29話(87話) 『共闘』
駆け足で屋敷を飛び出し、僕とミハクは村の様子を確認する。
建物は破壊されており、女性や子ども達が逃げ惑っているのが見えた。そして一部の村人達は魔法で現れた敵と応戦している。もちろんその敵とは……僕の予想通り『魔人』、リツだった。彼は村人達の抵抗を易々と大剣で弾き、お返しとばかりに一振りで彼らを吹き飛ばす。
彼の姿を視認した瞬間、僕は既に駆け出していた。
リツが剣を振り切ったタイミングに狙いを定め、彼に飛び掛かる。
「『この右手に思いを込めて』」
「無駄だぜ」
だが、以前のように突如として壁のように隆起した地面が彼の身を護った。攻撃を防がれた僕は反撃を防ぐため、目の前の壁を蹴って距離を取る。
「挨拶代わりに殴りかかってくるなんて相変わらず元気そうだな、ミル」
「君こそ案外ピンピンしてるじゃないか。残念だよ」
彼と僕が相対したあの戦いは両者痛み分けの決着で終幕した。だが、お互いの傷の回復は互いに思っていた以上に早かったようだ。
「ミル様!」
いきなり走り出した僕の下にミハクが追いつく。
「やはりこの騒ぎの原因は……」
「ああ、彼らだよ」
ミハクの問いに答え、僕はリツを指し示す。
僕の傍に現れたミハクの姿を見た瞬間、彼の目つきは鋭くなる。……当然だろう。彼からしてみれば仲間の敵となる存在の力を持つ者なのだから。
「こんなにも早く君と再戦する機会が訪れるとは思っていなかったよ。狙いは僕かい、それとも……ミハクか?」
「ああ、それなんだが……悪いが今回の俺達の主目的はお前や凍夜鬼ではないんだ」
「リツ、こっちは終わったよ」
彼がそう言うと、それまで姿の見えなかったもう一人の魔人、アンドレアの声が村に響いた。
そしてその声が聞こえると同時に、けたたましい鳴き声を上げながら村の外へ出ていく馬達の姿が見えた。
「あの馬は確か……」
「ええ。ミル様達が乗ってきた、ストファーレ騎士団の馬達です」
何故魔人たちが騎士団の馬達を解放する必要がある。
まさか……
「騎士団の馬は優秀だよなぁ。自ら主人の下まで戻っていくんだからよ。昔から変わらないぜ」
「君、騎士団を助けるためにここへ来たのか」
「何も不思議なことじゃないだろ。俺は元々ストファーレの騎士だったんだから。少なくとも神の使いと凍夜鬼が協力関係にあることよりはよっぽど自然だと思うが」
僕とミハクが並んで立っている様子を睨みつけながらリツはそう言い放つ。
「例えそれが異常なことであっても、僕は彼女を護ると決めた」
「そうかよ。ま、お前にも仲間というものができたことだけは良かったのかもしれないが……やはり俺にはお前のその行為だけは許容できない。俺達の主目的は既に果たされたが……ま、目の前に戦うべき相手が二人もいるのなら退くわけにはいかないよな」
積もった雪を吹き飛ばしながら、風の魔法を行使してリツは加速しながらこちらへ迫る。
僕の傍にはミハクがいる。かわすという選択肢はない。ならば……
「ミハク、君の力を借りるよ……『白魔』」
彼女から与えられた一刀をその鞘から抜く。
その刹那、迫りくるリツの身体は静止した。
「何だ……その刀は……」
リツの動きを止めたのは、彼の下半身を完全に覆いつくす氷。それがこの刀から生み出されたものなのは明らかだった。
「これが……凍夜鬼の力か……」
見た目からは想像できない力を放った刀。その刀身を眺めながら僕はしみじみと呟く。
身動きの取れないリツにとどめを刺すため、刀を構えながら僕は彼に歩み寄ろうとした。
しかし、異なる気配が近づいてくるのを感じた僕は嫌な予感がして背後を向く。
「……ミハク!!」
「分かっています。氷結抜刀式『氷蝕』」
彼女の背後に迫っていた"亡霊"からミハクを護ろうと僕は踏み出したが、それは無意味な行為だった。彼女はもう無力な女性ではない。二百年前にストファーレ騎士団を壊滅させた『凍夜鬼』の力を手にしているのだから。
彼女が抜いた刀『雪花』に触れた瞬間、亡霊の前身は一瞬で凍結し……そして彼女が刀を振り切ると一瞬にして粉々に砕けた。
『白魔』でその力の鱗片を利用した僕ですらリツの動きを簡単に止めることができたが、ミハクは更にその上をいっていた。けれどその力を使うということはつまり……彼女は消費した魔力をまた取り戻さなくてはならないということでもある。
「ミハク……」
「私は大丈夫です。ですが……」
ミハクはリツの方へ目を向けていた。
「助かったぜ。アンドレア」
「どういたしまして」
彼の下半身を覆っていた氷は既に破壊されていた。所詮僕が生み出した程度の氷では一瞬の間しか保たないか。
彼の傍らにはアンドレアも姿を現していた。二人の魔人揃ってのご登場だ。
「先ほどの亡霊はあの女性が……?」
「ああ。確か『飢餓なる亡霊』とか言ってたかな」
敵はたった二人。だがこちらも十分な戦力がある訳ではない。村人達だけでは束になっても彼らの相手にはならないだろうし、ミハクは……
「ミハク、君は戦うな。魔力を消費しないためにも」
彼女を戦わせるわけにはいかない。そんなことをさせれば魔力が枯渇し、彼女の中の凍夜鬼の力が暴走してしまう恐れがある。
「ですが……」
「君達二人は僕が相手する」
ミハクの言葉には耳を貸さず、僕は魔人達にそう言い放った。
「へぇ……なら試してみろよ。俺たち二人をたった一人で相手できるか」
「私達を舐めないで」
リツとアンドレアが呼び出した亡霊たちの攻撃を僕は刀を使って捌く。リツは既に白魔の対策を行ってきた。近接攻撃は亡霊たちに任せ、彼自身は一歩後ろから魔法を放つことで白魔によって身動きが取れなくなろうと問題ないような立ち回りをしてきた。
亡霊だけならば過去に対抗することができたが、それにリツの戦闘能力が加わると……
「クソッ……」
わずかな隙をついた亡霊の拳が腹部に命中し、吹き飛ばされた僕の身体は地を転がる。
「どうした。大口叩いていた割にはその程度か」
二人を同時に相手するのは流石につらい。できれば個々に撃破したいが……そうすれば僕が戦っていない方はミハクを襲い始めるだろう。
地に伏せた僕への追い打ちをかけに、飢餓なる亡霊の一体が迫る。クソ、とにかく早く起きなければ……
「ミル様を傷つけないで」
だが、亡霊の身体は降り注ぐ氷柱によって防がれた。
その氷柱を放ったのはミハク……ではない。
「スノウ……」
攻撃を行ったのはスノウだった。いや、今彼女の意識は無いのだからそうするように命令したのはミハクか。
「ミル様、私はこれまで貴方に護られる側の人間でした。だけど今は、貴方と共に戦う力があります」
僕を庇うように目の前に立ったミハクはそう僕に告げた。
「ダメだ。君のその力は無暗に使ってはいけない」
立ち上がりながら、僕はミハクを戒める。
「分かっています。できるだけこの力は使いたくない。だからスノウや村の皆さんの力を借りながら戦います。あなたが一人傷つく様子をただ見ていることなんて今の私にはできませんから」
「ミハク……」
彼女の意志は強い。もう僕が止めても無駄だろう。……これが村の長として凍夜鬼の力を手にしたミハクか。いいや、正しくは"手にしてしまった"なのだが。
「分かった。けど、無理はしないで」
「もちろんです。私はあの白髪の女性を相手にします。リツは……あなたが戦うべき相手ですよね」
「うん……」
僕とミハクはそれぞれ刀を構え、リツとアンドレアを見据える。
彼らもまた、肩を並べる僕らを見て再び臨戦態勢を取る。
『神の使い』、『凍夜鬼』、『魔人』。
三つの異なる存在が一堂に会した瞬間だった。




