名前
「うーん…。よく寝た…ふぁ~…」
僕は口許を隠して欠伸をしてから布団から抜け出す。結構ぬくい…。少しばかり身体が痛むけどこれくらいは許容範囲として我慢。
「確か、隣の部屋に僕の服があるんだっけ…」
ふらふらといつ転んでも良さそうな足取りで隣の部屋の扉に到着。
左手でドアノブを掴み、回し、開ける。
――次の瞬間、ゴンッ硬い音が僕の頭から聞こえ、視界が白黒白黒と点滅しバタリと床に沈む。
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目が覚めた時はソファの上に寝ていた。何があったのか…。床を見ると……金属で出来た丸い桶のような物が落ちていた。なんで床にあるのか、いや、考えたくない。
「元気…じゃなさそうだね」
藍色髪の少女が僕の隣に座って申し訳なさそうに呟く。
「え? え? 嘘? 見られた!? え?! なんで? 嘘? え? え? え……ブツブツブツ…」
下に俯いて顔を茹で蛸のように耳まで赤くしているシュルジュが自分の座っているソファの反対側で俯いて何か早口で呟いている。
「ごめんね。こんな状態で。ちょっと君が入って来た時間が『たまたま』シューちゃんの着替えの時間帯だったんだ。で、シューちゃんは近くにあったタライを入って来た君に目掛けてぶん投げて君の頭に当たって君が気絶したって事が全てなんだけど…何か質問ある…?」
「……………………すいませんでした」
「シューちゃん。顔上げて、シューちゃんも彼の事が気になるって言って――」
「――言ってないけど…ね?」
「ごめん、君。僕の腕じゃ無理だったよ…」
「あー…うん」
シュルジュは俯いていた顔を上げるが、少し顔が赤かったのが普通になっているが、やはり少しばかり涙目で少し耳が赤い。
「えーと…、うーん、えー。うーん…え…と、昨日聞き忘れたんだけど…君の名前は?」
「……名前…?」
シュルジュはコクリと頷く。
名前…? そもそも僕に名前なんてあったっけ…?
僕はシュルジュの問に僕は首を横に振る。
「名前…というものは僕には無いです。そもそも名前すら付けられていたのかが分からないので…」
「あ…、うーん。えーと…うーん。えーと…、名前が無い…? それは本当?」
シュルジュの言葉にルーフェルは「コホン」と咳を入れて話に割り込む。
「嘘は吐いて無いみたいですよ、シューちゃん♪ 可能性としては名前を『奪われ』たか『記憶喪失』か。どっちかしか有り得ないだけどね。前者はまず有り得ないだろうね、【アレ】はもう死んだし。何より【アレ】が死んだ所を僕は見たからね。って事は消去法で後者…と言いたい所だけど…。後者は後者で結構厄介なんだよね、どんな理由でも」
ルーフェルは藍色の髪を手でクルクル遊びながら窓の外を見る。ルーフェルは「それに」と前置きし、
「後者の場合は精神関係だからね、ゆっくりと思い出すしか方法はないよ。残念な事に、ね」
シュルジュは相変わらずのように「えーと、うーんと…えーと…うーん」と長い前置きをし、手を頬に当てながら僕を見る。
「えっと、シュルジュ…さん?」
「えっと、名前を私が…付けようか…?」
「「え?」」
えっと…、シュルジュさんはなんて言ったんだ…? 名前を、付ける…? 名前…、
「ふっ…あはは…」
「―――」
「―――」
いきなり笑い始めたルーフェルに驚いたのは僕だけじゃなくてシュルジュさんも同じだったみたいだ。ルーフェルは「ごめんごめん」と舌を出して片目を瞑って…片目は髪で隠れてるから両目見えないんだけど。「テヘペロ★」とボケた。
「良いんじゃないかい? 名前。名前無いからずっと『君』じゃ可哀想だし…」
「えーと…うーと、う…んと、それじゃ君は大丈夫?」
僕は静かに頷く。
その頷きを見たシュルジュは可愛く頬を染め――笑った。
「それじゃ」
シュルジュはわざと間を開けて―――、
「君の名前は――――リーフゥル」