第5話
「ねえねえ知ってる? 昨日事件があったとこ、この辺りらしいよ」
ミルクティーの缶から口を離すと花苗が明るい調子で暗いトピックの話をし出した。
「知ってる。昨日タイムラインで見た。あのデカい本屋だろ」
隼人は眠そうに答えると一口コーラを飲む。
日光が眩しくて目を開けていられない。
今は口に含んだコーラの炭酸と右手の缶の冷たさが意識を繋いでいるが、先程から時々意識が飛びかけていた。
金曜日の正午を少しすぎた時間、隼人と花苗は二人はジュースを飲みながら下校している。
大通りは閑散としていて、すれ違う者といえば同じように帰宅途中らしい学生ぐらいだった。
「もしかしてあんたそれ見て今日夜更かししたの? 授業早く終わると思って」
「…そう。おかげで積んでたゲームが大分進んだわ」
咄嗟に嘘をついた。
本当は月曜日から続くあのどうしようもない焦燥感のせいだった。
胸を締め付け続ける焦燥感は消えることなく、今では息苦しさまで感じるようになっていた。
特に昨日は酷く、床に就いてから眠るまでに二時間ほど掛かってしまった。
流石に異常だとは感じつつも花苗に心配されないようあえてダルそうに振る舞う。
「でも本当かな? その犯人全身黒い鎧をつけてるなんて」
「実際動画であったぞ。変な見た目の奴が奇声あげながら自販機ぶっ壊すとこ。…ほらやたらデッカい右手でぶん殴るとこ」
飲み終えたコーラの缶を捨てると、
動画で見たのを思い出しながら近くにあった自販機を殴る真似をする。
二人が話しているのは四日前から頻繁に起こる器物破損及び傷害事件に関してだ。
犯人は大きな右手が特徴的な黒い鎧のようなものを付けており、往来に突然現れては車や壁などその場にある物を手当たり次第に破壊するらしい。
昨日の本屋襲撃で3度目ともなりメディアでは今引っ切り無しに取り上げられていた。
「うんそれもすごかったよね。それに捕まえようとした警官が軽く振り払われただけで吹っ飛んじゃうんだもん。犯人はきっと物凄い武術の達人に違いないわ!」
「お前なに楽しそうに言って……まさか花苗さん犯人捕まえて新聞部の記事にしようってんじゃ…」
「流石の私でもそんな危ないことするわけないじゃない! 普通に現場行って事情聴取するだけよ。見出しは『黒鎧の男による凶行 住民は恐怖で夜も眠れず』なんてどう?」
「ダセェ」
花苗は鼻息荒く言い放つ。
この神崎花苗という人間は普段は人に合わせ余り目立つことしないのだが、新聞部の活動では性格が変わる。
彼女は学校の新聞部(と言っても月一で学内行事についてしか載せないようなやる気のない部だが)に所属し、現在は部長をしている。
そして一体何が彼女を駆り立てるのかしらないが、毎度とんでもないネタを臆面もなく載せるのだ。
「……校門で出くわした時内心変だなーと思ったんだが、お前俺に取材付き合わせるために待ち伏せしてたのか?」
「察しいいじゃない。隼人は昔から勘がいいからいてくれると便利よね。あ、そこ左に曲がって」
ニコニコしながら被害現場へ向かう花苗を眺めながら隼人はこの後の惰眠を諦め、眠い目を擦りつつ幼馴染の後を追うのだった。