13話(71話) 『飢えた者達』
「さあ、彼を喰い殺すわ。我が同胞『飢餓なる亡霊』達」
その言葉を合図に、僕の周りの骸骨たちは一斉に襲い掛かってきた。口を大きく広げ、「お前を喰ってやる」とでも言っていそうな凄い剣幕だ。
だが、僕もそう易々と喰われる訳にはいかない。鞘からロサの剣を抜き、最も近づいてきていた骸骨に斬りかかる。
手応えがあまりない。
確かに命中したのだが、骸骨の身体を構成している骨は堅く、とても剣で切れるようなものではなかった。多少は骸骨の身体を弾いたものの、決定的なダメージを与えることができない。
その間にも骸骨は僕に迫っている。このままでは囲まれて全身丸かじりだ。
そうはなりたくないので、剣を振るって彼らを制しながら離れて距離を取る。攻撃ではなく防御のために剣を使ったのだ。
ある程度離れたところで骸骨たちとアンドレアの様子を確認する。彼女は先ほどの位置から動いていない。どうやら彼女自身は戦闘を行うタイプではないようだ。二体の骸骨もその身を守るように彼女の周りに移動していた。
しかし、残りの二体が見つからない。いったいどこへ消えた……。
その時、背筋に冷たいものが走るのを感じ、僕は本能的に後ろを振り向いた。
「コイツ、いつの間に……」
僕の背後には既に一体の骸骨が迫ってきていた。一体いつ移動したのかは分からないが、今はそれを考えている暇はない。
僕は全身を回転させながら大振りの剣筋で骸骨の口に剣を叩き込む。こうすれば骸骨の鋭い牙による攻撃を防げるだろうと考えたからだ。
だが、骸骨は僕の剣を歯で噛んで抑える。その力は強く、剣は完全に固定されて動かすことができなくなってしまった。
そして骸骨は僕の無防備の脇腹にその拳を打ち込んできた。攻撃方法は喰らうことだけではなかったのか。その腕力は強く、恐らく体内にまでダメージが響いている。
予想外の反撃に僕が怯んでいると、今まで見当たらなかった最後の一体が姿を現した。僕の背後に回ったそいつから視線を外してしまわないように僕は首を捻って目で追う。
そしてその一体は大きな口を広げると……
服の上から僕の左肩に齧り付いた。
激痛が脳まで響く。これまで味わってきたものとは異なる痛み。体を構成する肉の中に鋭い歯が入ってきているのを感じる。
肩をかまれたままでは動けない。僕は取り返すことを一度諦めて剣から手を放し、その手で僕の肩を齧っている骸骨の頭を殴りつけた。
「『この右手に思いを込めて』」
頭部に強烈な一撃を受けて骸骨は怯み、僕の肩を噛む力も若干弱まった。その隙に僕は左肩を大きく動かして奴の歯から逃れる。
しかし、骸骨が僕の肩を噛むのを止めていたわけではない。噛まれていた部分はそのまま齧り取られてしまった。だがそれは後だ。今は目の前のことを考える。
僕は強烈な風を発生させて、周りの二体を僕から引き離す。
「初めてだよ。喰われる感覚を味わったのは」
そう呟きながら、齧り取られた部分をに右手の指でなぞる。服の肩の部分も一緒に齧り取られたため、僕の肌は露出していた。もっとも、齧られた所に肌と言えるものは残っていなかったが。当然指には赤い血が付着していた。
肩からはとめどなく血が溢れているのを感じる。瞬時に直せる傷の深さではない。斬られた傷や打撲であれば傷を塞いだり負傷箇所を修復すればよい。だがこの形の傷だと失われた部分を再生させなくてはならないため、時間がかかってしまう。力を回復に使っている間は防御面に大きな不安が残る。棒立ちも同然だ。
治すのはこいつらを倒した後だな。
治す余裕がないのならばその余裕を生むために目の前の敵を殲滅することを考える。傷は深いとは言え命に関わる重傷ではない。僕が痛みに耐えられるのならば多少は放置しても構わない。
まずは剣を取り戻す。あの剣を使えばこの状況を打破できるかもしれない。
僕は剣を咥えている方の骸骨に向かって駆け出す。魔人の周りを浮遊する二体は依然として動きはない。僕を襲った二体のうち、肩を攻撃してきた方はもう一体を庇おうとしてか僕の前に立ち塞がった。
「見えていれば、お前なんて脅威じゃない」
目の前の骸骨を交わしながら、魔法と神の力の行使を同時に行う。
「『この風に思いを乗せて』」
拳を振るって放たれた魔力は風になって剣を奪った骸骨へ一直線に向かう。だが、その攻撃は骸骨を攻撃するためのものではない。骸骨に触れた風はその体を包み込むと僕に向かって引き寄せ始めた。
骸骨が僕の目の前まで引き寄せられた瞬間に僕は再び拳を振るう。
「運んでくれてご苦労様。『この右手に思いを込めて』」
その攻撃は剣を咥えている骸骨の顎を砕いた。引き抜けないのならば無理やりにでも破壊してしまえばいいだけのことだ。事実、剣は口から解放されて宙に放り出されている。僕は左手でその柄を掴み取り、剣を奪い返すことに成功した。
「言っておくけど、まだ終わりじゃないよ?」
僕は先ほど肩に触れた時に右手についた血を使って刀身に十字架を描く。
それは『彼女』を呼び覚ますための記号。地獄へ落ちた『少女』を目覚めさせる合図。
「出番だよ……ロサ」
その言葉と同時に巨大な棘へと姿を変えた剣を骸骨の胴へ叩き込む。棘は骨を破壊しながらその体を貫通するが、肉のない骨だけでできた相手だ。それだけしても手ごたえは薄い。
「ならこれはどうかな?」
胴を貫いた後もまだ伸び続けていた棘を大きくしならせて骸骨を振り回し、本体である魔人めがけて吹き飛ばした。
「同胞達、私を護って」
彼女の周りで浮遊していた二体がその身を護るように前に立ち、飛んできた骸骨を受け止めた。
吹き飛ばされてきた骸骨は全身の骨をバラバラに散らしながら雪の上へ文字通り崩れ落ちた。
「あなたは休んでいるといいわ……」
崩れた骨の山は黒い煙に変貌していく。そしてその煙は魔人の中へと吸収されていった。
やはり、この骸骨たちを最も手っ取り早く倒す方法はこの魔人を殺すことのようだ。
「残る骸骨は三体だけど、君のことを護り切れるかな?」
「あなたの手の内は見れた。だからもう護り続ける必要はないわね」
「ふーん。そうかい」
その言葉が本当であるか試すように僕はロサの棘を彼女目掛けて伸ばす。
「この場所においてはリーチの長さが利点でしかないとは限らない」
彼女と骸骨は木の陰に身を隠した。
「無駄だよ。隠れた場所は把握している」
それを追うように棘を動かす。もちろん狙いは魔人自身だ。
だが、魔人も追いつかれないように動いている。ならばそれをまた追いかければ…………いや、待て。
僕は慌てて棘を自分の近くまで引き寄せる。
「ようやく気付いたのね」
彼女は既に遠くまで移動している。だが、僕のすぐそばの木の陰から三体の骸骨が出現したのだ。
棘はまだ僕の元まで戻り切っておらず防御には使えない。やむを得ず僕は逃げるようにその場から退散する。
なるほど、確かにリーチが長ければ遠くの敵を攻撃することが可能だ。だが複数の敵が相手ならば一体を追っている間に他の敵に攻撃されてしまう。見通しの良い場所なら対処も可能だが、ここは木々が生い茂る森の中。敵は身を隠すことが容易にでき、僕は木々に阻まれて思うように長く伸びた棘を動かせないということもあり相性は最悪と言える場所だ。
「やっとどちらが劣勢が気づいた?」
伸ばした棘は元の長さになり手元まで戻せたが、現在も骸骨達は木々の隙間から僕の様子を伺っているのだろうな。四方はどこもかしこも木。その全てに同時に意識を向けることなど不可能だ。このままでは逃げの一手を打ち続けるしかなくなってしまう。
そう、このままでは。
「目の前に映るものが全て邪魔ならば、その全てを壊せばいい」
そう呟く僕の脳内には、既にこの状況を打開する方法が……少々力業であるが……思いついていた。




