23話(81話) 『想い』
目を覚ました僕の目に映ったのは見慣れた……とは言い難い、わずか数日寝泊まりをしただけの自分の部屋だった。
記憶が残っているのはリツと戦い……そして、目の前でミハクが殺されかけていたところまでだ。そこから先、どのような経緯を経て今に至るのかはどうしても思い出すことができない。
「ミハクは……」
ミハクのことが心に浮かんで消えなかった。彼女のことが気がかりだ。あれから何があったのか確認しなくてはならない。
外は明るい。今は朝か昼頃か。屋敷にいる人間に聞けば何があったのかを聞くことができるかもしれない。少なくともミハクの居場所くらいは分かるだろう。……彼女が生きているのならば。
だが外へ出ようとドアへ向かった僕に反応したかのように、目の前の扉が合図もなく開いた。
「…………え」
開いたドアの奥に立っていたのはシィだった。きょとんとした顔をして、目の前の状況が理解出来ていないという様子の気の抜けた声を彼女は上げる。
それでもすぐに持ち直し、いつも僕を見ているときと同じ鋭い目つきに戻りながら、これまたいつもと同じ高圧的な態度で言葉を発する。
「……ふん。起きてたのね。ならいいわ」
僕に背を向けて力任せにドアを閉め、彼女は去ってしまおうとしていた。
「待ってよ」
僕は閉まりかけたドアの隙間に手を差し込みながら彼女に声をかける。
ちょうどいいタイミングだ。シィに話を聞くことにしよう。
「何よ」
「聞かせて欲しいんだ。僕が寝てる間に何があったのか」
それを聞くと彼女は心底嫌という顔をしながらも静かに語り始めた。
「私とスノウが部屋で見張りを交代する時間を待っていたら声が聞こえたのよ。『誰か来て下さい』って。その声で外を見たら大怪我を負ったミハクさんが立っていたの。助けようと思って駆け寄ったら彼女は泣きながら『ミル様を助けてください』っていうもんだから、言われるがままに森まで行ってみたら死んだように寝てるアンタがいたからここまで運んできたってわけ」
「それでミハクは?」
「まずはお礼を言いなさいよ……。ふん、やっぱりアンタと話すのは不快ね。もうこれ以上はごめんだわ。お望み通りミハクさんを呼んできてあげるから詳しい話は彼女から聞いて」
そう言い残すと今度こそ彼女は部屋の前から去ってしまった。
そしてミハクが無事だということを聞いてどこか安心した僕がいた。
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「ミル様! よかった、目を覚まされたんですね」
少しの間待っていると、シィの言ったとおりにミハクが僕の部屋までやってきた。
布団は既に畳んでおいてあり、彼女と僕は床の上に腰を下ろす。彼女にはいろいろと聞かなくてはならないことがある。しばらくはこのまま話し続けることになるだろう。
「ミハクも無事みた……」
「無事みたいだね」と口にしかけた僕を止めたのは、視界に入った彼女の左腕だった。いや、正確には左腕があるはずの場所だ。そこに左腕はなかった。本来それがあるはずの場所には何の形もなく、着物はその部分がずるりと垂れ下がって床に擦れている。
「その左腕は……」
その左腕の記憶は残っている。彼女がリツに襲われた時に斬り飛ばされたものだ。だが、治療が不可能な程深刻だとは思っていなかった。切断面を繋ぐという治療法ならば可能だと考えていたから。
「治せないのか……?」
「命と治療を天秤にかけた結果と言いますか……。あのままでは失血死してしまいかねなかったので無理に止血を行った結果、接着不可能な傷跡になってしまいました。腕を丸ごと再生させることが可能な魔法を使える人もこの世界に数えるほどいるかという状態ですし、腕の治療は諦めることにいたします」
「……そっか」
リツの気配に誘われた僕を追ってきたばかりに彼女は治せない傷を負うことになってしまった。
僕についてきたのは彼女自身の判断によるものだ。僕がそれを命令したわけではない。それに僕にとっては他人がどうなろうと興味ないことのはずだ。
「…………ごめん」
それでも僕の口から絞り出すように発せられた言葉は謝罪だった。他人のことなどどうでも良かったはずの僕が彼女に対して申し訳ないという感情を抱いたのだ。
「いいえ、ミル様のせいではありません。あなたについていったのは私が勝手にやったことですし。それにあなたがいてくれたからこの程度で済んだのです。もしミル様がいなければ私はきっと彼に殺されていましたから」
「……そうだ、君がリツに殺されかけていた後……あの時いったい何があったんだい? そこからの記憶が僕には何もないんだ」
ミハクは僕とリツ以外にその場にいた唯一の人間だ。彼女ならばあの時に何があったのかわかるに違いない。
「あの男性が言うには『暴走』していたそうです。感情の強さ……彼を『殺す』という感情の強さが限界を超えてしまって。そしてあなたはその状態のまま彼を撃退し、意識を失ってしまいました」
「暴走……。彼を殺すという感情が……か」
リツを殺す。それ自体は彼と戦闘を始めた時からずっと考えていたことだ。しかし、僕の記憶が保たれている間の戦闘中は暴走するなんてことはなかった。彼に実質的な敗北を喫した時でさえ。
僕が暴走してしまう程、彼に殺意を抱いたのは……
「リツがミハクを殺そうとしていたから、僕は暴走した……?」
そうだ。あの時、ミハクが殺されかけていたあの時……僕はどうしてもそれを止めたくて、何度も心の中で「やめろ」と叫んで、舌を噛んでまでしてようやくその言葉を発して、そしてその時に彼への殺意が限界を超えて僕は暴走したんだ。リツを殺すことでミハクを助けるために。
どうして僕はそこまでミハクのことを助けたいと願ったんだろう。
思えばアンドレアに襲われた時も彼女のことをずっと気がかりに思っていて。
彼女とは不思議と話す気になれて。
さっき目が覚めた時も真っ先にミハクのことが思い浮かんで。
「ミル様?」
黙って考え込んでいる僕にミハクが声をかける。
その声に反応して彼女のことを見て……僕はようやく気付いたのだ。
ああ、そうか。
自分でも分かっていなかった。
いいや、分からないふりをしていたのかもしれない。
彼女は孤立した僕に何度も語りかけてくれて。
僕が独りで戦おうとしていることにも理解を示してくれて。
そして僕に笑いかけてくれる。
そんな彼女に
僕は……
惹かれていたんだ。
「ミハク」
「はい、何でしょうか?」
「君は前に言っていたね。もしも僕がこれから先、独りで行くことがあれば一緒に連れて行ってほしいって」
「ええ。ですが……」
「ああ。そう言われた時、僕は断った。君には君のやることがある。それに僕は君を仲間や友達だと思っていない。そう言って突き放した」
「だから、私は諦めました」
「あの時はそう言ってしまった。けど、ようやく気付けたんだ……僕には君が必要だって」
「だからミハク、今度は僕から頼みたい。凍夜鬼を倒して僕が独りで行動する時が来たら、その時は独りではなくて……」
「君にも一緒に来てほしい」




