罰は罰
この世界が自分の前世で見たことのある恋愛ゲームであることは生まれた時からわかってた。
それでも今の私の家族や友達は優しいし、楽しい日常だったからさして気にもしていなかったんだ。
自分が悪役と言われるキャラクターでも良かった。
どうなろうが私と私の大事な人たちが傷つかないでいてくれるなら。
私たちが通う高等学校の卒業式が明日に控えているこの日に、
明日卒業する予定の私はともかくとして、準備に追われているだろう生徒会の面々が
こんな一人の女子生徒の為に放課後に時間を割いていて大丈夫なのかとか、考えるのは現実逃避したいからだろうか。
妖と人とが交流する事を目的として作られたこの学校において、
当然ながら生徒会の顔ぶれは妖ばかりになる。
人間よりも身体能力が高い上に特殊能力を備えているのが妖。
その中でも純血に近く妖の高位種族に位置する家の跡取りや養子達。
血筋が濃い故に完全に人に化けてはいないが、皆人間で言うところのイケメンに違いはない。
生徒会長 帝 正臣、副会長 柊 涼音、会計 星 拓人、書記 柳 義一
この面々に関しては風紀委員長を務めてきた私としても見馴れている。
見馴れていないのは一人の人間だけ。
庶務 佐藤 愛美
この何の特殊な点のない少女を中央に、将来の妖を担って行くであろう生徒会がどうして私を呼び出したのかは想像に難くない。
前世の知識で得た情報からすれば断罪イベントというものなんだろう。
少女を虐めたことなど全く身に覚えはないが、
私が頭を下げて済む問題であるならば構わないかと思ってのこのこ着いてきた。
「帝さん、そろそろ用件を伺ってもいい?」
「気安く呼ぶな」
こちらがにこりと聞いたのに酷い返しである。
一応帝家と私の家は繋がりがあるから幼馴染のようなものなのに。
傷ついた訳ではないけども。
帝は忌々しそうに私を睨みつけた。
「條 百合花、貴様が生徒会の一員である愛美を陰湿な嫌がらせや暴力で傷つけた件、卒業する前に落とし前を付けてもらう」
「…身に覚えはないと言っても信じては貰えないんでしょう?」
「そんなっ…!條さん、私のことあんなにっ…!」
涙を堪えきれずに泣く少女に周りの生徒会員が慰めにはいる。
その光景を冷めた目で見ながら予め用意しておいたICレコーダーのスイッチを入れた。
私が何もしていないのにストーリー通りの断罪イベントが起こるならば、
この泣いている少女も前世の知識があると言うことだろう。
念には念を入れて用意しておいて良かった。
少女を慰めていた面々が思い出したように私に罵声を飛ばしてくるので、適当に合わせて謝罪しておこう。
「條さん、貴方という人はっ…!いくら貴方が妖の名家である條一族だからと言って、一人の女性をいたぶってはならない!」
「そうですね。申し訳ありません。」
「今更謝られても愛美の傷は、なくならねぇんだぞ!?」
「おっしゃる通りです。申し訳ありません。」
「名家の生まれの癖に容姿、能力共に平凡だからって、生徒会に好かれている非力な愛美にっ…許さないよ!」
「…申し訳ありません」
怒りからか生徒会員の変化が一部剥がれかけている。
ただただ頭を下げた。
生徒会長の帝が前に出た。
「…條、お前は自分の弱さを恥じろ。」
頬に痛みが走る。
流石に妖気が漏れ出ている帝の平手打ちは痛いが、これでこのイベントは終わるはずだ。
頬を抑え顔を上げると、歪んだ笑みを浮かべた少女と目があった。
「…正臣さんっ!女の子を叩いちゃダメだよっ!私なら、だいじょうぶ、だから!」
「…愛美」
「そうですね。愛美に謝罪すべき罪人は他にもいますから。卒業後散りじりになる前に済ませましょう。」
「…他?他って、なに?」
「お前に加担した奴らのことだ。お前と親しくしている尾長達が実行犯らしいからな。
全員等しく罰を受けてもらう」
…尾長は私の親友だ。
彼女に限って虐めなどを行うはずがない。
なのに、罰?
予想外の出来事に眼を見張ると、少女が口を動かして私にだけ伝えた。
ザ マ ァ ミ ロ
少女の企みだと気付いた瞬間、私は決断した。
立ち去ろうとした生徒会員の行く手を阻む。
同時に自分の抑えていた妖力を解放した。
突然の拘束と私の想定外の妖力に彼らはこちらを見て愕然としていた。
私は自分の姿が変わって行くのを自覚しながら、笑った。
「ははははははは!なんだ、打たれ損か。…最初から、こうすれば良かった。」
普段見せない私の様子に怯む少女。
普段見せない私の妖力に怯え始める生徒会員。
「?!馬鹿な!何故、なぜこんな力がありながら…!」
「私、周りの妖と違って目立つの嫌いなんです。
だから、力も見えないように蓋をして、お行儀よくしてました。」
妖は力を誇示する。力の強いものに皆憧れ従う性がある。
自分の変化が取れて制服が破けるが気にしない。
口の端が裂けても気にしない。
どんどん膨らむ妖気に彼らは顔色が変わる。
「驚きました?下に見てた風紀委員長が自分より格上だって知って。」
にこやかに微笑む。
「私の友達に手を出そうとしなければ見せないで済んだのに。
貴方達生徒会が今世代最強でいられたのに。
私だって、こんな姿恥ずかしいんですよ?」
眼を細めて少女を見れば、少女は驚きか恐怖か、腰を抜かしていた。
親切心で糸を絡ませ空中に持ち上げると悲鳴が上がった。
「っいや、いやぁぁぁぁあああああ!助けて!くも、蜘蛛がっ…!」
そう、私は女郎蜘蛛。
獲物を糸に絡めて捕食する。
正真正銘の涙や諸々を垂れ流す少女は知らなかったのだろう。
それも仕方がない。
女郎蜘蛛は姿を隠し、妖と人どちらにおいても社会に害をなす者を処分する役目を負っている。
故に、滅多に正体は見せない。
私の家が大蜘蛛の一族であることは周知の事実だが、極稀に女郎蜘蛛が生まれる事は秘匿されていた。
「…もしかして、我が家が大蜘蛛の一族ということも知らなかったのかしら?」
穏やかに話しかけても少女は泣き叫ぶばかりで返事にはならない。
私はまとめて縛り上げた生徒会員たちに話しかけた。
「貴方達なら、なぜ私が風紀委員長だったか。なぜ今この姿を見せているのか、わかってるよね?」
問いかければ分かりやすく青褪める。
公私混同して職務を怠り、断罪した相手が私である。
食されても誰も文句は言うまい。例え名家で見目秀麗だろうと。
女郎蜘蛛とは、そういう存在だから。
「私、罰は皆が平等に受けるべきだという考えは同感だわ。
でも、明日は卒業式。私は快く卒業したいのよ。」
切々と語ってみるが全員頷くばかり。
面白くない。
「私と私の大事な人たちに二度と手を出そうと考えもしないと誓うなら、
一つの条件で貴方達を解放してあげる。」
生きて帰れると思っていなかったであろう彼らは目に輝きを取り戻した。
帝が恐る恐る声を出す。
「…条件、と言うのは?」
私は今日一番の笑顔になった。
「この人間一人。チョウダイ?」
内容を理解した彼らの表情はそれぞれ個性的で笑える。
嬉しい?安心した?申し訳ない?嫌だ?
高校生らしい青春でもしてたのかしら。
でも哀しいかな彼らは妖である。
強いものには、逆らえない。
ようやく人が居なくなり静かになった場所で彼女は今狂ったのか独り言を呟く。
「…なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで?
イベントの為にやったのにうまくいったじゃない私悪くない悪くない悪くないよ?
悪いのは予定通り動かない悪役で、だから少し罰を与えようと思ってそれでだからわたし」
「そうね。そうかもねぇ。」
虚ろな瞳で見上げる彼女に優しく優しく微笑む。
「でも、罰は罰だから」
そして翌日、私は学校を何の問題もなく卒業した。
ああ、帰りに機関にICレコーダーを届けるの、面倒だなぁ。
初投稿、携帯作成の為お見苦しい点あると思います。
そんな作品を最後まで読んでいただきありがとうございました。