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セイヴァー・レコード 〜とある守護騎士の記録〜  作者: パスロマン
二章 スピリトの大樹/覚醒する魂
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25話(57話) 『豹変』

 ミルと分かれた後、シィとスノウはただひたすら地中から湧き出た魔物たちを狩り続けていた。

 十を狩り、二十を狩り······しかしそれだけ潰してもまだ魔物達の軍勢の勢いが衰える事は無い。意識を持っているのかすらも分からない魔物達は恐らく命令されるがままに馬車の中の姫様の方へ走り続けていた。


「もうっ······、これじゃあキリがないわ!」


 馬車の周りを陣取りシィとスノウは既に十分以上の間、魔物達の進行を阻んでいた。

 個としての能力では魔物達はシィ達の足者にも及ばない。しかし彼らは群。個の実力を覆せるだけの物量を彼ら持ち合わせていた。


「······このままじゃジリ貧」


 剣を振るうことにも魔法を使うことにも体力がいる。

 その上、この場は灼熱の炎に包まれる森の中。この暑さでは通常時以上に体力を奪われる。

 このままではいずれ、魔物達を潰し切るよりも先にシィのスノウの体力が尽きてしまうだろう。


 その時だった。


「炎が消えていく······?」


 突然森を覆っていた炎が消滅したのだ。


「······もしかしてミルが?」


 その光景を見てすぐさま彼女達の脳裏に浮かんだのは、つい先程大樹の元へ向かっていったミルであった。

 炎が消えた理由として最も可能性が高いのは炎を発生させていた存在が消えた事。それを成し得ることが出来たのはここにいない彼だけだ。


 しかし、炎が消えたからといって安心する事は出来なかった。


 炎が消えても魔物達の進行は止まらない。仮にミルが元凶を撃破したのだとしても、ここは自分たちが食い止めなければいけない。

 誰かに言われずとも、そう彼女達は分かっていた。

 だから剣を振るい、魔法を唱え続けた。一人で目的を果たしてくれたミルをちゃんと出迎えられるように。


 しかし、その決意もやがて壊されてしまう。


 天から降り注いだ、魔法によって形作られた無数の弾丸。それらが彼女達を囲っていた魔物達の脳天を一撃で打ち砕いたのだ。

 その魔法にシィとスノウは心当たりがあった。しかし、それでも今の状況を信じることが出来なかった。


 呆気に取られたままの彼女達をよそに、その弾丸を放った主は焼けた木の枝の上から彼女達の元へ姿を現した。


「やぁ皆。ちゃんと戻ってきたよ」


 そこに現れたのは彼女たちもよく知るミル······のはずであった。


「ミル······?」


 姿形は間違いなくいつものミルだ。しかし、言葉に表せない······雰囲気のようなものが何か普段のミルと違って見えた。


「ギィ······ギィ······」


 ミルが姿を表すと同時に魔物達の様子が変わった。

 一瞬にして二十近い個体が倒されこのままでは勝てないと判断したのか、それとも彼らの主が倒された事で統率力を失ったのか、彼らは自分たちの足元の地面を掘り始め撤退行動を開始したのだ。


「良かった。これで終わりみたいね」


 その様子を見てようやくシィは安堵することが出来た。が、ミルは違った。


「『神風の弾丸(ストーム・バレット)』」


 右手の指先を魔物達に向け、既に地中に潜りかけていたものを中心に撃ち抜き始めたのだ。


「······ミル?」

「ちょっと、何してるの!?」


 既に戦闘体制でない彼らを攻撃した理由が分からないシィ達は困惑し、ミルに詰め寄る。


「今彼らを逃がしたらすぐに仲間を連れて戻ってくるかもしれない。だから、潰しておいた方がいいと思って」

「潰すって······」


 ミルが言うとは信じられない言葉が発せられ、シィはよりいっそうに理解が出来なくなる。それはこの状況についてよりも、ミルがどうしてそんな事を発するようになってしまったのかという事についてだ。


「彼らは僕一人でも殺し切れるから、皆は先に大樹の所まで行って儀式を始めていて構わないよ」


 その言葉を聞きシィは魔物達に視線を移すが、どう見てもまだ三十以上はいる。この数をミルは本当に一人でやるというのだろうか。


「大丈夫。早く行きなよ」

「······」


 ミルにそう言われても、シィはすぐに動き出せなかった。本当にここから立ち去っていいものかまだ悩んでいたのだ。


「······シィ。シィは姫様と馬車で先に行ってて。私もミルと一緒に残るから」

「スノウ······」


 ミルが残るのなら馬車の運転のためにシィは大樹へ向かわなくてはいけない。ならば、残るのはスノウが良いだろう。


「いや、スノウも疲れているはすだ。腕の怪我も完治していないし。だから、ここから離れてくれて構わない」


 しかし、スノウのその提案をミルは跳ね除けた。


「疲れてるのはミルもでしょう?」

「僕は大丈夫。ほら、魔物達もそんなに強くないしさ」


 見せつけるようにミルが再び魔物達を撃ち抜く。

 それは見て、シィはミルはここをもう動かないだろうと確信した。


「分かった。ここは任せるわ」

「うん」


 簡素な返事でミルが答える。


 シィとスノウは馬車に伸びこむと、中でじっと息を潜めていた姫様に声をかける。


「この場はミルが抑えてくれているから、私達は大樹まで向かいます」

「ミルさんがですか······? 一人で?」

「はい、彼がそうするように言ったので」


 それだけ告げるとシィは先頭に出て馬に跨る。

 すぐに手綱を握ると、シィが馬を発進させた。

 前を向くシィには確認出来なかったが、馬車の中にいたスノウと姫様が最後に見たミルの姿は、逃げるのを諦めて襲い来る魔物達の肉体をその拳で破壊している所であった。


 ✱✱✱✱✱✱✱✱


「着いた······」


 馬車を走らせること数分で、すぐに彼女らは大樹の元までたどり着いた。


「では、最後の儀式を始めましょうか」


 馬車が完全に停止したのを確認すると、はじめに姫様が馬車の中から飛び出した。追うようにしてスノウとシィも馬車から出る。


「······大樹は、まだ燃え尽きてない」


 そびえ立つ大樹はその大部分が焼けて黒い炭と化してしまってはいるが、まだ形を保ち続けていた。


「大樹が持つ生命力をまだ感じます。これなら、儀式も問題なく行えそうです」


 姫様が歩を進めて大樹の根元まで歩み寄っていく。

 その姿を見ながらもシィはある別のものが気になっていた。

 この広場内に残された巨大な棘。それは間違いなくロサのものであった。ロサがいないにも関わらず棘が残っているということはこの棘はロサから引き離されたものであるのだろう。

 しかし、ならばどうやって引き離されたというのか。

 この棘は根元から簡単に抜けるようなものでは無い。それをやはりミルがやったというのか······。


 そんな思いを巡らせているうちに、姫様が大樹の幹に手を触れた。


「大樹に宿りし精霊よ、私に応えて下さい」


 姫様が語りかけると、これまでとは違い大樹、そして姫様自身の体を白い光が包み込んだ。


「これは······?」


 目を覆うほどの閃光。

 それが止んだ後、シィとスノウはようやく何が起きたのかを知ることが出来た。


 姫様の体が一回りほど大きく成長しているのだ。


「姫様?」

「······大きくなった」


 大樹に触れていた姫様は振り返り、疑問を持つ彼女らに話し始めた。


「私の体が、本来の年齢のものに近づいているんですよ」

「本来の年齢······」


 姫様自身はシィたちと同じ十七歳である。しかし、この街の王族はこの儀式を行わなければ実年齢と同じ姿には慣れないという話であった。

 しかし成長したと言っても、まだ姫様の体は十七歳のものでは無い。今回では完全に儀式を終わらせられなかったようだ。


「体が完全に元の年齢のものになるまでにはもう何年かかかりそうですね」


 自分の体を見て姫様自身が告げた。


「でも、一度にあまり成長しすぎても服がきつきつになってしまうのでこの位で丁度いいのかもしれないですね」


 儀式が終わらなかったことを悲しいとは思っていないような様子で姫様が笑い場所の所まで戻る。


「儀式は終わったんだね」


 そして、先程まで魔物と交戦していたミルもこの広場に到着する。


「ええ。でも、わざわざ来なくても待っていてくれれば迎えに行ったのに」

「いや、ここに忘れ物があってね」


 そう言うとミルは地に落ちている引き抜かれたロサの棘を持ち上げて馬車の荷台にくくり始めた。


「ちょっと、何してるのよ!」

「戦利品だよ。僕が彼女を倒したんだからさ」


 不敵な笑みを浮かべて残りの棘を回収し終わると、ミルは馬の上に跨った。


「さ、長居は無用だし早く帰ろう。帰りは僕が馬を操るから皆は中で休んでいなよ。あ、棘が邪魔だったらごめんね」


 淡々と事を進めるミルを見てシィとスノウは言い知れぬ不安を、そして姫様はある確信を抱えていた。

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