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8話(66話) 『夜空の下で』

 相変わらず遅くなってしまいました······

 申し訳ないです。

 僕が屋敷から連れ出してきたミハクは離れにいた村の民からそちらでの事の次第を聞くと、集まった者達の前でこれから死者たちの為の儀式を行うと告げた。


 そして魔物の襲撃から一時間後、既に日が沈んで相当の時間が経っていたにも関わらず、松明の火の下で死んだ騎士と村の民の葬儀が執り行われることとなった。

 ただ葬儀と言っても大掛かりな儀式はなく、墓地として扱われている一帯に一人一人のための穴を掘り、その中へ死者を埋葬するといういわゆる土葬であった。


 村から少し離れた墓地まで騎士団と村の面々は歩いていく。そこまで辿り着くと、男達の手で各人を埋葬するための深い穴が掘られ、その中にこの襲撃で亡くなった者達が埋められていった。

 土を被せて一連の事を終えると集まった者達は手を合わせて彼らを弔った。


 表面上は僕も手を合わせて祈っていたが、別に彼らの死に何も思うところはなかった。彼らが死んだのはただ彼らの力が生き残れる程のものではなかったというだけ。弱いものが死ぬのは自然の摂理であり、彼らが死んだのも仕方の無いことだったとしか思わない。


 ✱✱✱✱✱✱✱✱


 その後、村の民と騎士が交代で見張りを行いながら、僕らはひとまず眠る事に決まった。

 僕らが寝床にする予定であった屋敷は一部が魔物の被害に遭って破壊されてしまっており、別の住居を用意することも出来なかったので、仕方なく各々使える部屋を探し休む事となった。


 幸いにも僕の部屋は被害を受けていなかったため新たな部屋を探す必要もなく、すぐに眠りにつくことが出来た。廊下は酷い有様だったが。

 眠りに落ちてから数時間が経った頃だろうか、部屋の扉が開く音で僕は目を覚ました。開いたドアからは一人の騎士が頭だけ出している。彼は「交代の時間だ」とだけ告げると扉を閉めて去っていった。どうやら次は僕が見張りを行う番らしい。

 彼の素っ気ない行動を見て、騎士達の中でもすっかり僕は厄介者扱いなのかと思ったが、彼がただ眠くてすぐに部屋に戻りたかったという解釈もできるためその事について深く考えはしなかった。


 外は冷えるため上着を羽織って屋敷から出ると、僕はハシゴを登ってその屋根に上がった。次の交代までの時間は三十分。時間は屋根に置かれた『時を刻む水晶(タイム・クリスタル)』で行う。


 見張りは二人ずつ行うそうだからもう一人、騎士か村の民が来るはずだが屋根の上に僕以外の人影は見えない。まぁ誰かが来たところで話すことも無いのだし、来ないなら来ないでいいのだが。


「ふふ、やはりミル様が来ていらしたのですね。聞いていた通りですわ」


 しかし、屋根の下からそんな声が聞こえてきた。そして声の主はハシゴを登って屋根に上がってくる。


「······ミハクさん」

「こんばんは。ミル様」


 屋根の上に立ったミハクは僕の隣に並んで腰を下ろした。


「別に、今は二人しかいないのですからお好きな話し方でよろしいですのよ。あなたは人に敬意を払った話し方が好きではないようですから」

「······そう。それなら好きなように話させてもらうよ」


 世間体を気にして一応敬語を使ってきたが、彼女の言う通り今は二人だ。その言葉に甘えて好きに話すことにする。


「じゃあ、聞きたいことがあるんだけど」


 だから、早速僕はこの村に来た目的を果たすことにした。

 見張りと言っても何事もなければ無駄に三十分を過ごすだけのこと。ならば少しでも有意義に過ごしたかった。幸いにもミハク本人が来たため、この場で先程聞けなかった事について聞いてしまうのが良いだろう。


「はい、何でしょうか。私に答える事が出来れば良いのですが」

「二百年前の神の使いについて。ミハク自身が見聞きしたわけはないけど、本か何かで知っていることあるかな?」

「神の使いですか?」

「そう。二百年前、凍夜鬼を退治するためにこの村に来たことがあるはずだ」


 ミハクは口元に手を当てながら空を見上げ、思案し始めた。


「流石にその時期の事となると、あまり文献も残っていませんでしたから詳細まではわかりませんが······」


 やがて、何か思い出したことがあるような顔つきになると、隣に座る僕の方を向いた。


「亡くなったはずですわ。この地で」

「凍夜鬼を封印して力尽きた······という事?」

「ええ、そういう事だと思いますわ」


 ······何となく想像はついていた事だ。大抵の場合、消息不明の理由は既に死亡していることによるものだろうから。


「······他には」

「······え?」

「他にその神の使いについての情報は?」

「えーっと、そうですね······」


 他に何かないかと僕が問うと、彼女は再び少しの間目を瞑って考える素振りを見せた。そして、また何か思い出したように目を開ける。


「仲間思いだったようです。彼は」

「仲間思い······?」

「はい。彼は共に過ごす騎士達に慕われ、そして同時に彼らをとても大切に思っていたと書物には記されていました」

「僕の先代はそんな人間だったんですね」

「ええ。ですが、それ故の悩みもあったそうです。何度も繰り返される凍夜鬼との戦闘の中で彼は仲間の騎士を全員失い、精神的にもかなり追い詰められていたようですわ」


 仲間思いだったからこそ、彼らに先立たれたことがよほどショックだったのか。弱いものが先に死ぬことなど分かっていたはずであろうに。


「そして彼は凍夜鬼を封印する事に成功したのですが······残念ながら戻ってくることはありませんでした。今となっては本当に苦戦していたのか、彼が仲間達の下に逝く事を望んだ結果なのかは分からないのですけどね」

「どの道、仲間というものに縋った人間の末路とはこういうものなんだね」


 彼の最期を聞いて僕は確信した。仲間なんてものは足枷でしかない。一人で戦い続ければ、周りで誰かが死のうと精神を疲弊することは無い。もし自分が死んでもそれが誰かに影響を与えることも無い。

 一人で戦って負けるのなら、その理由は自分が弱いからに他ならない。ならば自分が強くなる事だけを考えていればいい。人との付き合い方を考えたりするよりも余程楽な事だ。


「僕は独りで戦う。誰かの力を借りることなく、独りで生き抜いてみせる」


 ミハクに聞かせる為ではない。自分自身に確認するように僕はそう呟いた。


 その声が聞こえたであろうミハクは黙っている。

 二人の間には沈黙の時間が訪れた。


 どのくらいの間二人は無言でいただろうか。先に口に開いたのはミハクの方だった。


「あの······」

「何かな」


 ミハクは僕に何か聞きたい様子だった。


「どうしてそう思っているのに、未だ騎士団に所属しているのですか? それに、街のことを考えていないのならあなたには凍夜鬼と戦う理由がないのではありませんか?」


 彼女が投げかけた二つの質問に対しての答えを僕は既に持っていた。


「前者には形式上所属していただけだよ。答えを見つけた今となっては過去に囚われる必要は無い。街に戻ったらすぐにでも抜けて、その後は一人旅でもするさ。後者は単純に試したいからだ」

「試すとは、何をですか?」

「仲間を思いすぎた結果、生き残れなかった哀れな男を僕は越える。復活した『奴』を僕は僕自身の力だけで滅ぼす」


 その答えを聞いたミハクは何か言葉を返すことはなく、ただ黙り込んでいた。


「失望したかい?」

「いえ、あなたがどう考えていようとそれが我々の平和に繋がる事は確かですわ。ですからあなたを否定したりは致しません」

「······そう」


 案外彼女は冷静だった。僕がどんな人間であろうと、何が自分たちの利益になるかを理解している。


「それに······あなたの考え方は正直羨ましいと思います」


 彼女は話を続ける。それは僕にとって予想外の意見だった。


「僕が羨ましい······?」

「はい。私が村の長をするのは生まれた時から決められていたことなのですわ。ご覧の通り私はまだ長としての経験が浅いですが、父が亡くなった為にやむを得ずその席を継ぐ事になりました」

「······」


 彼女は自分の素性について話し始め、僕はただそれを黙って聞いていた。


「今の私は村とともに生きる事が使命なのです。もちろんそれは長として当然のことであり、納得もしていますわ。ですけれど、今でも時々思うのです。もしも私が何でもないただの村人であったのならば、私は自分の好きなように生きることが出来ていたのかもしれないと」


 少し長い身の上話を終えると、彼女は何かに気付いたようなハッとした表情を浮かべた。


「す、すみません。こんな話をしてしまって。退屈でしたでしょう?」

「············君も大変だね」


 彼女の話を聞いて色々と思うところはあった。けれど、最初に口から出た言葉はこれだった。何となく、こんな言葉が一番ふさわしいと思ったからだ。人を慰める言葉は僕に似合わないと思うけれど。


 僕がその言葉を伝えた直後、足元に置いてあった『時を刻む水晶』の針が、僕らの見張りとしての時間が終わったことを告げた。


 僕は自分の発した言葉がらしくないと思い、無言のままハシゴを降りてこの場から去ろうとした。


「待ってください!」


 しかし、屋根の上から響くミハクの声に呼び止められる。


「私達は明日、凍夜鬼が封印されている祠に様子を見に行きます。まだ封印が解けるまで時間があると思われますが、何が起きるか分かりません。ですから、出来ればあなたにも来ていただきたいのですが······」


 僕はミハクの顔を見ることなく答える。


「気が向いたら行きますし、向かなければ行かないだけです」


 それだけ言い残して、僕は屋敷の中へと戻る。


 けれど何となく、僕は自分が明日何をしているか予想がついていた。

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