13話(45話) 『第二回作戦』
「これより第二回作戦を開始する」
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街から出発する前にラウンさんの口から作戦の開始が告げられてからおよそ一時間半。僕らの乗った馬車は既に森に入ってから相当の時間が経過しており、直に『スピリトの大樹』に到着するはずだ。
今のところ敵襲はない。このまま何も起こらずに作戦を終えることが出来ればいいんだけど。
「...ミル、不安?」
「え?」
隣に座るスノウが僕の顔を覗き込むようにして聞いてきた。今の僕の気持ちを察してくれているのだろう。
「まだ僕の魔法は実戦で十分通用するほどの力には達していないから、その面で少し不安はあるかな」
僕は自分の感じている不安を素直にスノウに打ち明けた。
「...大丈夫。ミルには魔法以外の力もあるし、私達だっているから」
いつも通りの落ち着いた口調であるけれど、スノウのその言葉は僕の事を励ましてくれた。
「そうだよミル君、私たちが付いてるんだからそんなに心配しないの」
「ミルさんならきっと大丈夫ですよ!」
僕の正面に座るティアさんと姫様も僕を元気づける。
そうだ、僕にはシィ、スノウ、ティアさん、ラウンさんがついている。それに目の前には護る対象である姫様もいるんだ。不安がっている場合じゃない。
「はい、皆さんがついていてくれるんですからもっと安心しないとですね」
僕はティアさんと姫様に笑顔で答える。三人のお陰で気持ちを晴らすことが出来た。
ちなみに、今馬車の中にいない二人はというと...
「えっと、これでいいの?」
「そうだ、そのまましっかり轡を持て。その轡を持っている間は馬たちも安心していられるからな」
シィは自分で馬を操りたいと志願し、今はティアさんに代わってラウンさんと共に馬車を引く馬を操作していた。
「シィちゃんが代わりにやってくれてるおかげで私は楽でいいわー」
ティアさんが馬車の中でグッと体を伸ばす。確かに動物を思い通りに動かすのは神経使いそうだなぁ。
「どうミル君、次はミル君がやってみる?」
「うーん、僕は遠慮しておきます。難しそうですし」
「大丈夫大丈夫。やってみると楽しいよー。ね、シィちゃん?」
「そうよミル、風が気持ちいいのよこれ!」
ティアさんに声をかけられ、前方のシィも僕に馬を操って見ることを促す。
「それではまた次の機会にでも...」
「じゃあミル、次の作戦の時は頑張って!」
「よし、また次も休める!」
僕の言葉を聞いてシィは僕を応援し、ティアさんはまた楽ができることを喜んでいた。
「待て、次は私に休ませて...いや、私がミルを教えるというのも悪くないか...って、そもそもまだ作戦は終わってないぞ!」
僕らの会話を聞いて、ラウンさんは色んな事を頭の中で考えていた。
「まぁまぁ、まだ作戦が終わってないとはいえ、前向きに考えるのはいいこと──」
直後、ティアさんの声は森から響く轟音に阻まれた。
「!!」
木々が倒れるような音が、僕らの進んでいる道の両側から響くのだ。
「何、何があったの!?」
「ティア、お前は姫様の傍にいろ。ミル、スノウは外へ出てくれ、様子を確認する!」
「はい!」
元々馬車の外で馬を操っていたシィとラウンさん、そして馬車から出た僕とスノウがそれぞれ道の両側を確認する。しかし、生い茂った木々が邪魔で森の奥まで見通すことは出来なかった。
それでもなお、奥からは木が倒れる音が響き続けている。
ラウンさんが馬車の中にいるティアさんに呼びかける。
「ティア、お前は姫様と共にここで待っていろ。もし危なくなったら私達のことは気にせずに馬車を使って逃げてくれ」
「まって、皆はどうするの」
「私達は森の奥に向かって、この音の正体を確認する。音の発生源が魔物であるという可能性も高いだろうからな」
「分かった。皆、気をつけて」
ティアさんの会話を終え、次にラウンさんは僕とスノウの方を向く。
「...と言う事で、我々は森の奥に向かうぞ。2人ともそちら側は頼めるか?」
ラウンさんが僕らの背後の森を指さして言う。
どちらからも音がする以上、効率的に動くには二手に分かれるのがベストだとラウンさんは考えているのだろう。もちろん僕もその意見に賛成だ。
「分かりました。こちら側の森は僕とスノウで探索します」
「あぁ、頼むぞ」
頷くラウンさんの隣で、シィが心配そうに僕らに声をかける。
「ミル、スノウ、気をつけてね」
「...心配しなくても大丈夫、シィ」
「スノウの言う通り。そっちこそ気をつけて」
「ええ、分かってるわ」
お互いの無事を願い、僕らはそれぞれ自分たちの担当する側の森へ足を踏み入れた。
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「...ミル」
「ん、どうしたのスノウ?」
森の中を走りながら、隣にいるスノウが僕に話しかけてきた。
「...ミルの事は私が護るから、安心していい」
その言葉は先程と同じように僕を安心させるためのものであるのだろうけど、正直今の僕からすれば何とも反応しにくい言葉だった。
「その言葉、僕からスノウに言えるようになればいいんだけどね」
「...だって、今はきっとミルよりも私の方が強い」
スノウの言葉が僕の心に突き刺さる。うぅ...そこまで素直に言わなくても...
「...でも私は、ミルなら私を超えられるとも思ってる」
スノウが僕の目を見て語りかける。その言葉が嘘やお世辞では無い、心からの言葉であると示すように。
「僕がスノウよりも強く...?」
「...そう。...あなたの持つ力はきっとまだまだ進化する。そうして私を超えていく」
「僕の力...『神の力』...」
僕は拳を握り、その手をじっと見つめる。神の力がまだ進化する、か。この力にはいったいどんな可能性が秘められているのだろう。
「...私は待ってるから、ミルが強くなるのを。...ミルが強くなって、今度は私が困った時、助けて欲しい時に護ってくれるのを」
「うん。僕、きっと強くなるよ」
笑顔でスノウの声に答える。
僕は男の子なんだ。女の子を護れるくらい強くならなくちゃ。護られるだけじゃダメなんだ。
「!! ...ミル、止まって」
僕が自分自身に言い聞かせていた時、隣を走るスノウが僕の前に手を出し、静止する。
今僕らがいる位置の数メートル先、その部分は円形に木々がなぎ倒されて太陽の光が差し込んでいた。
そして、
ズシ...ズシ...
大きな足音をたてながら、中心では黒い岩で構成された体を持つ巨人...いわゆる『ゴーレム』が徘徊していた。
「スノウ、どうする。まだ向こうは僕らに気づいていないようだけど」
ゴーレムに聴覚があるかはともかく、とりあえず出来るだけ小声で僕はスノウに問いかける。
「...それなら、やる事は一つ」
スノウが自らの周りに氷塊を発生させる。
「...先手必勝」
スノウと僕は同時に木々の間から開けた空間へ飛び出した。
スノウは無数の氷塊をゴーレムに向かって放ち、僕は拳を握って足のあたりへ殴りかかろうとする。
まずはスノウの氷塊がゴーレムの体へと命中。これでやつの体はボロボロに──
ジュー...
何かが溶けるような音がした。
「...なっ」
気づけば、その巨人の体を構成する岩は先程までの黒色ではなく、真っ赤に発光していた。
そして、命中したスノウの氷塊はやつの体を傷つけること無く、真っ赤な体に触れた瞬間に溶けてしまっている。
このまま殴るのは不味い...!
僕は自分の足でブレーキをかけ、いったんゴーレムから距離をとる。
離れた位置から眺めると、赤く光るゴーレムの体からは湯気か立ち上っている。ということはかなりの高温になっているという事だ。氷が一瞬で溶かされてしまっているし、僕の手もそのまま触れれば無事では済まないだろう。
「...対策されたのかな」
スノウが不機嫌そうに呟く。
前にロサと交戦した際にスノウの魔法の情報がバレ、それを対策した魔物がここに送られたという可能性は十分にある。
と、考えていた瞬間、ゴーレムはその拳で殴りかかってきた。
「...ミル、私の後ろへ」
スノウが氷の壁を出現させて防ぐ。しかし、その壁も次第に溶かされていってしまう。
「...くっ」
しかし、なかなかゴーレムはその壁を消滅させることは出来なかった。
どうして、長い間氷が維持されているんだ。
その疑問の答えはスノウと氷の壁の位置関係にあった。
今、氷の壁とスノウの間にはほとんど距離があいていない。よって、スノウは氷の壁に絶えず魔力を供給し、その形を保ち続けることが出来ている。
魔力を使い続ければ不利な属性の攻撃に対してもある程度は耐えられるのか。
危機的状況にも関わらず、僕は新たな情報を学んだ。
そして、この情報は僕に一つの考えを浮かばせる。
魔力を供給し続ける...か。
「スノウ」
「...なに、ミル」
「僕が...突破口を開くよ」
その言葉をスノウにかけると同時に、僕は壁の内側から飛び出した。




