17話(49話) 『閃光の十字架』
僕らの護り手のしての仕事は残すところあと二回だ。
今回の三回目と最後となる四回目。
そしてこの三度目の儀式も既に残るのは帰り道のみとなっていた。今のところ大樹で儀式を済ませるまでの間に敵と出会ってはいない。
しかし、僕には一つ気掛かりな事がある。
初めての作戦の時に僕らを襲ったロサという魔物。
二回目の時に彼女は現れなかったが、彼女は必ずまたやって来るだろう。それが今回なのか次になるかは分からないけれど。
一度目に対峙した時、僕は彼女に全く適わなかった。だからこそ魔法を習得することを決めた。今度こそ彼女に勝つために。
だから、いつ彼女に出会っても万全の状態で戦えるように心と体の準備をしておかなくてはならない。
そう、ちゃんと気を張っていなくてはならないはずなのに...
「あの、僕はいつまでこうしていればいいんですか」
馬の轡を握り、前方確認をしながら僕は後ろにいるティアさんに聞こえるように尋ねる。
今、僕は前回の作戦の時つい口にした言葉のせいで馬に跨り、大樹を目指して馬車を先導する事になっていた。
「えー、せっかくだから着くまでやっててよー。ミル君だって馬くらい乗りこなせるようになった方がいいよ」
馬に引かれている荷台の中で座っているティアさんに僕と交代してくれそうな様子は無い。まぁティアさんも前回作戦の時に一人で姫様を連れて馬車を操っていたという苦労をしていたのだけど。
「大丈夫だミル。馬もちゃんと従ってているし、心配する必要はないぞ」
僕の隣でもう一匹の馬に跨っているラウンさんが僕を励ます。
僕がこうして馬に乗っているのは先程、大樹の元から出発した時からだ。馬に乗るのは初めての事だから最初は不安であったが、思っていたよりも馬は僕の思い通りに動いてくれていた。
ただ、僕的にはいつ敵が現れるか分からない状況で慣れない行動をしたくないという思いもあるのだけど...。
仕方ない、ストファーレに着くまではこうしていよう──そう思った時だった。
巨大な棘が僕らの乗る馬車に向かって振り下ろされたのだ。
慌てて迎撃体制をとろうとする僕よりも早く、隣にいたラウンさんが魔法を発動する。
「『水圧の壁』」
ラウンさんが発生させた水の壁によって棘は弾かれる。それと同時に危険を察した馬たちが足を止めた。
それにしてもさっきの棘...あれは間違いなく...
「ふ〜ん、やっぱりあなたが一番邪魔ね。水使い」
僕の予想通り、目の前に現れたのはロサだった。
「お前こそ元気そうだな。私に負わされた傷はどうした」
体を見るに、前回の戦闘でラウンさんに負わされた傷は完治したようであった。
「治したに決まってるでしょう。多少時間はかかったけど」
「そうか...ならば今度こそ仕留める...!」
ラウンさんが短剣を構える。
それを見て僕も戦闘体制に入ろうとするが、馬車から出ようとした僕とシィをティアさんが止める。
「ミル君とシィちゃんはここで姫様を護ってて。戦闘は私達がやるから。ほら、いくよスノウちゃん」
「...分かった」
スノウだけを連れてティアさんは馬車から出た。
つまり、僕らでは戦力にならないということなのだろう...。
「ミル、仕方ないわ。私達はここに残ってましょう」
「...うん」
とはいえ、今はその意見に納得するしかない。僕らが彼女を相手するのに力不足であるという考えのは正しいのだから。
「お二人共、すみません」
馬車の中で、姫様が僕らに謝る。
「別に、姫様は悪くありません。こうして姫様を護ることも僕らの仕事です」
「ええ、姫様が気にする必要は無いわ」
そう、ここで姫様を護ることだって大切なことなんだ。だから、今は自分自身の仕事をすることだけ考えよう。
「引き篭もったままでいいのかなぁ〜」
馬車の外でラウンさんたちの攻撃を受け流しながら、ロサは問いかける。その問いは間違いなく馬車の中にいる僕らに向けられたものだった。
──その瞬間、馬車が大きく揺れる。
「何だ!?」
「ガアァァァァァァ!!」
鳴り響く轟音。それは馬車のすぐ近くから発されているもののようだった。
いつの間にか現れた魔物が、この馬車を攻撃しているのか...?
そう考えている間にも、馬車は次第に大きく傾いていく。このままじゃ馬車が倒されるか、それより先に馬車が壊れてしまうかもしれない。
「仕方ないっ!」
僕は馬車の中から馬の轡を握り、馬たちに再び動くように命令する。
僕の命令を受けて馬たちはその身を大きく動かし、馬車を揺らしていた何者かの手を引き剥がすとともに森の奥へ駆け出した。
まさか、こんなすぐに馬を操ることになるとは...。
さっきまで行っていた練習がこんなすぐ役立つことになるなんて想像もつかなかった。
「ミル、まだ追ってきてるわ!」
シィの言葉を聞き、振り返って後方を確認する。
僕らが馬車で森の中を駆け巡る間も、それは僕らの事を追い回していた。
姿は狼に近い。しかし、通常の狼とは異なり二足歩行をしていて、体も人間より一回りは大きい。...間違いなく魔物だ。
二足歩行でも獣特有の俊敏性は変わらず持ち合わせているようで、このままだといずれ僕らの馬車に追いつかれてしまいそうだ。
「くっ、『風の弾丸』!」
右手でしっかり轡を握りながら、後方を着いてきている獣の魔物に向かって左手で弾丸を放つ。
弾丸は命中し、直撃箇所から血のような物が噴き出したが、それでも獣の歩みは止まらない。
「ガァァァァァァ!!」
再び、獣が咆哮する。
どうやら多少の攻撃では向こうの士気を上げてしまうだけで逆効果みたいだ。
でも、今の僕の魔法はこれが精一杯...なら馬車を止めて戦うしかないのか...。
「──我が剣は我が肉体も同じ。この身を纏う雷は我が剣を加護するも同じ──」
僕が奴を倒す方法に悩んでいた時に突然、シィが魔法の詠唱を行い始めた。
この詠唱は、この前僕と決闘した時に使おうとしていた魔法のもの...。
今がそれを使う時って事なんだね、シィ。
なら、僕も出来る限りそれをサポートする。
「──雷の神よ、今こそ我に力を与えたまえ──」
シィが詠唱をしている間、出来るだけ馬車を揺らさないように、僕は馬に減速を命じた。
もちろん、これは諸刃の剣とも言える行為だ。この一撃でシィがあの魔物を倒してくれなければ、間違いなく追いつかれてしまう。
それでも、僕はシィを信じる!
「──信じる道を進む力を。闇を払う力を!──」
シィが詠唱を終えると、構えた双剣に電撃が纏われた。その量は次第に増えていき、やがて刀身全体が輝く。
そして──
「『閃光の十字架』!」
シィがその剣を振るった。
二本の剣より放たれた電撃はやがて黄金に輝く十字架へと変化し、獣の魔物目掛けてその速度を高めながら突き進む。
辺り一帯を眩い光が包み込んだ。
反射的に僕は目を瞑り、馬もその足を止めた。
そして、光が収まると...
「終わったわ、ミル」
先程まで獣の魔物がいた位置にはもう何も残っていなかった。
代わりに、周りの木々が焼け焦げて煙を上げている。
それは、僕らの勝利を意味していた。
「お二人共、やりましたね!」
姫様が手を叩き、僕らの勝利を喜んでくれた。
「シィ、お疲れ様。あんなに威力が出せるなんて...凄く練習したんだよね」
「ええ。その結果が出せて良かったわ。ミルの方こそ、馬を操る練習が役立ったわね」
「こんなすぐ使うことになるとは思ってなかったけどね...」
馬を操るという言葉で思い出したけど、この馬たちも頑張って走ってくれたんだった。
「お前達も、お疲れ様」
優しく、この馬車を引いてくれた二匹の馬の頭を撫でる。撫でられたことが嬉しかったのか、二匹とも大きな声で鳴いてくれた。
でも、僕らはこのまま休んでいる訳にはいかない。
「姫様、シィ、早くさっきの場所まで戻ろう。ロサと戦ってるみんなが心配だ」
「ええ、そうね。早く行きましょう」
「分かりました」
再び馬たちに走ることを命令する。...さっきお疲れ様って言ったばかりなのにごめんね。
方向転換した馬車は、ロサとの交戦場所へ再び駆け出した。




