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セイヴァー・レコード 〜とある守護騎士の記録〜  作者: パスロマン
二章 スピリトの大樹/覚醒する魂
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8話(40話) 『集結』

「全く、全員集合してくれるだなんて、命拾いしたねぇミル」


 木に寄りかかる僕にロサは声をかける。しかし、それでも目線は現れた僕の仲間達に向けられたままだ。


「ラウンさん、私には遠隔攻撃は出来ません。なので、スノウとラウンさんの魔法で周りの棘を妨害して下さい。私が彼女にトドメを刺します」

「分かった。全力で支援する」

「...任せて」



 ラウンさんとの会話を終えたシィが単身、ロサの本体への向かって走り始めた。そしてその後方でスノウとラウんさんが魔法で支援を始める。


 まずい、シィはロサが持つ硬質の棘の事を知らない。このままじゃ確実に返り討ちに合ってしまう...。何とかして伝えなくては。

 しかし今の僕に大声は出せないし、スノウはもう戦闘を始めてしまった。一体どうすれば...


「ミル君大丈夫?」


 そう考えていた時、馬車から降りたティアさんが木に寄りかかる僕の所へ駆け寄り僕の隣で立て膝をついた。

 そうだ、ティアさんに伝えればみんなに教えてくれるはず。


「はい、大丈夫です。ゲホッ...」


 ティアさんに返事をするが、まだ内蔵が出血しているのか僕は血を吐いた。


「ごめん、まだあまり喋らせないほうがいいよね。ほら、肩貸して」


 ティアさんは僕の肩を支えながら立ち上がった。

 もちろん体のことを考えれば喋らない方がいいのだろう。でも、僕には伝えなくてはいけない事がある。


「ティアさん、待って下さい...」

「ミル君、喋っちゃダメだって!」

「1つ、皆さんに伝えて下さい」

「え、伝える事?」


 僕は出来る限りの大きな声でティアさんに伝える。


「彼女の能力はあの『棘』です。今の見えている4本以外に、硬い2本の棘を体の内側に隠しているんです。僕はそれにやられました」

「棘...今はラウンが1本壊して3本だけど、それ以外にもあるんだね」

「はい。みんなに伝えて下さい...」

「分かった。任せてミル君」


 何とかティアさんに伝言を伝える事は出来た。


 しかし、事は既に一刻を争う事態に突入していた。


 スノウとラウンさんの援護を受けたシィは先程の僕と同じようにロサの方まで一直線に走り始めていた。...それが罠だとも知らず。


「ラウンさん!」


 今すぐ伝えてもらわなくては手遅れになる。

 僕はティアさんの名前を呼び、シィに僕の伝言を伝える事を促す。

 僕に名前を呼ばれたティアさんはすぐに僕の意思を察してシィに呼びかける。


「シィちゃん気をつけて! 奴はまだ2本の棘を隠し持ってる!」

「えっ...」


 ロサに接近途中のシィは、ティアさんの声を聞くと反射的にチラリと僕らの方を向いた。

 そして、その瞬間をロサは見逃してくれなかった。


「今気づいても遅い。既に貴方は私の棘の射程内にいる!」


 先程体内に収納した硬質の2本の棘を出現させ、シィに襲いかかる。


「シィ危ない!」...そう僕は叫びたかったが、喉から声が出るよりも先に僕の肉体は悲鳴を上げた。体が痛み、声を発することすら出来ない。

 く...こんな時にも僕は何も出来ないのか...。


「くうっ...!」


 迫り来る棘にシィはなんとか反応し、両手に構えた2本の剣で防御する。しかし僕の体をも軽々と吹き飛ばした棘を防ぎ切ることは出来ない。シィの体も僕と同じように吹き飛ばされてしまう。


「ま、まだよ...」


 僕と違って肉体に直接攻撃を受けた訳では無かったシィは上手く足から地面に着地し踏みとどまった。その目にはまだ闘志が残っている。


「待てシィ!」


 しかし、再び行動を起こそうとするシィをラウンさんが静止した。


「すまない、今のは私の判断ミスだ。遠隔攻撃を得意とする彼女に対して君は相性が悪かった。これ以上やっても自らの体を危険に晒すだけになる」

「...分かりました」


 ラウンさんの言葉を聞き、渋々シィは納得した。そのまま後退し馬車の近くにつく。


「シィはその位置まで伸びてくる棘があった場合に馬車を守って欲しい。もっとも、私もそこまで伸ばさせはしないが」


 ラウンさんとシィが会話をしている間に、僕もティアさんに支えられながら何とか馬車にまで辿り着いた。


「ミル君、治療は少しだけ待っててね。先に私達が奴を倒すから」

「分かりました。信じてます」


 馬車の荷台に僕を乗せてからティアさんは前に出る。今の僕にはティアさん、ラウンさん、スノウの3人を信じるしか無い。


「私が彼女の本体に魔法を叩き込む。2人は私の魔法が邪魔されないように棘の動きを止めてくれ」


 そう告げると、ラウンさんは右手に短剣を掲げ魔法の詠唱を始める。


「それじゃ、私達は」

「...動きを止める」


 ティアさんとスノウも同時に魔法を唱え始める。


「させるか! 全員、ここで死ぬ運命なんだよォ!」


 ロサは3本の棘をそれぞれ1人ずつに向かって叩きつけた。あとほんの少しで3人に直撃してしまうところまで棘が迫る。

 しかし、心配はいらなかった。


不思議な魔法の蔓(マジカル・ヴァイン)

凍結拘束(フリーズ・バインド)


 スノウに迫っていた棘は一瞬のうちに凍りつき、ラウンさんとティアさんに迫っていた棘は地面から生えた蔓に完全に動きを止められた。


「何っ!?」


 容易くその棘を止められて驚くロサにすかさずラウンさんが魔法を仕掛ける。


「『水龍・降臨』!」


 ラウンさんが短剣を振るうと同時にその剣先から先程の水龍が現れる。そのまま水龍はロサの体めがけて直進する。


「クソッ!」


 ロサはまだ2人に捕らわれていない硬質の棘を駆使してその攻撃を防御しようとするが、ラウンさんの意思で自由に動く龍を止められない。

 そしてとうとう、水龍がロサの脇腹に噛み付いた。


「弾けろ!」


 ラウンさんの合図で先程と同様に水龍は大きく膨張し、弾けた。もちろん噛みつかれていたロサはその衝撃をモロに受けて吹き飛ばされる。

 ブチブチと、スノウとティアさんに固定されていた棘が彼女の体からちぎれ、ロサは後方に大きく吹き飛ばされた。


「次で終わりだな」


 トドメを刺すため、ラウンさんは再び魔法を唱え始める。

 あれほどの衝撃だ。恐らく彼女ももう逃げられない。次の一撃でこの戦いに終止符が打たれる。

 ──そう誰もが思っていた。


「ケーちゃん!」


 突如、ロサは誰かの名前を叫んだ。

 周りを見た限りでは彼女に仲間がいるようには思えなかった。しかし、その声と同時に何かが森の奥から飛び出した。


「アイツは!」


 ラウンさんが驚いて叫ぶ。

 森の奥から姿を現した生き物は、先程大樹の下で襲いかかってきた獣と同じ種類だったのだ。しかし、先程見た獣たちとは明らかにサイズが違う。2倍...いや、3倍はある大きさだ。


 その獣は口でロサの体を咥えるとそのまま再び森の奥へと走り去っていった。一瞬の出来事で僕らの誰もがその獣の動きを捉えることは出来なかった。


「逃げられたか...」


 ラウンさんが残念そうな声を出した。後で現れる可能性がある以上、ここで仕留められなかったのを後悔しているのだろう。


「まぁ逃げられはしたけど、あれだけの怪我だし今から帰るうちにまた襲っては来ないよ」


 ティアさんがラウンさんの肩に手を乗せて励ます。

 そして、今度は馬車で寝転ぶ僕の方を見た。


「それじゃあまずはミル君の治療だね。さぁミル君どこが痛むのかな?」


 ティアさんの質問に対して、さっき喋らない方がいいと忠告されたから、僕は指で痛む箇所を示す。


「よし、わかったよ。じゃあ今治すからね」


 ティアさんがそう言うと、突如さっき棘の攻撃を防御するために使用した蔓が荷台の床から生えてきた。

 しかしそれは僕の動きを拘束するわけでもなく、僕が痛むと伝えた箇所に緩めに巻きついた。

 そして、まるで痛みがその蔓に吸い取られるように引いていく。...かと思ったら今度はその蔦を通して僕の体に魔力が送られ、傷がみるみるうちに治っていった。


「これでよし、っと」


 数分が経つ頃には僕の体の痛みは完全に引き、自力で立ち上がる事が出来るほどにまで回復していた。


「凄い、こんなにすぐ回復するんですね」

「まぁ前と違って大きな怪我の箇所が一箇所だけだったからね」


 ティアさんの言う「前」とは岩の魔物に僕が吹き飛ばされた時の事だろう。そう言えばあの時は手が変な方に曲がってたりとかしてたんだっけ...。思い出すのも怖いなぁ。


「あ、でも今は回復に集中出来る時だったからすぐだったけど、戦闘中に突然は無理だよ。私、回復中身動きとれないから」


 流石に、戦闘中傷ついたからといってすぐに治す事は出来ないみたいだ。だからさっき僕の治療が後回しになったのか。


「他のみんなは怪我してないよね。ならすぐにでも大樹の所に戻って姫様の儀式を再開しようと思うんだけど」

「ああ、それで大丈夫だろう。出来るだけ早く城に戻りたいしな」


 ティアさんの意見にラウンさんも賛成し、僕らは馬車に乗って大樹の下まで戻る事になった。


 ✱✱✱✱✱✱✱✱


「では始めます」


 姫様が大樹に触れ、再び祈りを捧げる。


「大樹に宿りし大地の精霊よ、聞こえていますか。私はストファーレの姫、リブロ・ガイアブレイドです。私が王の器に足り得る人間となるためこうして今年もこの地へ参りました。どうか貴方がたの力を私に捧げて下さい」


 最初に言っていた言葉を今度はきちんと言い終えると、それからも姫様は大樹に語りかけ続けた。

 姫様が言葉を重ねる度に、僕らを包み込む空気の温もりもより強くなっていく。

 そして、


「今年最初の祈り、終わりました」


 姫様が大樹から離れ、僕らの下にまで戻ってくる。


「では皆さん、帰りましょう。今日はありがとうございました!」


 姫様の声を聞き全員が各々緊張を解きながら馬車に乗る。そして全員が乗ると、僕らの街に向けて馬車は再び走り始めた。


 こうして、『護り手』としての僕の始めての仕事は終了したのだった。

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