18話(76話) 『仲間』
「……何故君たちが僕に協力を仰ぐ必要がある」
彼の言葉の真意は現時点では測れない。
手を組む……その選択を取るか決めるのは後だ。
「言っただろ、事情が変わったんだ。これまではお前が邪魔で始末したかった。だが今はお前のことが必要になった。だからお前にはこちら側についてもらいたい」
「君たちの仲間になって僕に何のメリットがある?」
「その問いを待っていた」と言わんばかりにリツがニッと笑った。
「さっきお前も理解していたはずだ。俺達もお前も結局は同じ。生前で果たせなかった願いのために蘇った存在。誰にも理解してもらえないお前のことも俺達なら理解してやれる。お前という存在に在るべき場所を与えてやれる。少なくとも、今お前がいるところよりは居心地がいいと思うが?」
「在るべき場所……か……」
僕が騎士団にいるべきでないことはとっくに分かっている。誰もそれを望んでいないのだから。僕自身でさえも。
伸ばされたリツの手を眺めて考える。
彼らがその代わりになってくれるというのか?
僕の生きる目的を探すことに役立つというのか?
……そもそも、僕には『誰か』が必要なのか?
手助けしてくれる『誰か』、共に戦う『誰か』、話し相手になってくれる『誰か』、愛してくれる『誰か』……そんな『誰か』が必要だというのか?
いいや違う。そんなものは必要ない。必要としない。独りで戦い抜くと決めたのではなかったのか。
ならば答えは決まっている。
「君は何か勘違いしているようだ」
「なに?」
「そもそも君の話の全てが真実だとは限らない。そんな相手を信頼して仲間になるだなんて土台無理な話だとは思わないかい?」
「そうかもしれないな。だがそれも直に全て真実だとわかるさ。お前たちが俺達を受け入れればな」
「だから、その認識が間違ってるんだ。僕は別に仲間も友達も居場所もなくていい。僕という存在はただの独りで構わないんだ。君たちが僕を必要としたとしても、僕は君たちを必要としていない」
その台詞を吐いた時、僕が無意識に見たのはリツではなくミハクの顔だった。
黙って木の陰に身を潜め、こちらの様子を見ているミハク。今までは彼女のことなど気にならなかったのに、何故か今だけは彼女の表情が気になった。
ミハクは僕のことを見ていた。振り向いた僕と目が合って気まずく思ったのかすぐに顔を伏せてしまったけれど。
それを見た僕はどうしてか少し安心して再びリツの方に顔を向けた。
「つまり、俺の呼びかけに対しての答えは『ノー』ということか」
「ああ」
僕に向けて伸ばしていた手を下ろし、リツは肩を落としてため息をつく。
だがすぐに顔に浮かんだ落胆の表情は消え去った。
「ま、いいさ。分かっていた結果だ。はなからお前がそんな簡単に俺達の下へ来るとは思ってねぇよ」
「それはつまり、君が僕に渡した情報も嘘だってことかな?」
「いや、俺が話した内容は真実なんだが……まぁ信じられないだろうな」
「もちろん。君にとって僕に自分たちの情報を流す利点が見つけられないからね」
彼が初めから僕を仲間にできると考えていないのならば、その僕に正しい情報を話すとは到底考えられない。それは実質、敵に塩を送ることと何も変わらないのだ。まともな神経をしていればそんなことをするはずがない。
「利点か……。そうだな、確かに普通ならこんな重要なことを敵に話したりはしないだろうな。仲間に引き入れるにしても元は敵の相手だ。俺だって話す方が不思議だと思うぜ」
「君だって分かってるじゃないか。自分の発言には流石に無理があるってこと」
「ああ。だが、それは何の事情も無い場合の話だ。生憎と俺はそうじゃないからな」
「それは君を縛る『騎士道』ってやつのことかな?」
「それもあるが…………とにかく俺は初めから言ってる通りお前とは戦いなくなかった。もっと言えばお前と仲間になりたかった。それは俺達に課せられた使命とは関係なく、俺個人の感情としてだ。そうありたいと願った故に嘘はつきたくなかったんだ。結局、その願いは果たせなさそうだがな」
「……君、それが本当なら頭イカれてるんじゃないのか」
僕と戦いたくないどころか仲間になりたかった……しかもそれが本心からだって……?
彼と僕とは初対面だ。お互い別に知り合いでも友人でもない。そんな彼がそこまで僕に興味を示すなんて考えられない。だからその言葉が真実だとはとても思えなかった。
「君と話していると疲れるな」
結局のところ、彼が言っていることは『俺の話を信じろ』の一点張りに過ぎない。それも明確な根拠もない彼の話をだ。残念ながらそんな彼と話し続けたところでこれ以上有益な情報が出てくるとは思えないし、こちらに利はないといえるだろう。
交渉もすでに決裂している。彼からしてみても僕はもう話すに値しない人間のはずだ。
であるならば、もうリツとの戦闘は避けられないものになりつつあるのかもしれない。
「もういいだろう。君だって僕と話すことはもうないはずだ」
「いや、俺にはまだお前に話したいことが……」
「悪いけど、これ以上君の与太話に付き合う気はない」
「……そうか」
僕は剣の柄に触れたまま止めていた右手を再び動かした。
「もうお話は終わりだ」
「ああ、残念ながらそうみたいだな」
剣を抜くと同時に僕はその刃で左手人差し指に傷をつけた。
彼は自身の能力について語らなかった。そのため、僕にできるのは彼が騎士であるということから能力を予想ことだけだ。彼が言葉通りに騎士道を重んじる者ならば、恐らく背後からの奇襲やじわじわと痛めつける陰湿なタイプの能力ではないはず。そして彼自身は今も僕の目の前にいる。であれば離れた位置からでは攻撃できないのだろう。
……まぁ、結局のところ僕がしなくてはならないのは彼が自身に有利な状況を作り出すよりも先に能力を看破し攻略することだ。であれば、考える時間をむざむざ与えるわけにはいかない。速攻で攻める。
「ロサ、力を貸せ」
刀身に僕の血で十字架を描く。
それに反応して剣は巨大な棘へと姿を変貌させた。
「……なるほどな。あいつが言ってたのはそういうことか」
その様子をみたリツが呟く。あいつというのはアンドレアのことだろう。彼女から剣が棘に姿を変えるということは既に聞いていたか。
僕は強く踏み込んで一気に距離を詰める。だが、リツもそれに反応して素早く剣を抜いた。だが、彼はその剣を構えようとはしない。
その胴を狙って僕は棘の先端を突き立てる。
「少し遅いな」
突如空気中に大量の水の泡が現れた。
それらは僕に纏わりついて動きを止めてくる。
「んッ……」
僕に纏わりつく泡の数は次々と増えていき、それらは合体して僕の身体を包み込めるほど大きな一つの泡と化した。泡の中は水で満たされており呼吸ができない。急いで脱出しなくては。
「安心しろよ。言ったはずだ。お前を殺しはしないって」
泡ごと僕の身体は吹き飛ばされて木の幹に激突する。その衝撃で泡は破裂し、閉じ込められていた僕の身体は自由になった。
「ミル様!」
近くの木の陰からミハクが姿を見せて僕に駆け寄った。
「ミル様、大丈夫ですか……?」
「ああ、問題ないよ」
僕に大きな怪我はない。この季節にびしょ濡れになってしまったせいでかなり寒いが、それも水本来の性質であってこの水に別段特殊な要素は見当たらなかった。
というかこれは……
「『魔法』だ……。何の変哲もない」
この水は魔法によって生み出されたものに違いない。過去にラウンが使っていたのと同じような種類の魔法だ。
だが、アンドレアは魔法を使ってこなかった。彼女は使ってこなかっただけで魔人も通常の魔法を使えるということか?
「お前の言う通りそいつはただの『魔法』だ。もっとも、普通なら魔人は生前と同じように魔法は使えない。俺が使えるのは俺の能力が起因している」
「そうかい」
彼の話は話半分に聞いておかなくては。全てを信用しようとは思わない。
「君は下がっていろ」
「……分かりましたわ」
僕はミハクに再び隠れているよう促す。
「君の能力が分かってくればいくらでも対策は取りようがある」
「へー、なら試してやるよ」
彼が再び大量の泡を発生させる。
それに怯むことなく僕は彼に向かって駆け出した。
水の泡は先ほどと同様に僕を捕らえようとする。……が、それらが僕の身体に触れることは出来なかった。近づこうとしても何かに遮られて、ふわふわと空中を漂うだけだ。
……もちろん、遮っているのは僕が身体の周りに発生させている風の壁であるが。
僕は再び風の魔法を行使する。今度は防御ではなく攻撃のために。
背中を押す追い風の形で強烈な風を生み出すと、それに乗ってあっという間に僕の身体はリツの目前まで迫った。
「これはかわせないだろう?」
棘を彼の胴に叩きつける。鎧に阻まれてはいるが、それでも衝撃は内部まで伝わっているはず。無傷では済まない。
攻撃を受けて怯むリツに僕は追撃を加えようと左の拳を振り上げた。今度は無防備に晒された顔面を攻撃するつもりだった。
「風の魔法か……その魔法を使う奴ならいたぜ。俺の友にもな」
拳が届くよりも先に僕の身体が突然宙に浮き上がった。いや吹き飛ばされたのか……?
しかもこの感覚は……
「風の魔法……何故君が使える?」
突然発生した風……。これも間違いなく魔法によるものだ。
打ち上げられた僕の身体は空中でバランスを崩しかけていた。その隙をついてリツが剣を振り上げる。
それを受け止めるようにこちらも棘を使って防御するが、こちらは空中にいるために踏ん張りが効かない。身体を斬られることは防げたが、衝撃で吹き飛ばされ雪の上に叩きつけられる。
「複数の種類の魔法が使えるのか」
立ち上がりながら僕は呟く。
本来魔法は一人につき一種類のはず。だが魔人である彼ならば複数の魔法を使うことができてもおかしくはない。
それにしても、先ほど彼が口走っていた「俺の友にも風の魔法を使う奴がいた」というのはどういう意味だ。無意味な戯言なのかあるいは……
「なぁミル、お前は仲間なんていらないって言ってたけどよ」
突然彼が先ほどの僕の発言を蒸し返し、話しかけてきた。
「俺はそうは思わないぜ。仲間……友人ってのはいいもんだ。あいつらがいたから俺は戦えた。何度も助けられて、何度も助けた。魔物の大群を倒した日には祝杯を挙げながらたくさん笑い合った。死んだ今でもその顔を忘れることはねぇ」
「……何を言っている」
彼がいきなり突拍子もないことを話し始めたので困惑してしまう。
「今ある俺の力もあいつらの力を借りているんだからな。死んだ今でも頼りっぱなしだ」
そして僕が聞くまでもなく彼は自ら述べたのだ。
「お前は与太話に付き合う気はないと言っていたが、俺の話は与太なんかじゃないぜ。これまでもこれからもな。俺のこの魔法は生前、俺が共に騎士として戦った仲間たちの魔法だ。その力を今の俺は借り受けて使っている。『我が盟友はこの剣と共に』、それが俺の能力名だ」
誇らしげに……リツは己の力の名を語った。




