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10話(68話) 『封印の扉』

 目を覚ました僕は迷わず外に出た。結局、昨晩の彼女……ミハクの誘いに乗ったのだ。

 もっとも昨日寝る前、既に心は決めていた。答えを彼女の前で述べなかったのは、今日になってその意見が変わっているかもしれないからだ。結局のところ杞憂で終わったが。


 外にはすでに多くの騎士たちが集まっていた。僕よりも先に起きた者たちには既に事の次第が伝えられているみたいだ。その割には珍しくシィとスノウの姿が見えないけれど。

 外に集まっていた者のうち、団長は僕を見るなり物珍しそうな顔をする。


「珍しく今日の作戦には参加するんだな、ミル」

「ええ、気が向いたので」


 実際のところは例え騎士団に参加を要請されていたとしても絶対に気が向くことはなかっただろう。今回のことはミハクの誘いだからだったということが大きい。

 彼女のことは何故だかわからないが気にかかる。無視することができなかった。


「そうか。ならば配給をもらってくるといい」

「わかりました」


 団長のもとを離れて僕は配給係のところへ向かい、彼らから保存食を受け取る。その後は近くの木の根に腰を下ろして食事をとることにした。

 そうして朝食をとっていると、僕よりも後にシィとスノウが配給のところへやってきた。どうやら彼女たちは僕よりも後に起きてきたみたいだ。

 僕の姿に驚いた表情を浮かべる彼女たちとは対照的に、僕は声をかけた。


「今日は随分遅かったね。二人とも」


 それはもちろん軽い朝の挨拶ではなく、僕なんかよりも遅くに起きてくるんだねという皮肉の言葉だが。


「……」


 二人からの返事はない。今の僕らは気さくに挨拶を交わすような間柄ではないのだから当然の反応だ。


「……まぁいいや。じゃあね」


 彼女たちが何も答えないことを確認し、僕はその場から去ろうと振り返った。二人がそばにいてはゆっくり食事も摂っていられない。


「……待ってほしい」


 けれど、歩き始めた僕のことを背後から引き留める声がした。スノウだ。


「何かな?」


 身体の向きは変えることなく、首を回して彼女のほうを見る。


「……私は、あなたが変わってしまったのは私の責任だと思ってる」

「……」


 スノウの言葉に対し、今度は僕が無言の返事を返す。

 いきなり彼女は何を言っているのだろう。僕が変わったのがスノウのせい……?どうしてそんな考えになったのか訳が分からない。

 スノウの隣に立つシィも驚いた顔をしているところを見るに、この話をすることはあらかじめ決められていたわけでもないようだ。


「……私の言葉があなたを変えてしまった」


 ……ああ、その話か。

 今の僕にとっては忘れかけるほどどうでもいい出来事であったけど、スノウは未だに気にしているのか。


「悪いけど、何か勘違いしてるみたいだね」

「……勘違い?」

「僕が変わったのは君が原因じゃないってこと」


 これは真実だ。彼女の言葉はきっかけにはなりえたのかもしれないが、直接の原因ではない。

 何より僕の心が変わったあの時にスノウはいなかった。僕を大きく変える言葉を放ったのはロサの方だ。


「僕が変わったのは僕自身の心の変化によるものだ。別に君は大きく関わってない」

「……でも」

「君はどうしても自分のせいにしたいみたいだね」


 何故自分の責任にしたいのかは分からない。自分が原因だったならば過去の僕が戻ってくるとでも思っているのだろうか。だが、正直なところ僕にはその気持ちはお節介でしかない。

 だから、その気持ちは是非とも消え失せて欲しかった。


「じゃあ言わせてもらうけど、君の言葉は確かに僕を変える一因になったかもしれない」

「……それなら」

「でも僕は君を恨んでなんかない。むしろ感謝してるくらいだ。僕が変わるきっかけになったんだから」


 僕は一歩前に出て、スノウの耳元に口を近づけ囁く。


「君の『せい』、じゃなくて君の『おかげ』なんだよ。ありがと」


 そんな言葉を言い放った後、僕はスノウに笑顔を見せてその場から離れた。

 最後に顔を見た時も相変わらず何を考えているかわからない表情だったけれど、これで過去の僕への思いが消えてくれたなら幸いだ。


 ✱✱✱✱✱✱✱✱


「ミル様」


 スノウたちの下を去った僕へミハクが声をかけてきた。


「来て下さったこと、感謝致しますわ。ありがとうございます」

「別に、気が向いただけだから。それに僕がいなくても支障がない程度のことだと思うよ」

「ですけれど、昨日の今日ですし何があるか分かりませんわ。今は多くの方がいた方が安心いたします」


 そう言ってミハクは辺りを見渡した。屋敷の前には多くの騎士が集まっている。珍しく僕も出席していることから、ここにいる騎士が全員集まっているのだろう。

 しかし、集まっているのは騎士だけで村の民にそれらしい動きはなかった。


「今日は村の人は集まらないんだね」

「彼らは全員が全員戦える訳ではありませんし、彼らにはそれぞれの職があります。無理に駆り出せはしません」

「そう」


 まぁ戦えない人がいても邪魔になるだけだし構わないが。


「ではそろそろ行きましょうか。私は騎士団長様に声をかけて参ります」


 ミハクが騎士団長の下へ赴き何やら話していると、まもなく集合の指示が下された。

 仕方なく他の騎士達とともに団長の近くに集まる。


「これより今回の作戦の説明を行う。だがその前に……ラゴス、アメルダ、ビビアン、お前達はここで待機だ。各自、村に魔物が現れないか見張っていてくれ」

「了解です」


 呼ばれた者のうちの一人が返事をすると、騎士達の輪から三人が外れる。

 最も騎士の名前を把握していない僕には誰が誰なのかすら分からなかったが。


「残りの皆様は私が祠まで先導致しますわ」


 ここに残っている騎士は僕を含めて七人。それにミハクを加えた八人で祠に向かうこととなった。


 ✱✱✱✱✱✱✱✱


 祠までにかかる時間はミハク曰く二十分程。魔物による襲撃の可能性を考えると、馬を失う訳にはならないので今回は徒歩での作戦だった。

 彼女が先導するとは言ったが、彼女はあくまで道案内を行うだけであり騎士達の先頭に立ってはいない。今はミハクを中心に円を描くような陣形をとっていた。最も戦闘に向いていない彼女を護るためだ。


 祠までは森の中を進む必要があり、雪のせいもあって視界は悪い。

 僕はミハクに近い位置に立って辺りを見回していたが、何か不審なものは見当たらなかった。


 何事もなく時間が過ぎ、やがて僕らは森の奥……大きな扉の前に辿り着いた。


「この奥が目的地となる祠ですわ。ですが中に入ることはできません。扉が開くのは凍夜鬼の封印が解かれた時だけです」

「なら、何を確認しに来たんだ?」


 扉の前に立って説明を行うミハクに騎士団長が疑問を投げかける。


「魔物の襲撃があってからも、きちんと封印が機能しているかどうかですわ。本来の予定では封印が解けるまであと一週間程猶予があるはずですから」


 そう言ってミハクは扉に手を当てる。

 彼女が手を当てている間、扉は青白く発光していたが、やがて彼女が手を離すと同時にその光は収まった。


「大丈夫。封印は問題なく機能していますわ。これなら復活までにまだ時間があります」

「そうか、それならば良かった」


 まだ猶予があるのは良いが問題はこの森だ。凍夜鬼が復活すれば間違いなく戦場はこの森の中になるが、こうも視界が悪いと戦闘に支障をきたす。何かしら対策を考えておくか。


「では戻るとしよう。このような深い森の中に長居は無用だ」

「そうですわね」


 目的を果たし、僕らは来た道に振り返って戻ろうとする。


 が、振り向いた瞬間騎士団長が叫んだ。


「おい、その後ろの奴らはいつから居た!」


 騎士団長は一番後ろにいた二人の騎士に向かって叫ぶ。振り返ると同時に僕も『それ』の存在に気づいた。

 団長に指摘された二人の騎士も自分たちの後ろを見ると同時に叫んだ。


「な、なんだこいつらは!?」


 彼らの後ろにいたのは、人間とそれとほぼ変わらない姿をした骸骨だ。その身体にはボロボロになった服のようなものを着ており、上半身は確認できるが下半身は存在していない。間違いなく魔物の類いだ。

 二人の騎士は腰に携えた剣をとる……が、それを抜くよりも先に骸骨が腕を伸ばし、二人の騎士の髪をがっちりと掴んだ。


「くっ、こいつ……離──」


 彼らが最期の言葉を言い切るよりも先に、骸骨は力任せに彼らの頭を横に倒した。ポキ……と首の折れる音が響く。


 騎士たちが絶句している中、骸骨は更に首の折れた彼らの頭をその胴から引き抜いた。

 つい先程まで繋がっていた頭と胴体は切り離され、断面からは血飛沫が溢れる。支えを失った彼らの身体は崩れ落ち、首からとめどなく流れ続ける血液が地面に広がる雪を赤く染め上げた。

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