15話(73話) 『騎士道』
「君も『魔人』なのか……?」
彼の言葉を遮って、臆することなく僕は突然現れた男性に声をかける。
僕の攻撃からアンドレアを護った時点で少なくとも味方ではないのは確実。となれば敵なのだろうが、『魔人』であるのなら会話の流れ次第でアンドレアから聞けなかった話を聞けるかもしれない。そう思い僕は話しかけた。
「あぁそうだぜ。ミル・アキカゼ。それとも『秋風見留』って呼んだ方がいいか?」
大剣を腰の鞘に納めながら彼は答える。……当然のことのように僕の名を呼びながら。
「君も知っているのか。僕の名前を」
「もちろんだ。俺達からしてもお前は重要な存在だからな」
「そう……」
自分から『魔人』であることを認めた上に、俺達という口ぶり……彼がアンドレアのな窯であることは間違いなかった。
僕はため息をついてから、動き回ったことで乱れた呼吸を整え始める。場合によってはここでもう一戦交えなくてはならなくなってしまった。能力もわかっていない未知の魔人と……。
弱気になるわけではないが流石に疲労もたまっている。肩の傷も癒えきっていない。この状態で新たな戦闘を開始するのは流石に不利だった。だが最悪の場合には……やらなくてはならない。
「さてと……話を戻すがアンドレア、どうして勝手に行ったんだ?」
「お腹が空いたから……」
「……そうだな。お前がいつも腹ペコなのは知ってるよ。でもだからと言って勝手に騎士達を襲って喰らうのは感心しねぇな。言ってくれれば野生の動物でも獲ってきてやるのに」
「人の肉が一番美味しいと思ったから……」
仲の良い友人同士のように……内容は物騒であるが……会話を続ける二人。
今度はその会話を遮ることはせず、彼らの様子をうかがう。隙があれば先手を取って攻撃するかこの場から逃げるかの手を打てるだろうと考えていたが、鎧を着た魔人はアンドレアに視線を向けながらも常に視界の端に僕を捉えており、自由に動ける状況ではなかった。そして僕はアンドレアの操るいつ現れるかもわからない骸骨にも意識を向けておかなくてはならないのだ。
「まぁいいさ。今回はお前が腹ペコだって知ってたのに目を離した俺の監督不行き届きってことにしてやる」
「そう言ってもらえるとありがたいかな」
「それはそれとして、お前は連れて帰るがな。俺がここに来たのはお前を連れ戻すためだからな」
鎧の魔人が地に伏したアンドレアの身体を肩に担ぎ上げた。
「さあ、戻るぞ」
そしてそのまま僕に背を向けて森の奥の方へと歩き始めてしまった。僕のことを無視して。
「待て」
思わず声に出してしまった僕の言葉に彼は足を止め、首を回してこちらに目線を向けた。
彼は不可解なものをみる目をしており、「なぜ呼び止めた」とでも言いたげな様子だった。
「僕のことは無視して帰るのか? 重要な存在が手負いでいるのにみすみす逃がすのかい?」
「あいにく、手負いの人間を襲うのは俺の騎士道に反するからな」
「は……騎士道?」
騎士道……この魔人は何を言っているんだ。
確かに鎧を着た彼の姿は騎士のようにも見える。
だが、まさかそんなもののために僕を見逃すというのか。
「そんな理由で僕を見逃したら後悔することになると思うけど」
「私もそう思う。ここで神の使いは殺しておくべき」
驚くべきことに僕の言葉に賛同してきたのは、敵であるはずのアンドレアだった。
「後悔なんてしねぇよ。アンドレア、お前が飢餓に縛られてるように俺も縛られてるみたいだからな。『騎士道』ってやつに」
「そっか……そうね」
「何故そんな役に立たないものに君たちは縛られているんだ……」
彼らに思わず僕は疑問を漏らす。
それが魔人の力を得たからなのか分からないが、そんなものに縛られるようになってしまうのは僕にはない大きな代償だと言える。
「何故ってそりゃあ…………いや、この話はまた今度でいいか。それで、結局お前はここで俺と戦いたいのか? 俺は別にいいが」
彼はこちらを威嚇するように剣の柄に右手を置く。
……分かっている。ここで彼と戦う道を選ぶことが間違った選択であることくらい。
僕は手負いで相手は無傷。魔人としての能力も分からない。その上、負傷しているとはいえアンドレアもいると考えれば二体一。圧倒的に不利だ。
「……いや、君に戦う意思がないのなら僕も戦うつもりはないよ」
とても臆病な選択だが、ここで選ぶならこれが最善なのだろう。
「ああ、賢明な判断だと思うぜ。それじゃあな」
僕から視線を外し、森の奥へと彼らは進み始めた。
「おっと、そうだ」
だが男は何かを思い出したように立ち止まると、再び僕の顔を見た。
「どうせすぐにまた会うだろうからな。俺の名前は『リツ』だ。覚えておいてくれよ」
……『リツ』。その名を僕に伝えると彼らは突如吹き荒んだ吹雪の中、森の奥へと消えていった。
「クソッ」
彼らの姿が見えなくなってから僕は悔しさに歯を軋ませる。
彼はすぐにまた会うことになると言っていた。肉体を万全の状態にして次こそは必ず殺す……たとえ二体一であっても。
棘を元の剣の姿に戻して鞘に納めると、僕は踵を返して他の騎士たちと分かれた地点へ歩き出す。
途中、アンドレアが喰い散らかした二人の騎士の死体が目の入ったが、それを持ち帰ったところで誰かが得するわけでもない。供養するにしても、見るに堪えないものをわざわざ持ち帰る気にはならなかった。なので、死体はそこに放置したまま僕は一人で戻った。
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戻ってきた僕を出迎えたのはシィとスノウだった。
祠の前に彼女ら以外の騎士の姿は見当たらず、ミハクもまたここにはいないようだった。
「私たち以外の騎士なら、魔物を倒した後でミハクさんと一緒に帰ったわ」
「そう……」
「みんなはアンタなんか待たずに帰ればいいって言ってたけど……ま、私たちは一応残ってあげたわ。ミハクさんも残ろうとしていたけど、危ないから帰ってもらったわ」
シィが何があったか説明する。
だが、彼女たちが待っていたことなどどうでもいい。
「待っていてくれて嬉しいな…………とでも言えば満足かい?」
「アンタねぇ……」
「……シィ、ダメ」
僕の言葉が癇に障ったようで声を荒らげるシィをスノウが制止した。
「……ミル、連れていかれた騎士の身体、それにその肩の傷は……?」
意図的に話題を変えたかったのか、スノウがは僕の傷と先ほど放置してきた騎士の死体のことを問いかけてきた。
「僕の傷のことは後で話す。騎士の身体なら置いてきたよ。どうせ死んでるし、見栄えもいいものじゃなかったからね」
「……わかった」
ひとまずスノウが納得したのを見てから、僕は村のほうへ向かって歩き出す。ここで彼女らと話していても意味はないと考えたからだ。
「待って。あの骸骨たちは何だったの!?」
だが、この場から去ろうとする僕をシィが呼び止める。
彼女たちに『魔人』のことを話すのは止めた方がいいか……?
いや、伝えようと伝えまいと結局魔人たちと戦わなくてはならないのは僕なんだ。神の力を持つ者として。
それなら情報を与えた上で、僕と彼らの戦いに手を出さないよう釘を刺しておいた方が好都合か。
「『魔人』だよ」
「『魔人』……?」
「ああ。僕と同じように神の力を持つ者たちが存在する。……まぁ僕のとは異なる神のようだけど」
「たちって、そんな奴が複数いるっていうの?」
「うん。僕は二人と出会った。一人は白髪の女で君たちも見た骸骨たちを操っていた奴だ。この傷もそいつにやられた。もう一人は赤い短髪の男で鎧を着ていた奴だけど、彼の力に関してはまだわかっていない」
「……彼らは敵?」
スノウが僕とシィの会話に入り、問いかける。
「少なくとも僕にとっては敵だ。そして恐らく君たちにとってもね」
「……」
僕の話に彼女たちは言葉を失った様子だ。
ここいらで釘を刺しておこう。
「信じる信じないは任せるけど、もし出会っても戦うのは避けておいた方がいい。君たちの手には負えないはずだ」
そう告げると、彼女たちを背に僕は村に向かって再び歩を進めた。




