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ヨアケマエ外伝・柊華香の挑戦  作者: うにシルフ
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第一章 華香、提案してみる

この物語は[零号震電]の最終話で出てきた『戦姫』『美姫』超大型空母の建造にまつわるお話です。

if戦記でありながら戦闘シーンは多分出てこないと思います。[零号震電]でも模擬戦まででしたけど。

それでも良ければ読んでみて下さい。

 34年正月。柊造船の社長柊華香(はなか)は今年の抱負、いや社としての目標を考えていた。

「やっぱり大型客船作るわよっ。イギリスの『クイーン・メリー』に匹敵するくらいのヤツをねっ」

 バンッと机を叩きながら立ち上がると声高に宣言する。その時までは1人きりだった執務室だが、大きな物音を聞きつけ、専務やら秘書やらが飛び込んでくる。

「社長、一体何事です? いきなり大声と音を出されて」

 真っ先に飛び込んできた久保井(くぼい)征太郎(せいたろう)専務が尋ねる。彼は華香の父親側近中の側近で、華香のお目付役として送り込まれたのだ。華香も小さい頃から知っているので頭が上がりにくい。

「で、それだけ騒ぐという事は、何か社にとって良い案でも浮かんだのでしょうね。まだ松も開けてない内から執務室に籠もって、思案されていたのでしょうから」

 専務は努めて静かに、だがかなり呆れながら華香に尋ねた。今日はまだ三が日が終わったばかりで造船ドックの方は稼働していない。ごく一部の幹部達(とその世話を焼く者)だけが出社し、簡単な今年の方針を決めるために集まっていたのだ。管理職の方が実は休みが取れない、それを地で行くような本日なのであった。

「我が社だけでなく今後の日本の行末を左右しかねない事を思いついたのよ」

 また大袈裟な事を言い出して…彼女を小さな頃から知る専務は軽い頭痛を覚えていた。

 華香は子供の頃より頭が良かった。並の子達より、というのではなく、その頃から大人であった自分すら言い負かされる事があるくらいに。ただし時折誇大妄想的な事も言うので、100%聞く必要はなかったのだが。

 そんな彼女も成長して経営者としての自覚が強くなってきたのか、あまり極端な事は言わなくなってきたと思っていたのだが、久しぶりに想像の翼が広がり過ぎてしまったのだろう。こういう時は聞くだけ聞いてやって、くすぶっているものを吐き出させてやらないと疼いているものは治まらない。そう経験上知っている専務はとりあえず聞いてみる事にした。

「で社長、日本の行末を左右するアイディアとはどのようなものなのです?」

「それはね、日本なら史上最大、世界でも最大級の豪華客船を我が社で建造するの。大体全長300m、全幅40m、5~6万総トンのね」

 華香は右人差し指を立てて片目をつむりながらそう言った。自分の考えが正しいと信じきった口調で。それを聞いたその場の者達は「流石社長、考えるスケールが大きい」と思う者と、「また荒唐無稽な事を言い出して…」と思う者にはっきり分かれた。後者の筆頭はもちろん専務である。

「社長。そんな大きな船どこで作るのですか。それに船主はどうするのです。国内最大手の日本郵船は既に何隻も大型客船を発注したようですよ」

 専務の言葉は堅実過ぎて華香にはつまらないものだった。華香だって単に思い付きや「誰々より大きなカブトムシ欲しい」といったわがままで言った訳ではない。ちゃんとビジネスとして成立すると考えて言ったのだ。

「建造なら君津や富津のドックを拡張すればいいわ。350~400mの船だって作れるくらいにね。それに船主が付かなかったらウチで扱えばいいのよ。新たなアジア=ヨーロッパ航路を作ってね。彼らはアジア人がそんな大きな船を作れるなんて思ってないから、度胆を抜くには丁度いいじゃない」

 相変わらず華香の言う事は大袈裟だ。専務は心の底から思う。

 確かに我が社の経営状態からすればその規模のドック及び客船を作る事は難しくない。資金力・技術力から言っても。むしろ技術力を更に伸ばすために挑戦してもいい課題であろう。だが問題は自社でその船を運行する方だ。まずノウハウがない。柊造船は建造オンリーの会社なので、客船の運航に携わった事などないのだ。それなのにいきなり欧州航路だなんて……彼の常識からは「無謀」の文字しか出て来なかった。それを正直に華香にぶつけると、

「だから面白いんじゃない。人材ならヘッドハンティングでかき集めるなり会社ごと買収すれば済む話だし、それでも上手くいかないようなら運航部門ごと売り払ってしまえばいいのだから」

 と楽観的な持論を変える様子はなかった。

 これは自分の職を賭してでも諫めないと会社が潰れてしまう。専務が覚悟を決め説得に入ろうとした瞬間、華香が更に言葉を続けた。

「今はウチの会社だけよければいいという時代じゃあないわ。日本全体の技術力を高めなければいけない時なの。その先鞭をつけるのは我が社でないといけない。ウチの技術が三菱や川崎に劣っているなら別だけど、みんなそうとは考えてないでしょう?」

「もちろんです。確かに設立は余所様の方が先ですけど、我が社は海外からの技術導入を積極的に行って参りましたから、商船建造の技術は決して劣っておりません!」

 言ってしまった。華香の言葉に乗り、つい言ってしまった。専務は今の華香に絶対に言ってはいけない事を言って、いや言わされてしまったのだ。それを聞いた華香はニヤッと笑うと核心に迫る事を語りだす。

「そうっ、商船では負けてない。客船にしろ貨物船にしろ、また数にしろ大きさにしろね。だからウチが業界全体を引っ張っていく必要があるのよ。でも軍艦は1隻も作った事がない。今度立ち上がる対馬のドックでは小型駆逐艦の建造が行われるけど、駆逐艦は厳密には軍艦じゃないらしいから」

 そこまで言うと華香は一旦言葉を区切る。熱が入り過ぎた為に喉が渇いたのもあるが、少しは自分達で察して欲しいと時間を与えたのだ。

 しかし専務は察しが悪く「客船と駆逐艦の何が繋がるのだろう」と呟き考えこんでいる。そこに第二秘書の桜庭睦子(ちかこ)がおずおずと意見を言ってきた。

「つまり社長は客船をベースに航空母艦を作りたいとおっしゃりたいのですか?」

「そうそうそう、あなた若いだけあってやっぱり頭柔軟ね~。どっかの誰かさんとは大違い♪」

 自分の考えをいち早く理解した睦子の事を抱きしめる華香。歳が近いというのもあって友人のような付き合いもしていたので、自然にとった行動だ。

「それは私の事を指しているのですか」

 嫌みなどには敏感な専務が苦虫を噛み潰したような顔で尋ねてくる。華香は慣れたものだが、睦子の方は怖がって思わず華香の後ろに隠れてしまう。秘書としてはあるまじき行動であろう。

「空母と客船、どのように繋がるのです?」

 未だに華香の真意にたどり着けない専務は更に尋ねる。確かに空母というものは黎明期には商船から改造されて作られたという事は聞いた事がある。ただ彼女(はなか)が今回作ろうと言っているのは大型の豪華客船だ。それをベースに空母を作るなんて考えは専務には理解できず、せいぜい「もったいない」という感慨しかもたらさなかった。

 まあ軍艦というものにあまり縁のない者からすれば自然な反応なのかも知れない。特に大きな軍艦と言ったら戦艦しか思いつかない者からしてみれば、戦艦より大きい空母なんて無用の長物と思えてしまうのだろう。だが、

「ねえ専務。『赤城』型空母の全長って知ってる?」

 華香は唐突に日本海軍最大の空母のサイズを専務に尋ねた。専務が空母の事をあまり知らないと感じた華香が、説得するには少し説明が必要だと思ったからである。すると専務は思いの外あっさり答えてきた。

「確か『赤城』型の前身は『天城』型巡洋戦艦でしたよね。そして三段甲板なんて妙な姿の。であれば先日就役した『周防』型戦艦と同じはずです。という事は大体250mちょっとでしょうか」

 自分のところ=柊造船で作った訳でもないのによく知ってるな~、と思いながらも華香は少し修正をした。

「残念。この度大改装の結果、260m超まで拡張されたわ。それに甲板も一段のすっきりしたものになったし」

 この情報、若干の誇張がある。この大改装はこれから行われるものであり、現時点では絵に描いた餅、図面を引いただけの空母である。しかしそんな事知らない専務は鵜呑みにしてしまったようだ。

「そこまでは知りませんでした。しかし何故空母の方が大きい必要があるのです? 戦艦は排水量の関係で大きくなるのは仕方ないのでしょうが、装甲も主砲もない空母をそこまで大きくする必要が私には分かりません。むしろ小型空母を量産した方が継戦能力の点から優れていると聞いた事がありますよ」

「さっすが専務っ、空母の弱点を知ってるからこその疑問よね」

 華香は少し上機嫌で専務の疑問に返そうとする。かなり自由にやらせてもらっているとはいえ、経験や冷静に実務をこなす点では敵わないので、必ずしも上位に立てる訳ではなかった。それ故空母に関する知識で上回っている事を嬉しく感じ、それを表に出してしまったのだ。いい歳の大人かつ社長という立場からすれば、あまりに大人げない事ではあるが。

「でもそれは少し前までの主流の考えね。後数年しか通用しない。確かに空母の致命的な弱点である防御力の低さを考慮すれば間違ってないのだけど、航空機の発達ってとんでもないスピードでしょ? そのため数年後には小型空母では最新の飛行機を運用できなくなる。だから海軍でも多少の犠牲には目をつぶって大型母艦の建造に移るらしいわ。これは艦政本部からの情報だけど、連合艦隊長官直々の言葉らしいの。これからは機体に合わせて母艦を作るべきだって」

 華香は自分の手柄であるかのように語った。完全な受け売りなのだが、欧州視察の経験から激しく同意できる意見だったので、はじめから自分もそう思っていたと考えてしまっているのだろう。なるほど艦上機の発達に合わせて空母を大型化するのか。航空機に関しては門外漢の専務はようやく大型空母の必要性が分かってきた。がそれは同種の別のものと同じような進化である事に気付く。

「まるで戦艦と主砲の関係のようですね。性能を高めるために大口径長砲身化が進むと艦も大型化するという、避けられない現実と一緒です。まさか海軍は空母を主力としようとしているのではないでしょうか」

「その通りよ。っていうか専務、あなたがその事を知らなかった事の方が意外だわ」

 華香は本当に意外そうに専務を見つめた。これくらいのレベルの情報なら柊造船の専務クラスであれば簡単に知り得る事ができる。にも関わらず知らなかったとは……我が社で軍艦を作った事はないが、知識は社のルートを使っても個人的に雑誌などを読む事でも得る事はできる。にも関わらず空母の事は分からないのに戦艦で例えるのは簡単だなんて、専務は相当な大艦巨砲主義なのではないか、ふと思ってしまう華香であった。もっとものっぺりとした空母より主砲やら艦橋やらがゴテゴテついている戦艦の方が素人受けするのは仕方ない事だろう。造船会社の専務を素人と呼んでいいかは分からないけど。

「現在建造中の『蒼龍』型中型空母をベースに、多数の中型空母が建造中であると聞いた事ない? もっとも条約逃れのために別の艦種として作られているらしいけど。それとは別に改『蒼龍』型の建造も決まっているらしいわ。着工は条約明けになるみたいだけど。それとほぼ同時期に新型戦艦と大型空母の建造を始めるらしいわね」

「そんなにですかっ! ならば海軍は空母を主力艦ととらえているのでしょうねぇ……戦艦ではなく…」

 その専務の淋しそうな表情に少し同情してしまう華香。好きなものがなくなる、もしくは減っていく事は当事者にとってはこの上ない悲しみを伴うものだから。まあ専務と違って戦艦に対する郷愁はないので共感はできないけど。

「そして…これは本当に極秘事項なんだけど…次に作られる戦艦は全長270m、全幅36m、基準排水量55,000t超のバケモノになるらしいわよ」

 部屋の中にいた者を近くに寄せ、小声で語る華香。この部屋の防音は完璧だし、盗聴器などないというのにこれ程ひそひそ話としたのは、『秘密の共有』をする事で情報管理をするのはもちろんだが、それを面白がっているのもある。相変わらず子供っぽいが、それを聞いた専務の表情がぱあっと明るくなったのも見逃せない。そういう所はよく似た両者である。

「それでその船体を利用して空母も作るみたいなの。流石に戦艦共々何隻作るかまでは聞けなかったけど」

「戦艦は相当素晴らしいものができそうですが、同一船体で空母も作るのですか? 海軍は『赤城』や『加賀』の苦労を忘れてしまったのでしょうかかねぇ」

 まんべんなく軍艦に詳しい第一秘書の奈良岡京介が半ば呆れた感じで言い放つ。確かに『天城』型や『土佐』型戦艦を空母に改造する際にはかなりの苦労があったらしい。何せ40,000tの巨体を全長全幅といった基本サイズを変えずに27,000tまでダイエットさせなければならなかったのだから。いくら主砲や装甲がいらなくなったとはいえ、格納庫や飛行甲板を作ったおかげで減量は思うように進まない。その上重心が高くなってしまったり、前後の重量バランスが大幅に変わってしまったのだから、その苦労は並大抵のものではない。

 単純に人間に置き換えてみると100㎏の人を67~8㎏まで減量させながら、上半身の筋肉のみ鍛えて増量するのに、下半身は体重減通りに痩せさらばえていくに任せるといった感じだろう。それがどれだけ厳しい事かは10㎏単位のダイエットをした事がある人か、筋肉を維持しながら減量しなければならないボクサーなら少しは分かるかも知れない。筋力や体力を落とさずに体重だけ落とすのは、思った以上に大変なのだ。

 それはさておき奈良岡の感想に華香は自分なりの解釈を話す。

「その辺は船体部の甲板を減らすなどしてトップヘビーを回避するんじゃない? それに装甲を減らす分バルジを強化したり水密区画を細かく設けるみたいだから、水中防御力はそれなりに高いだろうし、喫水線より下で鋼板を多く使うだろうから重心対策にもなるだろうし」

「それでは思った程重量軽減にはならないでしょう」

「海軍は36,000~40,000t程度にまとめるみたいよ。本当は後4,000tくらい軽くしたかったみたいだけど、簡単に沈む艦は作りたくないから、速力を犠牲にしてでも継戦能力を優先したみたい」

 専務より海軍艦艇事情に詳しい奈良岡の追及に、思わず予定以上の事まで話してしまった華香。けど今ここにいるメンバーなら口外する事はないだろう。でなければ最初から話したりしない。それくらい今日集まっている者達の事を信頼しているのだ。そんな華香の気持ちが分かっているからこそついていける。時には無茶な事も言うけど締める所はちゃんと締めるし、無茶言う時でもこちらの意見を聞いてくれる。そんな相互信頼ができているからこの会社も機能しているのだ。

 すると突然睦子が割とのんびりした口調で核心を突いてくる。

「それで300mの客船なんですね。その戦艦よりも一回り大きな」

「んっ!?」

「へっ!?」

「御名答~♪ 流っ石あなたは私の一番の理解者ね。やっぱり持つべきものは友達よ。それも仕事上のパートナーも務めてくれる人ならこの上ないわ」

 専務達男衆が驚く中、一足飛びに答えを導き出した桜庭睦子。それが嬉しくて華香は友人を思い切り抱きしめた。専務達はまだ理解できてなかったり、了解した上で驚いている(そして目のやり場に困っている)中、その抱きしめる強さに苦しがる睦子。その旨を伝えるとようやく華香は友人を解放した。

「で、何が300mの客船なんです? ただ単に海軍より大きな船が欲しいだけなんですか?」

 男達の中で一番察しの悪い専務が尋ねてくる。かなり早い段階で既に答えは出ているというのに……華香は痛い頭を押さえながら、細かく説明する事にした。

「分からない? 海軍では効率の悪い方法で270mの空母を作ろうとしている。ならば私達がもう少し効率よい方法でそれ以上の空母を作ってみせれば驚くだろうし、我が社の技術力を再認識させる事ができる。ただ発注も受けてないのに軍艦を勝手に作る訳にはいかないから、とりあえず客船として作り始めるの。300mなんて普通の客船ないし貨客船ではあり得ないから、『豪華』客船として作るしかないって訳。分かった?」

 ここまで説明されようやく華香の考えを理解した専務。が了承はできない。いくら柊財閥(主にあかね銀行)の援助が受けられるとはいえ、利益が予測できない事業に大金をつぎ込む事は専務として容認できないのだ。

『才能はあるが若すぎる華香のストッパー』

 そもそもそういう理由で柊造船に出向を命じられたのだ。ので再考を促す進言をしたのだが、華香に聞く耳はなく、更に理詰めで専務を説得しようとしてくる。

「専務だって『標準船優遇法』は知っているでしょ? 4月から始まる統一規格の船にかかる税制上の優遇措置。だからその為の投資をやっている真っ最中じゃない。でもそれとは別に高速大型船に援助が出る事が決まりそうなのよ。まだ煮詰まってないから正式に発表されてないけど、大体半額くらい援助してくれるらしいわ。その代わり空母への改造が容易で、ある程度の大きさと早さが必要なんだけどね」

「大型船に援助が出るというのは初耳ですが、『標準船優遇法』ならよく知っております。そのために君津ドックを拡張して、比較的大きな油槽船運送船を多数建造し、それらを海軍で徴用してもらう。それが我が社の当面の方針でしたので」

 華香の問い及び新たな情報に毅然と答える専務。決定している方針を軽々しく変更させないために必死だった。そのための切り札を専務は思い切って切ってしまう。

「第一大口の株主様にはどう説明するのです? 社内のすり合わせだけで済むなら社長の一声でいいでしょうが、出資頂いている株主様はもっとシビアですよ。少なくとも現時点で収益が見込めない事業に賛成して頂けるとは思えませんが」

「その事なら大丈夫。筆頭株主はウチの『あかね銀行』だから置いといて、外部で一番の株主に会ってこの構想を話したら、結構快く承諾してくれたわよ。後はお爺様の判断次第とは言われたけどね」

 専務の筋の通った反論は、華香の裏技にて簡単に覆された。まさか既に大株主に接触していたとは…相変わらずこの社長の行動力には驚かされる……と思いかけたが、専務だって長年仕事一辺倒だったため、ある種の勘が働いた。

 社長の口ぶりはそのアイディアを今さっき思いついたような感じだった。だとしたら大株主との接触なんて不可能だ。無論さっきの言動が芝居という可能性は残るが、この柊華香という人物、一筋縄ではいかないところがありながら根は結構素直である。故に大株主との接触の方が嘘、というよりハッタリではないか、そう直感した専務はその旨を叩き付ける。

「流石専務だなあ。そういう細かいところにツッコめるなんて…でも株主さんには会ってるわよ。お正月はお互い忙しいだろうから今年の内にって大晦日に会ってきたのよ。向こうから連絡をもらって食事に行ったのだけど、その場で株主さんの方から豪華客船を作らないかと提案されたのよ。それも空母への改造を見越した設計でね。だから『この構想を話した』ってのはちょっとした嘘。それについては謝るわ。そして私はその提案についてず~っと考えに考えて、さっきようやく踏ん切りがついたという訳。私1人で行ったから証言してくれる人はこの場にはいないけど、株主さんに直接聞いてもらえば嘘でないと分かってもらえるはずだけど」

 そう言われてしまうと何も言えなくなる専務。その事を尋ねるという事は大株主の事を疑っていると思われても文句は言えない。そもそも外部の筆頭株主である佐倉子爵家は華族の中でも格が高く(階級ではなく家格・家柄)、同クラスの柊家の一員である華香だからこそ直接話せるのである。

 専務だって子爵とは華香の名代として仕事の話をした事はあるが、気軽に食事なんてできる相手ではない。たとえ向こうから気さくに誘われたとしても、食事が素直に喉を通らないだろう。そんな相手が直接華香に計画を打診してきたのであれば、後は柊造船社長である華香の考え次第だ。そして華香がそのプランに乗り気である以上、もはや自分を含めた社員には止められない。最後の手段として柊家の人間に泣きつく事はできるかも知れないが、華香が同じ事をしたらそれ以上の手立てはない。つまり現時点で詰んでしまったのだ。専務は大きくため息を吐くと納得すべく、気持ちの整理を始めた。

「客船として運航できなければ大赤字でしょうなあ。運良く援助が出たとしても半額は自腹でしょうから。営業担当に買い手を見つけてもらうか、ノウハウのある船会社を探すかしないといけないでしょうなあ」

 頭を掻きながら諦め口調で華香の意見を受け入れた専務。これ以上の抵抗は単に労力の無駄遣いだ。ならば同じ苦労をするなら前向きな苦労をしたい。そう割り切って少しでも会社の利益になるよう努力していこうと考え方を改めたのだ。華香、勝利の瞬間である。

「でもどうせ空母への改造ありきで大型船を建造するなら貨物船の方が良くありませんか? 我が社としては客船より貨物船の方がノウハウがあります。それに改造の際には切って捨てる箇所が多くなる事でしょう。反面貨物船なら中が空っぽな分、自由な配置が可能なはずですよ? それでも豪華客船でいくんですか?」

 今まで事の成り行きを見守っていた設計部長篠野(ささの)逸郎(いつろう)が質問してくる。彼も専務並に会社第一人間であり、かつ無駄のない設計にこだわりがあるので、いずれ撤去される可能性が高い客室の設計を嫌ったのだ。かと言って手抜きはしたくない。職人気質が強い彼らしい意見だった。

 それに対する華香の反論は次のようなものである。

「今の日本に数万tもの貨物船が必要だと思う? タンカーだとしても過剰なサイズじゃない?……なんて言ってはいるけれど、私も最初は部長と同じ考えだったのよね」

 華香はそう言うと照れ隠しで頬を掻く。

「社長もですかっ?」

 華香の言葉に驚く篠野部長。先程まであれ程客船について語り推していたのに、その出だしは常識的な貨物船(油槽船(タンカー))だったとは……それがどの時点で豪華客船に変わってしまったのか知りたい一同なのであった。

「そうよ~。私だって慣れない大型客船でコケたくはないもの。でも貨物船なら需要があるかも知れないじゃない? 特にタンカーなら北米航路の数隻分を1隻で賄えるかも知れないし、イギリスから中東の石油を買って、その輸送を一手に担う事だってできると考えたから。でも株主さんが言うには、それではカモフラージュにならないって。空母化を誤魔化すには客船の方が良いって言うのよ。改造する手間を考えたら客船の方が面倒だから、前もって作っておくなら客船の方がその意図を隠しやすいって言うのよね」

 株式会社である以上大株主の意見を聞かない訳にはいかない。私だって最初は理解できなかったのよ、と言いたげに両掌を上に向け、肩を竦めた華香。口も軽くへの字に曲げている。更に皆に同意を求めたいのか一瞬間をとったのだが、一同が納得する前に華香は言葉を続けてしまった。

「その後ず~っと考えていたのよ。三が日丸々潰してね。来客への挨拶が疎かになってお父様お爺様に叱られてしまったくらいにね。そして今さっきようやく決断できたの。株主さんの話に乗って豪華客船を作って見ようと。建造費や改造までの運用についてもサポートしてくれると言うし、何事も挑戦してみないと後悔だけが残りそうじゃない? できる力があって協力してくれる人がいるというのに」

 華香は何事にも積極的なタイプである。そのやり方でこの数年柊造船を引っ張ってきて、大きな失敗は一度もなかった。今回が初めての汚点となってしまう可能性も大きいが、それ以上に社員からの信頼はあつく、この社長についていけば大丈夫だと思わせるに充分な実績は残している。専務のような反対意見を言う者だって、華香に失敗の経験を味合わせたくないから、敢えて耳に痛い常識的な事を言うのである。皆がイエスマンでは必ず大きな失敗へと突き進んでしまうから。

「佐倉子爵家の支援ですか…それはやらない訳にはいきませんね。と決まったのなら善は急げです。まずは社長、大きさは先程おっしゃった数値のままいきますが、お客様の数はどの程度を見込んでいるのです?」

 先程まで渋っていた専務が急に水を得た魚のように活き活きと華香に対しその構想を尋ねてきた。彼の中で何かが折り合ったのだろう。それに対し華香は気圧されるように答えた。

「『クイーン・メリー』が2000人ちょっとだから、その1~2割減くらいかなぁ。あまり多くても常に定員割れするようなら、乗員がもったいないし」

「そうですか。では航路はどうします? 欧州航路とするならその幅の関係上スエズ運河の通過は難しいでしょう。つまり喜望峰回りの長期のものとなります。北米航路も然りで、西海岸行きなら問題ありませんが、パナマ運河通過は不可能なのでニューヨークを目指すのならマゼラン海峡経由となるでしょうし」

「個人的にはヨーロッパ航路としたいけれど、採算がとれないようなら北米西海岸航路しかないよね…」

「分かりました。では北森君、主なアジア=ヨーロッパ航路及び北米航路の相場を調べておいてくれ。それと念のために買収できそうな船会社もリストアップも頼む。もちろん客船の運用実績のある会社だぞ」

「はっ、はいっ」

 いきなり振られ驚きながらも元気よく返事する北森営業部長。彼は以前専務の直属の部下だったため、専務からは『部長』ではなく『君』と呼ばれる事が多いのだ。その北森からの簡潔な返事を聞くと今度は設計部長に質問した。

「篠野部長、1週間以内に簡単な設計図は描けますか? もう少し社長に細かなところを聞いてからになるでしょうが」

「『簡単な』と言っても、まずはお嬢の頭ン中にあるその船の姿をもう少し聞いてみないと、船として成立するか分かりません。問題ないと判断できたら3日でそれなりのモンを仕上げて見せますよ」

 職人モードに入ると急に言葉が荒っぽくなる篠野。先程までは設計部長の肩書に相応しい口調だったのが、すっかり棟梁のそれになっている。そうなると華香は『お嬢』と呼ばれてしまうのだが、小さい頃からの事なので気にはならない。むしろ彼からはそう呼ばれた方が落ち着くかも知れないと感じる華香であった。

「それでは一般社員が出社してくるまでに粗方作業を進めてしまおうではないか。細部は彼らに頑張ってもらう必要があるのだから、できる限りの事は我々で進めてしまおう」

 専務は社長である華香をさしおき、豪華客船建造の下準備の音頭を取る。しかし時間的にはあと30分程で正午である。ので作業は昼食を食べてから、と華香に言われ、そこまで気が回らなかった事を少し恥じた。良い仕事をするには睡眠と食事が重要だと、華香の父や祖父から叩き込まれていたにも関わらず、すっかりその事を忘れていたからだ。いくら全力で取り掛からないといけない大きな仕事を目の前にしたからといって。おかげでトンチンカンな謝罪をしてしまうのである。

「社長、申し訳ございません。社訓とも言える食事をないがしろにしようとして」

「その謝り方もどうかと思うよ。それより私が仕切りたかったのに、それを奪った事については謝ってくれないの?」

「確かにそれもそうでしたね。ですが社長も『善は急げ』派でしょう? ので代わりに私が指示を出してしまった事くらい、目を瞑っていただけるのではないでしょうか」

「まあ、そうなんだけどね…」

 窘めたつもりが妙な反撃を喰らってしまい、気勢を殺がれた華香。仕事モードの専務は華香のパワーを上回る。それにより助けられた事も多いが、空回りして無駄な仕事を増やしてしまう事もままある。今回も後者に近かったようで、

「それにしても海軍はそんなに空母が必要なのでしょうか。話によれば自前でそれなりの数用意しているようですが、助成金まで払って民間に空母転用が可能な船を作らせるなんて度が過ぎてますよ」

 などと間違ってはないが、考えれば分かりそうな事をわざわざ尋ねてきた。その問いに華香は敢えて丁寧に答える。

「専務、さっき自分で言ってたじゃない。『量産した方が継戦能力の点から優れている』って。私達が今から作る空母、まあ私達だけじゃなく他の会社のもだけど、これらは決して小さくはないけど、海軍が用意している空母が使えなくなったら出番が来るんじゃないかしら。空母はやはり脆弱な存在。控えはいくらあってもいいと思うわ。性能面じゃ正規空母に劣ると思うけど、洋上に浮かんでいる事こそが空母には求められる。少なくとも艦上機のパイロットにとってはね」

「確かに。パイロットにとっては不時着水をするよりは飛行甲板に降りられた方が安全ですからね。それだけでなく再攻撃も可能となる。それならば納得です」

 華香の言葉に専務は納得した。それも瞬殺と言っていい程早く。やはり頭の片隅では分かっていたのだろう。ただ勢いに任せて余計な事まで口走ってしまっただけで。

 専務が理解してくれたのを確認すると、華香は今度は自分で号令をかける。

「それじゃあご飯食べたら作業を始めましょーっ。まだ本格的なものじゃないんだから張り切りすぎないようにねーっ」

「おーっ(♪)」

 その場にいた一同は華香の号令に力強く応える。これで柊造船は日本としては前代未聞の大きさを持つ豪華客船(空母への転用込み)を建造する事となった。しかし『前代未聞』という事は先達の知恵を借りる事ができないという事でもあり、その道のりは難航する事が想像できる。でも皆が勢いで動き出してしまったのだ。それだけ華香が信頼されていたと言えよう。

 この日出勤していた食堂のスタッフは2人だけだったので、用意できたのはカレーだけだった。それでもおせちに飽きてきた口には洋食はありがたく、華香を含めた一同は腹一杯にカレーを胃に流し込むと、それぞれの持ち場で自分の仕事を始めるのであった。



次話へ続く──

いかがでしたでしょうか。

[99式局地戦闘機]のような人間同士のやり取りがメインなif戦記です。

この章では『戦姫』『美姫』の元の姿である『舞姫』『乙姫』の建造が決まるところまでですが、まだその名前も出てきてないし、そもそも2隻建造するかも語られていません。

次章以降少しずつ船が形になっていくと思いますので、その姿と華香達の頑張りを見守っていただけたら幸いです。

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