18話(50話) 『もう一つの戦闘』
記念すべき50話!(プロローグも含めれば51話目ですが)
ここまで来ることが出来たのも皆さんのお陰です。ありがとうございます!
50話だからという訳ではありませんが、今回は少し長めです。
「スノウ、ティア、準備はいいな」
「もちろん」
「...問題無い」
彼らの前に立つロサとの戦闘を行うため、ラウンが指揮をとる。
ミル、シィ、姫様が森の奥の方へ既に向かってしまっている。彼らのことは心配であるが、今はこちらの敵を排除することが先決であるのは明白であった。この敵を倒さない限りは、自分たちがミルたちに加勢に行くことすら出来ないからだ。
「行くぞ!」
ラウンが普段使いの短剣を抜き、ロサ目掛けて駆ける。それに続くようにスノウは無数の氷塊を生み出し放った。
「『狩人の棘』!」
ロサの背中から巨大な棘が出現する。
これは前回の戦闘時に見ているから問題無い...そう三人は思っていた。
が、それは前回とは全く異なるものだった。
「!!」
棘の出現と同時に何かに気づいたラウンは、自らの脚でブレーキをかけて失速、停止し、ロサの目前に向かうことを止めた。
しかし、スノウは攻撃を止めない。無数の氷塊がロサの肉体に降り注いだ。
「そんなの、もう通用しないから!」
だか、ロサの背中から伸びた六...いや、八の棘がスノウの氷塊を砕き、撃ち落としてゆく。
ラウンは気づいていた。ロサの棘の数が増えたことだけにではない。
「...その棘は...」
自らが放った氷塊の全てを防がれ、スノウもようやくロサの前回との変化に気がついた。
ロサの『狩人の棘』は四本の自在に動く棘により相手を追い詰め、二本の太く硬質な棘で仕留めるというもののはずであった。
しかし、今のロサの背中からは太く硬質な棘しか生えていない。
「今更気づいたみたいだねぇ。そう、私の棘は進化したの。相手を追い詰めて仕留める『狩人』からただ殺す事のみに特化した『殺戮者』としてね!」
ロサが伸ばした八本の棘が三人に迫る。
「私が抑えるよ! 『不思議な魔法の蔓』!」
ティアが地面に大量の植物の種を蒔くと同時にその種の一つ一つからは何本もの蔓が伸び、ロサの棘を絡めとる。
「よし、これで抑えられ...」
「無駄よ!」
一瞬、完全に動きを止めることが出来たように思われたがそれは儚い幻想であった。
棘はそれぞれが大きく全身を動かし、絡みついた蔓をいとも容易く引きちぎった。
「なっ...」
自由の身となった棘はそのまま鞭の要領で、回避行動を取り遅れたティアの腹部へと叩きつけられる。
「がはっ...」
蔓の拘束すら容易く無力化してしまう程の棘だ。そんな物が生身の人間に叩きつけられればただでは済まない。ティアの肉体は簡単に吹き飛ばさせてしまう。
「ティア!」
だが被害はそれだけでは済まない、不運によるものなのか、もしくはロサが狙って起こした事なのか、吹き飛ばされたティアの肉体は、後方で魔法を唱えていたスノウに向かっていたのだ。
「...えっ」
突然の事でスノウは反応出来ない。そのままティアに巻き込まれ、二人同時に地面に激突してしまう。
「二人共、大丈夫か!?」
「他人の心配してる場合じゃないよぉ?」
残りの棘全ての矛先がラウンへと向けられる。
「くっ...『水圧の壁』」
ラウンは魔法を唱えその攻撃を防ぐことを試みる。だが先刻以上の数の棘だ、防ぎ切ることは不可能であった。一本が水で生み出された壁を貫通し、棘がラウンの左肩に突き刺さる。
一本防ぎ切れなかったことにより壁は脆くなり、二本目、三本目が更に貫通したが、これらは右手の短剣で防御する。だが、もう長時間は持たないだろう。
「『水龍・降臨』!」
攻撃は最大の防御という考えの下、ラウンは自らの行動の指針を攻撃へ転換する。短剣より放たれた水流が龍を形作り、ロサの肉体へと突き進む。
しかし、
「八本もあるのに、防げない訳ないじゃん」
未だ『水圧の壁』を突破していなかった残りの棘がロサの体に蛇のように巻きついた。そして、全身を棘で防御した状態のロサに水龍が激突する。棘に阻まれ、ロサ自身には攻撃は通っていない。
「弾けろ!」
術者であるラウンの命令によって水龍の身は内側から爆発した。この手によって前回はロサを倒したのだ。
だが、その爆発でもロサに傷をつけることは疎か、ロサの身を守る棘を破壊することすら出来ない。
「そんな...」
次の瞬間、ロサが身に纏った棘のうちの一本がラウンに向けて伸ばされた。加速をつけて放たれた一撃は脆くなっていた水の壁を破壊し、その内側にいたラウンの胴を貫いた。
「がぁっ...」
棘が胴を貫いた状態のまま、ラウンはその身を棘によって持ち上げられる。
「無様なものだね。もっと戦えると思っていたのに」
もはやラウンにはその言葉に反論するだけの体力は無い。ただ意識を保っているだけで限界だった。
「ま、いいや。これでもうおしまい」
ロサが別の棘の先端をラウンに向ける。
その棘がラウンの心臓に向かって放たれたそうになったその瞬間だった。
ロサの腹から更に二本の棘が出現したのだった。
それを見て『もう勝てない...』、そうこの場にいる三人がそう思ったのだが、ロサの様子がおかしい。
「クッ、体に埋め込んだ新しい芽がまだ馴染んでないのか...」
腹から生えた新たな二本だけでなく、背から生えている他の八本含めた十本全てが、まるでコントロールが効いていないようにバラバラに動き始めた。
ラウンの体に突き刺さっているものも例外ではない。ラウンの体を大きく揺さぶったかと思えば、ラウンの胴から抜けてもがいている。支えを失ったラウンは地面に叩きつけられるとそのまま気を失った。
ロサの様子をはっきりと目にすることが出来ていたのは、未だに意識を保つことが出来ていたスノウのみ。だが、そのスノウも攻撃を行うことが出来るほどの体力は残していなかった。ただ、ロサを傍観するのみ。
「ぐ、ああああああ!」
いったいその肉体の内にどれだけの数の棘を隠しているのか。更に二本の棘が彼女の体より出現した。しかしそれらもただもがくのみで彼女が自分の意思で出したものでないことは明白であった。
「クソッ、クソッ、言う事を...聞けぇ!」
ロサの叫びも虚しく響くのみで一向に棘は暴走を止めない。もはや、彼女が棘を操っているというよりも彼女が棘に操られているようだ。
「もういい、お前らが私に従う気がないのなら...」
ロサは自らの腹から生えている二本の棘の根元を掴むと、それらを自分の体から引き抜いた。
「じゃあね、三人とも。次はきっと殺すから...」
そう告げると、全身に黒い霧を纏わせたかと思えば、次の瞬間にはその姿は跡形もなく消え去っていた。
その姿を見届けると、安心したスノウは目を閉じた。
今回は相手の自滅のおかげでなんとか凌ぐことが出来たが、次は果たして彼女から生き残ることが...いや、彼女を倒すことが出来るのか。
何となく、それが自分には出来ないだろうということをスノウは察していた。自分の力では彼女に勝つことは出来ない。
そしてそれと共にロサを倒せる存在について、一人だけ心当たりがあった。
彼は、別に自分よりも確実に強いという訳ではない。むしろ、自分よりも彼は弱いのかもしれない。
でも、不思議と彼には何か心の中に強い意志があるように感じた。今はその気持ちが表に出ているのかは分からないけれど。
もしかしたら、そんな気持ちを感じる事も彼に惹かれている理由の一つなのかもしれない。自分と同じ悲しい意志を持っているから。
「...ミル」
最後に彼の名前を呟き、スノウは意識を失った。
✱✱✱✱✱✱✱✱
「スノウ、スノウ!」
腕に抱いたスノウの体を揺さぶる。未だ目を覚ましてはくれない。ラウンさんやティアさんも倒れているし、まさか三人はロサに敗北してしまったのだろうか。
「...ミ...ル?」
ゆっくり、僕の腕の中でスノウが目を開けた。
「スノウ! 無事で良かった。いったい何があったの?」
「...まだ体が上手く動かない。...だからこのまま話させて」
「うん、良いよ」
僕に抱かれたまま、スノウはゆっくりとこの場であった出来事について話し始めた。
「ロサが暴走か...」
「...うん。お陰で私達は助かった」
「そっか。じゃあスノウ、馬車まで運ぶね」
彼女が更に進化していたのは驚きだが、今は怪我をしたみんなを早く街まで連れていかないとなくちゃ。
スノウの体を抱え上げ馬車の中まで運ぶ。
「ミルさん、ティアさんとラウンさんもお願いします」
場所の中にあった治療道具を使って二人の応急手当をしていた姫様が僕に言う。
「はい、分かりました」
返事をしてから、ティアさんとラウンさんの下に向かう。
ティアさんは見かけ上は大きな怪我はしていないけど、恐らく内臓の出血が酷いはずだ。
そしてラウンさんは僕達が駆けつけた時にもまだ、腹部からの出血が止まっていなかった。今は姫様が止血してくれたようだけど、一刻も早く街の病院まで連れていかないと危ない。
「シィは姫様と一緒にティアさんをお願い。僕はラウンさんを運ぶから」
「分かったわ」
「分かりました」
姫様とシィが二人でそれぞれがティアさんの上半身と下半身を支える。
さて、僕もラウンさんを運ばないと...。
そう思って、ラウンの血溜まりに脚を踏み入れた時だった。
僕の頭に激しい頭痛が襲った。
「うっ...」
頭痛だけじゃない、目眩や吐き気も催してきた。いったい何なんだこれは...
そして、僕の頭の中にある光景が映し出された。
──その光景の中で僕は泣いていた。
そしてその腕の中には一人の少女。僕よりもいくつか年下のようだ。だいたい、姫様の外見年齢と同じくらいか。
その少女と僕の周りは血で埋め尽くされていた。
真っ赤な血は僕の服を、そして彼女の全身を赤く染め上げている。
この様子から察するに、この血は少女の物。
でも、いったいこの娘は誰なんだ。それが全く思い出せない。
思い出す...。思い出す必要があるということはこれは過去の出来事なのか?
少女の顔を見ても、その顔は赤い血で汚れはっきりと確認出来ない。
いったいこの光景は...──
「...ん。...ルさん。ミルさん!」
「はい!?」
ふと我に返る。しかし、弱いものになったとはいえ、未だ頭痛や吐き気などは残っていた。
「大丈夫ですか? もしかして、ミルさんもどこか具合が悪いんですか?」
僕の顔を姫様が覗き込んだ。どうやらもうティアさんのことは場所に運んだらしい。
「それなら、私達がラウンさんの事を運びますけど...」
「...すみません、お願いします。僕は馬たちの様子を見てきますから」
「分かりました」
姫様がシィの事を呼び、先程と同じ要領でラウンさんの事を運び始めた。
とりあえず僕は馬に乗り帰る準備を進める。
ある程度頭痛などはおさまり始めていた。
けれど、さっき頭に浮かんだのは何だったんだろう。
何か、大切な事だったような気もするのだけど...




