9話(41話) 『神の使い』
「では、今回の作戦についての反省をしたいと思う」
城に戻ってから、僕らは再び姫様の部屋で集まった。
理由はラウンさんの言う通り、今回の作戦について振り返るためだ。
ちなみに姫様は王様に報告に行っているため今はいない。あくまで護り手達にとっての反省会であった。
「まず1つの疑問として、何故魔物達が私達に気づいたのかのいう点がある。今までに襲われたことは無かったからな」
「それについては僕からお話があります」
僕はラウンさんの疑問に対し、僕が思っていた事を素直に話すことにする。
「今回、魔物達に襲われた原因は僕にあると思います」
僕の発言に対して周りは驚いた表情を浮かべた。ただ1人冷静な表情で話を聞くラウンさんだけが僕に問い返す。
「それは...どうしてだ?」
「僕の魔法は、少し普通の物とは違うみたいなんです。皆さんが来る前にロサ...あの棘の魔物と会話した時もその魔法について言及されました」
「君の魔法は身体強化系と聞いている。確かに珍しい部類の物ではあるが、何が普通と違うんだ?」
「僕にも詳しい事は分からないんです。ただ、僕の魔法が狙われている以上、これ以上僕はここに──」
「いえ、ミルさんが原因ではありません」
『僕はここにいるべきでは無い』、僕のその言葉は、突然ドアを開けて入ってきた姫様の言葉に遮られた。
「姫様、お帰りなさいませ。それで、ミルが原因でないというのは?」
ラウンさんが帰ってきた姫様に問いかける。
「原因は私にありました」
今度は姫様のその言葉に全員が驚く。先程は冷静に話を聞いていたラウンさんの目にも動揺が現れていた。
「それはどういう事ですか?」
「はい、たった今お父様に確認してきました。今の私の身体には『守護石』の力が宿っているそうです」
「『守護石』の...」
『守護石』、そういえば前にイーブルもその単語を口にしていたな。あの時は破壊すると言っていたけれど...。
「元々不思議だと思っていたんです。今までそんな事してこなかったのに、お父様が儀式の前日に私の事を心配するなんて」
それは昨日、僕と姫様が共に行動していた時のことを言っているのだろう。ティアさんは王様が呼んでいると言って姫様を連れ帰りに来た。
「『守護石』はこの城の地下深くに設置されています。そしてそれとは別に、代々王の肉体に宿る物があるそうです」
「つまり、今の姫様の肉体にはそれが...」
「はい、私の肉体にも新たな守護石が宿りつつあります。17歳になったこの年から」
姫様は胸の前で手を握りそう語った。
そして僕の方を向き、優しい表情で告げる。
「だからミルさんも自分の事を責めないで下さい。ミルさんは私達の大事な仲間ですよ」
「は、はい。ありがとうございます...」
姫様にはそう言ってもらえたけど、正直な所、僕の心境は複雑だった。僕のこの力が狙われている事もまた事実だ。それにもかかわらず、今回僕は皆の足手まといにしかならなかった...。
この力が特別な物なのだとしたら、その持ち主として僕はもっと強くならないといけないはずだ...。
今回の反省会は敵に見つかった理由がハッキリしたため、これで終了となった。
ラウンさんからは『各自、来週の儀式の時に向けて体を休ませておくように』と伝えられたが、休んでなんかいられない。もっと強くなるにはどうすればいいのだろう...。
「ミルさん」
強くなる方法について悩んでいた僕は突然後ろから声をかけられた。
わざわざ振り返るまでもなく、声でその言葉の主が姫様であることは分かっていた。僕は振り返りながら返事をする。
「姫様、何ですか?」
「反省会も終わったようですし、今から帰るところですよね?」
「はい、そうですけど」
「では、私と一緒に城の書庫まで来てもらえませんか?」
特に急ぎの用事も無いし、僕は姫様の誘いを承諾する事にした。
姫様と会話をしてる最中、既にシィとスノウはドアの前に立って帰ろうとしていた。まだ姫様の部屋に残っている僕にスノウが声をかける。
「...ミル、帰ろう」
「ごめんスノウ、シィ。姫様が用事があるみたいなんだ。長くなるかもしれないから、先に帰っててもらえる?」
「...分かった。じゃあまた」
「またね、ミル」
ドアから部屋の外に出ていく2人に手を振って見送ると、僕は姫様と共に書庫に向かう。
書庫は城の地下にあった。太陽の光が届かないため、書庫の中は光を発する魔法道具によって照らされていた。
書庫に入ると、姫様は僕に適当な椅子に座って待っているように促してから、1人で何かの本を取りに行ってしまった。
とはいえ、騎士として姫様1人で本を取らせに行くわけにもいかない。姫様の後をついて行き、目的の本が収納されている本棚の前に僕と姫様は辿り着いた。
「ここに目的の本があるんですか?」
「はい。えっと...あっこれです」
少し本棚全員を見渡してから、姫様は目的の本を取り出した。
「立ったままというのもどうかと思うので、とりあえず席に座りましょう」
「そうですね」
僕と姫様は机を挟んで椅子に座り、その机の上で姫様が持ってきた本を広げる。
「これは何についての本なんですか?」
残念な事に僕にはここに書かれている文字が読めなかった。少なくとも日本語では無いし、古代の文字だろうか...。
「これはストファーレの街に伝わる伝説についての本です」
「伝説というのは...?」
「様々な事が書かれていますが...私が今注目しているのは、『神の使い』についてです」
姫様のその言葉に僕は息を呑む。まさか、姫様は僕の力に気づいていたのか...いや、それよりも神の使いが街の伝説として残っているなんて...。
「私はミルさんのもつ力がこの『神の力』なのではないかと考えています。突然現れた青年が持っていた身体強化系の力だというのもこの伝説と共通していますし」
姫様はあるページを開くと、そのページに描かれた絵を指差した。そこには巨大な剣を奮って戦う青年の姿が描かれていた。
「姫様の推察は合っています。僕は確かに、複数の魔物から自分が『神の使い』であると言われました」
「やはりそうだったんですね...」
だが、ここでひとつの新たな疑問が生まれた。
「ですが、誰も僕のこと力に気づかなかったんでしょうか? 誰かが気づいてもいいと思うのですが」
「本は街の図書館にも一応模造品がありますが、これは200年も前のこれですし、そんな昔のことなんて私のような物好き位しか興味を示さないと思います」
「200年も...」
僕が元々暮らしていた世界では、細かな記録が残っているため200年どころか数千年前の出来事すらも知られている。だけど、昔の記録が曖昧にしか残されていないこの世界の人たちにとっては200年も前の事などほとんど想像も出来ないし、深く知ろうとも思わないのだろう。
「それで、本の中では神の使いは何をしたと書かれているんですか?」
「それが、詳しい事は書いていないんです。突然街に現れた事、そしてこの街で騎士として務めていた事。この本の中で神の使いがした事について書かれているのはこれだけなんです」
「それじゃあ、ますます街の皆が知らないのが普通の事に思えてきましたね」
そんな人物の話、仮に読んだ人がいたとしてもすぐ忘れてしまうだろう。僕もきっと忘れる。
逆にいえば、姫様はこの本を相当読み込んでいるって事か。
「でも、本当に街にとって何でもない人なら、本に記録として残されないと思います」
「それは確かにそうですけど、なら何故何をしたか書かれてないんでしょう」
「分かりません...でもここに載っている以上、『神の使い』はこの街に何か良い事をもたらしてくれると私は信じています。そして、彼と同じ力、容姿を持つミルさんもきっと...」
姫様は僕の力に期待してくれているようだ。
しかし、今の僕は自分の力に何の自信も持つことは出来なかった。
力を強化するといっても、逆にいえばそれだけだ。遠隔攻撃も出来なければ、傷の治療も出来ない。僕の『神の力』はその程度のものでしかない。
「姫様、僕は自分にそんな大層な事が出来るとは思えません。僕にはこの魔法を使いこなすことすら出来ていないんですから...」
僕はそれが良くない事だと分かりつつも、俯いて姫様に自分の不安を伝えた。今の僕を見て、姫様は失望してるかな...。
僕は恐る恐る頭を上げ、姫様の顔を見る。
しかし、姫様の顔に失望の表情は写ってなかった。
それどころか次に姫様の口から発せられた言葉は僕が思ってもいない真実を告げるものだった。
「ミルさん、大丈夫ですよ。この本には少しだけど『神の使い』の魔法について書かれているんです。街の近くに現れた魔物を焼き払ったという『炎の魔法』について」
「『炎の魔法』...?」
姫様のその言葉で、僕は今まで自分が大きな勘違いをしていたのではないかと思い始めていた。
そして、次の姫様の声が僕にその考えが真実だと確信させてくれた。
「『神の力』と『魔法』。この二つは異なる力なんです」




