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6話(64話) 『戦う場所』

 珍しく一週間で更新出来ました。

「総員、剣を取れ。戦闘を開始する」


 騎士団長の声を合図に、騎士達は腰に構えていた剣を抜く。それを見るなり黒い魔物は人間の様に腕と脚を大きく振りながら走り始めた。そして、腕を刃物のように鋭く変化させ、騎士や村の民達に切りかかる。

 僕を追い抜きながら、階段のところにいたスノウも中に入って戦闘に参加した。騎士だけでなく民たちも魔法を駆使して魔物と戦い始めている。

 大きいとはいえない木造の建物の中、月明かりが照らす下で魔物と人との戦闘が開始したのだ。


 やむを得ない事態だ。ここで戦わずに見ている訳にはいかない。騎士として最低限の働きをしておかなければ村の民達から円滑に話を聞くことが出来なくなってしまう。

 そう思って中へ入ろうと踏み込んだ瞬間、僕の頭上を複数の影が通り抜けた。

 その影は離れの中に現れた魔物と同種のものであり、それらは僕が通ってきた離れと屋敷を繋ぐ道を駆けていく。彼らが屋敷の中の人間を狙いに定めているのに違いは無かった。


 ここで僕は再び思考する。

 他の騎士は戦闘に集中しており、この事には気づいていない。もし僕が行かなければ屋敷の中で惨劇が起こり、長を含む多くの人間が死ぬ危険性がある。彼らから二百年前の『神の使い』についての話を聞かなければならない僕からすればそれは何としても避けなくてはならない事だ。

 更にここで僕個人が恩を売っておけば、今離れの中で戦闘している民はともかく、屋敷の中の者達は騎士団全体よりも僕という一人への信頼が厚くなるだろう。そうなれば僕は今後いっそう単独で自由に行動しやすくなる。


 天秤にかけるまでもない。答えは一択だった。

 既に僕は騎士達が戦闘を行っている離れに背を向け、屋敷へと走り出していた。


 確認できた黒い影は五つ。一人でも対応できる数だ。

 しかし、屋敷の中に入った時には既に魔物達は散らばっており姿は見えなかった。屋敷は広く入り組んだ構造をしていたからだ。


「く、来るなぁ······」

「いやぁ、助けて······」


 だが、あちこちから女中や料理人達の悲鳴が聞こえてくる。この声を辿っていけば魔物の位置に辿り着けるだろう。

 それを頼りに厨房へ向かうと、まず初めに料理人に刃を向けている一体目を発見した。こちらに背を向けており、気づかれていない。


「『神風の弾丸(ストーム・バレット)』」


 気づかれるよりも先に遠隔攻撃で頭を撃ち抜き、撃破する。消滅した魔物に襲われていた料理人は傷を負っているものの無事であった。


「無事で良かったです」

「ええ、おかげ様で······。奥にもう一体いますので、どうかよろしくお願いします」

「分かりました。ここは危険ですので、どこかに身を隠していて下さい」


 いかにも騎士らしい振る舞いをして、彼を厨房の隅に隠れさせる。実際は立派な騎士からはかけ離れた男であるという自覚はあった。

 彼が身を隠した事を確認し、厨房の奥を彷徨っていたもう一体を同様の手で仕留める。その側には既に事切れている別の料理人の遺体が転がっていた。


「あと三体か」


 厨房から廊下に出て、急いで女中の声が聞こえた方へ向かおうと考えていたがその瞬間背後に何かの気配を感じた。

 本能的に振り向くよりも先にその場から飛び退く。その直後、先程まで僕のいた位置に魔物の刃が振り下ろされた。既に魔物がすぐ側まで迫っていたのだ。


「仲間の死に反応したかな······」


 そんな考えを呟き、廊下を移動し距離を取りながら『風の弾丸』を撃ち込む。しかし先程までと違いこちらに気づいているため、魔物は素早い動きでそれを回避する。そのため、弾丸は魔物に当たることはなく屋敷の内装を破壊するだけに終わってしまう。


「すばしっこいな」


 仕方なく危険を承知の上でこちらから接近して仕留める作戦に切り替える。

 しかし距離を縮めている途中、別方向からの廊下よりもう一体が目前に迫っている事に気がついた。四体目もまた僕の反応を感知していたのだ。


 前方と横から飛び出してきた二体の魔物が同時に切りかかる。交わしきれない距離だった。


 ──だからより都合が良かった。


「纏めて吹き飛べ」


 突如、僕を中心に突風が巻き起こる。竜巻のように僕の周りを回転しながら、その風は二体の魔物を吹き飛ばした。強く壁に叩きつけられ、堪らず魔物は消滅する。


 残りは一体だ。


 だが、二体が僕に気づいて襲ってきたのに対して最後の一体は近づいてきている様子もない。

 一階にいた屋敷の中の人々は既にどこかに身を隠しているか、外に避難している。······もちろん殺された者は廊下や部屋の中で寝ていたが。

 となれば恐らく魔物がいるのは······


「二階か」


 僕の部屋がある二階はまだ訪れていない。いるとすればそこしかないだろう。

 僕は音を立てないよう静かに階段を上がっていく。見つかると面倒だと分かったので、気づかれないようにしたかったからだ。


 階段を登り切ると同時に魔力を装填した指を廊下に向けて構える。が、その先に魔物はいなかった。いるのはその先で床にへばっている村の長、ミハクだけだ。


「ミル様、来て下さったのですね」


 こちらに気づいたミハクが安堵の表情を浮かべた。


「ミハクさん、何があったんですか?」


 構えていた指を下ろし、彼女の元まで歩いていく。

 僕が側まで歩み寄ったところでミハクはこれまでの出来事を語り始めた。


「魔物が現れた後、私は階段近くにいた女中達と共に二階へ避難しましたわ。そちらならまだ魔物もおらず、安全であると思っていましたから。ですが、二階に上がってから魔物に追い詰められてしまい······命からがら撃退した次第でございます」


 彼女の着物には切り裂かれた後がいくつもあり、そこからは血が滲み出していた。

 廊下の一番奥の部屋の中には彼女と共に避難してきた女中達が身を寄せあっていた。怯えた表情をした彼らだったが、僕が部屋を開けると同時にミハクと同じく安堵の表情を浮かべる。


「一階の魔物は殲滅しました。生き残っていた者達もどこかに隠れているか、既に避難しています」

「そうでしたか······。なんとお礼を申せば良いのやら」

「礼はいいです。僕もあなた方に死なれては困る理由があるので」


 それを伝えると、僕は二階まで来たついでに自分の部屋に入り、置きっぱなしにしていた剣を確保する。離れでの戦闘はまだ続いているかもしれないし、一応使う機会はまだあるだろう。


「あの、我々が死ぬと困る理由とは何なのですか。私達とあなたにそれほど深い繋がりは無いと思われるのですが······」

「話を聞きたいんです」

「話······とは何の話でありましょうか」

「それはまた後でいいです。とりあえず今はここで隠れていて下さい。安全が確保出来たと確認でき次第迎えに来ますから」


 僕はミハクに女中達とともに部屋の中でじっとしているように言った。


「もう戦闘は終わったのでは無いのですか?」

「もう一箇所、戦闘中の所がありますので、僕はそこへ向かいます」


 そこまで離れで戦っている騎士達の心配はしていないが、これも騎士らしく振る舞って恩を売るための行動だ。それに騎士団から僕への不信を高めすぎるのも良くない。


「分かりました。ではこちらにてお待ちしておりますわ」

「はい。少しの間待っていて下さ──」


 ······コツ······コツ······


 何かが階段を登ってくる音がした。

 ブーツのような硬い履物をしている足音であり、玄関で靴を脱いでいるはずの正式な来客や従者たちではない。

 ミハクもそれに気づいているようで、足を止めて何が上がってきているのかに注目している。


 そして足音の主がとうとう最上段を踏み越えて、僕らと同じ廊下の先に立った。

 それは黒い毛皮の狐にも狼にも見える獣の顔をした魔物。しかしその顔に似つかず人と同じく二本の足で立っており、その手には白銀の刀身をした剣が握りしめられていた。


 そして、その剣にはつい先程斬ってきたかのような真新しい血が付着しポタポタと床に垂れている。


「外へ出てきた方達の中に長の姿が見えないと思えば······なるほど、こちらにいらっしゃいましたか。それに『神の使い』も一緒とは······まさしく一石二鳥でございますな」


 獣の顔からは流暢な人間の言葉が飛び出した。

 厳つい顔に似合わず陽気で明るい声色だ。


「キャー!」


 しかし、その声とは対象的に女中達が隠れている部屋から響いたのは甲高い悲鳴だった。


「おや、気がついたようですね。私の『アート』に」

「『アート』······?」


 疑問の声を上げたミハクに獣の魔物は答える。


「ええ、『アート』でございます。白い雪の上に人間が赤い血の花を咲かすのですから」

「殺したのか。外へ避難した方達を」


 僕のその声に魔物は笑い声を上げる。


「『殺した』······というのは人聞きが悪うございましょう。彼らは内に眠るつぼみを広げたに過ぎません。つまり『咲かせた』というのが正しい表現であります」


 これまでも人の言葉を話す魔物と相対した事はあるが、例に漏れず彼もかなり壊れた魔物のようだ。頭が。


「そんな······酷すぎますわ」


 ミハクは絶句し、怯えたような声を上げる。


「下がっていてください」


 僕は後ろにいるミハクに女中達と同じ部屋の中へ入るよう促す。彼女は素直に従ってその中へ入った。「信じておりますわ」という言葉を残して。

 ······そんな言葉をかけられたのは何時ぶりだっただろうか。


「さて、ではあなたにも綺麗な赤い花を咲かせて頂きましょうか······『神の使い』」

「僕もちょうど気になってきた所だ。『狐モドキ』魔物の血が何色なのか」


 その会話を合図に相対する二人は己の剣を構えた。

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