22話(80話) 『答えを求めて』
『聞こえるかい?』
「……うん。聞こえるよ」
『秋風見留』の心の内側。
外にいる『僕』とは異なる『僕』が消えることもなく存在し続けている世界。
ここで謎の声の主に話しかけられることにもすっかり慣れてしまった。何者なのかはいまだ分からないが、呼びかけてきた彼の声に僕は応じる。
『今なら話すのにちょうどいいタイミングだろう。君を敵視しているもう一人の君は眠っているところだからね』
この肉体の主、先ほどまでリツの名乗った『魔人』と交戦していた『秋風見留』は現在深い眠りの中にあった。
ただそれはあくまでも身体の支配権を持つ魂である彼だけに関することであり、今でも僕は問題なく意識を保っているのだが。
「彼は……どうなってしまったのかな……」
『さぁ。ただ彼が死ぬことはないだろうね。それは同じ肉体に住み着いている君が一番よく感じているだろう?』
「うん……。この身体は生命の危機に瀕してはいない。それでもまだ『彼』は目を覚まさないようだけど」
肉体に問題がないのならば問題を抱えているのは魂の方なのだろうか……?
……いや、僕が彼を心配することはない。『彼』と『僕』はもう袂を分かった関係なのだから。
「……それで、今回君は何を話しに来たの?」
『聞かなくたって分かるだろう? 前にもした『魔人』の話の続きだよ。リツの話を聞いて君は何を感じたのかな?』
『魔人』。僕の他に神の力を持つ者達。彼らの存在を知ったことで、僕は自分がこの世界に存在することに疑問を覚え始めていた。神の力を扱える者は他にもいる。ならば何故僕なんかがこの世界に蘇る必要があったのか。
自分の存在理由。それを僕も……そして『彼』も未だ探し続けているのだ。
けれど……リツさんの話を聞いて、僕は少しだけ『答え』に近づけたような気がした。
「彼らは僕と同じところもある。それは神の力を使うこともそうだし、死から蘇った存在であることもだ。……だけどそれよりもはるかに重大な、全く異なるところもあった」
『へぇ、それは何かな』
彼らと僕の異なる部分……
それは僕らがこの世界へ蘇ることになった根幹、『死』に関するものであった。
「彼ら『魔人』はその死を望んでいなかった。リツさんは凍夜鬼との戦いの中で仲間を失い、自らの命さえも奪われた。アンドレアさんも詳しくは分からないけど、極限の飢餓の中で死にたくないと願い続けていたはずだ。だというのに僕は……」
『なるほど。そういうことか……』
「僕は……自ら死を望んだ」
病室から飛び降りたあの日あの時あの瞬間。僕に身を投げさせたのは他でもない僕自身の感情だ。
「『魔人』は死んでも死にきれないほど強い思いを持ってこの世界に蘇った。対して僕は望んで死んだにも関わらず結局は死にきれず異なる世界に蘇り、当初は死の原因すら忘れて気楽に生きようとすらしていた。『僕』は僕のことを『死に損ない』と呼んでいたけれど、全くその通りだと思うよ。死にたくて自殺までしたのに異世界にまで来て生き延びてしまったんだから。まぁ彼もその『死に損ない』の半身であるのだけどね」
『それじゃあ君からすればますます自分が蘇った意味を見失ったってことかな。自分よりもよっぽど生きるのに相応しい存在がいたってことなのだから』
確かに彼らの蘇生は僕よりもはるかに相応しいものだ。それぞれが生きたい理由を強く持っているのだから。
だけど、それだけ僕と彼らにとっての『死』の意味が異なっていたからこそ、僕はそれが自らの存在意義を証明するものになるのではないだろうかと思っていた。
「いいや。まだ少しだけだけど分かってきたかもしれないんだ。僕の存在意義が」
『……本当に?』
「うん。彼らは自らが叶えたい強い願いを持っている。――それは『憎しみ』という形であるけれど―― 対して僕がこの世界に蘇った時の願いは『誰かを護ること』だ。その願いの実現の仕方は『僕』と『彼』とで二分してしまっているけど、それは自分以外の誰かへ作用させる願いなんだ」
「つまり……」
「僕らの願いの形は異なっていて、それぞれの境遇だって違う。僕が思っていたよりも僕と彼らは違うのかもしれない……。そしてその差異こそが僕がこの世界に来た理由に繋がる……かもしれない」
僕と『魔人』は違う。
僕が持っていない強さを彼らは持っている。
僕ができないことも彼らはできる。
それでも……たった一つでも……彼らではなく僕にしかできないことがあったならと思う。
『君が言ってるのは憶測じゃないか。そんな考えじゃ以前よりも前に進んでるなんて言えないよ』
「そんなことはないよ」
確かに結局今のままではダメなことに変わりはない。依然として僕の存在意義は見つからないのだから。
けれど、ただ一つ言えるのは……
「自分の存在そのものに疑問を浮かべていた『マイナス』から、存在するからには何か理由があるはずだと考えられる『ゼロ』に進んだんだから」




