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第一章 天ノ川花衣のフルドレス

貧乳大車輪



もしも生と死を分け隔てる座席が事前にわかっていたのなら、俺と妹は、どの席に座るべきだったのだろう。


幸運な座席。


たとえばそんな座席があったとして。


もしもあのとき俺が父さんか母さんにその座席を譲っていたのなら――二人は今ごろ笑っていただろうか。


俺には、今でもわからない。


2021年4月26日(月曜日)。


飛行機事故があったあの日、俺たち兄妹は、世界で二人きりの家族になった――。



『第一章 天ノ川花衣のフルドレス』



2024年4月22日(月曜日)。


俺が高校生二年生になって二週間した頃。


春の木漏れ日が庭先から射し込み、わずかに開けた窓から清涼な風が舞い込んできては、俺は今日も朝の到来を知覚した。


「早苗さん、朝ですよー! 早く起きてくださーい!」


俺は三人分のお弁当を作り終えると、すぐさま二階に位置する従姉妹の部屋を目指した。


階段を上がっていくごとに早苗さんの自室からはどたどたと慌ただしい音が聞こえ始め、俺に怒られるのがそんなにおっかないのか、今日も仕事へ行くための準備を急いでいた。


「早苗さーん」


バタンッ、とノックも無しに女性の部屋の扉を開け放つと、そこには上も下も下着姿でえっちらおっちら服を着替える彼女の姿があった。


「早苗さん、朝ですよ。早くしないと朝ごはん冷めてしまいます」


「弟くん!? いったい何度言えばわかるのかな!? 女性の部屋に入る時はノックぐらいしてよね!」


現在二十二歳の彼女は急いでYシャツを羽織りながら、新入社員らしい無計画さを発揮して、てんやわんやしていた。


「早苗さん女性だったんですか」


「失礼だなキミは! あたしは立派な女性だよ! おっぱいだってちゃんとあるんだぞ!?」


「ふーん」


「ふーんって何だよ! あとジト目であたしの胸元を覗き見るな!」


「今日は黄緑色の下着なんですね。似合ってますよ」


「こんな時だけ女性への気遣い発揮すんな! 褒める以前に目を逸らすとか女性の恥ずかしい格好を見て謝るとか、他にもっとやるべきことあるでしょうが!」


「そんじゃ下で待ってますから、着替え終わったら来てくださいね?」


「スルーなの!? ねえ弟くん、そこはスルーなんだね!? あたしこれでも今年で社会人なんだよ? 大人なんだよ? 十六歳のキミとは六歳も離れてるんだよ!?」


バタンッ。


俺は再び一階に下りて行くと、キッチンに並べた卵かけごはんとお味噌汁、余ったお弁当の具材で作った肉野菜炒めを見て温め直すことにした。


まず左手を味噌汁にかざすと、すぐに以前のほかほかと湯気の出る状態へと戻った。


次に野菜炒めをレンジに入れて六〇秒間。スタートボタンを押してオレンジ色の光が照射されるようになってから、右手をかざす。


すると、一秒も掛からないうちに「チン!」、と音が鳴ってあたたかーくなったおかずが登場した。


俺流・ザ・時短料理ってやつだな。


そんなこんなしていると、どたどたどた……と子どもみたく元気の良い駆け足音が聞こえてきて、俺は二人分の朝食をキッチンからリビングテーブルへと持って行く。


「おはよーう」


再度朝のあいさつを交わしては、すっかりスーツ姿にスタイルチェンジした早苗さんを認めて一緒に洗面所を目指す。


「ほらっ、顔洗って歯も磨いて、あと二十分も余裕がある。今日は早起きだねえ」


「キミはあたしのお母さんか!」


他愛ないやり取りをしつつ、洗顔を済ませ、歯を磨き始めた早苗さんの髪を梳いてやる。


「今日は何時ぐらいに帰って来られそうなんですか?」


ごしゅごしゅごしゅごしゅ。


ハミガキタイム中の彼女がまともに答えられるわけもないとわかってはいつつも、つい時間短縮のため質問をしてしまう俺。


「はーひひくはぁい」


「八時ですか、了解です。じゃあそれに合わせて夕ごはんも用意しておきますね」


「はんひゅー」


ごしゅごしゅごしゅごしゅ。


早苗さんのロングヘアを梳かし終えては、ぐちゅぐちゅぺっ、と歯を磨き終わった彼女とともに、リビングに戻る。


食卓に着くや否や、俺は早苗さんの希望を問うた。


「今日はコーヒーですか、紅茶ですか?」


早苗さんはしばし悩んだのちに解答した。


「じゃあコーヒーをお願いしようかな」


「了解です」


早苗さんとの生活は、かれこれ始まって三年近くとなる。


ちょうど両親の亡くなった飛行機事故があってすぐ、彼女が多額の遺産とともに俺たちを引き取ってくれたのだ。


そのことには感謝しているし、両親の遺してくれたお金のおかげで金銭面で不自由するということはなかったけれど、やはり寂しいものはある。


普通の家であれば、高校生の兄妹を支えてくれる両親の存在はとても大きく、頼りがいのあるものなのだろう。


加えて俺は二人と同じ飛行機に乗っていた一人で、その時の落下の衝撃からそれまでの記憶をほとんど忘れ去っていた。


父と母、妹の存在こそ後で教えられつつも、彼らとどのように過ごしてきていたか、その思い出を何一つとして思い出すことができていないのだ。


「早苗さん」


よって俺は、俺を引き取ってくれた早苗さんを姉のように想っていたし、三年の月日は俺たちを”家族のようなもの“にしてくれたとも感じる。


もしも「家族」というものが身近にあったのなら、きっとこんな風だったのだろうなと。


「なんだい、弟くん」


早苗さんは綺麗な黒髪を揺らして、俺が差し出したコーヒーを飲み始めた。


今日は月曜日だというのに、妹はまだ起きてきてはいない。


「そうか、花衣かえちゃんのことだね」


「……………………」


俺は寂しそうな声音で尋ねる早苗さんに、笑って返事をすることができなかった。


かくいう俺と妹の花衣は、あの事故以来ほとんど口を利いていないのである。


当初こそ病院に入院していた際に二、三言会話してお互いの無事を確認するくらいで、俺が記憶喪失になって不安な心持ちの時も、俺の話す言葉に花衣はろくに返事もしてくれなかった。


冷え切った関係、と言われればそうなのかもしれないが、花衣は決して人情に欠けているというわけではなさそうだった。


曖昧な表現しかすることはできないが、花衣はきっと両親がいなくなったことに俺と同じように哀しみ、寂しく思っていたのだと思う。

寂しかったら素直な兄を頼ってきてくれても良さそうなものではあるが、そこは彼女の性格ということなのだろう。


「俺、花衣に朝食持って行ってあげることにします」


思い切って俺がそう言うと、早苗さんは俺の目を見てわずかに笑みを作った。


「そうしな。きっと花衣ちゃんも喜ぶよ」


花衣は早苗さんとも仲が良くない。


妹は自ら人目を避け、人との関わり合いをできるだけ避けているみたいなのだ。


そのせいか俺と同じ高校、その同じクラスに登校することも滅多にないし、いわゆる不登校というやつになっている。


不良で不登校でいつも不機嫌。


一言で言えば、妹とはそんな女の子だ。


「花衣」


コンコンッ。


早苗さんとは異なり、俺は恭しくもちゃんとノックをして入室の許可を得ようと心掛けた。


早苗さんと対照的なその仕草は、ひとえに相手への親密度の違いにあるが、かれこれ以前まともに花衣と話したのは約一年前という有り様である。


「花衣、起きてるのか?」


人に拒絶されるのはとても恐い。


それが同じ家に住む家族相手となればなおさらだ。


俺は記憶喪失で寂しい気持ちも手伝って、どうしても妹に強く出れないでいた。


「花衣、開けてもいいか?」


ガチャガチャ……。


案の定二階に位置する花衣の部屋の鍵はきっちりと閉まっていた。


俺は妹から拒絶された気がしてひどく悲しくなって、ついつい大きな声で叫んでしまっていた。


「花衣、お願いだ! 一度で良いから部屋から出て来てくれ! お前と話したいことがあるんだ!」


同じ家に住んでいるのに、妹とろくに話もしないなんておかしい!


俺はそう思い、今日ばかりは激しくドアを叩き続けた。


ドンドンドンドン!


するとしばらくそうしていただろうか。


不意にガチャ、と鍵の開けられる音がして内側に扉が開かれたと思うと、俺はしばらくぶりに目にする妹の姿に目を奪われていた。


とってもラフな格好だ。黒のホットパンツにニーソックス、ピンク色のタンクトップ姿の花衣は、簡潔に言ってとっても可愛かった。


今日も学校に行く気はないのか。


登校準備はまったくしておらず、ぼさぼさの黒髪とだらしなく開けた大きな胸の胸元は、ともすれば妹におかしな感情を持ってしまいそうなくらい魅力的だった。


ピンク色のタンクトップは花衣の巨乳を支えることを諦めて弛み切っているし、黒色のニーソはホットパンツと協力して花衣の太ももを強調することに躍起になっている。


妹の豊満な肢体に必死に抗おうとはしているものの、どうしたってそのスタイルの良さを隠し切ることは不可能であるし、その証拠として見事な曲線を描く尻肉が、部屋着の下から見え隠れしてしまっている。


はっきり言えば、エロかった。


妹に劣情を催すなんて兄として最低だけれど、たぶん俺以外の人間が彼女の兄として花衣の目の前に立ってみれば、やはり同じように思うのではなかろうか。


けれども、そうしたエロ可愛い容姿とは裏腹に花衣の口から飛び出してきた文言は、不埒な兄に対して非常に冷たいものだった。


「なに? ドンドンドンドンうるさいんだけど」


キッ、と吊り上がった目が、彼女の機嫌の悪さを端的に表現している。


ドスの利いた声音は明らかに兄へ向けるべきそれではなく、毎日まいにちしつこい勧誘業者の訪問に対して向けられる、呆れと嘲りの入り交じったそれだった。


「ごめん花衣、朝ごはん作ったんだけど、よかったら一緒に食べないか? 嫌ならほら、部屋で食べてもいいからさ」


それでも俺は久し振りに会えたということもあって、なんとかめげずに声を発した。しかしその返事はというと……。


「別にお腹空いてないし。いいから放っといて?」


という、実にそっけないものだった。


二階の廊下で交わされる、なんともぎこちない会話。


俺は手にした朝食を載せたお盆を震わせた。


そうしてすぐに部屋の扉を閉めようとした花衣の仕草に気づき、俺は居ても立ってもいられずにドアの端を掴んだ。


「ちょっと放してよ。もう用は済んだでしょ?」


「そういうわけにはいかないんだ! 花衣、どうして俺たちを避けようとするんだ! 俺たちは同じ家族だろ?」


それが、俺がどうしても花衣に言いたかったことだった。


家族。


――そう、そのはずだ。


「はあァ!? アンタなんて家族じゃないし。ただ同じ家に住んでいる同居人を、家族だなんて思ったこと、一度もないから」


ぐさぐさと心に刺さる言葉を連発してくる花衣に、俺も今まで溜め込んでいた不満をぶつけてやった。


「いい加減部屋から出て来いよ! 毎日まいにちごはん作ってやってんのに、花衣は一度も下に下りて来ないじゃないか! 早苗さんだって心配してんだぞ!? お前がいつも部屋に籠もって何をしているのかは知らないが、普通だったら今日も学校に行く日だろ! なんでずっと家に居るんだよ!」


……はあっ、はあっ、はあっ。


そう言うと、花衣はものすごい目つきで俺のことを睨みつけると、いきなり自分から遠ざけるようにして俺の身体を突き飛ばした。


「うるさいな! アンタには関係ないだろ、わたしのことなんて!」

するとバタンッ、と思いっ切り強く扉を閉めて、再び一人の世界に引きこもってしまう花衣。


妹に突き飛ばされた俺は手から朝食を載せたお盆を放してしまい、ごはんやお味噌汁、おかずが虚しく廊下にぶち撒けられたのを見て、もうどうしたって涙を流してしまっていた。


「なんだってんだよ……俺なんか悪いことしたか……?」


止め処なく溢れてくる涙を拭って、俺は会社に向かう早苗さんのお見送りのため、そそくさと床に落ちた食事を片付けて一階へ下りていった。


「行ってらっしゃい」


「そう気を落とすなよ、弟くん。あたしも今日帰ったら、花衣ちゃんと話してみるから」


「うん。ありがとう早苗さん」


早苗さんを玄関先にて見送ると、すっかり静けさを取り戻した一階の家の中でスマートフォンが鳴った。


「はい、こちら天ノ川銀河あまのがわ ぎんが――クニークルスです」


電話の主は、乳魔法少女協会のオペレーターの一人だった。


『クニークルスくん、学校のある朝に大変申し訳ないんだけど、学園都市に銀行強盗が現れたわ! 急いで現場に向かってちょうだい!』


「わかりました! すぐに向かいます!」


俺がオペレーターとの通話を終えると、すぐに事件発生現場を示す地図と自宅からのルート、問題を引き起こしている人間の人相とがスマホの画面に表示された。


「こんな時に仕事だなんて、運命の神様もやってくれるぜ」


俺は花衣との一件で落ち込んだ気持ちを胸に抱えながらも、早速事件を解決するためポケットからある物を取り出した。


「男も乳魔法少女になれたら良かったんだがな」


俺がポケットから取り出したのは、なんとウサ耳だった。


ウサギの耳介を模した変身アイテムはコンパクトに収納できるようくるくると丸められて圧縮されていたが、俺はそれを広げ、長い耳までしっかりと展開してから頭に載っけた。


「天ノ川銀河、変身する!」


するとキラキラと星の粒子が周りに散りばめられ、俺の身体は着ていた学生服ごと縮こまり、一匹の動物へと姿を変えた。


黒ウサギ。


それが高校生と兼任する、俺の仕事のスタイルだった。


『クニークルスくん、スマホに位置は送られてきたわね? 銀行強盗は三人! いま、スターアルカナの乳魔法少女も現場に急行しているわ!』


「了解です!」


本来ウサギは発声器官を持たないため、後ろ肢を強く叩き付けるなどしてストレスを感じているなどの感情を表す。


けれども乳魔法少女のマスコットキャラクターに変身した現在の俺は、人間の時と変わらず、言葉を発することができた。


リビングの少し開けておいた窓から外へ出ると、俺は自慢の跳躍力を生かして街を駆けた。


ウサギは種類にもよるが時速六〇~八〇キロメートルの速さで走ることができる。


そのため、俺が全速力で今住んでいる唐草シティの銀行に到着するまで、ものの五分と掛からなかった。


正直俺の自宅の近所で犯罪が起こることは残念極まりないが、いつの時代も悪さをおこなう輩という者はいるものだ。


「待て! 学園都市の平和を脅かす者は、このわたしが許さない!」


「システリア!」


俺が現場である銀行に辿り着く頃には、すでに『星』の称号を与えられた乳魔法少女システリアの姿がそこにはあった。


「くそっ、もう嗅ぎつけて来やがった!」


「おいッ、こうなったら武器を構えて応戦するぞ! 小娘一人が来たところで、大人三人に敵うわけがねえ!」


「ああ楽しみだ! 一度こいつをぶっ放してみたかったんだよな!」


銀行の開店早々お金を盗みに来た働き者な男三人がそのように話しているのを聞いて、俺も黙ってはいられなくなった。


ぴょんぴょんと一人の乳魔法少女の身体を駆け上がって彼女の頭の上までやって来ると、強盗三人に啖呵を切る。


「おい、そこの銀行強盗ども! 何の武器を持っているのか知らねえが、俺と、この乳魔法少女システリアさまに敵うと思うなよ! 悪は必ず滅びる! いや……俺たちが滅ぼす!」


ふははッ、と完全に怖じ気づくどころか笑い始める男たち。


「おい、なんだァありゃ。ウサギがいっちょまえに喋ってやがるぜ! 動物が人間様に説教とは、随分と愉快な時代になったもんだ! おいお前ら、電光銃の準備は出来たか!?」


「あい! たった今準備できたところですぜい!」


「よっしゃ、そうなったらとっととずらかるぞ!」


「待て!」


そこに響き渡るは少女の一声。


ひらりひらりと舞い踊る、彼女のアシンメトリースカートが朝を凪ぐ。


着物にスカートとはこれ如何に。


なれどもこっちは大真面目。


短冊のごとき形状の桃髪に映える、ドーナツ状のツインテールは動物の耳――これまたウサギのように天へと伸びる。


「わたしは乳魔法少女が一人、スターアルカナのシステリア! この学園都市で悪さをしようものなら、このわたしを倒してからにすることだな!」


乳魔法少女はGカップにも匹敵する胸を揺らして、大の大人に啖呵を切った。


「うるせえ! 小娘一人に負けていたら、こっちは生きちゃいけねえんだよ!」


男たちは銀行唐草支店前にてお金の入ったバッグをそれぞれ肩に抱えながら、空いたもう片方の手に十センチサイズの銃を構えた。


銃口から、光の速さで青白い光弾が発射されると、一瞬にして周囲に稲妻が走る。


ビシュバババババ……という電撃は、静電気がはじける音を何十倍にも高めたような威圧のある響きを伴い、三方向から一人の女の子に向かって発射された。


「乳二つぶん遅え!」


けれどもあっという間にシステリアは空高く跳躍したかと思うと、強烈なかかと落としを決めたのだった。


銃を構える男三人の目の前で、地面が真っ二つに割れては激しい破砕音を轟かせる。


「これは脅しだ。次はちゃんと狙うぜ?」


乳魔法少女の中でも珍しい男言葉を使うシステリアは、さながら少年マンガの主人公のように格好良い。


銀行強盗たちも光速で発たれた電光銃の射撃を躱された後とんでもない一撃が返ってきたので、全員口をぽかんと開けて目の前の現実を受け止め切れないでいる様子。


「おい、地面は固いコンクリートだぜ? どうして小娘にこれほどのパワーがある!? くそがッ!」


ビシュバババババ……という電撃がいくつも少女へと向けられるも、その頃にはシステリアは男三人の後方に瞬間移動していて、背後より忍び寄るウサギの姿には気づかなかった。


「おりゃ、くらえ! 朝の一発目だ!」


俺は男の一人の頭にしがみつくと、彼の顔に向かってぶりゅぶりゅと、小さなころうんこをかましてやった。


「うわっ、なんだ、きたね!」


「くせえ!」


「リーダー、顔にウサギのフンされてらあ。やべー」


「おまえらにもしてやる! おりゃ!」


俺はぴょんぴょん男たちの頭の上を跳びはねると、今日も快調、すっきりとして笑顔を浮かべた。


「これでもう匂い付いちまったな! 俺のフンの匂いからは何人たりとも逃れられねえぜ! システリア!」


「おうよ」


タンッ、タンッ、タンッ、とウサギのフンの匂いにもがき苦しんでいる男たちの首後ろに三連続で手刀が決められ、肉弾戦を得意とするシステリアと俺は見事に事件を解決した。


『ごくろうさまです! 犯人たちの身柄はこちらで回収いたしますので、クニークルスくんたちはいつもの生活に戻ってください! 今回のお給料は月末に振り込まれます!』


「了解です! おつかれさまでした!」


ウサギモードの俺はきちんとシステリアにポケットティッシュをもらってはおしりを拭きふきし、手刀により気絶した男三人を確かめ、家に帰ることにした。


と思った矢先、


「クニークルスちゃーん!」


システリアが男三人に向けていたドスの利いた声とは異なり、いきなり女の子特有の甘い声を上げたかと思うと、急に抱き着いてきた。


そのことで彼女の大きなおっぱいがぽよよんぷよよんと身体に触れ、俺は黒い体毛をびくびくとさせる。


「システリア、あんまりくっつくな!」


「だってクニークルスちゃんのもふもふボディーがたまらなく可愛いんだもんっ! クニークルスちゃん、ちゅき! ちゅき! ちゅき! ちゅっ、ちゅっ!」


システリアが桃髪ポニーテールを揺らしながら俺の鼻にキスしてくる。


俺はウサギ特有の高い心拍数をさらにドキドキさせ、乳魔法少女からの愛情表現に何も抵抗できずにいた。


「ああっ、クニークルスちゃんが本当の人間だったら良いのに! そうしたらわたしが毎日キスしてあげるのにっ!」


――いや、俺、元々は人間なんですけどね。


とはいえ乳魔法少女協会での規則のため、乳魔法少女とそのマスコットキャラクターは自分の素性を無闇に人に教えることはできない。


なんでも、日常と非日常のギャップから生まれる様々なトラブルが相次いだそうだからだ。


起きなくて良いトラブルには未然に対策を施し、犯罪者たちからの報復を避けるためにも身バレは可能な限り避けなければならない。


「俺もシステリアが姉か妹だったら、毎日楽しかったと思うよ」


「だよなだよな! わたしたち仲良しだもんな!」


「まあな。この一年で色々な事件を一緒に解決してきたし」


今日の銀行強盗事件はあっさりと幕を閉じたが、以前にはもっと強力な敵が相手のこともあった。


そのたびに俺たちは持ち前の能力と高い身体機能を活かして、共に問題に対処してきたのだった。


俺が乳魔法少女のマスコットキャラクターとして働き始めたのはちょうど高校に入学したての頃だったから、彼女とはおよそ一年の付き合いとなる。


「じゃあわたし、学校があるからおうちに戻るな! また事件が起きた時はよろしくな、クニークルスちゃん!」


「おう! また野良ネコを見つけて遅刻するなよー!」


「しないってば! もうクニークルスのばか! じゃあなー!」


「おーう!」


俺としても今日も平常どおり学校があるので、早いところ家に戻らなくては遅刻してしまう。


人間の姿よりもウサギの姿でいたほうが圧倒的に身軽なので、俺はそのままの姿で急いで自宅へと駆け戻る。


「早く、はやく!」


そう自分に言い聞かせて自宅まで戻って来ると、確認のため覗いたポストの中に花衣宛ての郵便物が届いているのを知った。


「花衣のやつ、今日も学校に行かないつもりかな」


彼女にお説教まがいのことをしてさらに険悪になった先ほどの出来事を思い返し、俺はやはり余計な口出しはするべきではないのだと肝に銘じた。


もしも花衣に父か母がいれば親が自然とそうするであろう仕草を模倣して、俺は家族のように振る舞いたいだけなのかもしれない。


しかし俺は見て分かるように花衣の親ではなく、ただの兄貴でしかないのだ。


やはりどうしたって敵わない。


兄というだけでは、妹の心を動かすことはできそうにもない。


「花衣、お前に郵便届いてたぞ」


家の中に戻ってすぐ、ウサギから人間の姿へと戻った俺は、気まずくなった関係を重々知りつつも妹の部屋へと再度向かった。


「あれ、開いてる……」


いつもと異なる事情に気づいた俺は、先ほど喧嘩してドアを勢い良く閉めた際、花衣が部屋の鍵を閉め忘れていることを知ったのだった。


普段であればドアノブ下の鍵口が横になり閉まっていることを示すそれは、今ばかりは縦を示して見せ、俺に鍵が閉まっていないことを教えたのである。


「花衣、入るぞ……」


ただ、妹が注文したのであろう通販のダンボールを届けるだけだ。


俺はしっかりとコンコンッ、と二回ノックをして中から何の返事も無いのを確認すると、畏るおそるドアノブを回してみた。


「え」「あ」


花衣の部屋の扉を開けてまず感じたことは、部屋の窓から気持ちの良い薫風が流れ込んできたことだった。


春風が俺の顔を過ぎ去り、窓枠に足を載せる少女の姿を一際ドラマチックなものにした。


桃色のドーナツツインテール、上半身に業平格子模様の着物を身に纏い、後ろのみ丈長なアシンメトリースカートから覗く素足のすぐ下には白色のニーソックスが見えている。


たったいま事件のあった銀行前から戻って来たのか、窓枠に掛けた脚には赤色のパンプスが履かれている。


「システリア…………」


ウサギの耳のようなツインテールの輪っかを見て、俺はすぐに妹の部屋に入って来たのが『星』の乳魔法少女システリアなのだとわかった。


そして時を同じくしてシステリアのほうも俺の姿を正確に認めた様子で、大きく見開かれた瞳によって、彼女がとても驚いていることを知った。


確認のため再度妹の部屋を見回してみるも、花衣の姿はどこにも無い。一階にも居る様子は無かったから、俺はすぐさま点と点の二つを脳内にて結び付け、一つの答えを導き出した。


たとえば花衣がシステリアと友達で、たまたま妹の家に乳魔法少女が訪れたという可能性も、その時点ではまだ残っていた。


しかしながらシステリアの次の一言を耳にして、俺はとうとう確信を得てしまったのだ。


「クソ兄貴…………」


システリアが人間の姿に戻った俺をそのように呼ぶ理由。


それはもう、一つしかあり得ない。


飛行機事故によって両親を喪い、俺が記憶喪失になって三年前から冷め切った仲の悪い兄妹は、とうとう一つの秘密によって何かが変わり始めようとしていた。


妹が不登校気味となり、たまにしか学校に行かない理由。


もちろん単純なサボりというのもあるだろうが、その実、妹は乳魔法少女だったのだ。


そのために、いつも部屋に籠もっているフリをして街の平和を守っていたとするなら、少しは納得がいく。


俺は開いた口が塞がらなかった。


そのおっぱいを見れば、一目瞭然だったのに。


しばらくして俺はシステリア――花衣に言葉をそっと掛けた。


「よかったら、今日は学校に行ってみないか?」

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