30話 『隣で共に戦う人』
「2人とも、来てくれたんだね...」
「ええ、街の人たちが慌てているのを見て急いで来たわ。まさかエン姉たちがいない間に、こんな事になるとはね...」
シィは目の前に立つ巨大な鬼、イーブルを睨みつける。最も、シィはイーブルさんと面識はないだろうからそこに関して話す必要はないと思うが。
イーブルはシィに斬られた2本の腕を使い、別の腕に突き刺さっている氷柱を抜いている。斬られた腕からは紫色の血が滴り落ちているが、切断するまでに至ってはいなかった。
「...他の騎士は来ないの?」
後ろからスノウが問いかける。
「今街にいる騎士の殆どはあまり戦闘が得意なメンバーではないと思う。それに戦闘可能だった1組はもう..」
「あの2人はもうやられてしまったのね...」
僕の口ぶりからシィはやられた1組がカールさんとトルンさんだと察したようだ。
とにかく、今街に残っている人達の加勢は期待出来ない。という事は、
「僕達だけでやらなくちゃいけないんだ...」
今ここにいる2人の騎士と1人の旅人でこの鬼を倒す。それしかこの街を護る方法は無い。
「...とりあえず、屋根に上がろ。...ここからじゃ、2人の攻撃が届かないよ」
「上がるって、どうやって...」
僕の質問にスノウは魔法を使用しながら答える。
「...こうやって」
その言葉と同時に、スノウは厚さ十数センチはある巨大な氷の板を出現させた。
「...乗って」
スノウが氷の板に乗りながら言い、それに続いて僕とシィも氷の上に乗る。
スノウは3人が乗った氷を、通りに立ち並んだ家の屋根と同じ高さまで上昇させた。
「なるほど、さっきシィが屋根の上にいたのもこういう事だったのか」
氷から屋根の上に飛び移りながら、僕は呟く。
「そうよ。ここに来る前にスノウと合流して、地上と屋根の上から街の状況を観察してたの。だからこの鬼にすぐ気づけたわ。...まぁミルが捕まっている事までは分からなかったけど」
僕達3人が屋根の上に登った時、イーブルは残り2本の腕を使って、斬られた腕を抑え止血をしていた。
「全く、突然の乱入だなんて。騎士様のする事じゃあありませんねぇ」
腕を抑えながら、イーブルは僕らを煽るように呟く。
「カールさんとトルンさんを騙していたお前には言われたくないな」
「さっきまで死にかけだったというのに、随分と言うようになりましたねぇ!」
僕の反論に相変わらずの高テンションで答えたイーブルは、4本の腕をブンブンと振り回す。
「さて、腕の回復も終わりましたし、これから貴方たちの虐殺に入るとしましょうかァ!」
突如イーブルは僕らが立つ家の方に駆け出し、腕を振り上げる。
「ホラァ!」
そして振り上げた腕を、僕らの元へと振り下ろす。
腕を振り上げた時点でそんな事を予測できていた僕らは素早く後方への回避行動をとる。
先程まで僕らがいた所にイーブルの腕が振り下ろされ、壊された家の残骸が宙を舞った。
その残骸を見て、僕は思いつく。
せっかくだから、お返ししてあげるよ。
宙を舞っている残骸の1つに目をつけ、それがちょうど僕の腕の高さまで降ってきたところで、その残骸に殴りかかる。
僕が殴った残骸は一直線にイーブルの喉元へ飛んでいく。
「ガァァ!!」
残骸が喉に突き刺さり、イーブルは悲痛の声を上げる。喉を損傷したからか、その声は先程までの穏やかな青年声ではなく、まさに醜い魔物の声その物だった。
「ギサマァ...」
「さっきのお返しだよ」
喉に突き刺さった残骸を抜きながら、イーブルは僕を睨みつける。喉の傷跡からは腕と同じ紫色の血が溢れ出していた。
「...2人の援護は援護は私がやる」
後ろでスノウが言い、次々とイーブルの周りに僕やシィが乗るのに十分な大きさの氷の足場が形成される。
そして、僕とシィはスノウを信じて足場へと飛び移っていく。
「コザカシイィ!!」
イーブルが腕を振り回して、自分の周りに浮遊している氷を壊していくが、スノウはとめどなく氷を作り続けるので僕らの足場が無くなる事はない。
ただ、4本ある腕を自分の顔の周りで振り回しているから、顔に直接殴りかかる事が出来ない。まずは腕を潰さなくては。
「シィ、まずはこの腕を!」
「ええ!」
僕とシィは左右に広がって駆け出し、それぞれ4本の腕の内の1本に狙いを定める。
僕は足場を飛び移りながら、狙い定めた腕に、すれ違いざまに1発殴りかかる。
グキ...と手応えを感じながら、反撃を喰らわないように残りの腕にも気をつけつつ再び足場を乗り継ぎしていく。
まずは一撃...。
前腕部の骨の一部を僕に砕かれた腕は明らかに他の腕に比べて動きが鈍くなっている。これなら、畳み掛けることができそうだ。
わざとその腕の近くにまで寄っていき、その腕に僕自身を標的とさせる。
「ソコカァァァ!」
狙い通りに僕に殴りかかってきたその腕を僕は迎え撃つ。
足場を乗り移って二の腕の辺りにまで近寄り、そこから飛びかかって両手を使いラッシュをかける。
ベキベキベキベキ...
僕の拳1発1発が少しずつ腕の骨を粉々に砕いていく。
「ガァァァァァ!!」
僕に腕の1本をへし折られ、イーブルが雄叫びを上げる。
「うるさいわね...」
そして、その絶叫を阻止するように今度はシィが別の腕へ斬りかかった。
両手の剣に電撃を纏わせ、足場を乗り移りながら腕全体を斬り裂いていく。
「さっきは斬り落としそこねたけど...今度は切断するわ。『雷纏いし剣』」
魔法を唱え、これまで以上に強力な電撃を纏った剣がイーブルの腕を肩の付け根から切断した。
切断された巨大な腕は地面に落ちると、これまでの魔物たちのように黒い霧を出しながら消滅した。
僕に折られた腕も力無くだらんと下げられており、動く様子も無い。
これで残りの腕は2本。腕を全て機能停止させるにせよ、一気に顔に攻撃するにせよ、このまま押し切れるはず...。
とりあえず、安全をとってあと1本は腕を潰しておこう。
僕は残る腕のうちの1本へ近づいていく。
「本来なら、これは守護石の破壊のためにとっておきたかったが...」
イーブルは微かに口を動かし、小さな声でそう呟いた。
まだ何かするつもりなのか。ならとっととその頭を...。
僕がイーブルの頭に狙いを変えようとした時、突然イーブルは大声で叫んだ。
「一方通行の搬入方法!!」
それはイーブルが僕の前で見せた魔法。この姿でも使えたのか。
イーブルの目の前にキラキラした黒い石ころのような物が出現する。イーブルはそれを掴むと、思い切りそれを投げつけた。...スノウ目掛けて。
「スノウ、危ない!」
僕は立ち止まり、全力で叫ぶ。もちろん、スノウも気づいているはずだけど、叫ばずにはいられないかった。
「!!」
スノウは少し驚いた様な表情をしたがすぐに冷静さを取り戻し、その石が自分に当たるよりも先に自分の前に氷の盾を出現させる。
黒い石は多少氷にめり込んだが、その奥のスノウは到底届かない。氷の盾の中で動きを止めた。
最後の悪あがき...? いや、もし何かを投げるだけならそこらにある家の残骸やレンガで十分なはず。わざわざこれを出現させたという事は...。
「ハジケロ...」
イーブルが呟く。
はじける...まさか!
直後、巨大な爆発音。それは先程の石が爆発した
それと同時に、僕やシィが立つ氷の足場が溶け始めた。
「..ッ! スノウ!!」
足場が完全に溶け切るよりも先に僕らは屋根に再び飛び移る。もちろんイーブルもそれを妨害してはきたが、シィは元々屋根の近くにいたし、僕にとってはたった2本の腕による攻撃をかわす事なんて造作も無かった。
僕が屋根に飛び移ると、氷の足場は完全に溶けきってしまった。けど、今はそんな事よりも...。
「スノウ!」
「スノウ!」
僕とシィはスノウの元へと駆け寄る。スノウは先程の爆発で吹き飛ばされ、家の屋根に叩きつけられていた。
「スノウ、しっかりして!」
スノウを抱き起こし、目を覚まさせようと揺さぶる。
「...ん...あ...」
スノウは何かを話そうと口を動かすが、そこから漏れるのは苦しそうな吐息のみ。今はまだ無事だけど...。
「このままじゃ危険だ。早く病院か、ティアさんの元まで連れていかないと...」
でも、まだそれは出来ない。
僕達はイーブルを倒さなくてはならないからだ。
スノウがこんな状態では、足場を作ってもらうことは不可能。けど、あちらの傷もけして浅くは無い。あと少し、あと少しで倒せるはずなんだ。諦める訳にはいかない!
「スノウ、待ってて。僕とシィがコイツを倒して、絶対に助けるから」
僕はそう決断し、立ち上がる。
必ずこの街もスノウの事も救ってみせる。
そのために、僕の前に立ちふさがるこの鬼を倒す。




