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19話(77話) 『長き月日を越え』

「君は本当におしゃべりだね。自分から能力を明かすのか」

「自分だけ能力の詳細を隠したままで戦うってのは騎士道に反するからな。そうだろ……神の使い?」

「ま、君は僕の力を知っているだろうからね。だからといってそれを僕はハンデだとは考えないけれど」


 これまでの戦いの中で神の力は幾度となく披露している。もはやこの力に情報的な利は何もないだろう。だが身体強化の力は情報を知られていると致命的な能力ではない。そのような状態であっても十分な活躍が望める汎用性を兼ね備えているものだ。……だからこそ神はこの力を与えたのかもしれないな。


「さっきも言った通り俺の力は過去に仲間だったやつらの魔法を素にしている。仲間なんていらない……そういうお前の考えとは相反するものだな」

「全くだね。甚だ不快な能力だよ」


 僕の思想とは全く異なる力。リツの言葉通りならばその力は彼の信念である『騎士道』に由来しているようだ。


「そんな力は僕が打ち砕く」


 その言葉と共に僕は棘を彼に向かって伸ばした。


「できるもんならやってみろ」


 僕の棘が届くよりも先に彼の身体が動き始める。だが重装備の彼では機敏に動くことは出来ない。完全にかわすのは不可能なはずだ。


 だが彼が一歩踏み込んだ瞬間、まるで鎧の重さなどなかったかのように彼は跳躍し、僕は一気に距離を詰められる。


 風の魔法による加速……それは僕も普段からよく使う使用方法だった。だがあのような鎧姿でも同じように使えるなどとは考えていなかった。これは魔人になって魔法が強化されているためか、それとも元の使い手が相当の手練れであったからか……。


 棘はまだ伸び続けている。今から手元に戻そうとしても間に合わない。そのため、棘を使って防御することは出来ない。

 ならばここは防御よりも回避が優先だ。


 彼と同じく僕も風の魔法を行使する。

 彼が向かってくる方向とは逆方向へ進むように加速し、すれ違いながら距離を取ろうと試みる。


「悪いな。その程度の速さなら反応できる」

「は……?」


 僕とは逆方向に進んでいたにも関わらず、彼は瞬時に方向転換を行って僕の背後を取った。

 今の一瞬だけで真逆の方向へ切り替えしたのか……? まさか、風の魔法を使ってもそんなことは不可能なはず……。そんなことをすれば逆方向へ進もうとする力と元の方向へ進行を続けようとする慣性が同時に働いてしまいバランスを保てなくなる。


 事実、僕は風に押されて加速している状態の身体を止められず、背後から迫る彼に身体を向けることができない。頭だけ振り向かせ、なんとか彼の姿を捉える。

 それと同時に彼がどのように瞬時の方向転換を行ったのかの謎が解けた。


 リツの背後には隆起した地面が壁のようにそびえ立っていた。これも彼の力……正確には彼の仲間の魔法によるものだろう。

 それを使って一度完全に勢いを殺したのか。足から接地――隆起した地面に対して接地という表現でいいのかは分からないが――そうすれば勢いを消すだけではなく、足をばねにして方向転換と加速を同時に行える。それに風の魔法でさらに加速すれば僕に追いつくのも簡単ということか。


「思ったよりも便利そうじゃないか。複数の魔法が使えるってのは」


 僕は身体を捻りながら棘を振るう。


「遅いっつってんだろ」


 しかしリーチの長い棘は大きくしなってしまい、すぐにはリツまで届かない。

 その隙をついたリツの剣が僕に迫る。


 この距離では長いリーチがあっても無駄なだけか……。


「……解除」


 ロサの棘にかけていた術式を一時的に解除する。

 これによって棘はその形を瞬時に元の剣の姿に戻していく。

 ……術式を解除するのは一瞬で終わるが再びかけなおすには相応の時間を要する。そのため、この手段は出来れば使いたくなかったのだが……今はやむを得ないか。


 剣に姿を変えた棘は大きくリーチが短くなった代わりに、目標まですぐに届くことができる。

 このタイミングでようやく僕は足をブレーキにして自分の身体の動きを止めることができた。そして彼の剣を阻むように互いの刀身を打ち付け合う。


「剣術の勝負か……いいぜ、受けてやるよ」


 その彼の言葉通り、僕らは幾度となくその剣を振るい続けた。

 彼は大剣で僕は一般的な片手剣であるから大きさ的にはやや不利であるかもしれないが、こちらには神の力があるため力負けすることはない。攻撃・防御速度を加速させる風の魔法もお互いに使えるためそこでも差は生まれない。

 つまり純粋に剣術の実力勝負であるのだが……


「お前、剣の腕はそこまでじゃないな?」

「残念だけど剣を使うことにこだわりはないからね……」


 これまでは神の力や風の魔法、棘への変異を使って誤魔化してきたが、純粋な僕の剣術は素人に毛が生えた程度だ。つまり同条件で戦えば不利なのは間違いなくこちら……。


「なら悪いがお前に勝ち目はないな」


 ほんのわずかに反応が遅れた瞬間、勢いよく叩きつけられた彼の大剣によって僕の剣は手から弾き飛ばされてしまった。

 間髪入れず、リツは僕に向かって大剣を振り上げる。

 防御するための剣はない。風の魔法で回避しようとしたところで、同じようにして彼に追いつかれてしまう。

 どうする……どうやって対処する……。

 考えられるほどの時間はない。

 彼は僕のことを殺さないと言っていたが……その言葉を信じてノーガードで受けることなど到底できない。

 だが、回避も困難であることに変わりはない。……ここは受ける傷を最小限に抑えて防御するしかないか。


 僕は自分の左腕を剣筋に差し出した。神の力を使って大剣を受け止めるつもりだった。左腕は無事では済まないだろうが……致命傷を受けて動けなくなるよりはマシだ。


「来なよ……」


 痛みや衝撃が走ることへの覚悟を決める。必ず受け止めてやるという心持ちだった。


 だが、大剣が僕の腕に振り下ろされることはなかった。


 氷……。彼の腕は動かせる余地がないほど全体に渡って氷に覆われ、固定されていた。


「何だ……?」


 リツも何が起こったのか分からず困惑している様子だ。

 そして、彼の背後から声が響く。


「氷結魔法式・『凍結』」


 いつの間にか彼女は……ミハクは木の陰から出てきていた。

 この魔法は彼女が唱えたのか……。


 彼女に助けられるとは考えておらず、一瞬思考が追いつかなかった。

 が、これがチャンスであることは間違いない。


 思考を切り替える。

 今僕が行うべきことは考えることではない。


この右手に(ディザイア)思いを込めて(・ストライク)


 防御に使おうとしていた左腕を下げて代わりに右腕を構えると、その拳を鎧に阻まれた彼の胴に叩きつけた。

 背後にいるミハクに被害が及ばないように、振り抜きざまに腕をひねって彼を吹き飛ばす方向を調整する。


 しかし重い鎧を着ている彼を吹き飛ばすことは叶わず、雪の上を滑らせるように押し込んだだけに終わってしまった。バランスを崩すこともなくリツは立ち続けている。


「全く、厄介なことをしてくれたもんだ」


 彼はダメージを受けた様子もなさげにそう呟くと、氷漬けにされた腕を魔法で発生させた水で包み込んだ。水の周りには激しく湯気が立ち込めている。熱湯で氷を溶かしているのか。であれば、今攻撃を仕掛けるのは危険だな。


「それでミル、仲間に助けられた気分はどうだ? 悪くないだろう?」


 彼は僕を見た後に目線をミハクへ移す。仲間とはミハクのことだろう。


「別に彼女と僕は仲間ってわけじゃない。今のはただの偶然だよ」


 ちらりとミハクを見る。彼女も僕のことを見ていて、二人は目が合った。

 目が合うと、彼女は僕に笑いかけてくれた。けれど僕は笑い返すようなことは出来ずに再び前を向き直した。


 僕の言葉を聞いてリツは笑いだした。


「ははは。強がるなよミル。そうやって強がるからお前の神の力はこの程度の力しか発揮できないんだよ」

「何だって……」


 彼は突然、神の力のことを話題に出した。


「神の力ってのは思いや意志の強さをそのまま使用者に反映して肉体を強化する力だ。だから『誰かを護る』、『何かを倒す』といった感情が高まれば高まるほどにその効力を増していく。お前は確かに敵を殺そうという強い意志を持っている……が、その意志は強くなることが無い。お前は自分が敗北するだとか、自分の力が及ばないだとか考えようとしていないからな。その余裕が力に変換する感情のストッパーになっている。つまり、今のお前は自分自身のせいで限界点に立ってしまっているんだよ」

「……」


 間違っていない。今の彼の言葉……感情や意志の強さを力に変えるという神の力の本質は正しい情報だ。それはその力を使う僕が一番よくわかっている。

 ……けれど、何故彼がそれを知っている? 僕はこの詳細を周りの誰かに話したことはない。ましてや敵であるはずの彼が知っているなど確実にあり得ない。


「君はいったい……? 何故神の力について知っている?」

「お前、案外勘が鈍いな」


 腕の氷を溶かし終え、しょうがないといった様子でため息をついて彼は語りだす。


「そもそも最初から言ってる通り、俺はお前と戦いたくはないんだ。それは騎士道がどうだからとかじゃない。俺自身の感情からだ」

「何故そんな風に考えられる……?」

「そりゃ、お前が俺にとって特別だからだよ。敵味方関係なく、個人的な理由でな」

「そんなことがあるわけない。僕と君には何の関係もないんだから」


 彼と僕が出会ったのは今日が初めてだ。

 そんな彼が僕を特別視する理由なんて見当たらなかった。


「そうだな。会ったのは初めてだ。だが、ある繋がりがあってな」

「繋がり……?」

「最初から言っている通り、俺は騎士なんだよ。そして俺が仕えていた街の名前は……」

「……まさか」


 僕と彼の繋がり……そこから彼の言葉の先にいったい何という名前が待っているのかは想像がついた。


「『ストファーレ』だ」


 彼は僕と同じストファーレの騎士であったのだ。

 そして、ここである考えが僕の脳裏をよぎった。


 『ストファーレの騎士』、『神の力に関する知識の保有』、『氷結の村に現れた』、そして……魔人になってでも果たしたいと願う『憎しみ』。

 これらの情報を総合した結果導き出せるのは……


「まさか……君は……」

「ようやく答えが見つかったようだな。ああそうだよ。俺はストファーレの騎士であるという他にもお前と大きな共通点がある。ま、要するに……」


 導き出された答え。魔人と化す前の彼の正体。それはきっと……


「俺が……二百年前のストファーレに現れた『神の使い』だ」

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