★最終話 『秋風見留』
タイトルの通り今回が最終話です。最終話を投稿するに至った経緯などはあとがきに書きましたので、もしよろしければ御一読下さい。
挿絵は不評なら消します。
「うっ……ここは……」
現在体の主導権を握っているもう一人……いや、三人目の秋風見留が目を覚ました。
外の世界で彼が見聞きした情報は僕も同様に認識することができる。彼はリツさんとの戦っている最中に意識を失ったのか。
「…………何故君がここにいる」
顔を上げて僕の姿を視界に入れるなり、彼は僕を睨みつける。
が、その視線はすぐに僕の隣の人物へと移った。
「君は……」
僕の隣に立つ男、『秋風見留』を目にした瞬間、彼は絶句した。
『やぁ。初めまして……はおかしいかな』
「君にも分かるはずだよ。彼が誰なのか」
自分自身と同じ顔をしたもう一人の人物。そしてその身に纏っているものが病院服とくれば、彼にだってそれが誰であるのかは明白なはずだ。
「……まさか自分自身の亡霊と出会うことになるなんて思わなかったよ」
彼が何者であるかを察した彼は、皮肉を込めて彼のことを亡霊と呼んだ。自殺した張本人が目の前に知るのだから、確かにそれは亡霊と呼べるものかもしれない。
『元々は君達だけで話してもらおうと思ってたんだけどね。ここにいる彼と話してる中で色々あって姿を見せてしまったから、僕も君達の話に立ち会わせてもらうことにするよ。口を挟むつもりはないから気にしないで』
「話し合う……この『死に損ない』と?」
「うん。僕と君で見つけるんだ。秋風見留という男がこの世界で生きる意味を」
それが冗談ではなくて本気であることを伝えるように、僕は目の前に立つ自分自身の目を見つめた。
が、彼はそれを拒否するかのように視線を目を逸らす。
「そうかい……。悪いけど、また今度にしてよ。僕にはそんなことをしてる時間はないんだ。早くリツを倒さなくてはならない。ミハクの下へ行くために……」
「分かってる。君がミハクさんのことを護りたいと思っていることは。……けど、君と同じように僕もようやく答えを見つけられたんだ。それを君にも聞いてほしい」
「黙れ」
ようやく出した自分自身の答えを話そうとする僕を彼は一蹴する。
「元は同じ存在だったとしても、君のような死に損ないが僕と対等だと思うな」
脅すように、彼は僕の胸ぐらを掴んだ。それは僕に話すことを諦めさせたいが故の行動なのだろう。
けど、もう僕は怯まない。怯えない。自分の見つけた答えをただ伝えるだけだ。
「確かに僕は死に損ないだ。けれど、僕のような死に損ないだからこそできることがある。……死に損なった愚か者の自分のためではなく、希望を持って生きている人々を『救う』ことだ」
ようやく……僕は自分自身が見つけた答えをもう一人の自分に伝えられた。
けど、それを聞いても彼の態度は変わらない。
「人々を救うだって? 悪いけど、その役目は君が果たす必要はない。人を……ミハクを救うのは僕だ」
「ああ、彼女の境遇を、そして待ち受ける最悪の末路を知って、僕も彼女のことを救いたいと思うよ」
「なら今すぐにこの身体を僕に使わせろ! こんなことで僕を立ち止まらせるな!」
苛立ちを爆発させ、彼は僕を床に叩きつける。
「確かにミハクさんを救いたいという気持ちは僕も彼も同じだ。けど、今この身体を君だけに使わせるわけにはいかない」
それでも、僕はめげない。立ち上がりながら、彼へ自分の意志を伝える。
「だって、救わなくちゃならないのはミハクさんだけじゃないから」
「ミハク以外に誰を救うっていうんだ……」
「騎士団や村の人達。僕のせいで心に傷を負わせてしまったシィやスノウや姫様。そして……望まぬ死を迎えた上でなお戦う運命を背負わされてしまった『魔人』の二人……彼らのことも僕は救いたい」
「かつての仲間だけでなく、魔人のことを救うだって? ……馬鹿げてる。どうしてそんなことをしようと思える。そんな生き方をしようと考えられるんだ」
ああ、やはり彼もそう言うんだ。
それは先程、僕の隣に立つ『秋風見留』にも言われたこと。その時は何故彼らのことを救おうと思ったのかを答えただけで、この生き方を自分の生きる目的にしようと考えた明確な理由を言わなかった。
けど、もうすでにその答えは見つかってる。
「秋風見留が『死に損ない』だからだよ」
皮肉を込めて僕のことをそう呼んでいた目の前の秋風見留も、僕の隣に立つ『亡霊』と呼ばれた秋風見留も、その言葉を聞いて息を呑んだ。
「僕らは苦痛から逃げ出すために死を選んだ愚か者だ。なのに、普通の人には与えてもらえない第二の生を得た。神の力と共に。……そんな僕らには初めから『普通の生き方』なんて許されていないはずなんだ。本来ならそれは一つ目の人生ですべきことだったんだから。だから僕は自分じゃなくて、他の全ての人のために生きると決めた。痛み、苦しみ、悲しみ。彼らの全てを受け止めてその人生を救うことが、第二の人生を得た僕がするべきことなんだ」
「違う。そんなものは君が勝手に考えているだけだ。この二度目の生はきっと、君の言う『普通の生き方』ができなかった僕らへの神からの贈り物なんだ。今度こそたった一人の大切な人を護り抜いて、共に生きるための……」
全ての人間を救うために人生を捧げるか、それともたった一つの大切な人と共に生きるか。
僕と彼、二人の秋風見留の答えはここに出揃った。
「……君と僕の意見が真っ向から対立するのは分かってた。けど、僕に折れるつもりはないよ」
「なら、決着をつけるしかないんだね。今ここで。僕と君で」
彼は距離を取り、拳を構える。
決着をつける。彼の言うその言葉の意味とはすなわち、どちらかの消滅を意味するのだろう。
しかし、僕はそんなことを望んではいない。
「…………でも、君の考えを否定するつもりもないよ」
「何だって……」
まるで矛盾しているような発言をした僕を、彼は訝しむような目で見る。二つの選択肢があり、どちらかの答えが正しいとするならば、もう一つの答えは間違っている。たしかにそれが世の摂理なのかもしれないけど、僕はそう思いたくなかった。
僕と彼、異なる二人が出した異なる二つの答え。それら二つともがきっと秋風見留にとって、最も良い答えなんだろう。僕はそう信じたい。だから僕は今から彼にこんな提案をするんだ。
「ミハクさんのことは君が救えば……『護れば』いい。ミハクさんとの時間の全ては君が過ごせばいい。だけどそれ以外の時間を、半分の時間を僕に使わせて欲しい。そうやって僕は君と……『共存』したいんだ」
「共……存…………」
初めて、彼が僕の言葉に耳を傾けた。
「……何を言ってるんだ。これまでの会話で君も分かってるはずだろう。僕らが望む道は異なるものだってことを。共存なんてできないさ」
けれど、すぐに首を振って否定する。
そうだ。確かに彼の言う通り僕らが出したそれぞれの答えは異なるもの。けど……
「僕らが選択した答えは確かに違う。だけど、その答えを出すときに根底にあったものは……同じはずだから」
「なんだって……」
僕らの根底にあるもの。それは僕と彼という二人を生み出した原因でもあり……僕らにとってあの世界で一番大切だったものだ。
「『秋風見春』だよ」
その名を出した瞬間、僕の隣に立つオリジナルの『秋風見留』が僕のことを見つめた。そう。このことはさっき、彼から聞いたことだ。なぜ僕らという存在が生み出されたのか、その始まりは……彼女を救えなかった後悔からだった。
「君がたった一人の大切な人を護るという答えを出したのも、僕が全ての人を救いたいという答えを出したのも、元を辿れば、彼女を助けられなかったことが始まりだ」
一歩、歩みを進める。もう一人の僕へ近づくように。
「……例えそうだとしても、僕らが共存できることの理由にはならない。僕らが生み出されたのはきっと、異なる二つの答えを出すためなんだから」
もう一歩、彼に歩み寄る。否定されても関係ない。だって彼もきっと……分かってくれるはずだから。
「そうだね。確かに僕らは異なる答えを生むために二つに分かたれた。けど、だからってどちらか一つだけが正しいなんてことは無いはずだよ。僕らはそれぞれ、己が信じた道を選んだんだから。きっと二つの道が交わることがあってもいいと思う」
三歩目を踏み出して、僕はもう一人の『秋風見留』の正面に立つ。
改めて目の前で見ると、その顔も身体も本当に鏡映しのようだった。けれど僕も彼もそれぞれ、異なる心と願いを持っているんだ。
「……君はいいのかい。僕は君のことを否定した。そんな奴と一緒に生きていくなんて、できるのかい」
「いいんだよ。誰だって、相反する二つの考えを持つことはあるから。僕らの場合は、ただそれが二つとも異なる魂を持ってしまったというだけだよ。だから……」
目の前に立つ彼へ手を伸ばす。
「僕達二人で……僕達の大切な人を護るんだ」
その手を取り、固く握りしめる。
「僕達二人で……」
そして一番伝えたかったことを彼に言った。
「『秋風見留』になろう」
「……………………うん」
「見つけたようですね。貴方がこの世界で為すべき『答え』を」
その時響いた声は、この世界に転生してきたときに聞いたものと同じだった。僕らをこの世界に転生させた神のものだ。
「神様、これがあなたの望んだ結果なんですか?」
「ええ。貴方は私が信じた通り、魔人も凍夜鬼も救うという答えを出してくれました。その答えを出してくれることこそが私の望み、貴方をこの世界に転生させた理由でした」
「何のためにそんなことを」
僕の代わりにもう一人の秋風見留は問いかける。
「貴方も知っての通り、魔人も凍夜鬼もその力の根源は『憎しみ』です。凍夜鬼は例え滅ぼそうとその継承者の心に憎しみが残っていればいずれ復活する。憎しみによってこの世界に蘇った魔人たちもまた、例え滅ぼそうと憎しみが消えない限りは何度でも現世へ現れるでしょう。そんな彼らを止めるためには……彼らの心を『救い出す』しかないのです」
「そのために、こうして僕らを蘇らせたんですね」
「はい。貴方が死んだとき、私は貴方の中に全てを救い出す未来を見出しました。しかし、その未来へ辿り着くには貴方自身がこの答えを出さなくてはならなかったのです。それゆえに私は何も詳しいことを言いませんでした」
「……まぁいいよ。結局僕らはあなたが望む通りになったんだよね。手のひらで転がされていたようで少し気分は悪いけど」
「はい、今の貴方なら……いいえ『貴方達』なら、きっと凍夜鬼も魔人もその他の人々も、全てを救うことができるはずです」
「頼みましたよ」と言い残し、神の声はまた聞こえなくなってしまった。何はともあれ、これで『秋風見留』が出した答えは間違っていなかったことを確信できた。
『それじゃあ、僕もそろそろ行くよ』
僕らの様子をずっと見ていたオリジナルの『秋風見留』が言う。その顔に笑みを浮かべながら。
「君は、消えてしまうの?」
『うん。元々僕は死んでしまった人間だからね。この世界で生きるのは君達二人だ』
「そっか……」
『大丈夫。僕だって秋風見留なんだ。たとえここにはいなくても、ずっと離れた所にいても、心は繋がってる』
「……うん。そうだね」
『この世界のことは君達二人に任せたよ。僕は君達が導き出した答えを為す所を見守ってるから。……見春と一緒に』
「ありがとう。……それじゃあ」
『うん。バイバイ』
手を振る彼の姿はだんだん見えなくなっていって……やがて完全に消えてしまった。
「僕達も行こうか」
「うん」
残された二人は、『秋風見留』は、外の世界へと手を伸ばす。
「僕と」
「君で」
「みんなを」
「ミハクを」
「護るんだ」
~完~
まず初めに、長い間待たせてしまったにもかかわらずこのような終わり方になってしまい申し訳ありません。
このあとがきでは何故このような結末に至ってしまったかなどを言い訳がましく説明させていただきます。
まず本来のプロットでは、ここで二人のミルは協力しませんでした。なんやかんやでもう一人のミル(長いので以降は冒頭から出ていたミルを『ミル』、2章終盤から出てきたミルを『黒ミル』とします)は消えてしまい、ミルが一人で魔人やミハク、スノウ達騎士団を救うために戦い始める予定でした。ではなぜそのプロットではなくなったのかと言えば、いざその場面まで書いてリツとミルが相対した時に、初対面であるミルが彼を救い出せるとは思えなかったからですね。これが本来のプロットに沿えないと結論づけた最初の理由です。他に、これから先ミルは複数の魔人と相対して彼らを救い出そうと試みますが、果たしてその様子が本当に物語や主人公として面白いのか疑問を持ってしまったことも大きな原因です。もちろん書き始めた当初はそのような展開は可能であるし、面白いだろうと信じて書いていました。しかし如何せん連載が延びに延び、自分の作ったプロットを何度も見返すうちに本当にこれで面白いのかと疑問を持たずにはいられませんでした。結果、今の自分にこの先を書くことは不可能だと思い、ここで終わらせる決意をいたしました。
二人のミルが協力するというのは本来のプロットでは物語の一番最後、いわゆるラスボス戦に位置するものでした。その時点では様々な出来事があってミハクは救うことができず故人になってしまっているので、協力より和解の方が近いかもしれません。黒ミルも魔人化していて明確に敵なので。とはいえ、和解の方法自体はこの最終話とあまり変わりはしません。あくまで本来はミルが最後に救う相手が黒ミルだったというのが、最初に救う相手に変わったと言うだけです。それはそれでラスボスが不在になってしまうのでこの先があるなら物語としては不完全なものになってしまいましたが、一応僕がこの物語で最も書きたかった部分は書くことが出来ました。
一応、回収予定だった伏線もいくつか紹介しておきます。まず1章以降影も形もなかったリースですが、彼女はイーブルによる街への襲撃の日に別の団体によって存在を消滅させられており、その後魔人として復活する予定でした。他に1章で存在を匂わせていたシィの姉(故人)も魔人として出てくる予定でした。その他に「これって伏線だと思うんですけどどうする予定だったんですか?」という質問がありましたら、感想欄で聞いてくだされば答えられるものには答えます。
それではそろそろ終わらせていただきます。謝罪から入ってしまったあとがきですが、最後はここまで読んでいただいた皆様への感謝で締めさせていただきたいと思います。
ご愛読ありがとうございました。




