白石隆史
Kは女性を痛めつけるのが上手な男だった。心を開いた男性にしか見せない肌に傷をつける。痕が残るように。初めて純子の傷痕を見た時、俺はKに対する怒りで目の前が真っ白になった。
そして、Kが何の罰も受けずに今ものうのうと生きていると聞き、激しい殺意が湧きあがった。絶対に許せるはずがない。この世にいてはいけない人間だ。純子と同じ目にあっている人が今もどこかにいるかもしれない。探し出して殺す。そう言った。
でも彼女はそれを望んではいなかった。復讐より心の癒しを求めていた。
俺は純子を守って生きる道を選んだ。
純子の傷にそっと触れた。六畳一間のアパートの真ん中で、俺は純子への愛を誓った。この部屋で二人、静かに暮らしていこうと。俺たちは泣きながら抱き合った。
しかし数年後、Kが再び純子の前に現れた。ある日アパートに帰ると、部屋の中から激しい物音が聞こえてきた。慌ててドアを開けると、部屋の隅で呆然と立ち尽くす純子がいた。畳の上にはKの死体があった。胸に果物ナイフが深々と突き刺さっていた。
俺は『白』だ。だがあえて『黒』をかぶった。生まれてくる子供には父親より母親が必要だ。そう純子に説得した。彼女がKの事でこれ以上苦しむ必要は無い。苦しみは俺が背負う。そう誓った。
俺は刑務所に入った。
塀の中で毎晩悩んだ。彼女が罪悪感に苛まれていないか心配だった。俺は純子を恨んでいない。そう伝えたかった。けれど検閲される手紙、二人きりで話せない面会室では本当の気持ちを伝えることはできなかった。俺はあきらめかけていた。
面会室。透明のアクリル板越しにサングラスをかけた純子と向かい合う。
俺はまっすぐ彼女の目を見ることができず、自分の指をただじっと見つめていた。
彼女は所在なさげに指で机をトントンと鳴らしたり、スーッと撫でたりを繰り返している。
「隆史、目を伏せないで。私の目を見て」
純子はそう言うとサングラスを外して目を閉じた。まぶたにはアルファベットのBが書かれていた。
再び目を開いた彼女と目が合った。俺は頷いた。サングラスをかけなおした彼女が近況を話し始める。俺は相槌をうちながら、頭の中で『B』という文字と、純子の指が作る『スーッ、トントントン』というパターンを結び付けていた。




