16話(48話) 『風と雷』
「シィ」
「来たわね、ミル」
翌日、手紙でシィに呼び出させていた僕は普段よりも早く城の庭にやって来た。
庭に入ってきた僕を見るなり、シィは腰の剣に手を置く。
それを見て、僕は彼女が冗談で僕をここに呼び出した訳では無いことを確信した。でもどうして...
「シィ、なんで突然僕に決闘を申し込んだの?」
「簡単な事よ。私とあなたが組んでからもう一ヶ月以上経つけれど、私はあなたと手合わせした事は無いわ。単純にあなたと戦ってみたかった」
「なるほどね。でも、だからってこんな突然挑まなくても...」
「というのが建前よ」
建前? ということは理由が他にあるってことなのかな。
「私は今の自分の実力が知りたいの。そのためには、私と同じくらいの実力を持つあなたと手合わせするのが一番でしょう?」
「そういうことなんだ」
なら丁度いい。僕もある程度魔法を使えるようになったわけだし、自分の力を試したいと思っていたところだ。
それに、魔法以外にも僕には気になる事があった。
「いいよシィ、この勝負受けて立つよ!」
「そうこなくっちゃ!」
シィに向かって指を向け、僕は威勢よく決闘を了承する。
「それで勝敗の付け方なんだけど、どちらかの攻撃が必中状態になった時に寸止めすればいいわよね。私達じゃ戦い方も武器も違うし」
「いや、武器破壊で構わないよ」
僕のその言葉を聞いて、シィは首を傾げる。
「武器破壊って...ミルの武器は拳よね。流石にそれは──」
「大丈夫だよ」
『それは出来ない』というシィの言葉を僕は阻んだ。
僕も、流石に拳を使った勝負の勝利条件に武器破壊を提案したりはしない。試したいことがあったから提案したまでだ。
「僕も...『剣』を使うよ」
✱✱✱✱✱✱✱✱
僕はシィを庭に残し、一人で騎士の詰所に足を運んでいた。
僕には剣の持ち合わせが無かったため、ここで剣を借りなくてはいけなかったからだ。
詰所の壁にかけられていた剣を一本拝借し、その剣の刀身を眺めた。こうして剣を眺めていると、入団テストの時のことが思い起こされる。あの頃の僕は神の力を使うだけで精一杯だったなぁ。
僕が剣を再び握ろうと思った理由は一つだ。魔法を神の力によって強化出来たということは、同じ要領で剣も強化出来るのではと考えていた。
僕は剣を掲げ、今ではある程度使いこなせるようになった神の力を発動させる。そして魔法と同じように、その刀身全体を神の力で包み込んだ。
とりあえず、上手くいっていればこれで強化出来てるはず。
神の力を纏わせた剣を鞘に入れ、僕はシィが待っている所まで戻る。
僕のことを待っているシィは、待ち時間を使って剣の素振りをしていた。
僕が戻ってきたのに気づくと、剣を鞘に入れて僕の方を向き直った。
「本当に剣で戦うつもりなのね」
「うん。あ、別にシィの事を甘く見てる訳じゃないよ! だから本気で構わないからね」
一応舐めてかかっている訳では無いことを伝えておく。シィを怒らせないようにするためだ。
「それは分かってるわ。ま、とにかく始めましょ」
「そうだね」
シィと僕は腰の剣の柄を握る。
「さぁ、いくわよ!」
その言葉を合図に、お互い鞘から剣を抜いて構える。それが僕らの決闘開始の宣言となった。
まずは両者睨み合い...という訳にもいかない。
僕は剣術に関しては初心者同然。そんな僕が長時間気を張ったまま睨み合っていられるわけがない。
ならば──先手必勝。
僕はちゃんと剣に神の力が纏われていることだけを確認すると、地を蹴り、シィに向かって駆け出した。
そして、剣の有効距離に入ると同時に両手で構えた剣を振り下ろす。
甲高い金属音が響く。
僕が振り下ろした剣はシィの持つ双剣によって受け止められる。しかし、それでも押しているのは僕の方であった。
「す、凄い力ね。受け止め切れない...」
僕自身、そして剣にも神の力がかかっている以上、振り下ろされた剣は少女の力では支えきれなかった。
しかし、筋力勝負で僕には絶対勝てないことなど、シィにも分かりきったことであった。
「でもねミル、この勝負は武器を破壊した方の勝ちなのよ」
「そうだけど、それがどうしたの」
こうして会話している中でもシィの腕は僕の剣を支えきれず、少しづつ押し込まれていた。このまま力比べを続ければいずれはシィの剣も耐えきれなくなるだろう。
けど、それは甘い見通しだった。
「ふふ。それはつまり、剣を二本持つ私にとって絶対的に有利なルールってことよ!」
シィは左手の剣で僕の剣の太刀筋を逸らすと、右手の剣で僕の剣の刀身に切りかかる。
まずい...!
僕は慌ててシィの左手の剣を弾くと、右手の剣による斬撃をかわす。
危なかった。いくら神の力で強化しているといっても刀身にモロに一撃くらったらひとたまりもない。
「いい反応ね。ならこれでどう!」
シィの双剣を電撃が駆け巡った。
それがシィの特訓の成果、シィが手に入れた新たな技術だ。前にも一度見たけど、こんなに早く発動できるのか...。
その時、思わず感心してしまっていた僕の剣に激しい衝撃が襲った。
僕の剣を攻撃したのは言うまでもなくシィの剣。シィの剣が辿った軌跡には彼女の剣から放たれ続けている電撃が漂っている。発動速度だけじゃない。剣を振るう速度も前見た時より上がっている...!
だけど...落ち着けば目で追えないほどではない。
一撃一撃をしっかりと捉え、直撃を避けるように剣で払っていく。
でもこのままでは防戦一方だ。やはり剣術だけではシィには敵わない。だったら...
シィが剣を振り下ろすのと同時に後方へ飛び、斬撃を回避するとともに距離をとる。
そして着地の瞬間に左手を伸ばして習得したての魔法を放つ。
「『風の弾丸』!」
僕の指先より魔法で生み出された三つの弾丸が神の力によって強化され放たれた。
それに気づいたシィはすぐさま剣でその弾丸を切り落とそうとする。しかし、弾丸は剣に触れた瞬間に拡散し、その衝撃を剣を伝ってシィに伝える。
「なるほど、これがミルの魔法なのね。こんなに小さな弾なのに腕が痺れたわ」
「普通に魔法を使うだけじゃ皆には敵わないからね。僕は僕自身の優位点を活かさなきゃ」
話しながらも、僕の左手では次弾の準備が行われシィは迎撃体制をとる。
「さっきは油断してたけど、今度は防ぎきるわ」
「さぁ、勝負だシィ!」
僕の左手からは再び弾丸が放たれる。そして、放つと同時にリロード。休みなく指先より風の弾丸を放ち続けた。
対してシィは、その全てを目で追って弾き続ける。しかし、一発弾くだけでも剣には負担がかかっているはず。それに止めどなく僕が撃ち続けているから前進する事も出来ていない。このままなら僕が有利だ。
しかし、突然僕の指先に新たな弾丸が生み出されなくなった。
「えっ、どうして...」
僕は先程までと同じようにして魔法で風の弾丸を構築しようと試みるが一向に弾丸は作られない。いや、作られないと言うよりもそもそも弾丸を形作る為の風が発生しないといった様子だ。
「どうやら魔力が切れたようね。慣れてないのに連発するからよ」
「魔力切れ...!」
そうか、風を発生させるための魔力がもう僕の体には残ってないのか。神の力はあくまで魔法を強化するだけのものだから、そもそも弾丸を生み出す魔力が切れてしまってはこの『風の弾丸』は使えない!
「さぁ、次はこちらの番よ!」
シィの双剣に纏われた電撃の威力が跳ね上がる。離れているのに空気を伝わって僕にまでその魔力の強さが感じ取れる。
「──我が剣は我が肉体も同じ。この身を纏う雷は我が剣を加護するも同じ──」
詠唱...!
ということはシィが今から放とうとしているのはこれまでのものとは訳が違う。こちらも本気で受け止めなくてはならない。
僕は自分の剣を両手でしっかりと握り直し、その刀身を神の力で強化する。
「──雷の神よ、今こそ我に力を与えたまえ。信じる道を進む力を。闇を払う力を!──」
シィの剣を纏う電撃がさらに強力なものとなった。辺り一帯を照らすほどに。
来る...。
剣を握る力も自然と強くなる。けれど、果たしてこの攻撃を受け切れるのだろうか。僕の剣で...。
シィが双剣を交差させ、振り上げた。
「ライトニ...──」
「おい、そこで何をしている!」
しかし、その剣が振り下ろされることは無かった。
突然、僕らに向かって叫ぶ声が庭に響いたからだ。
「なんだ、お前達だったのか」
「ラウンさん!」
その声の主はラウンさん。どうやら僕らだとは気づかずに今の決闘を止めたみたいだ。
「何かが光っているから慌てて来てみれば...なるほど、そういう事だったのだな。悪い事をした」
剣を抜いた僕とシィの様子を見て、ラウンさんはここで僕らが何をしていたのか理解したようだ。
「それで二人共どうする。私が入ってきてしまったから仕切り直しするか? 」
「僕はもう魔力が無いですし...」
「私も発動しなかったとはいえ、今のでほとんどすっからかんよ。再戦は辛いわ」
僕ら二人共、今はもう万全の状態ではない。今からもう一度やっても本気では戦えないだろう。
「そうか。なら二人共しっかり体を休めた方がいい。もうすぐ次の作戦が開始されるからな」
「ええ、分かってるわ」
「はい、今日は休みます。後でスノウが来たら伝えておいてください」
「ああ、了解だ」
その後、シィは僕の方を見て言う。
「この技を見せるのは、次の作戦の時にするわ。それまで楽しみに待っていて」
「うん、楽しみにしてるよ。シィの奥義」
こうして次の作戦までの間、僕はしっかり体を休める事になったのであった。




