26話(58話) 『決別の日』
この話で二章は終わりとなります。
また、今回の話を見ると皆さん思う所があると思いますが、その点に関しては後書きで説明したいと思います。
自分の家に着くなり、僕はソファへと倒れ込んだ。
帰ってくるまでは気張っていたのであまり気づかなかったが、家に帰って安心すると同時に僕の体に強い疲労感が襲った。
結局僕は馬車で城まで戻った後、シィ達に別れを告げることもなく一人で静かに帰った。
彼女達は今頃城の中で祝賀会を行っているのだろう。だが今の僕はとてもじゃないがそんな気分ではなかった。嬉しい時に素直に喜びを示し、楽しい時に素直に楽しい表情を浮かべる。そんな事が出来る自分は、既にこの体からは消え去っているのだ。そもそも別段嬉しい気持ちでもないし。
体がだるい。これまでとは明らかに異なる疲労の仕方だ。
けれどそれもそのはず。つい先程まで、この体をこれまでに掛けたこともないような負担を掛けながら働かせたのだ。まだ慣れてないうちはこうなることも必至だろう。
柔らかいソファの上に寝転がっていると、自然と瞼が重くなっていく。今はこのまま眠気に抵抗するよりも寝てしまった方が楽になるだろう。
僕は目を閉じ、体を襲う眠気に身を任せて眠りについた。
✱✱✱✱✱✱✱✱
家のドアが叩かれ、その音で僕は目を覚ました。
どれ位の間眠っていただろうか。窓から外を見ると既に空は薄暗くなっている。
僕はドアまで歩いていくと、誰がノックしたからも分からないままにそのドアを開けた。
「こんばんは、ミルさん」
そこに立っていたのは白い髪の少女。先程まで僕が仕えていた相手。『リブロ・ガイアブレイド』······姫様だ。彼女と僕の主従関係は儀式を終えた今日をもって消えたはずだった。
「姫様、どうしてここに?」
「ミルさんがすぐに帰ってしまったので、きちんとお礼をしておきたかったんです。······中に入っても宜しいですか?」
「はい。どうぞ」
ドアを大きく開けて姫様を中に出迎える。
最初はお礼をしたいから来たと言ったが、その言葉を伝えるだけならばわざわざ家の中に入らず玄関先で伝えればいいだけのこと。なのにわざわざ僕の家に入りたいと言うのには何か理由があるのだろう。
彼女を家の中に招くと、彼女を椅子に座らせて僕はお茶を取りに台所へ向かう。暫く寝ていたおかげでだいぶ体は軽くなっていた。
「どうぞ」
お茶を出し、僕は話しやすいように向かいの席に座った。
「ひとまず、今までありがとうございました。ミルさんがいなければきっと今回の儀式は上手くいっていなかったと思います」
「いえ、任された事なので感謝される言われはありません」
感謝の言葉を述べられたが、正直今の僕にその言葉はどうでも良かった。僕が気になるのは彼女が今何を思っているかだ。
「本題に入ったらどうですか?」
単刀直入に、彼女の思惑が何かを問いただそうと僕は問いかけた。
「ええ、そうですね。では······あなたは、『誰』ですか?」
僕の目を見て、試すかのように姫様は問う。
本当に単刀直入だ。ならば僕自身も隠すことはない。
「僕はミルですよ。以前の僕とは違う存在と言った方が正しいですけど」
「違う存在······?」
「ええ。過去の僕は僕自身の心の闇が生み出した虚像。つまり偽物のような存在です。対して今の僕は答えを見つけ出した『秋風見留』。つまり、これが僕の本性······辿り着くべき到達点に至った存在です」
「······」
その言葉を聞くと姫様は黙り込んだ。そして、心を落ち着けるようにお茶を一口飲むと、再び問を投げかける。
「ミルさん······今までのミルさんはどこへ行ってしまったんですか?」
「消えました。僕が表に出てきた影響で」
その言葉は彼女の心を大いに傷つけた······と思ったが、予想外に彼女は落ち着いていた。
「あまり驚かないんですね」
「はい」
姫様は今の会話を終えても別段変わった様子はない。彼女自身、過去のミルが消えたという事実は何となく予測していたのだろう。
「それでは今度は僕から質問しても良いですか?」
「はい、構いませんよ」
「では······過去のミルから代わった僕という存在を受け入れてくれますか?」
「いいえ、受け入れません」
即答だった。彼女は考える間もなく僕という存在を拒絶した。
あまりの速さに逆に僕の方が驚いてしまうほどだ。
「ノータイムで答えられると流石に傷つきます」
「そうですか。しかし、私があなたという存在を受け入れないのは変わらない結論です」
彼女の信念は硬い。僕が何を言ったところで、彼女は僕を受け入れようとはしないだろう。
「その理由は、まだ過去の僕に未練があるからですか?」
「······」
「愚かですね姫様。目の前の事実を受け入れられないなんて」
「いいえ、愚かではありません。例え、今の私の立場にシィさんやスノウさん、ティアさん、ラウンさんがいても同じ事を答えるはずです」
姫様はそう言ったが、その発言には明らかに一人、間違いが存在している。
「確かに他三人はそうかもしれません。けれど、少なくともスノウはそうは答えないと思いますよ。僕が変わった事には彼女の言葉も関係しているんですから」
彼女の『どうやって護るのか』という質問がある意味では今の僕の始まりだ。そう言ったからには、彼女はきっと僕が変わることを望んでいたはずだ。
「いいえ、スノウさんもあなたを受け入れません」
「どうしてそう言い切れるんです」
「スノウさんはあなたに『変わって』欲しかったのではありません。『乗り越えて』欲しかったんです。彼女が無責任に人を壊してしまう人間では無いことを私は知ってしますからそう言い切れます」
「結局、それも憶測に過ぎないじゃないですか」
彼女の発言は所詮推論でしか無かった。
「ですが、仮にそうだとしたら僕はもう皆さんを護る必要はありませんよね。誰も僕を仲間だと思ってないんですから」
脅すようにして彼女に聞く。今回の作戦、僕がいなければ成功しなかったというのは姫様も認めている。
ならば彼女達には僕を手放すことは出来ないだろう。
しかし、彼女は又しても考える間もなく切り返したのだった。
「はい。これから先あなたに護られる位ならば、死んだ方がマシです」
「······ハハハ」
その返事を聞いて思わず笑いがこぼれる。
まさか、彼女がそれほど愚かであったとは思わなかった。実は儀式を終えて、成長ではなく退化したんじゃなかろうか。
「ハハハハハ······。さて、では僕の方からも言いたいことを言わせて頂きましょうか」
「······」
「僕は元々、全てを護るだなんてくだらない考えは捨てています。最後の作戦であなた方を護ったのも、あなた方が大切だからではなく、『価値がある』かもしれないと思ったからです」
「······」
口を開かない彼女をよそに、僕は一人で続ける。
「僕の仲間として将来的に役に立つかもしれないという『価値』。それだけが先程僕があなた方を護った理由です。だから、仲間でないあなた方など護る必要性はもう微塵もありません。それに、後にお荷物になる可能性がある事を考えるとその方が楽かもしれませんね」
「そう思うなら、そう思っていただいて構いません」
ようやく口を開いた姫はそう言うと突然立ち上がった。
「帰ります。もうあなたと話したい事はありません」
「そうですか」
姫様はドアまで早足で歩くと逃げるように去······りはしなかった。ドアの前で立ち止まると、僕の方を振り返った。
「最後に一つ」
「何でしょう?」
「私は過去のミルさんは好きです。でも、今のあなたは大嫌いです」
「ええ、僕も今あなたの事が嫌いになりました」
最後にそう告げると、姫様は勢いよくドアを開けて出ていった。
閉じ始めるドアを見ながら僕は呟く。
「さよなら姫様。いや、もう敬意を払う必要も無いか。さよなら、リブロ・ガイアブレイド」
恐らく今日が彼女との決別の日になるだろう。
✱✱✱✱✱✱✱✱
暗い夜道を城へ向かって歩きながら、リブロは先程の会話を思い返すと同時にある確信を持っていた。
あれはミルさんなどではない。そして、私たちの知るミルさんはきっと生きている。
彼女がそう思うのにも理由があった。
一つは、彼の今までとは違う言葉遣い。彼女の知るミルは人に暴言を吐き、自分が優位に立てるような発言をしたりなどしなかった。
仮に『アレ』が本性だとしたら、これまでのミルの言動は明らかに異常過ぎることになる。なぜなら、本来の人格とかけ離れすぎているのだから。
二つ目は彼の言った、『自分が表に出たから彼は消えた』という発言。
その口ぶりから見て、今までのミルが表に出ている間も本物を名乗るミルは心の裏側に存在していたということになる。
しかし、これまでミルは自分にもう一つの人格があるなどということは言っていない。つまり、もう一つの人格を認識できていなかった。
ならば今も、あのミルが認識していないだけで、心の奥底に彼女のよく知るミルの人格が潜んでいるとも考えられる。つまり、今までミルは消えていないかもしれないのだ。
もちろんこれは希望的観測でしかない。しかし、僅かでも可能性があるのならリブロはそれに賭けたかった。
先程でミルを自分達から引き離したのもそれが理由だ。
もしも彼が彼のやり方で自分達を護り続ければ、心の奥底に存在するであろうミルが表に出てこようとする事は永久に無くなってしまう。
だからミル自身に変わってしまった事は間違いなのだと気づいてもらい、自分から出てきてもらうという可能性を信じたのだ。
心の奥底で消えかかってしまっているミルに自分から直接声をかけることは出来ない。
リブロに出来るのは彼が復活出来る舞台を整えて信じることのみ。
だからリブロはこの夜道を歩き、過去のミル······温かく、優しい彼の思い出を巡らせながら信じ続けるのだった。
あの頃の彼が戻って来てくれることを。
恐らく今回の話を見て下さった方が不審感を覚えたのは、『主人公が屑になりすぎている』という点だと思います。
まず作者自身、今の状態の主人公を好意的に思って作品を書いてはいません。主人公がずっと黒いまま終わると言うことはありませんので、その点は安心して下さい。
三章が始まってからはこれまでと雰囲気が大きく変わると思います。しかし、もし出来ればこれから先も皆さんにはこの作品に付き合っていただきたいと思っております。




