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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Katsuya:2010-勝利の女神のイカサマゲーム

作者: 橋依 直宏


いけ好かない奴がいた。

オレが就職したのはホームセンターの正社員。地味って言われれば、そうなんだが、それなりにいい会社だ。給料もそれなり、休みも取りやすい、めんどくさいのはうるさい客と棚卸しぐらいで、あとは適当にやってれば何とかなる。

平凡な日々に退屈しながら、それなりに充実していた。


だが、三年目の春。異変が起きた。

一人の新入社員が部下になったからだ。


一言で言って……あー、やっぱりはっきり言っちゃっていい?

こいつがマジで使えない。

まず仕事ができない。何かメモは取ってるけど、商品の場所は覚えねぇし、声小さいし、値札間違うとか業者とお客間違うとかさ、ちょいちょいなんかものすごい変なミスする。んで、何が一番むかつくかって、態度だ。なんかすぐ謝るし、オタクっていうのか? なんかダサい眼鏡してるし、こっちが話題振っても全然通じない。

宇宙人かこいつ。てゆーか、今までどうやって生きてきたんだ?

学校が一緒だったら絶対いじめてるわ、こいつのこと。

そうして、打ち壊された平凡な日々。

ストレスはじりじりと溜まっていく。

ちりの積もればなんとかだ。

そこでオレは考えた。こいつでストレス発散するしかないと。

時間は、昼の休憩12時。

みなさんご存知の通り、ホームセンターは店が開いたら閉まるまで、お客を拒まない。ということは、全員が休憩に行ったらお客が来ても対応できない。だから、交代で昼休憩に行く。ぶっちゃけ、一時間くらいドア閉めろよって話だけどな。

で、話がそれた。

もちろん、オレとこの生意気な部下とは、じゃんけんで昼休憩の順番を決める。

交互に行けばいい? 馬鹿か、これが嫌がらせ以外の何だってんだ?

勝つのはもちろん、いつもオレ。

そう、こいつは運にも見放されている。

あー、かわいそうに。この世の中、弱肉強食だもんな。

笑いを堪えきれず、鼻歌交じりに休憩室に入る。

どっかりと腰を下ろし、余っているイスに足を上げてくつろいだ。

携帯片手にインスタントラーメン。

うーん、勝利の味は格別だ。

ささやかな優越感に浸るこの儀式は、オレの平凡な日常におけるスパイスとなった。




そんな日々が続き、春が過ぎ、夏が来て、残暑と言う言葉が目に付く始めた頃だった。

陳列された商品を並べる振りをしながら、ふと腕時計を見る

長い針が、てっぺんになっていた。

「そろそろ休憩にすっかぁ」

と、声に出せば、気だるさが吹き飛ぶようだ。

いつも通り、使えない部下を探す。

この頃になって、まあなんとなく手間がかからなくなってきた感じだ。でも、そろそろ仕事を全部一人でできるくらいになって欲しい。ゴールデンウィークの連休取るのもちょっと不安になるじゃん。ぶっちゃけ休んだけど。

売り場をきょろきょろと探していると、虫かご売り場に後姿を見つけた。

よぼよぼのばあさんと鼻垂れ小僧の接客をしている。虫取り網と虫かごを手渡すと、店員だとしてもぺこぺこしすぎだろってくらい頭を下げあい、客が背を向けた瞬間、声をかけた。

「おい、休憩すんぞ」

「あっ、はい、すいません」

そこで、へぇと声を上げた。

相変わらず引け腰のびびり面だが、いつになくやる気のようだ。目の前に、早くやろうと拳を差し出してくる。

まあ、どうせ結果は変わらないけどな。

掛け声とともに腕を振る。

勝負が決まった。

そこで首を傾げた。

その状況を、俺の頭は理解できなかった。

目の前で出しあった手の形。

自分の腕を辿り、手のひらの形は指を二本突き出した形。その正面で構えられている手は固く握られていた。

チョキとグー。

ということは、つまり?

「すいません。その、お先に休憩いただきます」

深々と頭を下げたそういつは、(きびす)を返して休憩室に向かっていった。

オレは、目の前で突き出したままの手を引っ込められずにいた。




その日を境に、オレの地獄は始まった。

何をどう足掻いても、まったく勝てない。

たかがじゃんけん。出す手はグーチョキパーの三つだけ。それなのにだ。

今までここまで負け続けたことさえなかった。

ありえない。ありえない。ありえない。

一体何が起こっているんだ。

まるで俺がどの手を出すかを読んでいるように、勝てない。

よくてあいこ。でも次の手では絶対に負ける。

なんでだ、手癖か? なんかオレには出しやすい手があるのか?

そう思っていつもと違う手を出したところで結果は変わらなかった。

このままじゃあ、オレのプライドが許さない。

次の日、オレは考えた。

じゃんけんだって、頭を使えばいいんだろ。

出す手は三つだけ。それさえわかってれば、なんとかなる。

後輩を目の前に、昨日の手を思い出す。

昨日はオレはグーでこいつパー出してたから、俺がチョキ出したら勝てる? いやまて、それは読まれてるんじゃないか? じゃあ、その次の手でどうだ。俺がチョキを出すと読んでグーだろ? じゃあ、オレはパーを出せばいいんだな!

掛け声とともに腕を振る。

来い!

振り下げた手が開く。すぐさま向かい合う相手の手を見て、息が詰まった。

チョキだった。

「すいません、お先いただきます」

その言葉に神経を逆なでされ、強く舌打った。

「早く行けよ」

すごむと謝られながら、あいつは小走りに休憩室へと向かっていく。

離れていく足音に体の震えが止まらなかった。

なんで、読まれた?

裏の裏を読んだのに、さらに裏を読まれた。

どこまで、どこまで予想すれば勝てるんだ?

果てしない絶望に、耳の奥で血の気が引く音が聞えた。





勝ち負けの回数が、偶然か。勝ち負けが150対150の同点になった次の日だった。

朝のミーティングが始まり、あくびを噛み殺していると、店長が気まずげに口を曲げた。

「えー……本日で、田中くんは会社を退職されることになりました」

「はあ?」

オレの声は掻き消された。オレ以外の全員も同じ声を上げたからだ。

驚愕と困惑の悲鳴が事務所一杯に響く。そして、全員で目を合わせあう。嘘だ、誰も知らなかったのか。全員の目線が答えを求めて一点に集中する。

その視線の真ん中、後輩・田中はすいませんと頭を下げる。

「皆さんには内緒にしていましたが、その、別の場所で就職が決まりましたので、退職させて頂きます。短い間でしたが、皆さんには、とてもお世話になりました。最後の一日、頑張りますのでよろしくお願いします」

しんと静間にかえった事務所、店長が「ほら仕事に戻って」と声を出すまで、全員呆然としていた。

そして、その日の昼休憩は、あいつの勝ちだった。




閉店間際、やたらめんどくさい客に付き合っていたら就業時間は過ぎていた。

レジカウンターから全力で走り、薄暗い店内を駆けていく。

駆け込んだロッカールームには、まだ人影があった。田中だ。

こちらに背を向け、荷物をまとめていた。

「お前!」

こちらの声にはっと顔を上げた所、その胸倉を掴み上げた。

「お前、散々オレに恩を売っといて、何様だ」

「え、な、なんのことですか」

震える声に苛立ちが(あお)られ、田中の背をロッカーに叩きつける。

「昼の、じゃんけんのことに決まってんだろ! 何しやがった! イカサマしやがって、そんなに勝ちたかったか、あ?」

「じゃ、じゃんけん? そんな事言われても、運なんじゃ……」

「お前ふざけんなよ。オレをコケにしやがって」

「それは、あなたでしょ」

突然の静かな声に横っ面を叩かれる。

いつもぼそぼそと話すあいつの声ではなかった。

さっきまでおびえ震えていたのが嘘のように、無感情な眼がこちらを見ていた。離してくれますかと、押し返され後ずさる。

田中はずれた眼鏡を指で押し上げ、軽く乱れた襟元を正す姿は別人だ。

あれ、こいつ誰だ?

声が漏れたのか、田中がこちらを向いた。

「あなたは自分の感情に任せて、ぼくに嫌がらせをしていたようですが、あまりに子供じみていて途中から笑いを堪えるのに必死だったんです。半年、あなたを『観察』していましたが、正社員といいながら出勤時間ギリギリに出勤するところや、客を選り好むところ、暢気(のんき)に差し入れを食べ、緊急応対もまともにしない。自分に甘く、向上心もない。(こび)と惰性だけであなたのような人が生きていけるんですから、まあこの会社自体が腐っているのでしょう。それならもう、ここにいるだけ時間の無駄です」

「お前何言ってんの?」

オレの言葉に、田中は子供のように首を傾げた。

「何って、最初から、『実験』の為に就職したんですよ。就業中は、バイト禁止だったのでいきなり社会に出て、恥をかくのもアホらしい。どうやったら評価され、不評を買うのかをずっと試していました。いいでしょ? 社会勉強ついでに、お金まで手に入ると思えば。おかげでいろいろ勉強になりました」

田中が少しひしゃげたロッカーを閉める。がこん、と耳障りな音が立った。

「え、え? じゃ……じゃあ、全部演技だったのか?」

口から吐き出した声は、まるで自分の声じゃないように震え掠れている。

眼鏡の奥で、三日月の眼が笑っている。

それを見た途端、体に痛みが走った。

心臓が締め付けられる気がした。

胸を押さえようとして、違和感に気がつく。

両腕がなくなっていた。腕の付け根から、腕をもがれていた。

がくんと尻餅をつく。

まさかと視線を向けた先、両足も同様だった。付け根から引き千切られてしまった。

血は出ていない。だが確かになくなってしまった。

痛みだけが体に危険を伝えていた。

何が起きたのか意味も分からず、ただ痛みにのた打ち回っている。

そして気がつく。オレは今、バッタだった。

アスファルトの上、手足をもがれたバッタ。

飛び立とうとする羽さえも、薄い布を破くようにバリバリと剥がされる。

あとはもう、鉄板の上を転がされる芋虫のように、無様に体を(よじ)ることしかできない。

その様を、眺められている。

無邪気で残酷な眼が、にこやかにこちらを見ている。

だがふと、冷たい眼に変わる。

ああ、彼は飽きたのだ。

片足が持ち上げられる、目の前、すぐ真上に(かざ)される。


「じゃあね、さようなら」








Game over……

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