32話 『始まりの始まり』
高台から見下ろす街の景色は既に夕焼けに照らされていた。
イーブルの撃破から1週間。
スノウの退院も決まり、カールさんとトルンさんの追悼も終わっている。
しかし、イーブルの遺した言葉通り、3日前にこの街の周りの高原で魔物の発生が起きた。
魔物の出現量自体はそこまででも無かったが、今回のイーブルの件に続いたこの事態が今までほとんど実戦...魔物との戦闘を行っていなかった騎士の心に深い傷を刻んだのだろう。騎士の内、一部がその肩書きを捨ててしまった。
そしてその状況のまま、今日も再び魔物の魔物の出現が起きた。
勝利を収めることは出来たが、やはり数が減った事もあり個々の負担は大きい。僕の体はすっかり疲れきってしまっている。
「よっこらしょっと」
僕は高台にあるベンチに座る。
疲れた体でわざわざここまでやって来たのは、ここから街の眺めを見たかったののもあるが、1番の理由は1人で整理したい事があったからだ。
僕の魔法。いや、『神の力』について。
神様は僕に魔法を授けると言っていた。
しかし、この力はただの魔法では無い。イーブルが言うには『神の力』。そしてそれは『神の使い』が使うもののようだ。
何故魔法では無くそのようなものが僕に与えられたのだろう。そもそもその力を僕に授ける事は元々神様の思い通りだったのか、それともただの手違いなのか。
もし思い通りだとすれば、僕は偶然ではなく来るべくしてこの世界に来たということになる。
それがどうしてなのか今の僕には分からない。元々ただの一般市民であった僕にいったい神様は何をしろというのだろう。
...ダメだ、考えても分からない。僕にはスケールが大きすぎる。
結局、今の僕に出来るのはこの力を使って多くの人を救う。それだけだ。なら今は難しいことは考えず、その事に全力を注ぐまで。
いずれイーブル以上に『神の力』について知っている人や魔物が現れるかもしれないし、そういった者に直接話を聞ければいいのだけど。
「ミル、ここにいたのね」
突然後ろから声をかけられ、僕は振り向く。
そこにいるのは僕の金髪の髪をした僕のパートナー、シィだ。
「やぁシィ、レポートの提出は終わった?」
「ええ、ちゃんと城に報告しておいたわ」
「そっか、お疲れ様」
シィは僕の前にまで回り込んでくると、僕の隣に腰掛ける。
そして伸びをしながら僕と再び話を始める。
「今日も大変だったわね」
「そうだね。騎士の数も減っちゃったし、これからの仕事量も増えるだろうね」
「ミルは...騎士を辞めたりしないわよね?」
突然、シィは神妙な面持ちで僕に問いかける。
もちろん僕の答えは決まっていた。
「当たり前じゃないか。僕はまだ騎士として街の人を護りたいからね」
「そっか、それなら良かったわ...」
シィはホッと胸をなで下ろす。安心してくれたようで何よりだ。
「シィも辞めたりしないよね?」
「ええ、私もまだ皆を護りたいし。それに...」
「それに?」
「それに...私、昔騎士だった姉がいるの」
シィは俯いて話を続けた。
その話は既にエンさんから聞いている。しかし僕は止めない。彼女自身からこの話をしてくれたのは始めてのことだった。
「姉はもう亡くなってしまったけど、私は姉に憧れていた。だから私は騎士になったの」
「...うん」
「1人で剣術も練習して、ずっと1人で頑張ろうとしてきたの」
「...」
「だから、実は最初にあなたに厳しくあたっていたのもそれが理由なの」
「僕に?」
僕は驚く。彼女の本心が僕にも関係していたとは思っていなかった。
「あなたの事をみくびっていたというのも本当だけど、本当は誰ともあまり関わりたくなかったの」
「え、誰とも...?」
「そう。一番近しい関係だった姉を失って、それが凄く私の心に深く刻まれて、だからもうこんな思いしたくなかったの」
「だから...」
「ええ。だからあなたと深く関わって、あなたを失うのが怖かった。だから例え騎士がペアで働くとしても1人で頑張ろうとしていたわ」
彼女はそれまで俯いていた顔を僕に向ける。
「でも、私1人じゃどうにもならない事もあなたやスノウ、エン姉に助けられて、このままじゃダメだと思ったの。だから、あの岩の魔物との戦いの後、あなたにもっと頼るようにしようって思ったの。勝手にこんな事考えていてごめんなさい」
「ううん、いいよ。シィのそういう考えが僕達変わってくれたのなら嬉しいよ」
「ありがとう。...ねぇミル、改めて確認してもいい?」
「何?」
「あなたは、その...私を1人にしたりしない?」
そっと、シィが僕の手を握る。
温かいその手を握り返して、僕は答える。
「うん、僕は君を1人にしたりしない。ずっと君の隣で一緒に戦ってみせる」
「ミル...」
シィが僕の目を見る。
夕焼け雲の下、僕とシィは見つめあう。
...って、今凄くいい雰囲気なんじゃないか?
いっその事、ここで僕の本心をシィに打ち明けてしまうといえのも...。
「あのさシィ、僕からも話があるんだ」
「え、何?」
僕は意を決して自身の思いをシィに伝えると決めた。
「実は僕は...」
「...とう」
君の事が...、と言おうとした所で後ろから僕の頭に軽く手刀が振り下ろされた。
振り向いてその主を確認すると、そこにいるのは青い髪をした少女、スノウ。
「えっとスノウ、どうしてここに? というかまだ退院じゃなかったよね?」
「...すぐ話したい話があって2人を探してた」
「話?」
「...でもお先にどうぞ。ミルも話があったんでしょ?」
「え、ああ...」
と言われたものの、流石にスノウもいる前でシィに告白なんて出来っこない。かと言って何も言わないのも不自然だし、何かちょうど話せる事といったら...。
いや、あった。ちょうど2人に話しておかなくてはいけないことが。
「じゃあ話すよ、スノウにも聞いておいて欲しい」
「ええ」
「...うん」
「信じてもらえないかもしれないけど、僕はこの世界とは別の世界から来たんだ」
2人はキョトンとした顔をしている。
そりゃ突然こんな事を言っても信じてもらえないよな...。
「そうだったの。だからそんな不思議な魔法が使えるのね」
「...なるほど。...理解理解」
しかし、僕の予想に反して2人は妙に納得したような反応をしている。
「えっ、信じてくれるの?」
「自分で言っておきながら何よ。当たり前じゃない。あなたがこんな時に嘘をつくような人だなんて思ってないわ」
「...ミルはいい人だから、信じる」
「2人とも...」
やっぱり、騎士になって良かった。こんないい仲間と僕は出会うことが出来た。
「ちょ、ちょっとミル、突然涙ぐんでどうしたの!?」
「いや、騎士になって本当に良かったなぁって」
「そ、そう。突然で驚いたけど...。私も騎士になって、あなたやスノウと出会えて、本当に良かったと思うわ」
「...私も2人と出会えて良かった。...あと騎士になれて」
「うんうん...あれ?」
騎士になれて?
騎士になろうとしてじゃなく?
「えっとスノウ、それって...」
「...エン...いや、団長に直々に頼まれた。減ってしまった騎士たちの代わりに、新しく騎士団に入ってくれないかって」
「それが話したいことだったって訳ね」
「...そゆこと」
そっか、スノウも騎士になれたのか。
元々の騎士が減ってしまったのは残念な事だけど、やはり知り合いの騎士が増えるのは嬉しいな。
「2人とも、これからも一緒に街を護っていこう」
「ええ、もちろんよ!」
「...うん、頑張ろ」
立ち上がって僕が伸ばした手に、2人もそれぞれの手を重ねる。
2人が僕の目を見て頷く。
「よし、それじゃあ魔法騎士団の再出発だ!」
「「おー!」」
僕の声に合わせて、3人の手は大きく天に向けて掲げられる。
僕の本当の物語はここから始まるんだ。
隣で歩き、戦ってくれる大切な仲間と共に。
これにて1章は終わりです。
ここまでの内容で評価、感想を頂ければ嬉しいです。
2章も出来ればこれまでと同じペースで投稿していきたいと考えています。
ここまで見て下さりありがとうございました。そしてそれからもよろしくお願いします!




