1話(59話) 『決別の後』
遅くなりました。今回から三章の開始となります。
これまでに比べると話が重くなりますが、よろしくお願いします。
「おーい、待ってよー」
暗い森の中、僕の目の前を走っている『それ』を追いかける。
僕がこの森にやって来た理由そのものである『それ』は、残念ながら僕の姿を見ると危険を感じたかのように逃げてしまったのだ。
後ろから着いてきていた僕に目もくれず一目散にどこかへ向かっていた『それ』を追いかけていると、やがて森の中でも開けた場所に出た。
そして『それ』──猿型の魔物が辿り着いた僕に振り向くと同時にこの場を囲む木という木の隙間から同種の魔物が大量に姿を現す。
「やっぱり誘われてたのか。まぁこちらとしてはむしろ有難いけど」
この場を取り囲み、木の上から僕の姿を観察している魔物達の合計数はおよそ二、三十体。
「うんうん分かったよ。君たちは個々の能力は他の魔物達には及ばない。だからこうして仲間同士で集まっているって事なんだ。物量は時に強大な『個』を倒しうるからね」
かつてのロサの如く、煽るような口調を使って魔物達を挑発する。彼らが人の言語を理解できるかは知らないが、少なくとも僕が挑発していることだけは理解したようで彼らは一斉に吠え威嚇し始めた。
「よし、君たちもやる気になったみたいだしそろそろ始めようか」
右の拳を握り、思いの強さを糧に神の力を発動させる。······『殺意』という思いによって。
「さぁ、狩り尽くすよ。君たちの全てを」
そして僕と魔物達は交戦を開始した。
✱✱✱✱✱✱✱✱
季節は秋を越えて冬へ移り変わり、街には厚着をした人が多く見られるようになっていた。
夏に行った護り手の仕事が終わってからはおよそ半年が経ち、団長の活動の甲斐もあって不足していた騎士の数も今ではだいぶ回復した。他の街からの受け入れ、入団テストで合格しなかった者達の引き入れといった具合だ。
新入りが増えたことにより相対的に僕らの騎士団内での階級は上がった。が、僕は新たに入った者達の顔をほとんど知らない。それどころか、この半年間にシィやスノウ、リブロと会話をした事は一度も無かった。
あの作戦が終わったあの日にリブロが僕に告げたように、僕と彼らは既に決別しているのだ。
僕はまだ騎士団に所属してはいるが、もうパトロールなどの仕事などは行っていない。今の僕がするのはただ魔物を狩ることのみ。そこに誰かを護るなどという考えはもう無かった。護るべきものを失った自分はもう誰かを護ろうとは思わなかったからだ。
今魔物を狩り続けている理由は自らの意味を見つけるため。なぜ僕がここに呼ばれたのかという答えを見つけるためだ。
何かを犠牲にしなくては何も護ることは出来ないと結論づけたが、どうやら僕にとっての犠牲は過去の仲間達で、護ったものは自分自身の意志であったらしい。
森から帰り、自宅へ着いた僕は魔物の血で汚れた上着をリビングのソファの上へ脱ぎ捨てると、クローゼットの中から別の服を取り出して着替え始める。
まだ夕方頃だがやることも無いし、脱いだ服を洗った後は眠ろうかと考えながらズボンを履き替えていると突然ドアをノックする音が部屋に響いた。
前ならばシィかスノウなのだろうけれど、今彼女らが僕の家に来ることは無い。とすれば、一体誰だろうか。
ズボンを履き、チャックが閉まっていることを確認してから僕はドアへ向かう。
ドアを開けた先に立っていたのは赤い髪の女性。はっきりと決別した訳ではなかったが、ここ最近は会話を交わすことのなかった者。騎士団長『エン・ヒートフレム』だ。
「ミル、召集だ。重要な会議があるから来い」
僕がパトロール等を行わないからだろうか、以前に比べて口調がきつくなっている。最も当然といえば当然のことであるが。
「それは僕も行かなくてはならないほど大切なものなんですか?」
「ああそうだ。すぐに来るようにな」
それだけ簡潔に述べると、団長は城の方向へ去っていった。
わざわざ団長が出向いてまで伝えに来たことだ。無視する訳にもいかない。
仕方ないので、脱いだ服を水を張った洗面器に浸けると僕は早足に家を出た。もっとも会議に出席したからといってその作戦に参加するかは別なのだが。
✱✱✱✱✱✱✱✱
「ここへ来るのも半年位ぶりかぁ」
橋を渡った先、相変わらず綺麗な白い塗装が施されている城を前に僕は思わず呟く。
リブロが家に来た後からこの城にやって来たことは一度も無かった。もちろんその一番の理由は完全に決別した状態であるリブロに出会いたくなかったというものなので、今日も出来れば出会ってしまわないことを祈る。
城に入ると迷わず会議室へ。久しぶりに入ったとはいえ道に迷うことは無かった。
会議室のドアを開けるとそこには既に多くの騎士が集まっていた。とはいえその多くは初対面。相手側も僕については真面目に仕事をしていないという悪評について程度しか知らないであろう。
しかし、問題は初対面の彼らではない。
会議室の奥。並んで椅子に腰掛けているのは金色の髪を二つに纏めた少女と長く青い髪をした少女。シィとスノウだ。
彼女達は入ってきた僕に気づいてちらりとこちらを見はしたもののすぐに目線を外した。それは興味が無いから見るのを止めたのではなく、見てはいけないものだと認識して見るのを止めたというのが正しいと思える動作であった。
しかし、今僕の方から彼女達に投げかける言葉も見つからない。こちらが気にしていても気まずくなるだけなので、僕も特に彼女達に何かアクションを起こすこと無く壁に寄り掛かって会議の始まりを待った。
数分後、何かしらの資料を手にした団長が会議室のドアを開けて中へ入ってきた。
「よし、全員集まっているな」
室内を見渡した後にドア近くに寄り掛かっていた僕の姿を確認してから団長は発言する。どうやら僕が最後の到着であったみたいだ。
「では作戦について説明する。今回の作戦は今年の『地魂祭』に大きく関わるものだ」
団長の口から出た『地魂祭』という言葉。直接誰かの口からこの言葉を聞くのは初だが、確か前に図書館でこの祭りについて読んだことがある。
『地魂祭』。その名の通り、この地に眠る魂に感謝し今後の繁栄を願うストファーレ特有の祭りだ。毎年春に行われるが、今年の場合僕が転移してきたのはこの祭りの後の事であったらしい。
この祭りには、この地の繁栄以外に他の地との交流を盛んに行えるようにという願いも込められているそうだ。その為、毎年何かしら他の土地特有の物質をストファーレまで持ち帰り、交流が盛んになるようにその地の魂への感謝も同時に行うのだという。
この祭りに関連しているということは、恐らく何かしらの物を持ち帰れという指令だろう。
「今回の地魂祭ではこれまで交流の行うことの出来なかった土地······常に吹き荒ぶ吹雪によって阻まれた北部の地、通称『氷結の村』と呼ばれる地から地産物を持ち帰る」
『氷結の村』······こちらについては聞いたことがない。常に吹雪が吹いているということは恐らく季節に関わらず寒い地方なのだろうけど。
「しかし、今まで一度も交流を図ろうとしなかったのに何故この村は今更になって了解したのでしょう」
団長の前に座っていた騎士が問いかける。
「恐らく、それは彼らの提示してきた条件によるものだろう」
「条件?」
団長は持ち込んだ資料を広げて、部屋の中にいる全員に見えるように掲げた。その資料には花のようなものの絵が載せられていた。
「我々が氷結の村から持ち帰るのはこの『凍てつく花』だ。そして、彼らはこの花の提供の代わりに条件を提示してきた」
団長がもう一つの資料を広げる。
そこに描かれていたのは巨大な魔物の図。
「それは、数百年前に氷結の村に封印された魔物『凍夜鬼』の討伐だ」




