確信している。しかしこれ以上の追加情報は御免だ。その度に一喜一憂、いや9割以上の確率で憂いていたら身が持たない。だから華香に最終確認をしたのだ。

 それに対し華香は必死に思い出そうとした結果、

「……うん、もうないと思う。多分…」

 という言葉をひねり出せた。多少頼りない感じもするが、専務をはじめとするこの場にいた一同は華香の言葉を信じる事にした。なんだかんだ言っても信頼しているし、それ以上に信じてあげたい、と思わせる何かを持っているのだ。

「…そうですか。ならば信じましょう。その代わりこれ以上の後出しジャンケンはなしでお願いしますよ」

 専務は先程の剣幕が嘘であるかのように穏やかに言った。もちろん釘をさす事は忘れなかったが。その言葉、というよりこの部屋全体の雰囲気が華香には嬉しかった。本気で怒ってくれたり信じてくれたり…そういう社員を持った社長でいられて良かったと、華香は心の底から思っていた。が専務の言葉は少々引っかかったようで、子供のように反論する。

「後出しジャンケンなんてしてないよぉ。それに今後子爵が追加で言ってきた事は仕方ないでしょう?」

「では余計な事を言われないように話をしてください」

「専務の意地悪~っ。佐倉子爵に口で勝てる訳ないと知ってるでしょ~っ」

「そこを何とかするのが社長の力量です」

「ムリなものはムリなんだから、その辺はちゃんと理解してよね~っ」

「まあ内容次第でしょうがね」

 華香の泣き言をしれっとかわす専務。その姿を大抵の者は微笑ましく、睦子だけは華香の事を心配してオロオロと見守っていた。

 そうして豪華客船についての会議(?)は終わっていくのであった。



次話へ続く──


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