14話(72話) 『貫く棘』
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次は19時頃に投稿します。
「目の前に映るものが全て邪魔ならば、その全てを壊せばいい」
僕は柄を強く握りなおす。これから行うことを考えると、しっかりと握っていなくては衝撃で手から離れてしまうかもしれないと考えたからだ。
「さて……と」
僕は辺りを見渡してから最も近くの木に狙いを定め、その幹に棘を打ち付けた。木は思ったよりも簡単にへし折られ、根元を残して地面に倒れた。パキパキと音を立てながら枝が折れ、柔らかい雪が倒れた木のせいで舞い上がる。
もちろんその木の陰に骸骨など隠れていなかった。
「無駄よ。そんな適当に攻撃しても当たらない」
森の中にアンドレアの声が響く。今も森のどこかからこちらの様子をうかがっているのだろう。
僕は再び別の木に狙いを定めて攻撃する。その木を倒したら次はまた別の木を……というように自分の周りの木々を片っ端からへし折っていった。
「酷い当てずっぽうね」
飽きれたようなアンドレアの声が聞こえると同時に、僕から離れた木々の隙間から骸骨たちが姿を現した。もちろんただ姿を現したわけではない。僕を襲うためだろう。別々の方向から現れた三体が口を開け、鋭い牙を見せつけながら僕に向かってくる。
だが、彼女が『適当』だと言った先ほどの行為の意味がここで表れる。
一度目の攻撃の際には近距離からの襲撃であったために逃げざる負えなかったが、今、僕の周りに木々は倒しつくされていた。つまり、骸骨たちが身を潜めていられる場所がないのだ。故に今度は僕から離れた位置より現れたのだろう。
距離にしてはわずか数メートルの違いでしかないが、たとえそれだけの距離であっても数秒の時間を稼ぐことができる。それが逆転の芽になるのだ。
骸骨が迫るわずかな時間のうちにその姿をはっきりと目に捉える。三体全ての位置を把握し、その内の最も攻撃に適した位置の一体に狙いを定めた。そして伸ばした棘を振るって骸骨の身体を吹き飛ばす。吹き飛ばされた骸骨の身体は遠く離れた木に激突し、全身の骨はバラバラになってしまった。
残り二体に向かっても棘を振るうが、そちらはかわされてしまった。骸骨はその場から退散して再び木の陰に隠れようと動くが、すぐそばの木々は倒されてしまっており遠くまで逃げざるを得ない。それも先ほどの行為の理由だ。
僕は右手で掴んでいた柄を左手に持ち替えると、去っていく骸骨を追って駆け出す。
奴らの動きは確かに速いが、追いつけないほどではない。手の届く距離まで迫ると僕は飛び上がり、その頭部を殴りつけた。浮き上がっていた骸骨の身体は地面に叩きつけられる。骸骨の頭蓋骨には大きなヒビが走っていた。
間髪入れず、僕は神の力を込めた右足で骸骨の頭を踏みつけた。頭を粉々に砕かれた骸骨は一体目と同様に黒い煙と化した。
そしてその煙は宙を舞い上がり、何かに向かうように進んでいく。
そう、一度見たように骸骨から発せられた煙はその主である魔人へと吸収される。ならばこの煙の行く先に魔人がいるに違いない。
僕は先ほど倒した木を抱え上げると、魔法で強烈な風を呼び起こした。その風に向けて木を投げ、風に乗った木を煙の進んでいった方向へ一直線に飛ばす。
「なんて力任せな攻撃なの」
嫌悪感を示す声を漏らしながら、アンドレアは木の陰から出てきた。もともと彼女が隠れていた木には僕が投げた木が激突し、木くずを散らしながら崩れてしまった。
「ようやく出てきてくれたね」
僕は彼女の姿を確認すると同時に柔らかい雪を蹴って走り始めた。
今度は逃がさない。
消えた骸骨が再び現れないところを見るに、骸骨は簡単には復活できないのだろう。ならば彼女の身を護る骸骨は残り一体。今が魔人を仕留める絶好の機会に違いない。
棘は伸ばさずに長さを剣の刀身程度に維持し、とうとう追い詰めた彼女の身に突き立てる。
「させない」
彼女に呼び戻され、最後の骸骨が立ち塞がった。
骸骨は棘を両手で掴み取って受け止めようとしているようだが……。
「防がせるわけないよね?」
僕は掴まれるよりも先に棘を伸ばし、骸骨の身体を貫いた。
それだけではない。棘をとどめることなく伸ばし続け、骸骨の後ろにいる無防備のアンドレアの胴をも貫いたのだ。
二つの身体を貫いた棘を大きく振るって木に叩きつける。叩きつけた個所はもちろん棘に貫かれて動けないアンドレアの身体だ。
弾みで棘から抜け彼女らは解放されたが、骸骨は煙となって消滅し、アンドレアもまた腹部を抱えて雪の上に倒れ伏した。腹からは人間とは違う緑色の血が溢れ、苦悶の表情を浮かべている。
「『魔人』なんて大層な名前だったけど、期待外れだったね」
僕は元の長さに戻した棘を振り上げた。
狙いは彼女の心臓。完全に人間と同じ構造の身体をしているのかは分からないが、少なくともそこを貫かれてタダで済むはずがないだろう。
そして僕は無情にもその棘を振り下ろした。
「ったく……しょうがねぇな」
だが、棘は彼女の身に突き刺さることはなかった。代わりに辺りには金属音が響く。
そして、僕の身体は宙に浮いていた。
何が起きた……?
状況が呑み込めない僕の映ったのは、アンドレアではなかった。
そこに立っていたのは鎧を着こんだ見知らぬ男性。
彼は大剣を構えていた。僕の攻撃はこれによって防がれ、弾き飛ばされたということか。
吹き飛ばされた僕は体勢を立て直して着地する。そしてその時、僕のすぐそばに一体、先ほど倒したはずの骸骨がいることに気が付いた。
「こいつ、倒したはずじゃ……」
僕がその姿に気づいた瞬間に骸骨は消え去ってしまった。
今のは何だったんだ……。彼女はまだ骸骨を呼び出せるかもしれないということか? それとも実は倒しきれていなかった? いずれにせよ警戒しておかなくてはならない。
だが今はそれよりも……。僕は目の前の相手を見据えた。
男性は赤色の短髪をしており、整った顔立ちをしていた。年齢は僕よりも少し上ぐらいに見える。
「アンドレア、勝手に一人で行くなって言っただろ?」
アンドレアに親し気に話しかける青年。
人間のような姿をしているが、彼もまた『魔人』なのだろうか……?




