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セイヴァー・レコード 〜とある守護騎士の記録〜  作者: パスロマン
二章 スピリトの大樹/覚醒する魂
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24話(56話) 『決着』

 目の前には宿主を捨て、本能のままに蠢く十四本の棘。

 対してこちらは自分一人。その上、左腕はこのままでは使い物にならない。

 ならば、まずはこの左腕の回復から始めよう。幸い棘はまだ明確な敵意を持っていない。今はただ目的もなくロサ本体が持っていた栄養を喰らっているのみだ。


 僕は折れた左肘にそっと右手で触れる。

 神の力は思いを力に変える能力。そして今の僕の願いは皆を護ること、そしてロサを殺し切ること。その為にまずはこの腕を治す必要があると強く認識すれば、肉体の治療に力が使われるはずだ。


『ロサを殺し切るため、この腕を治せ』


 僕は自分自身の体にそう言い聞かせ、指で損傷箇所をなぞりながらその位置に神の力を集中させた。

 すると、折れた腕、壊れた関節は次第に元の状態に修復されていく。

 やがて左腕全体は傷を負う前の状態まで回復し、問題なく動かせるまでとなった。


 それと同時に、ただ蠢いているだけであった棘が明確に僕の存在を認識し始めた。恐らく先程の神の力の使用によって敵であると判断したのだろう。


 とはいえ、こちらも万全の状態。迎え撃つ準備は出来ている。


「さぁ、最終ラウンドだ」


 僕が両の拳を握ると同時に、十四本の棘全てが僕に襲い来る。

 今の棘は全く統率がとれていない。しかし、それは逆に言えば先程の攻略法が通じないということ。十四本の棘を全てかわし切ることは不可能だ。


 戦略を持たない相手に深く考えた作戦は通用しない。それら······いや、ここではあえて『彼ら』と表そう。彼らがただ敵対者を殺すという意思のみで動いているのならば······僕もそれに応えよう。


 迫り来る棘に対して、僕は突っ走る。

 そこに深い作戦などは存在しない。ただ行き当たりばったりで今思いついた事を実行するのみだ。


 僕を貫こうと先端を伸ばした棘がすぐそこまで迫る。

 このまま貫かれる訳にはいかない。かといって、初撃を防いだところで残り全てを防ぎ切れるかは分からない。それに、一部を破壊したところですぐに再生されてしまう。


 だから、根本から断つ。

 僕は最初の棘を先端を両腕を使ってがっしり掴むと、それを綱引きの要領で力任せに引っ張った。

 思ったほど頑丈ではなかった。僕が引っ張った棘はロサから簡単に引き抜かれてしまう。そして、その棘を乱暴に地面に放り捨てると、二激目以降の回避のために僕は地を蹴って空中に跳んだ。


 滞空する僕に向かって残りの十三本が一斉に襲いかかる。僕はそのうちの二本を再び掴むと空中で体を回転させてその棘を引き抜いた。そしてその棘を振り回し、僕を取り囲んでいた残りの棘を弾き飛ばす。


「あと十一本」


 着地し、次の行動を取るため周りを確認し直す。

 残る棘は十一本。とはいえ、全てを抜き尽くす必要は無いか。


 弾いた棘のうちの一本に狙いを定め、その棘に向かって走る。

 再び地を蹴り、僕は棘に飛びかかった。空中で掴むと同時にそれを引き抜き、今度はそれをロサの肉体に向かって放り投げる。


 しかしその棘は残りの棘によって阻まれ、ロサまでは届かない。だがこれではっきりした。あくまでこの棘が動くためのエネルギー源になっているのはロサ自身。つまり、本体を破壊してしまえば強制的に残りの棘の活動を停止させることが出来るということだ。


 宙に浮かんだ状態の僕に、防御を行って行なかった棘が再び迫る。既に落下は始まっている。先程のように掴むのは不可能······ではない。

 僕は自分のつま先で魔法を発動し、そこで発生した風を利用してより高い位置に飛び上がった。


 ようやく······棘よりも高い位置にきた。ここでなら良く周りが見渡せる。

 現時点でロサの周りにある棘が五本、そしてさっきまで僕を囲んでいた棘が五本。僕の周りの棘は既に僕を追って来ているが問題は無い。


 ロサの周りの棘に狙いを定め、拳を握る。

 そして、神の力を集中し一気に解き放つ。


「『この風に思いを乗せて(ディザイア・ストーム)』」


 宙を舞いながら拳を振るい、同時に魔法を発動。神の力を乗せた風がロサの周りに存在している棘に直撃し、それらを破壊する。

 しかし未だロサの肉体は健在。今の僕には既に五本の棘が迫っている。さらに、棘はもたもたしているとすぐに回復してしまう。


 だから、この瞬間に勝負をかける。


 背中から後方に向かって魔法を発動、先程の応用で、飛行機のジェット噴射のように滞空する僕の肉体に推進力を与える。

 風に押された僕の肉体は加速しながらロサ本体に向かって一直線に突き進む。

 僕の体がロサの目の前に来た段階でも、棘はまだ回復しきっていない。この距離ならば魔法は使わず直接殴った方が早いか。


 再び拳を握る。今から使うのは過去の僕が使っても全く通用しなかった技だ。けれど今この場においてはこの技が最も適任。そしてこれはもう過去のそれとは違う。


「『この右手に(ディザイア)思いを込めて(・ストライク)』」


 振るわれた僕の拳が既にボロボロになっていたロサの体を容赦なく叩きつけられた。その体は潰れ、見るも無残な姿に成り果てる。


 その攻撃とともにロサと繋がっていた棘たちの活動が終わり次々に地に伏せ始めた。


「が、あああ」


 ロサの口から声が漏れる。

 体が潰れてもまだ力尽きていないのか。それとも

 体が潰れて棘の支配から逃れた事で話せるようになったのか。だが、どちらにせよもう永くはない。

 もがくことも無く、ゆっくり天を仰ぎながらを彼女は最後の言葉を発した。


「結局······私は······出来損ない······か······」


 僕の顔を見ることもなく、ただ天を見続けながらそう言い残し、彼女の肉体そして彼女に繋がっていた棘が黒い霧となって消滅していく。

 森や大樹を覆っていた火は彼女の死によって消えていた。


 出来損ないという彼女の言葉の真意は分からない。彼女の事をわざわざ知ろうという気もない。

 けれど、もし彼女があの棘を『何者か』により自分の意思に反して植え付けられていたとするならば······少しだけ、ほんの少しだけ同情してやろう。


 そう思いながら、僕はシィたちの元へ向かうため振り返り、元の道を進んだ。

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