始まりと終わり
月夜に揺れる一人の『影』は黒く、鈍い輝きを放つ愛銃を握り、その銃のスコープ越しで『ターゲット』を狙う。
その銃の名前は【PGMへカートII】ボルトアクション式で装弾数は七発。
「作戦決行まであと三分。準備は大丈夫か、ヨツキ」
その、死の女神から取った『名前』を持つ狙撃銃を持つ少年、
――ヤヨイ・ヨツキは胸に着けてる『無線機』に囁くように返答する。
「………ああ、大丈夫だ。ジョニー。お前も失敗しない様気をつけろよ」
無線機の向こう側から聞こえる渋い声は短く「お前もな」と言ったと同時にヤヨイは「はいはい」と適当に返して会話を強制的に終わらせる。
標的の距離は約3km弱、ヤヨイは今までのこの距離から狙撃をした事は一切ない。
ミスをすれば『死』が大きく口を開けて待っている恐怖。
言葉に出来ないようなプレッシャーがヤヨイを襲う、がヤヨイはこのプレッシャーに微かに悦びを覚えていた。
「んーじゃ、作戦開始まで六十秒だ。さっさと狙撃準備に入りな」
「……そんなに僕の腕が不安か? 確かに少し自身でも結構不安があるが、悦びもある」
「おお、マジこええ、この狙撃手は。流石『死神』と異名を持つ子だな、ほんと。まあ、こんな状況で悦びを覚えているなら大丈夫だろ――あと十秒だ」
無線機の向こう側の声も微かに強ばる。
ヤヨイは口の中で数字を数えながら呼吸を整え――トリガーに指を引っ掛け、標的の頭部に狙いをつけ向こうの『戦闘』を待つ。
三、二、一、零。
無線機の向こうから銃声が響くのが聞こえると同時に、ヤヨイは指を掛けていたトリガーを引く。発射口から出た銃弾は音も無く静かに『ターゲット』の頭部に近付き――ターゲットの脳漿を飛び散らし、その生命を奪う。
頭部を軽く吹き飛ばし、頭部を無くした『ターゲット』の身体は足を崩し、床に倒れ伏す。頭部を無くした遺体に慌てて駆け寄る二人の黒服。
その黒服二人は慌てて『ターゲット』の遺体を担いでその部屋の部屋から出ようとドアに向かう。
黒服がドアノブを掴み、回すと同時にドアを顔に深い切り傷を負ったイカツイ顔をした男がドアを蹴り飛ばし、ドアノブを掴んでた黒服Aと遺体を担いでいた黒服Bは後ろに盛大に吹き飛ぶ。
そのイカツイ顔をした男は、両手に握った黒光りする銃を交差させ、黒服Aと黒服Bに銃弾を撃ち込むと黒服二人は動かなくなる。
「ふう、これで終わりだな。作戦成功、お疲れ様、ヤヨイ。これで俺らは『また』生き延びられたな」
「本当だな。まるでゴキブリ並だよ」
「おいおいおいおい…、ゴキブリって酷くねえか!? 一歩譲ってドブネズミだろうよ?」
「僕から思えばどっちも同じだけどね――作戦成功。お疲れ」
「よし、作戦も終わったし、お前の女性と見間違える容姿を帰ったら堪能するかねえ…」
「え? え? え? なんか嫌な言葉が聞こえた気が…」
「はっはー、冗談だっての! 女性と思っても本当の性別を知ったら萎えるっての!」
「……………」
「おいおいおいおい…。流石に言った自分でも引いたから無言はやめてくれよ…」
無線機から声が消え、再び静寂に。ヤヨイはこの静寂の間に、へカートを折り畳み、肩に担ぎ階段を静かに降りる。ザーと無線機から砂嵐の音が静かな階段に響き、仕方なく無線機を手に取り口許に当て呆れ気味にため息を吐く。
「はぁ…。しばらくは仕事はやりたくないな…。悪夢見そう」
いつの間にか無線機が通じたのか、ジョニーは笑う。
「はは、死神も悪夢見るんだな! 案外子供っぽいな! あ、子供だった!!」
「うるさい。声のトーンが高すぎる」
「おーおー、そんな色っぽい声で言われたって…」
「………………」
「すまねえ、言い過ぎた」
流石に自身が言い過ぎたのを反省したのかジョニーは謝る。ジョニーの謝罪を聞いて少しため息を吐いてから手に持った無線機を口許に再び当てて喋る。
「早く向かえに来てくれ。そろそろビルから出るから」
「スルーどすか…。――ああ、そのままビルから出れば迎えの車はいるはずだ」
「はいよ」
少し落ち込んでるジョニーに短く返事をして出口に向かう。
静寂に包まれたビルは登る前以上に不気味に思えてくる。
――突如ヤヨイの視界に入るのは白い光だった。
視界全体を覆う白い光。その光は不思議と冷たくて、痛かった。
その痛みに耐えられず、ヤヨイが目を開けると視界に入ってきたのは、
正方形の白い部屋だった。
その部屋の真ん中に置いてある一冊の本が空中に浮いてるのを除いて何も無い部屋。他はただ目が痛くなるほどの白。精神が狂ってしまいそうに思えるほどの白。その本も白。全てが白。
「こ…こ…は…? 僕は外に出ようとしてた筈だが…」
ヤヨイは驚きを隠せずに動揺する。
次の瞬間―――ヤヨイの身体は勝手に動き始める。
「身体が…おかしい…!! なんで! 身体が止まらない…!?」
ヤヨイは叫ぶ。けれどその足は歩みを止めずに、あっという間に部屋の真ん中、本が浮いてる目の前でやっと身体が止まる。
「やっと…止まっ…た…?」
その安心は即座に消える。
右腕がその本に伸び、その本に触れた瞬間、右腕が一瞬で焼き爛れる。
痛みが、脳に突き刺さる。
「ああああああああああああああああああああああああああああああ――――ッ!?!?」
ヤヨイは喉が張り裂けんばかりに泣き叫ぶ。
痛い熱い痛み熱い痛み熱い痛み熱い痛み熱い痛み熱い痛み熱い痛み熱い痛み熱い痛み熱い痛み熱い痛み熱い痛み熱い痛み熱い痛み熱い痛み熱い痛み熱い痛み熱い痛み熱い痛み熱い痛み熱い痛み熱い痛み熱い痛み熱い痛み熱い痛み。
痛みと熱さがヤヨイの脳を蹂躙する。
本は一人でに開く。ヤヨイの意識がそこでプッツリと切れた。
――痛い。寒い。熱い。痛い。熱い。寒い――――。
初めての異世界シリーズ。