17話(75話) 『蘇りし者』
「よう、来たなミル。名前も覚えてくれていたみたいだな。まあ一日も経ってないし忘れるわけもないと思うが」
僕に名を呼ばれたリツは立ち上がり笑みを浮かべた。
「僕を呼んだのは君か」
「ああ、もちろんだ」
彼が僕を呼んだ……。
理由として最も可能性が高いのは今度こそ僕を殺しに来たということだろう。
僕は腰に構えた剣の柄に手を伸ばそうとする。
「待てよ。そう焦るなって」
だが、僕のその行為をリツが止めた。とはいえ言われた通りに手を止めるわけにはいかない。僕は柄に手を置き、いつでも抜ける体勢を取る。
僕のその様子を見てリツはため息をついた。
「はぁ……ま、お前がそうしていたいなら好きにしてくれ。俺はまずお前と話がしたいんだ」
「話?」
「そうだ。……本当なら二人だけで話したかったんだがな」
本当なら……?
ここには僕たち二人しかいないはずなのだが。
僕が疑問に思っていると、僕の背後から荒い呼吸が聞こえてきた。
「み、ミル様……」
「ミハク……?」
そこには木の陰からこちらを覗くようにミハクが立っていた。
ミハクは肩で息をしておりひどく疲れているといった様子だ。ここまで走ってきたのだろう。それなら無理もない。着物はとても走るのに適したものではないからだ。
だがどうして彼女がここに……? まさか僕を追ってきたのか?
「ミハク、どうして来たんだ。僕のことなんて放っておけば良かったのに……」
「どうしてと言われましても……突然走ってどこかに行かれてしまっては心配で追いかけてしまいます」
「心配……」
僕は彼女の願いを裏切った。それなのにミハクは心配してその僕を追ってきただって……?
僕にはその神経が理解できなかった。
けれど、来てくれたといって彼女をこのままにしておく訳にはいかない。
ここには魔人がいる。彼は僕と話すつもりだと言っていたが、それだけで済むとは限らない。このままここに留まればミハクにも危険が及ぶ可能性がある。それに今から話す内容には彼女に聞かれない方がいい情報もあるかもしれない。
「悪いけど、ここは君がいるべき場所じゃない。早く戻るんだ」
「いいや、それはやめておいた方がいいと思うぜ」
僕の提案を否定したのはミハクではなくリツだった。
「何故君が口を出す?」
「その女を帰すのは止めた方がいいと思っただけだ。そんな状態でここから帰せば魔物達のいい餌になっちまう。全ての魔物が俺達の支配下にある訳じゃないからな」
「君は二人で話したいんじゃなかったのかい?」
「それはそうだが、その女に危険が迫るとお前がとても会話できる状況じゃなくなりそうだからな」
「……別に彼女がどうなろうと僕には関係ない」
「どうだかな。ま、そいつを帰さない方がいいとだけは忠告しておいてやる」
彼の忠告を聞くのは癪だ。だが、その忠告は正しいのかもしれない。
少なくとも彼が明確な敵意を見せない限りはミハクに危害が及ぶことはない。ここにいれば魔物が現れても僕が戦うことができる。
そして……彼を信用しているわけではないが、『騎士』であるからと手負いの僕を見逃すような男ならば、いつ襲ってくるか分からない魔物よりはマシかもしれない。
「……そうだね。ミハク、やっぱり君はここにいて欲しい」
「ええ、わかりましたわ」
それらの理由から、僕は彼女はここに留まるべきだという結論を出した。話をしたがってる彼自身がここに留まるよう言ったのだから、会話の内容自体は彼女に聞かれても問題ないのだろう。
「よし、じゃあその女をどうするかってことも決まったし本命の話を始めるか」
「そうだね。まぁ、僕は何の話か知らないけれど」
「『魔人』についてだよ。お前も知りたいんだろ?」
「魔人……」
『魔人』……。僕と同じように神から与えられた力を持つ者。だが、僕は彼らについて詳しくは知らない。前に出会ったアンドレアは詳しく話してくれなかったから。
明確に分かっているのは二つ。一つは僕と同じく魔法とは異なる特殊な力を使えること。もう一つは何かの概念に縛られていること。アンドレアは『飢餓』、リツは『騎士道』といったように。
彼の口から魔人に関する話が聞けるのはありがたい。けれど彼らにとってその行為に何の意味があるというのだ。敵に塩を送るだけではないのか?
「魔人について知れるのは僕にとっては良いことだ。だが、その話をして君達に何のメリットがある?」
「メリットか……。メリットがあるかどうかは俺達の話を聞いた後のお前次第だな」
「そう……。なら、まずは話からだ」
僕がどのような判断を下すか決めるにせよ、まずは話を聞くことからだ。
「それじゃあまずは……俺達『魔人』がどうやって誕生したのかから話すか」
リツは静かに『魔人』について語り始めた。
僕は黙り、その話に耳を傾ける。場の空気を察してかミハクも声を上げることはなかった。
「魔人もお前……『神の使い』と同じように神によって生み出された存在だ。同じように……な」
「それはつまり……?」
僕が話に食いついたことを喜ぶような笑みを浮かべながら、彼はその答えを述べる。
「死人なんだよ。俺達魔人は。お前もそうだろ? ……神の使い」
「……なるほどね」
彼らは僕と同じように死して蘇った者。だがアンドレアは自分たちは元々この世界の住人だと言っていた。それはつまり……
「君達はこの世界で死に、神によって同じ世界に蘇った者達……ってことか」
「そういうことだ。お前の神は異なる世界からお前を蘇らせたが、俺達の神はこの世界で死んだ者達を蘇らせた」
そしてこの情報から更に彼は詳しく魔人について話し始める。
「『魔人』は蘇った時に神から新たな能力を与えられる。けれどその能力や蘇ってからの性質っていうのはその生前に大きく縛られるんだ。そこが生前と能力に因果関係がないお前とは大きく違うところだな」
「それがアンドレアの『飢餓』や君の『騎士道』だと?」
「ああ。他人の過去について話すのも気が引けるが……アンドレア、あいつの死因は餓死だ。故に彼女は蘇ってなお満たされることのない飢餓に襲われている。その結果、生前の仲間たちはあのような骸骨の姿となって現世に縛られ、アンドレアと共にただ本能のままに喰らい続けている」
「君の場合は?」
「俺も見た目の通り、生前は町で騎士をやっていてな。そうして死んだ結果、蘇ってからも『騎士道』ってやつに縛られちまった。ま、それに関しては元々の性格もあるから仕方ないことだと割り切っているがな。俺が得た能力も騎士だった過去に大きく影響している」
彼の能力はまだ見ていない。だが、その言葉が真実だとすれば多少は予想がつくかもしれない。例えば、身を護るための巨大な盾を生み出すだとかもしくはアンドレアのように仲間だった騎士の亡霊を呼び出すなどのような……。
「そしてもう一つ、俺達には大きな特徴がある」
「特徴?」
「それは蘇るために必要になるものだ。それが無くては『魔人』として蘇ることは出来ない」
彼は真剣な顔つきに変わり、冷静な声色で答えた。
「憎しみだよ」
「憎しみ……」
「そもそも俺たちが蘇るのは、生前に成しえなかったことを成し遂げるためだ。そして、その根底にあるのは何かを恨み、壊してしまいたい、殺してしまいたいという憎しみの感情。それが『魔人』になるために最も重要な要因だ。お前と話している今も俺の心の内では憎しみの炎が燃え続けている。俺には明確な憎しみの対象が存在するからな」
「……そうなんだね」
彼が何を憎んでいるのかは知らない。
だが、騎士道を唱える彼にすら憎まれるモノとはいったい何なんだ……。
「……なぁミル、お前はどうだ? 何のために神の使いとして蘇った?」
「僕は……」
僕がこの世界に蘇った理由。それは僕もまだ見つけていないことだ。
それでも、今言えるのは……
「僕は君たちのように何かに憎しみをもってこの世界に来たわけではない。そもそも僕は転生の時に生前の記憶の一部を欠如していたから。けれど……生前にできなかったことをする。それは僕にもある願いなのかもしれない」
この世界に来てから僕は誰かを護ることを信条としていた。それは生前に護れなかった人がいたから。
けれど今その感情は消え去って、自分の好きなように……自分自身のために生きようとしている。それは生きていた間にできなかったこと。誰かのためではなく、僕自身のために僕が生きる理由を今も探している。
「そうか。お前の願いもどうやら俺達と似たものなのかもしれないな。憎しみがあろうとなかろうと、己の欲望のために生きようとしている。それを聞いて安心した」
「安心だって……? 何故だ」
「ここから先が本当にお前と話したかったことだからな」
彼はようやく話したかったことが話せるといった様子で再び表情を崩した。
「俺達はこれまでお前を殺そうとしていた。それはお前も感じていただろう?」
「もちろん。嫌でも感じていたよ」
イーブル、ロサ、そしてその他にも襲ってきた多くの魔物が僕を殺そうとしていた。それは紛れもない事実だった。
「だがこちらの事情も色々と変わってな。お前を殺すことは止めになった」
「待て。その言葉はアンドレアの行動と矛盾する。彼女は間違いなく僕を殺そうとしていた。それに君だって今は見逃しても後々戦う意思があるような素振りがあったと思うけど」
彼女の言葉、実際に行った行動、どれをとってもとても僕を殺す意思がないようには思えなかった。
そしてリツも僕に戦う意思があるのならその場で戦っても構わないといった様子だった。
「それについては素直に謝罪する。アンドレアは俺達の本来の目的を忘れ、飢餓を満たすという本能のままに暴走してしまっていた。あの時はひとまずお前を逃がしたかったのとアンドレアと話を合わせるためにああいうことを言ってしまった」
「素直に信用しろとでも? そもそもここまでの君の話だって真実だという確固たる証拠はないんじゃないかな?」
僕のその言葉を聞いて、リツは困ったように頭を掻く。
「そうだな。真実を証明することは出来ない。……だが、最終的に俺が言いたいことは一つだ。せめてそれだけは聞いてほしい」
「……なんだ」
リツは僕に向けてその右腕を伸ばす。
そして、彼は僕に対し驚くべき提案をした。
「俺達と手を組まないか? 秋風見留」




