2話 『通れない関所』
ストックはそれなりにあるので、しばらくは毎日投稿の予定です。
リースと森の出口に向かって歩いている間、僕はリースに先程の黒騎士について聞いてみることにした。
「ねぇリース、君はさっきの黒騎士みたいなのと今までに会った事はあるの?」
「いえ、おそらくあの騎士は魔物だと思いますが、この辺りに住む魔物はいずれも大人しい小動物系たちです」
「じゃあこの辺りであんな危険な奴が出たことはないんだ」
「はい、ああいった騎士のような姿をしていて、魔法まで使う魔物なんて、おそらくこの辺りの人たちは誰も見たことがないはずです」
そんな魔物が突然現れるなんて、まさか僕がこの世界に来たことと何か関係があるんじゃないかと少し考えた。
しかしあくまで転生先としてこの世界に来ただけの僕がその世界に大きな影響を及ぼすとは考えにくいし、偶然だと信じたいけど。
更に森の出口に向かって歩いていると、今度はリースが僕に話しかけてきた。
「ミルさんは、森を抜けてからどこに行くつもりだったんですか?」
僕は慌てた。どこに行く、と聞かれてもそもそもここがどんな所なのか分からないので答えに困ったからだ。
一応僕は旅の者だという説明をしたし、悩んだ末とりあえずそれに合う答えにしておくことにした。
「えっと、ここから一番近くて大きな街にいくつもりなんだ」
「それでは『ストファーレ』ですね。城下町ですし、この辺りでは最も大きな街です」
とりあえずそこに行けば何かこの世界での生活の仕方のヒントを得られるかもしれないと思い、そこを目的地とする事にした。
「うん、それじゃあそこかな。リースはその街について知っているの?」
「はい。というか、私が住んでいる街がそこなんです」
「なるほど、そういうことなんだ」
「ええ、あ、ミルさん、もしお急ぎの用事が無ければ私の家に寄ってくれませんか? 助けていただいたお礼もしたいですし」
急ぎの用事どころか、そもそも僕に明確な用事なんてない。……神が言っていた『目的』というのも分からないままだし。
せっかくの行為なので、ありがたく寄らせてもらうことにした。
「うん、リースが良ければ僕は大丈夫だよ」
「良かったです。あ、森の出口はもうすぐですよ」
僕達が歩いている先は森の中よりも明るくなっていた。そこが森の出口なのだろう。
それを見ると、僕達は若干早足になりながら、森の出口へ向けて歩いた。
森を抜けると、そこはのどかな暖かな日差しと、風に包まれた草原であった。
リースによると、ストファーレの街まではもう少し歩くらしい。
僕はリースと共に、今度はストファーレへ向けて歩き始めた。
✱✱✱✱✱✱✱✱✱
僕はストファーレの街の前で立ち往生していた。
理由は少し前まで遡る。
ストファーレの街に入るためには関所を通る必要があった。しかしその関所を通るには、通行証を見せるか、身分証明書を見せて新たに通行証を発行して貰うしかなかった。
この街に住んでいるリースはもちろん通行証を持っているから何の問題もなく通ることが出来たが、ついさっきこの世界に転生してきた僕は通行証はおろか身分証明書すら持っていなかった。
そのため、僕はどうしても関所を通ることが出来ず、現在、僕を通す方法について、関所の奥で担当員たちが話し合っている状態であった。
リースはもう関所を通って街に入っていいのに、僕が関所を通れなかったために心配してわざわざ残ってくれていた。
十分程たった頃だろうか、関所の奥から関所の担当員であろう巨漢の男二人が現れた。
二人は僕の前にやってくると1人が低い声でこう言った。
「お前が身分証明書も無しに関所を通ろうって奴だな」
「はい。すみません、色々事情があって身分証明書を持っていないんです……」
「事情があるのは分かってるが、こちらもどんな奴かわからん者を『はいそうですか』って通すわけにはいかんのだよ」
二人目の男はそう言った。
僕は尋ねる。
「身分証明書を提示する以外にここを通して貰うことは出来ますか?」
「そうだなぁ、まあとりあえず金を支払って貰うしかないよなぁ」
そう来るのは何となく予想していた。というかそのために神から大量のお金を貰ったわけなのだから。
「いくらですか?」
「『五万ソル』ってとこだろうか」
『五万ソル』ってのがどんな値段なのか分からないが、今はこうするしかなかった。僕はリュックから革袋を取り出そうとする。
しかし、そこでリースが口を挟んだ。
「ま、待ってください。五万ソルは高すぎます!」
リースが言うってことは五万ソルってのは結構大金のようだ。しかし男達は動じず答える。
「でもねぇお嬢ちゃん。この男は君の知り合いかも知れないけど、この街のためにも怪しい奴を簡単に街に入れるわけにはいかないんだよ」
「み、ミルさんは怪しくなんてありません! 先程も黒騎士に襲われた私を、黒騎士を倒して助けてくれたんです!」
リースがこんなに声を大きくして僕の弁明をしてくれていることに驚いた。リースがこうやって大きな声を出すとは思っていなかったからだ。
「おいおい、この辺りに襲って来るような魔物はいないぜ?」
「普段はいないですけど、さっきは出たんです、大きな黒騎士が!」
「黒騎士ィ? そんなもの見たことないぜ?」
男達はリースの話に耳を傾けようとしなかった。まぁいる訳ないものをいると言っているのだから仕方ないが。
「お願いします、せめてもう少しだけでも安くしていただけないでしょうか……。信じて下さい、お願いします……」
何度も『お願いします』と言いながら僕のために頭を下げるリースを見ていると、とても申し訳ない気持ちになってきた。
「大丈夫。僕が払えばいいんだから」そう言ってリースを止めようとしたところで、関所の奥から更にもう一人が現れた。
「黒騎士? それは本当かい?」
「か、管理長!」
そう言うと男達はその『管理長』に向かって敬礼をした。彼らが管理長と言った人は、五十か六十歳ほどのお婆さんであった。
「君はこの街の子だね?」
「は、はい」
「この少年は別のところからやってきたようだが、彼が君を襲った黒騎士を退治したというのは本当なんだね?」
「はい、本当です!」
「ふむ、嘘を言っているようには見えないな。君はこの街の子、確か……リースだったよな?」
「はい、そうです」
管理長は少し考えた素振りをすると今度は僕の方を向いて訪ねてきた。
「君、名前は?」
「秋風 見留です」
「ミル……か。お前、リースによれば君はこの辺りで現れた黒騎士を倒したのは本当だな」
「はい」
まぁ倒した力の正体がよく分かんないんだけどね。たぶん神から貰ったものなのだとは思うけど。
「黒騎士は本来ならこの辺りにいるはずのない魔物だ。だから街の者が黒騎士を知っているとは思えない。しかしリースはその黒騎士を見たと言っている」
管理長は続ける。
「という事は、どこかで黒騎士を知ったということ。この街には一般人が見られる、黒騎士を扱っている資料などないから、おそらく、黒騎士を見たというのは本当だろう。そしてその黒騎士と会っていながらこうして無事なのは、おそらく何者か、つまりミル、君が黒騎士を退治したからなのだろう?」
「はい、そういう事です」
僕が自分の能力をよく分かってないことについて話すのは厄介なことになりそうなので伏せておこう。
管理長はその話を確認し終わると、先程までの気難しいそうな顔に、少し笑顔を浮かべて言った。
「分かった。とりあえずは街の者を助けてくれたとして、仮の通行証を発行してやろう。無料でな」
「いいんですか!?」
僕が返事をするよりも先にリースが叫んだ。
「ああ。その代わり、彼にはもしもまた街の近くに黒騎士が現れた時はこの街の騎士と共に戦ってもらう。それでいいな?」
管理長が僕に確認してくる。黒騎士を退治する事になるのは少々大変だが、街に入れずじまいよりはマシかな。
というかこの国に騎士がいるなら僕は必要ない気もするけれど。
「はい。それで構いません」
「うむ。お前達もそれでいいな?」
今度は男達に確認をとる。男達は口を揃えて『もちろんです』と言った。どうやら管理長はだいぶ地位が高いらしい。
「よし、ではちょっと待っておれ」
そう言うと管理長は関所の奥へいき、少しすると小さなカードを持って戻ってきた。
「これが、仮通行証だ。これがあれば二週間の期限つきだが、本来の通行証と同じように関所を通れる。その間に何か身分を証明するものを作ればいい。職業を示すものとかな」
「分かりました。ありがとうございます」
「いや、お礼を言うのはこちらの方かもしれん。黒騎士を退治してもらったのだからな」
僕は仮通行証を受け取ると、リースが嬉しそうに言う。
「では早速関所の受付に行きましょう。これでやっと街に入れますね!」
「うん。リースも本当にありがとね。リースの話のおかげでこうして仮通行証も手に入れられたよ」
「いえ命の恩人を助けるのは当然のことです」
リースは森で見せてくれた笑顔でそう言った。
僕が受付に仮通行証を見せると、担当員は何も言わずに普通の対応で街に入れてくれた。
何はともあれ、これでようやくストファーレに入ることが出来た。
「では、行きましょうか。せっかくなのですぐにお家には向かわず、少し街も案内しますね」
「それじゃあ、よろしく頼むね」
まだこの世界での目的は見えないが、僕は、とりあえずこの世界での初めての街に辿り着く事が出来た。