10話(42話) 『僕自身の魔法』
「『神の力』と『魔法』が異なる力...」
姫様のその言葉で、僕は自分に新たな可能性が残されているという事に気づかされた。
「つまり、僕にはこの力とは別に何かの魔法が使えるということですか?」
「はい、そういう事です」
魔法、僕は今まで自分に宿ったこの力が魔法だと思っていたけど違ったのか。
でも神様が僕に力を与えた時、確か魔法を授けると言っていたような...。何故神様はそんな嘘をついたんだろうか。
いや、今考えた所で神様に確認はとれないんだ。この疑問については一度置いておこう。
今の僕が考えなくてはいけないのは、これから身につける魔法について。冷静に振り返ってみると魔法についてはまだまだ知らない事ばかりだ。
「あの姫様、僕は訳あって魔法の発現方法を知らないのですが...」
「分かってます。ミルさんは、多分この世界とは違う所から来たんですよね?」
「どうしてそれを?」
姫様は僕についてどこまで気づいているのだろう。流石に僕が元いた世界の事や僕がこの世界に来た理由までは分からないと思うけど。
「本の中でも『神の使い』は突然現れたと書かれています。私が知る限りでは別の街の伝説でそのような方については書かれていませんし、本当にどこが別の所から来たのではないかと」
「それも正解ですよ。僕はこの世界とは違う世界から来ました。この事はシィとスノウにも話しています。」
「やっぱり、そうだったんですね」
「元の世界に魔法は存在しませんでした。だから魔法の知識はほとんど無いんです」
「分かりました。では、魔法の習得については私から説明させてもらいますね」
そう言うと姫様は書庫の本棚ではなく、本棚に入れられていない本が詰められた箱の方へ向かった。
そこから1冊の本を取り出し、僕の元まで戻ってくる。
「その本は?」
「中を見てみて下さい」
姫様が僕に本を手渡した。
僕は言われた通りその本をめくって中を確認する。
しかし本の中には何も書かれていない。完全に白紙だ。
「白紙...ですよね?」
「はい、今は白紙です」
今は、ということは何かの方法で文字が書かれるのか、それともノートみたいに僕が書くことになるのかな?
「その本は、『魔導発現書』です」
「魔導発現書...ただの魔導書とは違うんですか?」
「『魔導書』はそれぞれの属性の魔法の習得をするもの。そしてそれとは別に、そもそも自分がどの属性に適性があるが知り、魔法を使えるようにするための『発現書』があります。簡単に言えば魔導発現書はそれら2つの力を併せ持つものです」
なるほど、一般的な人は魔法の習得だけでなく魔法を使えるようにするためにも本を買わなくてはいけないのか。だから街の人たち全員が万能に様々な種類の魔法を使えるとは限らない。例えばリースは軽い回復魔法しか使えないと言っていたし。
「魔導発現書ならば、その属性の魔法の習得が1冊で出来ます。もちろん強さを高めるためにはその人自身が鍛錬を積む必要がありますけど」
「なるほど便利ですね。でもどうしてそんな便利なものがあるのにどうして皆ただの発現書や魔導書を使うんでしょう?」
「お値段は通常の発現書や魔導書の数十倍になります」
姫様は僕の世界での通販の宣伝者のように、笑顔で言った。
いや元々の発現書や魔導書でもお値段張るのに、そんなお高いもの普通の家庭じゃとても買えないです!
「安心して下さいミルさん。まだここに少し在庫はあるので、これはそのままミルさんに差し上げますから!」
「わ、わーありがとうございまーす」
本を持つ手が震える。そんなお高いものを簡単に頂いてしまった。これからは姫様に足を向けて眠れないな。実力をつけてこの恩返しをしなくては...。神様姫様仏様。
「ではミルさん、早速魔法を発現させたいと思います。表紙の上に手を乗せて下さい」
言われた通りに僕は閉じられた白紙の本の上に右手を置く。
「そのまま目を閉じて、心の中で自分自身に問いかけて下さい。自らに宿る魔法が何であるかを」
僕は目を閉じて、自分自身に問いかけた。
『僕の魔法は何ですか?』
その言葉の後、僕のまぶたの裏にある映像が映し出された。
見晴らしのいい草原。そして風が吹き、草原の草木を揺らしていく。
次に映し出されたのは空に浮かぶ雲。こちらも風に流され、ゆっくりと動いている。
そして風車。これも風によりゆっくりと回っている。
最後に映し出されたのは豪雨のある日。豪雨と共に風が多くの建物を吹き飛ばし、人々を恐怖に陥れている。
『風は人や自然に恵みを与え、そして同時に破壊を与えます』
映像が途切れ、頭の中に声が響く。
『貴方はこの風をどこまで自分の意思で操れるようになるのでしょう...』
頭の中に直接響いていた声も止み、僕はゆっくりとまぶたを上げる。
目の前には僕の顔を覗き込む姫様がいた。
「どうですミルさん。自分の魔法が何か分かりましたか?」
「はい。僕の魔法は『風』です」
「『風』ですか。なるほど、『ミル・アキカゼ』さんにはぴったりの魔法ですね」
そういえばそうだ。僕の名前にも『風』の漢字が入っていた。多分偶然だとは思うけど、そう考えると親近感も湧く。
「ではミルさん、もう一度本の中を見てみて下さい」
僕は本の上から手をどけ、さっき白紙だった本を開く。
しかし今、その中はぎっしりと文字が詰め込まれていた。相変わらず本の中の言葉は読めないけど。
「凄い、もう全部のページに文字が書かれてる。ただ、中の文字が全く読めないんですけど、大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ。あくまで魔導書は魔法の発動を手助けする物です。中の文字はその力を持っているだけであって深い理由はありません。もちろん解読できる人もいるから新たな魔導書が作られているんですけど」
「じゃあ僕は中の文字を読む必要は無いんですね」
「はい、あくまで『本自体の存在』が重要という訳です」
良かった、今から新しい言語の勉強をし始めることにはならなそうだ。
「では初めての魔法の発動を行いますね。もう一度本を閉じて、手を乗せて下さい」
僕はまた本を閉じ、右手を本の上に乗せる。
「では左手にはこれを...」
机の上にある僕の左手を開くと、姫様はその手に小さな紙切れを置いた。
「えっと、これは...」
「これはただの紙ですよ。目に見える変化があった方が分かりやすいと思ったので」
目に見える変化って事はこの紙に何か起こるのかな?
「ではミルさん。自分の左手で風を起こしてみて下さい」
「はい、風を...ってええ!?」
いきなり風を起こせと言われてもどうすればいいのやら僕には分からない...。魔法ってこんな突然に使えるようになるものなのかなぁ。
「大丈夫です、自分を信じて下さい。大事なのは魔法を発動させて風を起こすというイメージです」
イメージか。
僕は自分の左手とその上にある紙切れを凝視し、イメージする。風によってその紙切れが浮くという想像を...。
紙の飛ぶ所、風が吹くところを何度も想像し続けるうち、遂にその瞬間は訪れた。
「!!」
ほんの一瞬であったが紙切れが僕の手を離れ、宙に浮いた。すぐに紙は僕の手に戻ってきてしまったけど、確かに僕の起こした風で紙は飛んだんだ!
「ミルさん!」
「はい姫様、やりました!」
僕と姫様はその喜びを共有する。
初めて僕は魔法を使ったんだ。与えてもらった物じゃない自分自身の魔法を!
その魔法は本の小さな力だったけど、僕の胸を高鳴らせた。まるでこの世界に来た時のようだ。
しかし、僕のその興奮を抑えるように書庫の入り口から人の声が聞こえた。
「誰かいますかー? そろそろ書庫を締めたいんですけどー?」
その声に僕と姫様は顔を見合わせる、鍵を締められる前に外に出ないと。
「すみません、今出るので少し待ってください!」
とりあえず僕が鍵を締めに来た人に僕らの存在を気づかせ、姫様は机の上にある街の伝説の本を元の場所に戻す。
本を戻し終えた姫様は机の上の『魔導発現書』を僕に手渡した。
「さっき言った通り、これはミルさんに差し上げます。最初の方はそれに手を触れていなければ魔法を発動出来ないですけど、次第に無くても使えるようになるはずです」
「練習あるのみってことですね」
「そういう事です。頑張って下さい!」
「はい、頑張ります!」
新たな目標もできた所で僕と姫様は急いで書庫の外に出た。
もちろん、地下の書庫に姫様と2人きりで居た僕が、鍵を締めに来た人に疑いの眼差しをかけられたのは言うまでもない。




