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7話(65話) 『変異する剣』

 それぞれの剣を構えた二人は同時に走り出し急接近する。二人の間の距離は次第に縮まり、やがてゼロになると互いの剣が激突した。


 僕はそのまま己の力にものを言わせて剣を振り切るが、魔物はサラリとその一振を受け流す。その動きに合わせて何度も剣を振るうが、どれだけ攻撃を当てようとしてもその剣先が彼を切り裂くことは無かった。どのような太刀筋であっても全て彼の持つ剣によって捌かれてしまうのだ。


「あなた、本当に剣術の心得があるんでしょうかねぇ? ここまでの動き、正直とても稚拙ですが」


 僕の攻撃を余裕の表情で捌きながら、彼は僕の剣術についての問いを投げかけてきた。


「全くないかな」


 僕が正直に答えると彼は口元を抑えながら笑い始めた。僕の答えを嘲るように。


「ふふ、まさか本当に経験がないとは······。でしたら私が教えて差し上げましょう」


 魔物は再び剣を自分の前に構える。高貴に立つその姿だけを見れば僕よりもよほど騎士らしいだろう。


「最も、教え終わる頃にあなたは生きていらっしゃらないでしょうが」


 そう言うと彼は一気に距離を詰めて僕を斬りかかった。

 初撃は問題なく反応できる攻撃だ。僕は自分の剣を使って彼の剣を受け止めようと試みる。

 だが、互いの刀身がぶつかるという直前にその剣の軌道が急激に変化した。


「単純なフェイントですよ」


 そのまま彼の剣は僕の無防備な左肩を切り裂いた。僕の技術ではすぐその動きに対応する事は出来なかったのだ。


 ······少し速いな。僕の剣術では対応出来ない速さだ。


 間髪入れずに彼は攻撃を続ける。僕は彼の動きに合わせて剣を扱おうとするが、変幻自在な太刀筋に付いていく事が出来ず、気づけば防戦一方になっていた。

 彼に斬られ続けた結果、僕の身体からは絶えず血が流れ続けている。左手で腰の傷に触れると、真っ赤な血がベッタリと手に付着した。


 僕は後ろに飛び退いて距離を取った。しかし、後方にはミハクたちが隠れている部屋があるため、あまり下がりすぎる事は出来ない。今彼らに死んでもらうわけにはいかないからだ。僕の目的のために。


「ははは、大口を叩いていた割には随分無様な姿ですね。神の使いといえどもこの程度でしたか。もっと楽しめると思っていたのですが残念です」


 魔物は笑みを浮かべながら僕へ向かって歩を進めてくる。自分が圧倒的優位に立っていて得意になっているのだろう、自信に満ち溢れた笑みをしていた。

 そして、その表情がとても······とても『可哀想』に思えてきた。彼はこの状況を楽しんでいるのだろうから。


 だから、もういいかな。これで終わりにしてあげよう。


「何か勘違いしてるみたいだね」


 歩み寄る彼から一歩も引かず、僕は口を開いた。


「ほう······と、言いますと?」


 立ち止まった魔物が問う。


「君は優位でも何でもないってことだよ。······『修復しろ』」


 僕の言葉を合図に身体中に負った傷がみるみるうちに塞がっていく。傷の数は多かったが、どれも深いものでは無かった。

 しかし、肉体の回復を終えると同時に目の前から魔物の剣が迫る。彼はとっくに目前まで接近していた。


「回復できるのだとしても、一撃で仕留めれば良いだけの事」


 その矛先は僕の脳天をしっかりと捉えていた。直撃すれば即死。だが──


「······『吹き飛ばせ』」


 僕は先程影の魔物たちに行ったのと同じように周囲に爆風を発生させ、目の前の獣の魔物を吹き飛ばして無理やり距離を空ける。


「なるほど、そのような手も隠していましたか」


 しかし、それだけでは彼は倒せない。魔物は吹き飛ばされてもすぐに体制を立て直し、再び剣を構えたのだ。


「ですが、身を守ってばかりでどのみち後手に回っている事に変わりはありませんねぇ」

「別に風の魔法や神の力で君を仕留めようとは思ってないからね」

「ほう、ではどうやって仕留めると?」


 その言葉を聞いて僕は右手に持っていたロサの剣を見せつける。


「これさ」


 しかし、その様子を見て魔物は再び笑い始めた。


「ははは、あなたの剣術ではとても仕留められませんよ。この私は」

「僕の剣術なんてどうでもいいよ。この剣を使うから君を殺せるんだ」


 そして僕は自分の血が大量に付着している左手の人差し指を使って、自分の剣の刀身に十字架を描いた。血で彩られた真紅の十字架を。


「いい実験台になってくれよ」


 十字を描いた僕は願うように彼に向かって呟いた。彼の耳には聞こえない程度の声量で。


「十字を切るとは······神への祈りは済んだようですね。では今度こそ終わりです」


 魔物は一気に踏み込んで距離を詰め、僕に向かってその剣を伸ばす。その動きは先程より更に速くなっていた。今から魔法を使用しては間に合わない速さだ。


 だけど、目前まで迫っているその剣はそれ以上僕に近づく事は無かった。


 それどころか、魔法を使用していないにも関わらず魔物の身体は吹き飛ばされた。そして、彼の身は踏みとどまることすら叶わずに廊下の先の壁に叩きつけられる。


「ぐっ······」


 叩きつけられた魔物は崩れた壁にめり込んで身動きがとれずにいた。しかし、僕の姿を見て何が起きたかは理解したようだ。


「なんなんだ······その剣は······」


 魔物は困惑の声を漏らす。それもそのはずだった。

 つい先程まで通常の剣の体裁をしていた僕の剣が、その刀身を『巨大な棘』の姿に変えていたのだから。その長さは元の刀身の三倍以上にまでなっている。


「君のお仲間だった奴の一部だよ」


 剣を作る際に僕の血に反応して形状が変化するよう魔法の術式を組み込んでいたのだ。むしろこちらが本来の姿と言っても良いだろう。

 変化した棘はもちろんロサの肉体に埋め込まれていたものがベースだ。通常時の形を剣状にした為にサイズは元よりも一回りほど小さくなってしまったが、その硬度と自在に動かせる取り回しの良さは健在であった。


「くっ······まさか彼女の棘を利用していたとは。報告を急がねばなりませんね」


 瓦礫の中から魔物は何とか抜け出し、近くの窓から外への脱出を試みる。


「逃がさないよ」


 しかし、彼がそこから出るよりも先に僕の棘が彼の腹部を貫いた。貫かれた部分には巨大な穴が開き、そこからは緑色の血がダラダラと床へ流れ落ちている。


「いい実験だったよ。ありがと」


 胴を貫かれた痛みで彼が絶滅するよりも先に僕は棘を彼の身体から抜いた。


「せめてもの感謝に、苦しまないよう殺してあげるよ」


 そしてその棘は容赦なく魔物の頭部に振るわれる。高い硬度を持ったそれは魔物の頭であっても容易く砕いた。

 クルミのようにかち割られ、そのまま潰された頭は気持ち悪い液体を流して床にべったりと張り付いたが、すぐに他の魔物と同様に消滅した。そしてそれを追うように残された胴体も跡形もなく消え去る。


「はぁ······」


 それを確認し僕は溜息をついた。

 彼との戦闘で疲れた訳ではない。理由は僕が持つ棘にあった。戦闘が終わっても変異が止まらず、飛び散って付着した魔物の血に反応し暴れ回っていたのだ。


「静かにしてよ」


 僕は棘から手を離すとその一部分を踏み潰した。その部分はメキメキと音をたてて壊れていく。

 どうせ変異が解ければ多少の傷なら勝手に修復される。今は大人しくさせるためにこの程度してもいいだろう。実際、破損した影響か棘は暴れるのを止めている。


「まだ改良が必要だったかな」


 少しずつ元の剣の形に戻りつつある棘を見ながら僕はそう呟く。ひとまずこの棘はこのままここに置いていってしまおう。どうせしばらくは使えない状態だから。


 ミハクたちが隠れている部屋に目をやり彼女らを外へ逃がすことも考えたが、先程の魔物が外にいた者達を襲ったことを思い返すと、このままここで隠れてもらっていた方がいいだろう。


「魔物は倒しました。僕は外を見てきますのでこのまま隠れていて下さい」


 部屋の前まで行ってここに残るよう伝えると、部屋の中からミハクの「分かりました。ありがとうございます」という声が聞こえた。

 が、僕は返事する事はなくそのまま外へ向かった。自分のためにやった事だ。感謝される言われはない。




 外に出て離れに向かうまでの間、屋敷の中にもう魔物はいなかった。人の姿も見当たらず、ここにいた者たちはどこかに息を潜めて隠れたか、外へ逃げて別の建物にいるか、もしくは先程の魔物に始末されたかのいずれかに当てはまるだろう。


 離れに着くと、その外や中には肩で息をして疲れた様子の騎士達と村の民がいたが、こちらも魔物の姿はない。

 近くにいた騎士の一人に僕は話しかける。


「やぁ、もう終わったみたいだね」

「ええ。別にあんたがいなくても関係無かったわ」


 話しかけた騎士······シィは得意気にそう語った。


 とりあえず、離れの方でも戦闘は終わっていたようだ。

 僕はそれ以上シィと話はせず、ミハクたちを呼ぶために再び屋敷の中に戻った。

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