3話 『城下町ストファーレ』
『ストファーレ』に入ることが出来た僕はリースの案内で街のあちこちを見ながら彼女の家へと向かっていた。
「ここはこの街で一番大きな商店街なんです。食品に日用品、それから魔導書なども全てここで揃えることが出来ます」
リースに紹介された商店街は道の両側に店が立ち並び、行き交う人たちと店の人たちの話が飛び交っていてかなり賑やかな所だった。この街で最も大きいというのも頷ける。
僕は店に立ち並んでいる商品を見て驚いた。
果物ならリンゴにバナナ、野菜ならキャベツにトマトなど、見た目は完全に自分の知っている物たちであった。
僕は味も同じなのか試すために買ってみたいという気もしたが、先程街を歩いている途中でのリースの言葉を思い出す。
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「そう言えば、お腹が空いてきたね」
「なら、家に着いたら、何かお食事を作りますよ」
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せっかくのリースの好意だ。ここで何かを食べてお腹を満たすのは何となく申し訳ないと思ったので、ぐっと買いたい衝動を抑える。
リースは僕の隣を歩きながら、僕と同じように店に並んでいる商品を見ているようだった。
「リースは何か買うの?」
「いえ、今はいいです。今は所持金もあまりありませんし、何が家に無いのか把握してないので間違えて買ってしまうかもしれませんから」
そんな会話をしながら僕達は足を進める。
すると僕はこの世界ならではの商品を見つけた。『魔導書』だ。
魔導書はほかの品物と同じように店頭で売られてはいるものの、透明なケースに入れられている。そのケースには魔法陣の様な模様が付いていた。何かの力で封じられているのだろうか?
そこまで厳重に管理しているという事は、相当重要なものなのだろうと思う。おそらく魔法を学ぶために必要なんだろう。という事は僕も後に買うかもしれないなと思い、チラリと値段を見てみるが……値段は四万五千ソル。先程関所で請求された額とほぼ同じであった。五万ソルをリースが高いと言っていたし、結構な値が張るみたいだ。
そんな事を考えながら歩いていると僕は疑問に思う商品を見つけた。『剣』だ。
魔導書と同じように魔法陣が付いた鎖で縛られて店頭で売られているそれはこの世界には必要ないものだと思っていた。
この世界は魔法の世界だと神は言っていた。にもかかわらず剣が売っているのはおかしい。だから、もしかしたら魔法が使えない人もいるのかもしれない。まぁこの疑問もリースに聞けばおそらく解決するだろう。
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そうこうしているうちに僕達は商店街を抜けて、多くの家が立ち並ぶ住宅街へと足を踏み入れていた。
家と言っても僕がいた国での一般的なコンクリートで作られた家ではなく、レンガなどの石で出来た家がほとんどであった。
僕はその住宅街をリースの案内で進んでいく。住宅街に立ち入ってから5分程歩いたところで、リースは足を止めた。
「ここが私のお家です」
リースは自分の家の前に立ってそう言った。
彼女の家も周りの家と同じくレンガ造りの家であり、外観から2階建てであることが分かった。
リースは家の鍵を開けると僕を中へ招く。
「おじゃまします」
僕はそう挨拶をしながら家の中へ入った。
「こちらが広間です」
玄関を抜けた先にはドアがあり、その奥が広間であった。広間には台所も隣接していて、いわゆるダイニングキッチンの様な形だった。
「そこの椅子で待っていてください」
リースは僕にそう言うと、台所へ向かった。
僕は彼女に言われた通り背負ったリュックを椅子の隣に置き、テーブル越しに向かい合って並べられた椅子の片方に座る。
時計を見ると、今は午後三時頃だった。
台所に向かったリースは果物などが入ったカゴを置いて、中央に大きな魔法陣が描かれた大きな箱のような物の中から野菜やミルクを取り出している。あの箱は要するに冷蔵庫のようなものなのだろう。
その後リースはキッチンの上に設置されている棚から包丁や木のまな板、お皿をを取り出した。そして今度はキッチンにある魔法陣の描かれた鉄板の様なものの上にお皿を乗せた。
リースには幾つか聞いておきたいことがあったが、今から調理し始めようとしているリースに話しかけるのは悪いと思って調理が終わるまで待つことにした。
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「有り合わせで作ったシチューですが、どうぞ」
リースはそう言ってお盆の上にシチューの入った皿を乗せ、僕の下へとやって来た。そしてそのシチューが僕の前に置かれる。
「いや、有り合わせのものでも嬉しいよ。ありがとう」
あまり料理をしなかった僕からしてみれば、有り合わせの食材でシチューを作れるのは立派な技術だと思えた。
リースが僕と向かい合った椅子に座ると、僕はシチューが冷めないうちに口に運びつつ、リースに話を聞く事にした。
「ねぇリース、これっていったいいくらくらいになるの? 」
そう言って僕はリュックの中から金貨などが入った革袋を取り出して、リースの前に置く。
「ええっと、どうしてそんな事を聞くんですか?」
まぁ当然の疑問だろう。この歳になってお金の数え方が分からない人なんていないだろうからね。
僕はどう話すか考えたが、リースは森を抜ける案内をしてくれただけでなく、僕のことを信用して関所の人たちを説得してくれたんだ。そんな相手に嘘を突き通すのは心苦しかったので、信じてくれるか分からないが、僕は真実を話すことにした。
「僕は……別の世界から来たんだ」
「別の……世界ですか?」
リースはやはり不思議そうにしていた。僕は続ける。
「うん。僕はその世界で死んで、新たな人生として、この世界にやって来た。だからこの世界についてはよく分かっていないんだ」
リースは考えているようだった。まぁ突然そんな事言われてすぐに理解できる奴はいないだろう。
「えっと……やっぱり信じてもらえないよね、こんな話」
僕は流石に無理だと思って、「もちろん冗談だよ!」なんてでも言おうかと思っていた。しかし、リースは答えた。
「いえ、私は信じたいです。ミルさんを」
リースは僕の話を信じると言った。その言葉に僕は聞き返す。
「どうして信じてくれるの? こんな嘘みたいな話を」
「その話が真実かを確かめることは私には出来ません。でも、私は自分の命を助けて頂いた方が言うことを信じたいです」
「そっか。ありがとう、信じてくれて。」
「いえ、いいんですよ。命を助けて頂いて本当に感謝しています。あ、お金を数えるんでしたよね」
リースはそう言って僕に笑顔を見せた後で、革袋の中のお金を数え始める。
「えーと…金貨二十枚に銀貨十二枚、それに銅貨が十五枚なので、全部で21万3500ソルになりますね」
「てことは、金貨一枚が一万、銀貨一枚が千、銅貨一枚が百ソルってことか。それの金額だとどれくらいの間生活できそう?」
「そうですね…だいたい一ヶ月くらいでしょうか」
「一ヶ月か…」
どうやら神は僕に一生遊んで暮らせる金をくれた訳では無いらしい。もちろんそんな退屈そうな生活望んでないけど。要するに「働け」ってことなんだろう。
「まぁ、お金を稼ぐ手段はまた考えるとして、他にも質問していい?」
「はい、どうぞ」
「さっき商店街で魔導書……本みたいな奴が売られていたけど、あれが魔法を使うために必要なものなの?」
「ええ、そのとおりですよ。ただ購入すれば誰でも使えるという訳ではないんです」
「何か条件があるの?」
「はい、人にはそれぞれ魔法の適正があって、その人に適した属性の魔法しか覚えることは出来ないんです。例えば……」
そう言うとリースはテーブルの上に乗せていた僕の左手を両手で握り、そっと唱えた。
「治癒」
そうリースが唱えると、リースの両手と僕の左手を淡い緑色の光が包み込む。その光はぽかぽかとしていて温かいものだった。
光が収まると僕の左手は不思議と動かしやすくなっていた。僕が不思議に思っていると、リースがその答えを言ってくれる。
「これは私が使える光属性の回復魔法です。回復と言っても、今のように軽く体の筋肉をほぐす事にも使えます」
「てことはリースには光属性の魔法に適正があるってことなのか」
「はい、その通りです。と言っても、この魔法が今私の使える唯一のものなんですけどね」
「これが唯一ってことは台所の魔法陣が描かれてる箱とか鉄板は何なの?」
「これらは『魔法道具』です。その属性の魔法が使えなくても、物を冷やしたり暖めたりと言った事が出来ます。 他には商店街で魔導書を入れていたケースも魔法道具です」
「なるほど、そういうものもあるんだね」
つまりそれらは元の世界でいう冷蔵庫やコンロのようなものという事なのか。
僕はまだ質問したいことがあったが、自分の前に置かれているシチューがまだ残っていることに気づく。
「まだ質問したいことがあるけど、とりあえずシチューを食べ終わってからにするよ」
「はい、分かりました」
リースのその言葉を聞いて、僕は残りのシチューを食べ始めた。
これで本日の投稿は終了します。明日以降もだいたい同じ時間頃に投稿する予定です。
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