11話(69話) 『魔人』
「憶するな! 総員、剣を抜け。交戦を開始する」
騎士団長が叫ぶ。その言葉で奮い立った騎士たちはそれぞれの剣を構えた。
だが、その動きに反応したかのように木々の陰から骸骨とは異なる魔物たちが姿を現す。以前確認した黒い影の魔物やロサが従えていたものとよく似た狼の魔物だ。数は合わせて数十といったところか。ずっとつけられていたのか、それとも人の臭いに反応して現れたのかは分からない。
「数が多いな。仕方ない、まずはこちらを応戦する。ミハクは下がっていてくれ」
「わかりましたわ」
ミハクを守る陣形のまま、襲い来る魔物たちを騎士は迎撃する。
僕もミハクから離れすぎないようにしつつも、近くの魔物を倒していく。数だけは多いが一体一体は大したことない。他の騎士たちも苦戦してはいない。
魔物を倒す合間に、ふと僕は骸骨に目を向けた。奴らは自分たちの味方のはずの魔物がいるにもかかわらず騎士たちと戦おうという動きがない。その場から動かずにいったい何をしているのだろうかと思ったからだ。
だが、その光景は予想を超えた凄惨なものだった。僕は咄嗟に側にいたミハクの目をその視界を遮るように手で覆った。
「く、喰ってやがる……」
僕と同じ光景を見にした騎士の一人が、僕の言葉を代弁するように声を発した。
そう、二体の骸骨たちはそれぞれ喰べていたのだ。奴らが毟り取った二人の騎士の頭部を。顎が外れているのではないかという程大きく口を開けて。
頭蓋骨は魔物の噛む力に負けてバキバキと音を立てながら砕かれる。その中に内包されていたブツも同時に細かくかみ砕かれ、やがて騎士の頭だったモノは原型が分からないほどまで崩されてしまった。
そして……さらに悲しいことに骨だけで構成された骸骨の身体には口から摂取したものを受け入れられる部位などないのだ。つまり、かみ砕かれたモノはボトボトと肋骨の隙間から地面に積もった雪の上へと零れ落ちる。零れ落ちたそれらを眺める骸骨たちの姿はどこか物憂げだった。
「ミル様……」
「音で分かるだろうけど目は開けない方がいい。良い気分になれるものじゃない」
「はい。わかりましたわ……」
僕はミハクの目から手を離す。僕の助言通り、彼女の目はつぶられたままだった。
骸骨はというと、喰べられないと分かった騎士の遺体を持ち上げてどこかへ向かっていた。運んでいるのだろうか。そうだとしたらいったい何のために……。
この場にいる魔物たちは僕抜きでも十分倒しきれるだろう。ならば、今僕がすべきことは……。
「ミハク、僕はここから離れる」
「ですが、ミル様……」
「君はこのままジッとしていれば大丈夫だから心配しないで」
そう言い残し、僕は騎士たちの輪から出ていく。
「待つんだミル、追わなくてもいい。陣形を乱すな」
騎士団長の言葉には耳を貸さず、僕は骸骨たちを追って走る。どうせ奴らをこのまま逃がしたら後にまた戦う羽目になる。だったら今ここで叩いてもいいだろう。何よりも、奴らには朝から不快なものを見せられたことへの罰を与えなくてはならない。
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ふわふわと浮遊して移動していく骸骨を木々の隙間を縫うようにして追いかける。
その動きに反して骸骨は意外と素早い。雪が舞っているせいもあり、見失ってしまわないように走る。
しばらく走り続けていると、追いかけていた骸骨の背が止まった。距離があって何をしているかは分からないが追いつくなら今がチャンスだろう。
相手が動かないのならばわざわざ走る必要もない。先ほどとは打って変わり、木の幹に隠れて様子をうかがいながら接近する。
ある程度近づくと奴らが何をしているかがより詳しく確認できるようになってきた。身を隠しながらその様子を覗き込む。
「あれは……女の人?」
骸骨たちが浮遊しているすぐ近くには髪の長い人間の姿が確認できた。だがその人影は四つん這いの体勢をしており、顔は邪魔な木で隠されてしまっていてはっきりと確認できない。けれど、骸骨たちが全く動かないところを見ると襲われているわけではなさそうだ。体もちゃんと動いているのが見える。
もう一つの疑問点は二人分の騎士の死体だ。一人のものは木の幹にもたれかかるように置かれているのが分かるが、もう一人分はここから見えない。すでにどこかに運ばれたのか……?
そのような疑念を抱いていた時、人影が顔を上げた。
……その顔には赤い血がべっとりと付着していた。間違いなく人間ではない。魔物だ。
彼女の目線が僕の隠れている木の方に動いた。気づかれないように僕は全身を木の幹に隠す。
「いるんでしょ。出てきたら?」
その声は間違いなく僕に向かってのものだった。どうやら僕の存在は既に気づかれてしまっているようだ。
このまま隠れていたとしても、相手はこちらの位置が分かっているがこちらからは相手の様子が見えない。となれば、隠れ続けているのは得策ではないな。
僕の木の陰から姿を見せる。その様子を見て女性の方も完全に立ち上がった。……それと同時に先程まで彼女の顔が隠れていた木の陰から人間の死体が倒れた。それは服を脱がされ、身体は赤黒い血に塗れていた。引きちぎられたであろう肉は周りにも飛び散っており、喰い散らかされているという表現が正しいといった様子だ。
僕は間合いをはかりながら彼女らの下へ近づいていく。遠すぎるとこちらから攻撃できないが、かと言って近すぎると相手に先制攻撃を許すことになる。ギリギリの距離を保たなくてはならない。ある程度の距離を保った所で立ち止まり様子をうかがう。
こちらに気づいても骸骨たちが襲ってくる気配はない。何か目的があるのか……?
「来るならあなただと思った。神の使い」
女性の方から僕に話しかけてくる。
近づいたおかげで彼女の容姿がよく確認できた。顔は若めに見えるが生気を感じさせない血色で、目の下にはクマもある。髪は白髪まじり……というか殆ど白髪でボサボサだ。服は厚着で毛皮のコートのようなものを着ている。
「ま、別にあなたが来なくても良かったけど」
僕が様子を見て返事をしないでいると女性は勝手に話を続けた。
「あなたが来れば最良。他の騎士が来れば食料が増える。誰も来なければゆっくり食事ができる」
そう言うと彼女は傍らに転がる騎士の死体から肉を引きちぎって貪り始めた。
どうやらこの魔物は食べる事に強く執着しているようだ。骸骨に死体を持ってこさせたのも単純に食べるためだろう。
「随分と食欲旺盛な魔物だね。君は」
「魔物……」
僕の何気ない返答に彼女が反応する。
「私は魔物じゃない」
魔物じゃないだって……?
いや、そんなわけがない。人を喰うなど魔物でなければあり得ない行動のはず。それとも、まさか食人を行う人種だとでもいうのか……? そうだとしても、魔物である骸骨を従えているはずがない。
「とても君が人間だとは思えないけど」
「そう。私は人間でもない」
「魔物でも人間でもない。それなら君は自分は神様だとでも言うのかい」
冗談で言ったその問いに対しての彼女の返答は驚くべきものだった。
「少し違う。私は神様ではなく、『神に力を与えられた者』。あなたと同じように。あなたのとは異なる神だけど」
「…………まさか」
神に力を与えられた……。まさか僕の他にも『神の使い』と呼ばれる存在がこの世界にいるということなのか?
もしそうならば彼女も僕と同じように異なる世界から来たということか?
……ダメだ。今はまだ疑問が多すぎる。そもそも彼女の言うことが真実だとも限らないのだ。
「本当に、君も『神の使い』だと言うのか……?」
「その呼び名は適切じゃない。その名はあなたを呼ぶためのもの」
「なら君は……」
彼女はその手に握っていた騎士の肉片を放り捨てると、小さく息を吸って答える。
「『魔人』。魔を以て地獄の底から蘇った存在。それが私の呼び名」
「『魔人』……」
「そう。『魔人アンドレア』……これが私の名前」
神の力を持つという『魔人』。自分のことをそう名乗った女性、アンドレア。
彼女はいったい……




