第4話
社会人への精神攻撃
「クソ!」
男は自室の壁に向かって思い切り殴りつける。
石膏が崩れ拳大の凹みが出来るとイライラが少し収まる。
しかし足元にパラパラと散らばった石膏屑やアパートが賃貸なことが脳裏にチラつくとまた怒りが体を支配した。
「クソ、クソクソクソ! なんなんだよ! 別に俺は悪くないだろ。なんだって俺は…」
その後もブツブツと「悪くない」や「悪いのはアンタだ」と言い続ける。
男も分かっている。
つい2日前の会社でのミス。
プロジェクトの責任者は自分であり、そして自分が確認ミスをしたが為に起きた今回の失敗。
誰のせいにもする事が出来ないものだった。
しかし、顧客からのクレームの声やプロジェクトメンバーの失望しきった顔、そして課長からの「
お前には早すぎたな」の一言を頭から振り払おうと必死になって言い訳を続けていた。
「どうしてだ…チクショウ!!チクショウ!!!チクショウ!!!もうどうだっていい!」
どんなに酒を煽り、遊び歩き、八つ当たりで通行人にぶつかったりしても胸の中のイライラは消えるどころか日に日に大きくなっていく。
そして今胸の中で押さえ込んでいた感情が吹き出し溢れ出した。
もうなにもかもどうだっていい。
会社でのミスをいつまでも引きずる事や、つまらない事でしかストレスのはけ口を見つけられない事、そして荒れながらも家の壁や近所の住人への面子を考え暴力性を押さえ込んでしまう自分が煩わしかった。
「もうどうだっていい。どうにでもなれ……うあああああああああ!!!」
男はまた壁に向かって拳を振るう。
しかし今度は先ほどの中途半端なものではなかった。
今度は正真正銘自分の全力だった。
たとえ壁に穴が開こうが、それが原因で家を追い出されようが今はどうでもよかった。
ただこのイライラを発散できれば …
--この拳を思い切り何かにぶつけることが出来れば
物凄い轟音が響いた。
一瞬アパートが揺れ、天井に下がる照明がガチャガチャと音を立てる。
視界全てが白く染まっており、それが石灰と埃だと気がつく頃には白い煙が晴れていき視界が開ける。
すると目の前には知らない部屋があった。
自分の住みなれた部屋と間取りが同じだからすぐに近所の人の部屋だと分かる。
向こうの部屋は住人は今留守らしく、辺りは石灰の破片があちこちに飛び散り、机や本棚などの家具を真っ白に覆っていた。
自分の見ている光景が信じられず思わず後ずさる。
足が震え二歩、三歩と進まないうちに足がもつれ尻餅をつく。
「ヒッ⁈」
尻餅を着いた時視界に映った自分の足に思わず息を飲む。
男の両足は真っ黒で所々棘のようなものが伸びており、石炭のようで生物的な柔らかさをしていない。
男はパニックになりながら部屋の鏡をさがす。
鏡は多少石灰が跳ねていたがそれでも自分の姿を写す事が出来た。
そこに写っていたのは真っ黒な鉱物でできたような化け物だった。
全身からは棘とも触手ともつかぬものが伸び、顔と思われるところは白くのっぺりとし、目の部分は細長い切れ込みがありそこから赤い光が爛々と放たれている。
男は呆然としながら自分の両腕を見る。
両腕の大きさは余りに不均等で右腕が左腕の倍以上の大きさをし、握りしめると砲丸ほどの大きさがあった。
「なんだこれ」
男の声は白い顔の部分で反響をするように響いた。
自分がどうなってしまったのか分からない。
さっき何があったのかも分からない。
男の思考は呆然としつつも、何故か歩き出していた。
男自身も何故歩き出したのか分からなかったが、玄関の扉を左手で開けた時何となく理解をしてしまった。
「ああ、俺今から何か殴りにいくのか」