2話(34話) 『護り手』
『リブロ・ガイアブレイド』、そう名乗った少女…この城の姫は膝の上の本を近くの机に置くと、ゆっくり椅子から立ち上がった。
生まれつきであろう彼女の白い髪は、小窓から差し込む光に照らされキラキラと輝く。そういえば王様も髪の色が白かったけど、あれは老化による白髪ではなくて遺伝によるものだったのだろうか。
そんな事を考えているうちに、姫様は僕らの目の前まで歩み寄ってくる。その身長はだいたい僕の肩程までであった。
「皆さんが、私の呼んだ方に間違いないですね?」
「は、はい。そうです」
首を傾げながら問いかけてきた姫様に僕は慌てて答える。姫というくらいだからもっと天真爛漫な方を想像したけど、この方は年不相応といえる程に落ち着いている。
「お名前も教えて頂けますか?」
「ミル・アキカゼです」
「シィ・エスターテです」
「...スノウ・インヴェルノ」
「ミルさん、シィさん、スノウさんですね。わざわざありがとうございます。皆さんこちらへどうぞ」
名乗った僕らを、姫様は部屋にある大きな丸型テーブルを囲む様に置かれた椅子に案内する。
「ティアさん、皆さんにお茶をお出しして下さい」
「はーい、姫様」
ティアさんは台所に向かうと、既に用意されていたティーポットを使ってカップに紅茶を注ぎ始めた。
僕らと同時に姫様とラウンさんも椅子に座る。
間もなくティアさんが自分自身を含めた6つのティーカップをトレイに乗せて持ってきた。1つずつそれぞれの目の前にカップを置いてティアさんが着席し、これでここにいる面子が揃った。
「それで、話というのは?」
僕がテーブルを挟んで僕らの向かい側に座っている3人に問いかける。
「単刀直入にいいます」
紅茶を1口啜ってから、姫様は話始めた。
「皆さんには私の『護り手』となって欲しいんです」
「...護り手?」
スノウは始めて聞く単語にキョトンとしている。しかし、僕とシィは違った。
「それって、前にティアさんが僕の病室から出る時に呟いていた言葉ですよね?」
シィとともにティアさんの方を向き、僕はそう問いかける。
僕のその問いかけに、ティアさんはハッとした表情をした。
「なんだ、聞かれてたんだ。耳いいね2人とも。そ、『護り手』っていうのは私があの時呟いた言葉。ただ、意味までは分からないよね」
「そうですね。僕らはその言葉を聞いただけなので」
「では私が続きを話しますね」
姫様がティアさんから話のバトンを受け取り、続ける。
「まず先にこの王室の風習からお話しますね。私たちの一族は生まれつき『大地の精霊と心を通わせる』魔法を持っています。そして、次世代の王となるにはその魔法の力を強める事が必要不可欠なんです」
次世代の王...この歳で既に未来の事を考えなくてはいけないなんて、王室に生まれた子供はとても大変なんだな。
「その魔法を強化する方法は、1年の内のある期間に、複数回に渡って街の外にある『精霊の大樹』を訪れ、そこにいる精霊とコンタクトをとるというものです」
「精霊とコンタクトというのは、会話するといった感じですか?」
いまいちピンとこないが、その精霊から力を授かるということだろうか。
「はい、そういったものです。そしてここからが本題となりますが、皆さんに頼みたい『護り手』というのは私が『精霊の大樹』に辿り着くまでの間、ティアさん、ラウンさんと共に私の身を護ってもらう方の事なんです」
「...質問」
話を聞いていたスノウが挙手をする。
「どうぞ」
「...どうしてわざわざ少数が『護り手』として姫様を護るの? そんなに重要な事なら騎士団全員で行えばいいのに」
「その質問には私からお答えしましょう」
これまで口を開かなかったラウンさんが始めて問に答えた。
「まず、大人数で行動するということはそれだけ敵に見つかるリスクも高まるということです。大樹は街からそれなりに離れているので、街の周りにはいない魔物も出現します」
「...うん」
「そして、大樹に出現する精霊は出現する事でその場にいる全員に加護を振り撒きます。つまり、多くの者がそこに辿り着けばそれだけ姫様が得られる精霊の力が減り、効率は悪くなってしまうという訳です」
「...分かった、理解した」
後半から話の長さで疲れたような表情してたけどちゃんと理解したのかな。...まぁきっと大丈夫だろう。最悪僕が後で説明しておけばいいし。
「えっと、僕も質問いいですか?」
スノウに続いて僕も手を挙げる。
「ええ、どうぞ」
「どうして僕らが選ばれたんですか? 他にもエンさんといった優秀な騎士の方はいますよね」
「ええ、確かに去年まではエンに頼んでいたわ」
「ならどうしてですか?」
「じゃあその質問には私から答えようかな」
今度はティアさんが僕の質問に答えてくれるようだ。
「まずミル君、君に関してはあの時...病院で会った時から護り手の素質はあると思っていたよ。他人のために自分の命をかけることが出来る所がね」
「命をかけるですか...」
確かにあの時の僕は、シィを護りたい一心で、自分の事なんて二の次で行動していた。僕にとっては、僕自身が傷つくよりも、僕の周りの人達が傷つく方が耐えられない。
「まぁその時はただの興味だった訳だけど、それが確信に変わったのは君たち3人がこの街を救った時だね。その時にこの子達になら姫様を任せられるって思ったの」
「それで僕らに?」
「そういう事。それに今はエンが忙しそうだからっていうのもあるけど」
「確かにそうですね」
今のエンさんは減ってしまった騎士団を集める事に全力を注いでいる。そんなエンさんの負担を増やしたくないというのは当然の思いだろう。
「質問は以上でよろしいですか?」
疑問が解決した僕らに姫様が問いかける。
ひとまず今は無いので、僕らは3人揃って頷く。
「では、話はこれで以上です。突然の事で申し訳無いのですが、お引きして下さるかどうか3日以内に決めておいて下さい。最初の出発が1週間後ですので」
姫様は立ち上がると、僕らに向かって深く礼をした。
3日以内に決めておくように言ったが、僕にそんな猶予は必要無い。隣にいるシィとスノウの顔を見ても、2人とも僕と同じ気持ちのようだ。
「姫様、顔を上げてください。もちろんその仕事、お引き受けさせていただきます」
「!!」
姫様が驚いたような表情をして顔を上げた。
「そんな簡単に決めてしまってよろしいのですか?」
「私たちは騎士です。困っている人がいれば助けるまでです。それが私達の姫様なら尚更に」
シィが僕とスノウの代わりも含め、自信を持ってそう告げた。
「流石、私達の見込んだ騎士!」
ティアさんが嬉しそうに声を上げる。
「3人とも、共に頑張りましょう」
ラウンさんが僕ら一人一人と握手を交わす。...僕の時だけ長かった様な気もしたけど、きっと気のせいだろう。きっと。
「3人ともありがとうございます。そして、よろしくお願いしますね!」
「はい、こちらこそよろしくお願いします、姫様!」
「任せて!」
「...頑張る」
姫様の感謝の声に僕らもそれぞれの意気込みを込めて答える。
こうして新たに3人の『護り手』が誕生したのだった。




