2話(60話) 『利』
「それは、数百年前に氷結の村に封印された魔物『凍夜鬼』の討伐だ」
『凍夜鬼』、その魔物の名が出たということはつまり······
「団長、それはつまり自分達が氷結の村に行ってやる事ってのは······」
他の団員達も僕と同じ事を思ったようで、前に立って話していた騎士団長に問いかけた。
「ああ、そうだ。名目上の目的は地魂祭の為に『凍てつく花』を手に入れる事だが、実際に行う事としては村の民たちと協力して『凍夜鬼』を討ち取ることだ」
室内がざわつく。
今ここに集まっている騎士の多くは、人員不足の解消のため緊急でかき集められた者達だ。そんな彼らがこのような大きな作戦に参加し、そして強大な魔物を討伐する事に恐れを感じるのも無理は無い。
「もちろん、ここにいる全員に参加を強要したりはしない。街に残って街の平和を護ることも騎士の大事な務めだからな」
その言葉を聞いて、新人騎士達はホッと胸をなで下ろす。
「出来れば、私が人員を補充するよりも前から騎士団に所属していたものに参加して貰いたいと思っている」
騎士団長が手前に座っている騎士達、その奥のシィやスノウに目を向ける。そしてその視線はやがて僕の姿を捉えた······が、僕はそれを無視して俯いた。
「······では、会議はこれで終わろうと思う。作戦を開始して氷結の村に向かうのは一週間後だ。それまでに心を決めておいて欲しい。では解散して暮れて構わない」
僕が視線を逸らした事に対して少し残念そうな沈黙を残した後、会議の終了を宣言した。
会議室に集まっていた騎士達が各々部屋から出ていく。僕もここに残る道理はないので、足早に立ち去る事にする。
「······待って」
しかし、部屋から出ようとした所を後ろから呼び止められてしまう。
振り向くと、そこに立っていたのはスノウ。その後ろにはシィも立っている。彼女達と言葉を交わすのも約半年ぶりの事だ。
「何かな?」
「······ミルと、それから団長にも残って欲しい」
「私にもか?」
僕と同じく部屋から出ようとしていた騎士団長の事もスノウは呼び止めた。
「······この四人には話しておこうと思って」
他の団員が全員立ち去ってから、スノウはこの場に残っている四人だけに話し始める。
「······私は、『氷結の村』出身の人間。あの村からこの街に来た」
「えっ、そうだったの!?」
スノウの後ろに佇んでいたシィが声を上げた。どうやら彼女も知らない事実だったようだ。
「私がこの街に来た目的は、この街の騎士団に『凍夜鬼』を倒す事が可能かどうかを図るため。そして、それに値すると考えたからその旨を魔法道具で村まで伝えた」
「つまり、今回氷結の村が地魂祭に協力する姿勢を見せたのは、スノウからの伝言があったからという事か」
「······そう」
納得したように騎士団長が言う。
そして、スノウの視線は僕の元へと向かった。
「私はミルのこともこの街の騎士団の戦力として考えてる。だから、ミルも村に来て欲しい」
スノウのその言葉を聞いて、壁に寄り掛かった体勢の僕は少し考えた素振りを見せてから答える。
「分かった。僕の目的は皆を護ることだ。村の人達を護るために僕も行くよ」
そう言って僕はスノウや皆に笑ってみせる。
「······ありがとう」
僕の返事を聞いたスノウは安心したように、僕に感謝の言葉を述べた。
「って、前の僕なら言っただろうね」
けれど、それは今の僕の心理ではない。
「生憎だけど、今の僕は無利益に知らない誰かを助けようなんてとても思わない。だから、正直この作戦に参加する気は無いよ」
その旨だけ言い残して、僕は部屋から立ち去ろうとドアへ向かう。
「······ミル、待っ」
「いいえ。スノウ、もう彼に話しても無駄よ」
僕の後ろで、僕を呼び止めようとするスノウとそれを静止するシィの声が聞こえた。
その声を聞いた僕は振り返る。
「これでハッキリしたわ。今のミルは過去のミルとは違う」
「ああ、そうだよ。理解してくれてありがたいな」
シィは僕を睨みつけると、最後にこう言い残した。
「私はもう、『あんた』を仲間とは思わない」
「うん、僕も同じ気持ちだよ」
こうして最後の言葉を交わし、僕は部屋を出た。
✱✱✱✱✱✱✱✱
部屋を出た後、僕はそのまま家に帰ることなく城の書庫へ足を踏み入れていた。
先程僕は自分の利にならないことはしないと言ったが、正直な所、今のままでは情報不足だ。
そこで、氷結の村についての情報を得るためにここに赴くことを決めた。何か利になることがあるのならば、村に行くことも考えに入れた方が良いかもしれないからだ。
前にリブロと来た時のように書庫の扉を開けて中に入る。
幸いな事に、書庫の中に最も会いたくない人物であるリブロがいるという事は無かった。
僕はそのまま書庫の奥まで入っていき、街以外に関する歴史書の棚へ向かう。
出来ればすぐに探してここから出たかったのだが、書庫の中が薄暗い上に古い本だけあって文字もかすれており、なかなか目的の本を探す事が出来ない。
そうして書庫の中で探し回っていると、書庫の扉が開く音が響いた。
何か嫌な予感がした。
とはいえ、ここでじっとしていて隠れていると思われるのも癪だ。どうせ見つかるのなら大胆に出ていった方がいい。
「明かりが灯っていますけど、どなたかいらっしゃるんですか?」
入ってきた人物の声を聞いて確信する。やはり相手は僕が最も会いたくない人物だ。
しかし、このタイミングで来てもらったのは若しかしたら丁度良かったかもしれない。
僕は本棚の影から、声の主の前に姿を現す。
「お久しぶりですね、姫様」
僕の姿を見た姫様は少し驚いた表情を浮かべた。しかし、その後すぐにすたすたと書庫から出ようと扉へ向かっていってしまう。
「待って下さいよ。そんな目の敵みたいに扱われたら悲しいです」
「実際に目の敵ですから。あなたは私にとって」
挑発的な態度になってしまったが、何とかリブロを呼び止めることに成功する。
「ところで姫様、僕は今『氷結の村』について書かれた本を探しているんですけど、何処にあるか知りませんか?」
「知りません。私は部屋に戻ります」
そう言って立ち去ろうとする姫様に僕はさらに言葉を投げかける。
「姫様は困っている人を見捨てられるんですか?」
その言葉は姫様を立ち止まらせるのには十分であった。
間髪入れずに僕は続ける。
「人を助ける力があるのに助けないって、まるで力が無いのに人を護ろうとしていた過去の僕の正反対で······」
「あなたにミルさんを悪く言う資格はありません!」
力強く僕にそう告げた姫様は僕が立つ本棚の前までやって来ると、棚から氷結の村についての本を取り出して僕に手渡した。
「お探しのものはこれです」
「ありがとうございます姫様。それから僕もミルです」
ニッコリと満面の笑みで感謝を伝える。
「あなたに姫様と呼ばれる筋合いはありません」
しかし、笑顔で感謝を伝えたにも関わらず姫様は怒った様子のまま書庫から出ていってしまった。
残念、仲直りは出来なかったみたいだ。まぁ別にいいけど。
僕は木造りの椅子に腰掛け、その本を頭から読み進める。どうやらこの本は氷結の村について、ストファーレ側からの視点で纏めているようだ。
しかし、余り昔過ぎる情報を見ても参考にならないだろうし、この最初の方は飛ばしてもいいか。
そう思いまとめてページを進めようとした所で、僕は開いているページのある記述に気づいた。
それは二百年前の出来事を示している箇所であった。
二百年前、『ストファーレ騎士団、氷結の村へ遠征。しかし帰還者はなし』
一見すれば、過去にもストファーレから氷結の村への遠征があった事を示しているだけの記述だ。もっと詳しく考えても、これが『凍夜鬼』という存在を封印した出来事であったのだろうと推察できる程度である。
しかし、僕はこの記述を見てある事を思い出していた。それは氷結の村や凍夜鬼について知るもっと前の事······。
「もしかして、この出来事が······」
思わず声を出す。しかし、この出来事が関係しているのならば辻褄が合うのだ。
それは過去の僕がこの書庫でリブロと共に見た本の内容。『神の使い』についての記述。
『神の使い』とこの『凍夜鬼討伐』が繋がっているとしたら、詳しく書かれていなかった『神の使いの死』はこの出来事に関連しているのではないだろうか。
······確かめる必要があるな。過去の神の使いについて。
もし氷結の村に行けば、この事に······『神の使い』についての詳しい文献が見つかるかもしれない。
そして、もしも過去の神の使いについて知ることが出来れば分かるかもしれないのだ、『僕がこの世界に呼ばれた理由』が。僕自身の『存在意義』が。
そう思ってから、僕の決意が固まるまでに時間はかからなかった。
誰かを護るためでは無く、自分自身のために行くとしよう。
『氷結の村』へ。




