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28話(86話) 『凍夜鬼と神の使い』

 僕と村の民達が魔物を殺している間にミハクは既に屋敷の中の自分の部屋に戻っていた。

 魔物達を殺し尽くした後、彼女がいないことに気が付いた僕は急いで屋敷まで戻って彼女の部屋まで訪れた。


 彼女には聞かなくてならないことがある。彼女がいきなり騎士団を襲おうとした理由だ。彼女は「理由は後で話す」と言っていた。それを聞くためにもミハクと話さなくてはならない。


 だが、彼女の部屋の前はある人物によって塞がれていた。


「スノウ……」


 ミハクの部屋の前にはスノウが立っていた。いつの間にか彼女もここへ戻ってきていたらしい。扉の前に立ち塞がる彼女は誰もこの部屋には入れさせないといった様子だ。

 しかし、だからといって引き返そうとは思わなかった。


「君が騎士団を裏切って氷結の村の側に付くのは驚きだったよ。けど、今はそんなことはどうでもいい。そこを退いてくれないかな。僕はミハクと話さないといけないことがあるんだ」


 しかし、目の前のスノウから返答はない。生気を感じられない暗い瞳がジッとこちらを見つめ続けていた。


「聞こえなかったのかい? そこから消えて欲しいんだけど」


 僕の言葉に全く反応しないスノウへの苛立ちを露にしながら、僕は先程よりも強い口調で彼女にそこを退くように伝える。

 だが依然として彼女からの反応はなかった。


「スノウに何を話しかけても無意味ですよ」


 代わりにスノウの後ろにある扉の向こうから声が響く。もちろんその声の主は……ミハクだ。

 ミハクは何の躊躇もなく扉を開け、その姿を僕の前に現した。


「ミハク……」

「今のスノウに自分の意志はありません。その意識は凍夜鬼の力……つまり私に支配されています」

「スノウを操っているのか?」

「彼女の身体には元々『凍夜鬼の呪い』を宿した痣が刻まれていました。これまでは彼女の行動を縛る程度にしか働いていませんでしたが、凍夜鬼が復活したことで呪いが完全なものになり、意識を完全に支配するまでに至ったのでしょう」


 ……そういえば、過去に『以前の僕』がスノウの身体を見た時、彼女の腰のあたりには妙な痣があった。あれが凍夜鬼の呪いを宿した痣だったのだろう。

 彼女はもともと氷結の村の人間だ。そんなものを利用してまで行動を縛る必要があったのかは分からないが…………そんなことよりも……


「ミハク、僕は君と話しに来た」

「分かっています。スノウは誰もこの部屋に入れさせないためにここに立たせていましたが、ミル様ならかまいません。部屋でお話いたしましょう」


 ミハクがそう言うと、スノウはその場から動いて道を開ける。彼女……というよりも凍夜鬼の意志で動いているのは本当らしい。


 ミハクと共に部屋の中に入ると、彼女はすぐに扉を閉めた。扉の外では先程のようにスノウが見張っているのだろう。この部屋での会話を他の誰にも聞かせないようにしたということか。


「さっきはすいません、先に帰ってしまって。あまり気分が良くなかったものですから」

「それはいいよ。君の体調が悪いのは僕だって見て分かったから」


 そういえば、彼女が騎士達を攻撃するように命じたのも彼女の様子がおかしくなってからだった。もしかして、あの時やはり彼女の身に何か起きていたのか?


「何故、突然騎士達を襲い始めたのか、僕はそれを聞きに来た」

「……そうでしたね。それを話す約束がありました」


 ミハクは着物の袖をまくり、再生した自らの左腕を僕に見せる。


「ご覧の通り、今の私は凍夜鬼の力を得たことで強大な魔力を手にしました。それゆえ、このように高度な再生も行うことができます」


 しかしその言葉とは裏腹に彼女の表情は暗い。

 袖を直し、彼女は続ける。


「ですが強大な力には代償が伴います。凍夜鬼の力も無尽蔵ではありません。復活した後も、力を使えば新たな供給が不可欠です」


 魔力は通常のものであれば時間を置けばある程度回復する。しかし凍夜鬼の力の場合はそうともいかず、何かしらの手段による供給が必要なのか。

 ということは……騎士団たちを襲った理由は……


「凍夜鬼の力はこの地を支配する力。凍夜鬼が復活した後にこの村やその周辺で死亡した生物は魔力減として凍夜鬼の継承者に吸収されます。それが例え人間であっても……死体すら残らずに」

「つまりミハクは、騎士団の人間を殺すことで魔力を得ようとしていたのか」

「はい。その行為は魔物達によって阻まれましたが、その魔物自体が魔力源となってくれたのは幸いでした。……ある意味では、騎士団の皆様を殺さずに済みましたから」


 そう言う彼女の顔はとても安堵しているように見えた。彼女は心の底から騎士団の死を望んでいたわけではなかった。それが知れただけで僕もどこか安心できた。


 しかし、僕の心の安寧はすぐに壊されることになる。


「もしも、魔力を新たに供給しなければどうなるんだい? 凍夜鬼の力が消えるのか?」


 凍夜鬼の力が消える。もしそうならば、それは彼女にとっても村の長として縛られることが無くなるのだから喜ばしいことのはずだ。

 だが現実は非情なものだった。


「もし私の意志で魔力を得ることを拒み続けたとしても、いずれは私の肉体が凍夜鬼の意志に乗っ取られ、必ず魔力を得るために行動し始めてしまうでしょう。そして凍夜鬼の最終目的は『神の使いを殺し、神へと到達すること』。つまり、もしも私の意識が凍夜鬼に奪われれば…………私は真っ先にミル様、あなたを襲うでしょう」


 神の使いを殺す。その行為の目的は、この地で殺した神の使いを魔力源として吸収して神へと至るため。

 神へ至った後に何を為すつもりなのか、何が起きるのかはわからない。しかし、それが目的である以上、このままミハクと共にいればいずれ僕は凍夜鬼に殺される運命ということなのかもしれない。


 けれど、逆に言えばそれは彼女の中にある凍夜鬼の力が暴走すればの話だ。


「なら君が騎士団を殺そうとした本当の理由は……」

「はい。魔力を得るというのは手段にすぎません。私は自我を失ってミル様のことを襲いたくはなかった。あの時はそのために騎士団の皆さんを利用するしかありませんでした」


 ……そうか。

 僕は彼女が騎士達を襲うように命令した時、彼女の心が凍夜鬼に支配されたのではないかと恐れていた。けれど、ミハクはちゃんと自らの意志を保っていた。自らの意志でその命令を下していた。僕のために。

 だからそれを知れて……安心した。


「ミル様、あなたは私を護ると約束してくださいました。……でも、私はそんなあなたのことを傷つけてしまうかもしれないんです。それでもまだ、こんな人間を護ろうと思いますか?」

「僕の気持ちは変わらないよ」


 僕は他の全てを犠牲にしてでも彼女を護ると決めた。

 そして彼女もまた、僕を傷つけまいとその手を汚してまで行動してくれた。そんなミハクのことを僕が見捨てるわけなかった。


「凍夜鬼の力が君を暴走させる恐れがあるというのなら、僕が必ず凍夜鬼から君のことを護る。絶対にミハクの意志を乗っ取らせはしない」

「ですがミル様、私を暴走させないということは……」

「うん、分かってるよ……」


 彼女を暴走させないためには凍夜鬼を抑えなくてはならない。そのためにはこの地で命を奪い続け、その魔力を凍夜鬼に与え続けることが必要となる。……でも、それしかないんだ。何を犠牲にしてもミハクを護ると決めたのだから。


「この地のの命を魔力として凍夜鬼に与え続けるだけでは根本的な解決にはならない。でも、結末を引き延ばすことは出来る。それまでに方法を見つけ出せばいい。」

「ミル様……あなたは本当に私のことを……」


 ミハクは目に涙を涙をためていた。

 でも僕にそんな顔を見せたくなかったのか、彼女はすぐにそれを拭う。そして部屋の隅にある刀掛けの下に向かうと、そこに掛けられていた一刀を手に取った。


「ミル様、あなたにこれを授けます」


 それを手に僕の下まで戻ってきたミハクはその言葉と共に刀を僕に渡した。

 ミハクから渡された刀は重く、鞘から刀身を引き出してみると、銀色に輝く美しい刀身に僕に顔が反射して見えた。


「これは……」

「その刀は『白魔(はくま)』。私の持つ『雪花(せっか)』と共に、凍夜鬼の力を宿した特殊な金属から作られた刀です。凍夜鬼が復活した今、その力の一端を使用することができるでしょう」

「でも、凍夜鬼の力を持つこれをどうして僕に……? 神の使いとはあまり相性が良くないかもしれないけど」


 そう僕が聞くと、ミハクは優しく微笑んだ。


「”お守り”ですよ」

「お守り……?」

「はい。神の使いであるあなたが凍夜鬼の力を宿すその刀を持っていれば、最悪の事態が起きても私があなたを襲う可能性を減らせるかもしれません。……あくまでも希望的観測にすぎませんけれど」


 ”最悪の事態”……それが起きるとは考えたくないが、彼女の心遣いはありがたく受け取っておくことにした。


「わかった。君から授かったこの力、必ず君のために役立ててみせる」


 僕がそう言うと、彼女はまた笑顔を見せる。

 ……この笑顔を失わせたりはしない。必ず僕はミハクを護る。


 だが、刀を腰に添えながらそう考えていた僕の耳に突如響いたのは激しい爆発音だった。


「なんですか、今のは!?」


 もちろんミハクの耳にも聞こえていたようで、僕たちは慌てて部屋を飛び出した。


「ミハク様!」


 部屋を出ると、ミハクの下へ一人の女中が駆けてくる。


「何事ですか?」

「鎧を着た男と白髪の女が村へ突然やってきて攻撃を開始しました。村の者で応戦していますが、特殊な術を使ってきて歯が立ちません。お力をお貸しください」

「鎧の男……ということは……」


 女中の言葉を聞いて、ミハクも僕も感づいた。


「うん、間違いない」


 突然村を襲った男女。僕にはその心当たりがあった。

 特に男の方は僕だけでなくミハクも目にしたことがある者。

 つまり……


「『魔人』だ」

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