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5話(63話) 『屋敷と村の長』

「さぁ皆様、お部屋の用意は出来ておりますわ。こちらへどうぞ」


 『ミハク・グレイシャー』と名乗ったのは村の長という割には二十代にも満たないような若い女性で、藍色をした長い髪に青い綺麗な着物を着ていた。彼女は挨拶を終えると、騎士団を後ろに構えている大きなお屋敷へ進むように促す。

 彼女と共にいた付き人と思わしき人々は屋敷へ続く道の両側に立ち並ぶと頭を下げた。

 流石に進まずにはいられないと感じたのか、先頭の騎士団長は屋敷の方へ進んでいく。それに続いて騎士団が道を歩んでいる最中も付き人たちは頭を下げ続けていた。


 近づいてお屋敷を間近で見てみると、それは僕が元いた国の歴史的建造物に近い木造の建物であった。老朽化が始まってしている様子から見るに造られてからかなりの時間が経っているようである。

 どこか懐かしさを感じるお屋敷の引戸を村の長の女性が開けると、屋敷の内装の様子も茶色の木で造られてた柱や漆色の壁など、所謂『和』を感じさせるものだった。


 僕を含む騎士たちは屋敷の中に入ると、襖が沢山ある廊下へ案内される。


「お部屋は十分に空いておりますので、お好きな所を使っていただいて構いませんわ」


 村の長がそう言ったため、騎士達は各々目新しそうに襖を開けて部屋に入っていく。一つ一つの部屋は広いため、基本的には複数人で一つの部屋を使うことになるだろう。


「女性の方用のお部屋は別のところに用意しておりますので女中に案内させます」


 シィ、スノウ、団長は現れた女中に連れられて、ここは違う場所にある部屋まで案内され、この場から去っていく。


 数分経つと廊下から騎士たちの姿は消えていた。僕を除く全ての者達は既に自分の部屋を決め、中で長旅の疲れを癒し始めているようである。

 僕も親しい仲の者は騎士団の中にいないが、このまま廊下に突っ立っている訳にもいかないので、とりあえず近くの部屋に入る事にした。旅行でもあるまいし、どうせ休むだけなのだからどの部屋でも大して変わらないだろう。

  そう思い襖に手をかけたところで僕の服の裾が誰かによって引かれた。

 振り向くとそこにいたのは先程まで案内を行っていた、長のミハク・グレイシャーであった。


「ミル・アキカゼ様。貴方についてのお話は既に伺っておりますわ。私についてきて下さいませ」


 そう言うと僕に有無を言わせることもなく、彼女は廊下の奥へと進んでいった。仕方ないので、今は彼女について行くこととする。

 彼女は廊下の角で曲がると階段を上り、二階に登っていく。

 そうして辿り着いたのは先程騎士達が案内された部屋よりも一回りほど大きな部屋だった。数人が入れるような部屋より更に大きいので一人が休むには広すぎるほどに。


「随分広いですけど、本当にここを使っていいんですか」


 一応、僕はここまで案内した村の長に確認を取る。しかし、ここでの確認の真意は部屋を使っていいのかどうかではなかった。何故僕がこの部屋を使うことを許されているのか。つまり、彼女が僕についてどれだけの情報を持っているのかを確認するためであった。


「えぇもちろんですわ。貴方様にはきっとこれくらいのお部屋の方が丁度いいと思いましたから」

「それはどうして?」

「貴方様が特別なお力を持っていらっしゃるのはお聞きしていますから」

「······そこまで知っているんですね」


 彼女は、既に僕が『神の使い』であるということを知っていたのだ。


「貴方はきっと来て下さると思っていましたわ。それが『運命』なのですから······」

「『運命』······とはどういう事ですか」

「ふふ······すぐに分かりますわ。この村に滞在していれば」


 そう言うと彼女はこの部屋の押入れまで向かった。そして女中を呼ぶこと無く自分自身の手で手際よく僕の部屋の布団の用意を行った。


「この後、お屋敷の『離れ』にて皆様の歓迎会を行います。それまではゆっくりお休みになっていて下さいな」


 布団を敷いてそう言い残すと、彼女は僕を残して部屋から出ていった。

 部屋の中には僕と敷かれた布団だけが残っている。

 今から彼女を追って詳しい話を聞いてもいいが、そんな事は後回しだ。


 先程までさんざん寝ていたにも関わらず、何故かとても頭が重いのだ。単純に眠気のせいなのか、それとも思った以上に疲れているのかは分からない。

 しかしそれはとても我慢出来るものではなく、僕は布団の近くに剣を立てかけて死んだように布団に倒れ伏した。


 ✱✱✱✱✱✱✱✱


 僕の呼び声に応え、彼は思っていたよりもすぐここに現れた。


「異常な眠気の理由は君か」


 苛立った様子を隠しもせず顔に表しながら、『もう一人の自分』は僕の目の前に立つ。

 しかし、彼と僕との間には見えない、しかし絶対的な壁があった。それもそのはずだ。彼はつい先程まで意識と身体を持ち、実在していた人間である。それに対して僕は動かせる身体は無く、意識も消えかけている言わば亡霊のような存在なのだから。


「君、生きてたんだね。てっきり、あの時消滅したものだと思っていたよ」


 彼のその言葉に僕は何も答えなかった。否、答えられなかった。

 何故なら、僕自身もあの時に消えてなくなる選択をしたはずであったから。それなのに、どういう訳か消え掛けの存在になって尚、僕は自身の心の中を居場所として居続けている。


「それで、何の用かな。わざわざここに呼び出して」


 彼に聞きたいことは二つあった。


「君は僕と同じく皆を護る事を目的としていた。方法は違えど。······なのに今の君は誰の事も護ろうだなんて考えていない。一体、今の君は何を目的としているんだ」

「勘違いしないで欲しい。僕も最初は皆を護ろうとしていたさ。けれど、僕がそうすることを拒んだのは周りの方だ。僕の側から離れていった者達をわざわざ護る必要はない。違うかい?」


 僕は下唇を噛みながら、なんと言い返せばいいのか模索していた。けれど、既に答えを出し進む道を決めている彼に迷い続けた結果なんの答えも出す事が出来なかった僕が言えることは無い。


「だから僕は自分の好きなように生きると決めたんだ。この力によって」


 僕が何かを答えるより先に彼が続ける。


「それに、僕が目の前の敵を倒していけば結果的にその敵が君の言う『大切な人達』を襲うこともなくなる。それはつまり『護っている』と言っても過言ではないんじゃないかな」


 僕は俯き、黙ってその話を聞いていた。何も言い返す事は無かった。


「僕からは以上だ。それと、もう僕に話しかけるのは止めてくれ」


 そう言い残し、彼は僕に背を向けて歩き出し始める。

 しかし、僕にはもう一つ聞きたいことがあった。


「最後に一つ答えて欲しい。前に、僕へ語りかけてくれたのは君なのかい?」


 それを聞くと、彼は振り向くと同時にその拳を僕との間に存在する壁に叩きつけ、怒号を放つ。


「自惚れるな。言っておくけど、僕は君の事が大嫌いだ。今もこの壁がなければ君を殺してしまいたいほどに。だから、わざわざ君に語りかけることなど万に一つもない」


 そう言い放った彼の去っていく背中を見ながら、僕は自分自身がいかに無力で情けない存在なのかを再認識した。


 ✱✱✱✱✱✱✱✱


 不快な夢を見た。


 目を覚ました僕は冬だというのに酷い寝汗をかいていて、身体の水分がすべて消えてしまったのではないかと感じるほどに喉が乾いていた。

 水が飲みたい、という衝動に駆られて僕は部屋を出る。部屋の中に蛇口がなかったからだ。

 しかし、廊下に出てもそこに蛇口はない。なので厨房まで行けば水が貰えるはずだと考え、そこへ向かおうと階段の元まで向かう。


「おや、ミル様。起きていらっしゃったのですね」


 階段の踊り場には、下から上がってきていたミハクが立っていた。


「他の皆様はもう離れに集まっております。ミル様のお姿がお見えにならなかったのでこうして迎えに来た次第でございます」

「そうですか······。それよりも水をくれませんか。とても喉が乾いているんです」

「お水ですか。少々お待ち下さいませ」


 僕の話を聞いて、ミハクは着物の端をつまみながら駆け足で階段を降りていく。そして間もなく、水が注がれたグラスを持って戻ってきた。


「どうぞ、お水ですわ」

「ありがとうございます」


 乾いた喉を潤したくて仕方がない僕は手渡されたグラスの水を一気に飲み干す。冷たい水が身体に行き渡っていくのを感じた。


「ミル様は歓迎会に出席なさらないのですか? 村の住民たちも集まって、騎士の皆様方と楽しくお話をしておりますし、御食事も用意してありますのよ」


 空になったグラスを受け取りながらミハクが尋ねる。


「あまりそういう騒がしい会は好きでないので。出来れば食事も部屋でとりたいです」

「そうでしたか。では、新しく御食事を用意してここまで持って参りますわ」


 忙しなくミハクは階段を降りていこうとする。わざわざ新しく料理を作らず、冷めた料理を持ってくるだけで良かったのに。初めも僕を呼びに来たのだし、村の長にもかかわらず彼女を働かせすぎて、流石の僕でも少し申し訳無く感じた。


「待って下さい」

「はい、何でありましょうか」


 僕はもう既に踊り場まで辿り着いていた彼女を呼び止める。


「いいです。やっぱり離れで食事だけはとるので」


 それだけ伝え、僕は踊り場で彼女を追い抜きながら離れの方へ向かった。

 それが、今の僕になってから初めて人に気遣いを見せた瞬間だった。


 ✱✱✱✱✱✱✱✱


 屋敷の一階から、外へ続く廊下を通って離れまで歩いていく。離れもこの屋敷と同じく木造の建物で、周りは白い雪に覆われた木々に囲まれていた。


 離れに近づくにつれて賑やかな声が聞こえてきた。外から入口の障子越しに中の様子が見える。明かりに照らされた部屋の中で人影が楽しそうに蠢いていた。


 そしてそれとは対象的な人物が一人、障子の前の階段に座っている。スノウだ。彼女は僕が歩いてくるのに気づいたが、立ち上がりはしなかった。

 会話する気は無いのかと思われたが、すぐ近くまで近づいた時、彼女の方から話しかけてきた。


「······来ないかと思ってた」

「来る気は無かったけど用ができたから。それより、君が外にいる方が意外だった。故郷だから昔の知人とでも話せばいいのに」

「······私にこの村の友達はいないから」

「そう······」


 関心のない答えを返しながら僕は彼女が座っている階段を上がり、障子の前に立つ。

 しかし、僕はすぐ中に入る気にはならなかった。友人がいないのは僕も同じだ。だから、僕が入れば中の空気が乱れるのは間違いない。

 けれど、ここに来る選択をしてしまったのは自分自身だ。だから気にしてはいられない。


 意を決して僕は襖に手をかけた。そして―――


 ―――そして、僕がその戸を開けるよりも先に建物の倒壊音が辺りに轟いた。その音はこの離れから発せられたものであった。


 僕と外で座っていたスノウは慌てて障子を開けて中の様子を確認する。


 離れの明かりは消え、木によって囲まれていた一角に巨大な穴が空いている。その穴の近くにいた村の民と騎士は壊れた壁に押し潰されていた。


 そしてその穴から、二足歩行をした黒い影のような魔物達が侵入していた。

 この話からが本格的な三章のスタートとなります。

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