4話(62話) 『氷結の村』
何としても十二月中に一話分だけは投稿しておきたかったのでこの時期での投稿となります。
相変わらず遅くなってしまい申し訳ないです。
窓から差し込む光がベッドで眠っていた僕を起こした。
日付は僕が作戦への参加を決めてからちょうど一週間後。つまり、氷結の村へ向かう当日である。
目を覚ました僕は寝巻きから着替え、ついでに着込めるようクローゼットからコートを取り出した。
ストファーレの街の景色は雪によって白く染まっている。この街ですらこの量の雪が降っているのだから、村の方面ではこれ以上の豪雪となっている事だろう。厚着しておかなくては。
その後は一階に降りて簡単な朝食を取り、出発の準備を整える。
家を出る前、忘れないうちに丹念に研いだ剣を鞘に入れておく。ロサの棘から作り出した特殊な剣。禍々しい色をしたその剣はとても騎士が使うものには見えないけれど、今の騎士道精神など全く持ち合わせていない僕にとってはむしろちょうど良いのかもしれない。
僕が村に向かうと決めたことはまだ誰にも伝えていなかった。伝えたところで僕が他の騎士達と協力し合うという事には絶対ならないし、何より僕自身の目的は彼らとは違う。いうなれば、自分の目的の為に彼らに便乗して村に向かうというだけだ。
外に出る前にコートを羽織っておく。どうせ外は寒いのだし、持っておくよりも着てしまった方がいいと考えた。
そして何日家を空けるとこになるのか分からないため念入りに戸締りを確認してから、僕は村へ向かう騎士達が集まる場所······街の門へと向かった。
✱✱✱✱✱✱✱✱
数分歩いた後、僕は門のある広場まで辿り着いた。
確か、盗み聞きした情報によると出発の時間はもう少し先のはずだが既に多くの騎士達と馬車が集まっていた。僕と同じように厚着をした騎士達が忙しなくそれぞれの馬車に乗り込んでいる。
「なんであんたが来てるのよ······」
僕がその様子を少し離れた所から眺めていると、その様子に気づいた人間が僕の元へ歩み寄ってきた。
「やぁ、シィ」
その人物は僕もよく知った相手だ。気さくに挨拶を返したのだけれど、シィはそんな僕の事を怪訝な表情で見つめていた。
「あんた、この作戦には参加しないって言ってなかった?」
「気が変わったんだよ。僕もこの街のために何かしようと思ってさ」
もちろん嘘であるし、それが嘘であることは彼女も分かっているに違い無かった。実際、シィはその言葉を信じるような素振りは見せず、
「何を考えてるのかは分からないけど、私達の邪魔はしないで欲しいわ」
それだけ言い残すと、僕を置いて馬車の方へ行ってしまった。
彼女の進んだ先にはスノウも立っていた。どうやら彼女たちは先頭の馬車に乗るようだ。
わざわざ彼女達の近くに乗ろうとは思わないので、僕は列の最後尾に待機していた馬車へ向けて歩いてゆく。
その馬車の荷台には既に二人の騎士が乗り込んでいたが、僕が座れるスペースは十分に空いていた。
並んで座り出発前のつかの間の談笑を楽しんでいる彼らをよそに、僕は荷台の奥の方へ進んでいく。
馬車を操るのは騎士団の一員ではなく、馬車を生業としている者をちゃんと雇ったようであった。
一番端の位置へ辿り着くと、剣を置いて僕はそこへ座り込んだ。
壁に背中を預けて眠ろうかと思っていると、入口から誰かが荷台の中を覗き込んできた。
「間もなく出発だ。用意しておいてくれ······って······」
覗いたきたのは恐らく既に乗っていた騎士達に話しかけに来たのであろう騎士団長だった。しかし、僕が中にいることに気づくとその表情が固まる。
「なんだミル、結局来ることにしたのか」
「はい。僕も何かこの街のためになる事をしたいと思い直したので」
シィにも言った嘘を笑顔で述べる。
「······そうか。まぁ来てもらえるのならそれだけでありがたい」
やはりシィと同じく僕の嘘には気づいたようで、少しの間沈黙した後に団長はそう返した。
「では、また後で」
そして、僕にではなく他二人の騎士に別れを伝えてから団長は馬車から離れていった。
団長が離れてから程なくして、馬車は列を組んだまま街の門を抜けていく。氷結の村へ向かって動き始めたのだ。
馬車は全部で五台あった。それぞれに乗っている人数を考えると、村へ向かう騎士は合わせて十五人前後だろう。この数だけでは心許ないような気もするが、『凍夜鬼』の討伐には村の民も協力するだろうから合わせれば結構な人数にはなるだろうか。どの道、凍夜鬼の討伐は僕にとって重要な事項ではないが。
僕の目的は過去の神の使いの手がかりを探すことだ。自分自身の存在意義を見つけるために。
前々から作戦への参加を決めていた騎士達は説明を詳しく受けていると思うが、僕はもちろんそんなもの一度もまともに聞いていない。せいぜい多少盗み聞いた程度だ。そのため、村へ着くまでどのくらいの時間がかかるのかも知らなかった。
仕方ないので、僕は目的地に着くまで眠りにつく事にする。ちゃんとした職の人のおかげか馬車はそれ程揺れも酷くなく、快適に睡眠を取ることが出来た。
恐らく目を覚ます頃には目的地に着いている事だろう。どれくらい眠る事になるのかは分からないけれど。
✱✱✱✱✱✱✱✱
「おい起きろ。おい」
耳元から響く声で目を覚ます。
僕の体を譲りながらその言葉をかけていたのは同じ馬車に乗っていた騎士二人の片割れだった。
「着いたぞ。氷結の村だ」
「······そうですか。ありがとうございます」
一応感謝の念を伝えてから僕は側に置いた剣を手に取って、荷台から降りる彼らに続いた。
降りて雪の積もった大地に足を下ろすと、柔らかい雪は僕の体重で潰れてしまい、足はすねの辺りまで雪に埋まってしまった。非常に歩きにくい。
続いて思うのはコートを着ているにも関わらず感じる、身を刺すような寒さ。吐く息は白く、止む気配もなく雪が降り続けている。
地面は白い雪に完全に覆われてしまっており、土の茶色や草の緑色は全く見当たらない。木にも雪が積もり、本来の形が分からないまでになってしまっていた。
日は登っているいるようだが、絶え間なく続く雲によって空は覆われており、太陽の高さから今が何時頃なのかを判断することは出来なかった。
村の中にはもう入っているようで、見回してみると木と同じように白い雪が積もった民家が幾つも立ち並んでいる。
僕達が降りた馬車は荷台ごと馬小屋らしき建物へ向かっていった。滞在期間中、馬はそこへ繋いでおくようだ。
馬車を見送りながら、騎士団の一員は立ち並ぶ家々の中でも特に目立つ一軒へ足を進めていく。それは巨大な木の門を持つ、村で最も大きなお屋敷だ。
先頭を歩いていた団長が門に辿り着くと、その門を叩きながら告げる。
「ストファーレ騎士団だ。たった今こちらに参上した」
すると、その門は大きな音を立てながらゆっくりと僕らを歓迎するように開いた。
その奥には十数人の人が立ち並んでいる。そのうちの一人がゆっくりと僕らの方へ歩を進めてきた。
「ストファーレ騎士団の皆様、私はこの街の長、『ミハク・グレイシャー』ですわ。私達『氷の民』はあなた方を歓迎いたします」
僕らの前で足を止めた女性が騎士団にそう告げた。




