4話(36話) 『姫様とデート』
「じゃあ、まずはここです」
僕を連れて街を歩いていた姫様がある店の前で足を止めた。
ガラス張りになった壁から店内を覗いてみると、店の中にはいかにも通行人に見せるため綺麗に並べられている洋服が確認出来る。
「ここ洋服屋みたいだけど、洋服を買う必要ってあるの? 姫ならちゃんとしたものを用意してもらえると思うよ」
「確かにドレスなどはわざわざ買いに来る必要は無いですよ。でもこうしてこの街に来る時の服は自分で用意しないといけないので」
「ああ、そういう事なのか」
確かに内緒で来てる以上、普通の人が着るような洋服を買ってもらえている訳は無いか。
それにしても、絵面的には違和感の無いことだけどやっぱり目上の人にタメ口で話す事には慣れないなぁ。
「それじゃあ入りましょうか」
「あ、うん」
髪を隠すために帽子を深く被り直した姫様に続き、僕も店内に入る。
「いらっしゃいませー」
店に入るとすぐに笑顔の定員さんが挨拶をしてきた。
周りを見回してみても人形に服が着せられていたり、ハンガーに服がかけられて並べられていたりと、元の世界と別段変わりはない。奥には試着部屋まである。
既に姫様はハンガーにかけられた服を出してはしまい、出してはしまい、という行為を繰り返していた。
僕もあまりキョロキョロしていても不審な人に思われそうだし、適当に男性用の服でも覗いていようかな。
✱✱✱✱✱✱✱✱
「ミルさん、ミルさん」
「うん?」
自分に合いそうな服を探していた僕に、突然後ろから姫様が声をかける。振り返って見ると、姫様の手には商品の服が握られていた。
「試着してきてもいいですか?」
「うん、了解。行ってらっしゃい」
試着くらい1人で出来るだろうし、自分が手伝う事も無いと思ったので、1人で行ってもらおうとしたが、姫様は立ち止まったままだ。
「どうかした?」
「あの、出来れば他の人の感想を聞きたいので部屋の前で待っていてくれませんか?」
「別にいいけど、あんまり参考にならないよ」
「いえいえ、誰かに見てもらう事が大切ですので」
そう言って姫様は試着室に入ってしまった。
残された僕はとりあえず言われた通りに、試着部屋の前に置かれたイスに座って姫様を待つことにする。
「すみませーん」
椅子に座って待っていると、突然姫様が試着室の中から顔だけ出して僕の事を呼んだ。
「どうしたの?」
呼ばれたので、僕は彼女の試着室の前まで移動する。
「帽子を取った姿は他の人には見られたくないので...」
「確かにそうだね。それで、着替えは終わった?」
「はい。えっと、どうですか?」
今度は逆に、僕が姫様の試着室の中に顔を入れて、その着替え終わった姿を見る。
姫様の試着した服は黒を基調にしたものだった。姫様の白い髪とのコントラストもあってよく似合っている。最もこの髪は人前に出す訳にはいかないのだけど。
「うん、とてもよく似合ってるよ」
僕の言葉を聞いて姫様の表情が明るくなる。
「本当ですか! ならこれにしますね」
そう言って僕に笑顔を向ける姫様。
購入の意思の後押しが出来たのなら何よりだ。
✱✱✱✱✱✱✱✱
「次はお昼ご飯を食べましょうか」
新しく買った服が入った袋を持ちながら、姫様が僕の手を引いて街を歩いていく。ちなみに元々姫様が持っていた本が入っている袋は僕が持っていた。流石に姫様だけに荷物を持たせる訳にもいかない。
「それはいいけど、どこか行きたい所とかある?」
僕が問うと、姫様は立ち止まって考え始める。
「うーんそうですね。出来れば普通に街の方が食べるような物がいいです」
姫のようなお高い身分の人からすれば、庶民の食べる物は珍しいものに感じるのかな。
「了解。それじゃあちょっと待ってて」
姫様の要望を聞いた僕は目と鼻の先にある屋台でちょうどいいものを扱っていることに気づいた。という訳で姫様に荷物を預けてそのお店の物を注文する事にする。
「すみません、ホットドッグ2つ下さい」
「はいよ! ちょいと待ってな」
店先にいたおじさんに声をかけて少しの間待つ。
後ろから焼き終えたソーセージを持ってきたおじさんはそれをケチャップとマスタードをつけてパンに挟んだ。そして持ちやすいように紙の袋で包んだ2つのホットドッグを僕の前まで持ってくる。
「2つで600ソルだ」
言われた通り600ソルをおじさんに手渡し、僕は2つのホットドッグを受け取った。
作りたてのため、手からはしっかりとその熱さが伝わってくる。
「はいどうぞ」
待ってくれていた姫様に、手に持った2つのうちの1つを渡す。
「わぁ、ありがとうございます。それじゃあ代金を...」
「いいよ、これくらい大した金額じゃないし。それよりも冷めないうちにどうぞ」
「それではお言葉に甘えて」
僕の言葉を受け、姫様はホットドッグを頬張る。
「ん...このソーセージ思ったよりも熱いですね...。でも美味しい...」
そんな事を呟きながらホットドッグを食べ続ける姫様。
きっと意識してはいないんだろうけどなんとなく言い方が卑猥...。まぁ喜んでもらえたのならいいか。
それじゃあ僕も食べるとしよう。
僕も姫様に続き、ホットドッグを頬張る。
...確かに結構熱いな。
僕が食べ終える頃には、先に食べ始めた姫様は既に完食していた。
「とても美味しかったです。ありがとうございますミルさん」
そうお礼を言う姫様の口元には先程のホットドッグのケチャップが付いていた。
「あ、ケチャップついてるよ」
「え、こっちですか」
姫様は自分の口元に触れてみるが、そっちは反対側だ。
「ううん違う。こっちだよ」
自分に付いたケチャップの位置がわからない姫様の代わりに、姫様の口元に触れてそれを拭う。
「あ...」
僕に口元を触られた姫様は頬を染めて声を漏らした。
そこで僕はハッと思い出す。
今目の前にいるのはお城の、そしてこの街の姫。僕の妹なんかじゃない。
「ご、ごめん。迂闊な行動だったね」
「いえ、気にしていないので大丈夫ですよ。というより、ケチャップを取ってくれてありがとうございます」
「そう。気にされてないならいいんだけど」
それでもやはり迂闊だったな。そもそも見た目は年下でも本来の年齢は僕と変わらないんだ。下に見ちゃいけない...。
「それじゃあ次の場所に行きましょうか。私まだ行きたい所があるんですよ」
「うんいいよ。行こうか」
昼食を食べ終えた僕達は再び街を回る事にする。
✱✱✱✱✱✱✱✱
「えっと、本当にこっちであってるの?」
姫様について行くまま辿り着いたのは人通りの少ない通り。明かりのついている家もほとんど無いし、完全に街のはずれだ。
「はい、こっちでいいんですよ」
明らかに入れそうなお店など見当たらないがそれでも進み続ける姫様。今はこのままついて行くしかないか。
「いったいこの先に何があるんですか?」
「それはですね...」
ゴボッ
姫様が言い終わるよりも先に、突如不思議な音が聞こえた。まるで何かが地面から出てきたような...
「キャー!」
突然、目の前にいた姫様が上空へ打ち上げられた。
「姫様!」
元々姫様が立っていた位置には地面から緑色の植物の様なものが生えている。
まるで生き物のように蠢くそれが姫様の体を吹き飛ばしたという事に間違いなかった。
「ミルさん!」
呆気に取られてしまっていた僕に、上から姫様の声が響く。
「なっ...」
姫様の体は屋根の上にあった。無事なのは良かったがそれ以上の問題があった。
「君は...いったい...」
「...」
姫様の体は頭にマフラーのような物を巻いて顔を隠した者に抱えられていた。
僕の問いかけにも答える様子は無い。それどころか、目しか見えない上に服装も黒一色。姫様の体に隠れて胸も見えず、男女の判別すら出来ない。
「...」
無言のまま、彼(?)は走り去っていく。
「待て!」
屋根の上を逃げる彼の事を僕は地上から追う。
けれど、このままじゃ間違いなく見失ってしまう...。もしも彼が今攫った人が城の姫であると分かっているのなら、姫様の身が危険だ。逃がす訳にはいかない。
一か八かやってみるか。
幸いな事にこの通りの家は1階建てばかりで屋根はそれほど高くない。明かりがついていないし人もいないだろう。それなら好都合だ。
僕は神の力を乗せた筋力を使って、高く飛び上がる。
直接屋根の上に飛び乗るのには至らないが、何とか屋根のへりに捕まることが出来た。そしてそのまま屋根の上へとよじ登る。
屋根の上に登った所で、相手の位置を確認する。離れてはいるが追いつけない距離ではない。屋根の上を上を走り、僕は彼を追う。
流石に神の力で強化されている僕の足から逃れられるほど相手は速くない。すぐに数メートル後ろに辿り着いく事が出来た。そしてそのまま走高跳の要領で前方へ大きく跳ぶ。
「...!!」
驚いた様子の彼の頭上を飛び越え、その前方へと着地する。
「ふぅ、ようやく追いついた。それじゃあ彼女を離してもらうよ」
右の拳に神の力を込めながら、僕は彼の元へと歩み寄っていく。人間相手だが、状況が状況のため実力行使も考えておかなくてはいけないだろう。
「待って待って! 流石にその手で殴られるのは勘弁!」
「え?」
その人の声は思っていたよりも高い女性のもので...というかこの声は...
「私だって!」
顔に巻いたマフラーを取ったその顔はやはり見覚えのある顔。
「ティ、ティアさん!」
姫様を連れ去った人物は、その姫様に仕える者であるティアさんだったのだ。




