表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/92

32話(90話) 「救いたい」

 時刻は外の世界の“彼”が意識を失う少し前まで遡る。


 ********


『“彼”は答えを見つけたね。さぁ“君”はどうするのかな?』


 『ミハクさんを護る』。たとえ凍夜鬼だとしても、恐ろしい力を持つ存在だとしても、“彼”は彼女を護るという答えを出した。

 『次は君が答えを見つける番だ』とでも言いたげに、声は僕に語り掛けてきた。


「……」


 彼が答えを見つけた時、僕もまた彼に言った。『僕は必ず、僕自身の手でみんなが幸せになれる方法を見つけ出してみせる』と。そして僕はその答えを……見つけ出しつつあった。

 “彼”が『凍夜鬼』であるミハクさんの存在により答えを見つけることができたのに対し、僕が答えを見つける最も大きなヒントをくれたのは『魔人』という存在だった。


「『魔人』は自らの願いを……“憎しみ”を原動力にして、それを果たすために生き帰った人達だ。それは彼らが無念の中で死んでしまった者達だから。果たせなかった願いをもう一度生きて果たしたいと願っている。けど、僕は彼とは違う。自分の意志で死んだ愚かな人間だ。そんな僕にはきっと、自らの願いを果たすための第二の生なんて許されない。だって僕以上に生き返るべき、もっと生きたかったと望んでいる人は多くいるはずだから」


 明確な願いを持った彼らにそれを叶えるための時間が与えられたこと。これを“奇跡”と評すなら……自ら死んだ上に目的もなく生き帰ってしまったしまった僕は“偶然”でしかない。さらに悪い言い方をすればこれは“悲劇”だ。僕なんかが生き返る権利を得てしまったのだから。


『なら君はもう諦めて彼に全てを任せようと言うのかい?自分の願い……『人を護る』という願いは諦めて』

「ううん、違うよ。逆だ。僕は自分のためには生きられない。だからこそ……他人のために生きるんだ」


 例え望んでいなかったとしても、他にふさわしい人がいるはずだったとしても、この第二の命を僕が手に入れてしまった事実は変えられない。ならせめて僕はこの命を……他人のために使うことで役立てたい。


『みんなを“護る”ために?』


 “護る”。それは最も初めに僕が為そうとしたこと。けれど僕にそれはできなかった。過去の僕には人を護るための力なんてなかったのだから。それに今はそれだけじゃ足りないとも感じていた。


「きっと、護るだけじゃダメなんだ。誰かを“護る”ということはその誰かを傷つけようとする別の誰かがいるってことだから。それじゃあその人とは敵対してしまう」


 ミハクさんを護ると決意した彼はそのために魔人、そして騎士団とは敵対する道を選んだ。それは誰かを護るためには別の誰かを傷つけなければならないということだ。


『ならどうするんだい?まさか、その人のことも護るだなんて絵空事を言うわけないよね?』

「そのまさかだよ。僕は傷つけられる人だけじゃなくて、傷つける人も助けたい。人を傷つけることには必ず理由があるはずだから」


 一つを護るためにもう一つを傷つける。それじゃあ意味がない。

 この力は人々のために使うと決めた。ならそれを他人を傷つけることに使いたくない。


『そんなわけがあるかい。人を傷つける人間を助けるだって? そんなことをする余裕があるなら、一人でも多くの傷つけられる人間を護ってあげた方がマシなんじゃないかな?』


 僕が傷つける人のことも守りたいと言った途端、対話相手の声が荒げるのを感じた。

 そしてその様子から僕は一つの核心を得た。


「……そうだね。君の気持ちも分かるよ。だって君は、その当事者だからね」

『!!』


 投げかけられた言葉に声の主は息を呑む。

 僕には自分がこの世界に転生した意味の他にもう一つ答えを見つけなくてはならないことがあった。この声の主が何者かについてだ。


「前からなんとなく察し始めてはいたよ。心の内で僕に親身に声をかけ続けてくれる存在が誰なのか、それを考え続けても答えは一向に見えてこなかった。心当たりがなかったから。でも、『誰もいないなら答えは自ずと導かれる』。そして今の反応で確信したよ」

『……』

「君も……『秋風見留』なんだよね」

『…………ああ』


 今まで声しか聞こえず、姿の見えなかった会話相手。そんな彼がついに僕の目の前に現れた。


 そこに立っていたのは“僕”。その身に纏っていたのは自殺直前に着ていた薄い青色の病院服だった。


『正確には、死した後に生み出された君達のような人格とは異なるけどね。僕は……『自殺した秋風見留』そのもの。いうなればオリジナルの魂だ』

「それもなんとなく感じてたよ。君は僕に親身に語り掛けてはくれたけれど、別に今僕の身体を操っている“彼”のことを拒絶している節もなかった。あくまで平等な視点から僕らを見ていた」


 僕と今この身体の主である“彼”はどちらも今目の前にいる『秋風見留』からしてみれば同じ自分の分身だ。だからこそ、どちらかに偏った意見を述べはしなかったのか。


『僕は死んだ後、この世界へ転生するよりも前に君と彼という二つの人格を生み出した』

「君によって……僕と彼は生み出されたんだね……」

『うん。そしてその根底にあったのは……大切な人を護れなかったという後悔からだ』

「見春……」


 過去の僕にとってたった一人の家族にして肉親だった妹。通り魔に刺され、理不尽にその命を奪われてしまった彼女の名を出すと彼はうなづいた。彼が先ほどの僕の言葉に対して声を荒げていたのも、何の罪もないのに傷つけられた見春のことを思い出してだろう。


『当初は君の方に肉体の主導権を渡していたけれど、君はスノウの言葉を受けてから不安定になった。そしてロサとの戦いの中で……封じ込めていた記憶と共にもう一つの人格()が完全に目覚めた』


 スノウとロサ。彼女たちの言葉が僕に大きな影響を与えて僕の中に二つ目の人格が生まれたと思い込んでいた。けれど“彼”というもう一つの人格は僕の、いや『秋風見留』の中に元からあったもの。そしてそれは僕も同じ。僕もまたオリジナルから生み出された人格の一つなんだ。


『僕は別に“君”と“彼”どちらか片方だけを肯定しようとは思わない。どっちも僕から生み出された魂なのだから。だけど、いつまでもそう言ってはいられない。生きるために、複数の人格は必要ない。いや、むしろ邪魔なくらいだ。だから僕は君と彼のどちらを完成品と……『秋風ミル』にするかを考えなくてはいけなかった。そのために君達二人には答えを見つけてもらいたかった。何のために自分が生きるのかという答えを』

「そのために君は僕に声をかけ続けていたんだね」

『“彼”の方はきっと自分の力だけで答えを見つけるだろうと思っていたけど、身体の主導権を失ってすぐの“君”はとても答えを出せるような状態じゃなかったからね。後々のために助言をさせてもらったよ。そして君はついに答えを見つけた。……けど』

「君の望んでいた答えではなかったかな」


 目の前の見留は首を縦にも横にも振ることはなく、視線を下に向けたまま静かに答える。


『別に望む望まないの問題じゃないよ。ただ、傷つける人を助ける……そんな答えが君から出るとは思わなかった。だって……』

()の大切なものは、そんな『傷つける側の人間』によって奪われたから」

『ああ。君はあんな奴を助けるというのかい。……許せるというのかい』


 目の前の見留は顔を上げて僕を睨む。


「……許せないよ」


 迷うことなく僕はそう言い放った。

 その言葉を聞いた見留は驚いたように目を丸くして僕を見つめる。


「でも本当に許せないのはあの人を追い詰めたまた別の『何か』だ。多くの人を傷つけて、最期には自分で死のうとまで思わせてしまう程、犯人を追い詰めた『何か』があったはずだから」

『そんなことを言い始めたらきりがない。この世界の全ての人を助けようとでもいうのかい』

「うん。僕は……傷つけられる人も傷つける人も存在しない世界を目指したい」


 絵空事だってことは分かっている。

 けれど他の人には無い二度目の生を経て、他の人が持たない強大な力を得た僕はそれぐらいのことをしなくてはならない。きっとそれが僕の転生した理由をこの世界に示すただ一つの方法だから。


『君の考えには飽きれたよ』


 ため息をつき、見留は僕に背中を向ける。


「それでもいい。でも、気づいたんだ。この世界に生きている全ての人間は僕よりもよっぽど価値がある存在だと。だって彼らは立派に“生きている”から。自ら死という終わりを選択してしまった僕とは違って。だから、そんな人々のためなら僕は喜んで自分の人生を捧げていいと思うんだ」


 商売を行い、家畜を育て、日々の生活を豊かにするために生きる村や町の人々。

 魔物と戦い、多くの人を護るために生きる騎士。

 そして大きな憎しみを背負って蘇り、自らが叶えられなかった願いを今度こそ叶えるために生きる魔人。

 この世界の人々は誰もが必死に生きようとしている。そして僕はそんな彼らのために生きたい。


『『他人のために生きる』という君の言葉、それは本当にその言葉通りに『自分以外の全人間の人生を助けるために生きる』ということなんだね』

「うん。そうだよ」

『君は自分にそんなことができるほどの力があると思っているのかい……』


 振り向き、僕の覚悟を確かめるように彼は問いかける。


「全ての人を助けて世界を変える。そんなことはできないかもしれない。いや、きっとできない。それでも僕は……」



 ずっと探し続けていた答え。その答え自体はなんとなく見えてはいたけれど、今までは明確に表す言葉が見つからなかった。


 だけど今、ようやく僕の答えを象徴する言葉が見つかった。


「僕は……僕自身の手で可能な限り多くの人を『救いたい』。ただの人間だけじゃない。『魔人』や『凍夜鬼』の力を手にしたような人たちも含めて、みんなを救いたい。それが愚かに死んだうえで二度目の生を”手にしてしまった”僕の願いだよ」


 遂に僕はその頭で自身が生きる意味を見つけた。

 その口でそれが何かを発した。


 『『救う』。それが具体的に何をすることなのかは誰にも分からないよ。救う相手によってもそれは変わってくるんだから。それじゃあ結局、過去にスノウに言われたように『“目標”だけを見ている』ことから変わりないんじゃないかな』

「けれど今度は決して『“方法”から目を背けている』わけじゃないんだ。僕は強くない。それに戦うことでは僕の願いは果たせない。なら僕がすべきことは“対話”だ」

『対話?』

「戦いはその力を持つ人間にしかできない。けど、僕らは剣を交える以外にもお互いの思いを伝える方法がある。それが“対話”だ。人の言葉を聞いて人に語り掛ける。僕の言葉だけで、マイナスに落ちた誰かの人生がプラスに変わるなんて思い上がったりはしないけど、せめてゼロに戻してあげる手助けがしたい。それが僕が思う人を救う方法なんだ」


 その言葉を聞いた見留は、少しだけ納得したような様子で小さな笑みを浮かべた。


『……ああ、分かったよ。君の願いは。でも、最終的な答えを決めるのに大切なのは僕じゃない』


 大きな衝撃音と共に僕の背後に降ってきたのは身体の主導権をもつもう一人の“僕”。

 どうやら外の世界での彼は意識を失っているらしい。リツさんとの戦いによるものだろうか。


『彼と“対話”するんだ。そして……決めよう。何が『秋風見留』という人間の答えなのかを』

「……うん」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ